なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……そうだよその予想通りだよチクショーメ……」
「ん、ってことはもしかして、Xちゃんに水着もといサンタ服を薦められたり?」
「ええ……なんで知ってんだよ怖ぇーよニュータイプかよ……」
はい。
……予想通りというかなんというか、クーラーの効いた部屋から追い出されたらしい銀ちゃんを途中で拾った私たちですが、引き続き買い物中でございます。
なんでも、基本的に食材は懇意にしている農家とかに卸して貰っているけど、たまにはこうして見て回るのもいいな……とかなんとか。
ここって農家も居るんだー、と思ったのは内緒。
まぁ、農家漫画とかもあるし、居てもおかしくはないんだけども。
「普通の農家の人もちょくちょく居るんだっけ?」
「あったことはないけどね。……表と違って時間とか温度とか日照時間とかまで操作できるみたいだから、もう農業という名前の別物と化してるらしいけど」
キリトちゃんの言葉に、ゆかりんから聞いた話を思い出しつつ答える私。
農業のキツさは、基本的に自然に任せるしかない、というところにあると思う。
ビニールハウスや工場の中で育てられるようなものならともかく、大抵の野菜や果物は自然環境下でしか育てられない、みたいなものがほとんど。
人の手で人工受粉する、みたいな感じで幾つかの過程を代替することもできなくはないだろうが……それがはたして報酬に見合っているか、というと微妙なところだろう。
原則、野菜や果物の単価というのはそう高くない。
……ブランドの付くようなものはその限りではないが、大抵は一山幾らで売られるもの、というのがほとんどだろう。
ゆえに、あまり手間を掛けすぎると価値に見合わなくなるのだ。
だから、自然環境下で育てられるもの──極論を言えば手間の掛からないものほどよい、ということになる。
まぁ、実際にまったく手間隙を掛けずに青果を育てている、というところはほとんどないだろうが。
自然に任せるということは、自然による試練を受け続けるということでもあるわけだし。
「特に虫食いはダメだね。農薬使わない方がいい、みたいな神話を簡単に崩してくるし」
「確か……虫に食われたくない、って感じに野菜が毒を発生させることもあるんだったか?」
「有機栽培の幻想、というやつだな。*1……先のキメラアントではないが、虫共はとかく食に貪欲……いや、生に貪欲だからな。食べられるモノは食べ尽くさんばかりに食い荒らしていく。野菜側も堪ったものではない、というやつだな」
(……なんでこいつら教育番組みたいな話してんだ?いや、ある意味いつものことだけどよぉ)
大雨、日照り、台風、食害。
自然に任せるということは、自然の影響を受け続けるということ。
無論青果側もただではやられないわけだが……その結果人間にも被害が飛んでくるというのであれば、できれば勘弁して欲しいとなるのも道理である。
……なにもかも自然のままがいい、なんてのは現実を知らない人の戯れ言、というべきか。
そう考えると、なりきり郷内の農業を取り巻く環境の、なんと優しいことか。
例えば受粉。先ほど人間が行うパターンもある、と述べたがここでは虫任せである。
……虫食いが発生するのでは?と思われるかもしれないが、ここでの受粉方法は
いやまぁ、正確には虫と対話できる能力者の仕事の一つ、らしいが。
食害を起こすような虫は端から中に入れず、人と強制できる虫のみを招き入れた環境……みたいな感じか。
ある意味では人工的な自然──巨大なビニールハウスの中のようなもの、ということになるが、本来のそれと違い掛かる費用は遥かに安い。
なにせ電気も水も肥料も使い放題なのだから、寧ろ元手ゼロでも始められる安心具合というか。
……なので、なりきり郷の農法に慣れきってしまうと、外でなにも育てられなくなるとかなんとか。
そこら辺宜しくないとのことで、できる限り外の環境に近付けた場所もあるらしいが……それでも、急な猛暑や大雨、大風や虫による食害を気にする必要がないというのは、ゆりかごの中で育てられているようなものと揶揄されても仕方がないだろう。
……まぁ、苦労しなくていいなら苦労なんかしたくない、っていう主張もわかるため、その辺りの調整は難航しているみたいだが。
でもその辺りはお偉いさんの話なので、ここにいる一般的住人の私たちには関係ないのでした。
なので気にせず買い物を続けましょー。
「食料と言えば……肉とか魚とかの方面も色々研究してるんだっけ?」
「おっとキリトちゃん、そっちに触れちゃう?」
「え、なんだよいきなり……」
……まぁ、そんなすぐに話題を切り替えられるわけもなく。
