なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「まず、培養肉の従来の問題って、結局のところ『多能性幹細胞』を使ってたところにある……って考えになったらしいんだよね」
「そこから!?」
ここの研究者達が真っ先に考えたのは、『多能性幹細胞』は止めた方がいい、というものであった。
確かに、生物の生育に関係なく安定して食肉を提供しようとする場合、一つの細胞片からあらゆる部位の肉が作れるというのがベストだろう。
だが、それで問題を出していたのでは本末転倒である。
制限を取り払ってなんにでもなれるようにすると、その過程でガンになり易くなる……という部分は特に。
そこで考えたのが、
「……なんて?」
「心臓なら心臓の細胞を、肝臓なら肝臓の細胞を用意して増やせばいいんじゃないのか?……って考えたってわけ」
「……なる、ほど?」
細胞の制限を取り払うと問題が起きると言うのなら、最初から取り払わなければよい。
必要な細胞を、必要な分だけ増やせばいい……というのが、ここの研究者達が出した結論であった。
とはいえこれ、典型的な『言うは易いが行うは難し』の事例であり……。
「ヘイフリック限界──いわゆる細胞分裂の限界ってやつだけど、これが引っ掛かったわけ」
「あー、細胞分裂の際にDNAは少しずつ欠けていく……みたいなやつだっけ?」*1
正確には、染色体の末端にあるテロメア*2が欠けていく、という話なのだが。
ともあれ、細胞分裂──DNAの複製を繰り返す度、その先端にあるテロメアはわずかながらに減っていく。
それがある程度進み、
これが分裂限界、いわゆるヘイフリック限界と呼ばれるモノであり、こうなってしまった細胞はそのまま老衰して死滅する……いわゆるアポトーシスに陥る、というわけである。
このシステム、何故存在するのかと言うと……完全な状態のDNAでない場合、複製の際にエラーを起こす可能性が高いから、というところが大きい。
「染色体部分まですり減った状態で増殖した場合、本来含まれているはずの情報が欠けたまま増える、ってことになるわけ。で、その増殖の際にも染色体は短くなる。本来磨り減りを肩代わりしてくれるテロメアが、既にないわけだからね」
要するに、テロメアが無くなった時点で、その細胞はガンの予備軍になっている、ということ。
それゆえ、テロメアが短くなってしまった細胞はガンになる前に自分から死ぬ、もしくは免疫細胞などに捕食されるというわけである。
……体を維持するシステムとして必要だ、ということはわかったが、こうなると困るのが培養肉としての利用である。
ある程度の回数までなら、普通に取ってきた細胞片でも増やすことはできる。
……が、成体から細胞片を取るのであれば、既にテロメアはある程度短くなってしまっているわけで、その時点で細胞の分裂回数は残り少ないということになってしまう。
それではちゃんとした食肉としての利用は難しく、仮に出来たとしても多能性幹細胞を利用したパターンとは比べ物にならない、ということになってしまうだろう。
更に、そちらのパターンほどではないかもしれないが、ガンのリスクは付き纏う。
単純に生きているだけでもガンの危険性は少なくないのだから、培養肉ならなおのこと……というわけだ。
そういうわけで、それぞれの部位の細胞をそのまま増やす、というのは名案に見えて全然そうでもなく、少なくとも表の科学者達は選ばない方向性だった、というわけだ。
「……テロメアってのは治したりできないのか?」
「できなくはないよ?テロメラーゼって言って、減ったテロメアを補修する