歩いていく途中で肉屋を目にしたキリトちゃんが、ふと思い出したように声を上げたために、今度はなりきり郷内の肉・魚事情に話が傾いていくのでありましたとさ。
はてさて、野菜などの植物には明確な意識はない……みたいなことが嘘だと言われるようになったのはつい最近だが、それを思えば肉の提供先──牛や豚、魚のような大型の生き物に意識がない、などと言う人はそういないだろう。
まさかここでもそういう人がいるのか?……と思われるかもしれないが、その通りと言うか寧ろそれより深刻というか。
ピカチュウとかを見ていればわかるが、『逆憑依』の範囲はなにも人型の生き物に限られてはいない。
有名な動物のキャラクターであれば、普通に『逆憑依』として現れることは容易に想像できるだろう。
……すなわち、迂闊に畜産などしていると、産まれた子供が『逆憑依』でした、みたいなことが頻発しかねないのである。
明確に人殺ししてるようなもの、だと言われれば流石に躊躇もしよう。
とはいえ、流石に近未来的な食事とか出されても困る、というのも確かな話。少なくとも赤城さん辺りはボイコット間違いなしである。
そもそも、食事とは人の楽しみの一つ。
美味しいものが食べられるというのは、日々のストレスの解消にもなる。
……『逆憑依』達がストレスを感じているか、というところには議論の余地があると思うが、ともあれ食を奪えば暴動に繋がる恐れがある、というのは間違いあるまい。
とはいえ、それで普通に外と同じやり方をするというのは無理がある。
先の『逆憑依』の発生の可能性もそうだし、そうでなくとも畜産の是非は難しいところがあるだろう。
そこで、現在なりきり郷で用いられているのが……、
「この培養肉というわけだな」
「ば、培養肉……?」
一つの細胞から増やした肉……いわゆる培養肉と呼ばれるものなのであった。*2
……あ、今怪しいお肉だと思ったでしょ。
実際、SDGsが叫ばれる昨今になってからまともに広まり始めた感じのあるものだし、その研究もまだまだ半ば。
なので、外でそれを作ろうとするとコストが嵩みすぎて現実的じゃない……みたいな問題があったりするわけ。
……だけど。その辺りはなりきり郷、現行の科学の最先端の集まる地。
培養肉のデメリットのほとんどを、ここでは解消しきっていたのだった。
「培養肉のデメリットって?」
「まずはとにかく費用が嵩むってことかな。従来の培養肉は、『多能性幹細胞』っていうなんにでもなれる細胞を増殖させるところから始めるんだけど……これの確保がねー」
多能性幹細胞というのは、わかりやすく言うとどんな臓器にでもなれる夢の細胞、というやつである。
それゆえ、培養肉として用いるとそこからモモ肉・むね肉・
この多能性幹細胞がある代表的な場所は、受精卵の中。
いわゆる
培養肉は生き物を殺さないのが一番の特徴なのに、これでは本末転倒ではないか?……というわけだ。
そこで代わりに出てくるのが、人工多能性幹細胞……いわゆるips細胞と呼ばれるものである。
これは、リプログラミング因子と呼ばれるものを導入した細胞で、文字通り
本来分化してしまっている細胞を、まっさらな状態に戻したわけである。
これにより、どの部位の細胞からでも、全ての臓器を作り出すことができるようになった……のだが。
これもこれで問題があり、その一つが
「ガン細胞に?」
「この方法って、要するに無理矢理細胞の制限を取っ払ってるわけだからね。その結果、増殖させた先で遺伝子異常が発生する可能性を否定できないんだよ」
元々は、細胞をリセットするためのリプログラミング因子の一つが、ガンを発生させる可能性のあるものだったこと、および因子の導入にレトロウイルス*3を用いていたため、そのウイルスが遺伝子を傷付けてしまうことがガン発生の理由だったそうだが……。
それらを使わない手段を確立した結果、必要な臓器に分化させる時にこそ
これは、出来上がったips細胞に質の違いがあることによるモノであり、質の悪いips細胞はガンを発生させる可能性が高くなるのだとか。
それゆえ、昨今のips細胞研究ではそれらのガンの発生要因を潰す、ということを最優先に研究が進められているというが……。
「それを越えても、食肉としては天然物より味が良くない、みたいなところがあるらしいね」
「あー、それはなんとなく予想が付くな」
費用と思わぬトラブル、というところを抜けたとしても、今度は味の面での問題が立ち塞がる。
……そう、培養肉には思った以上に問題が多いのだ。
では、なりきり郷ではどうやってその問題を解決したのかと言うと……。
「答えは単純。ビッグライトさ」
「ビッグライト?」
そこには、夢を叶える青いロボットの道具の考え方が活かされていたのであった。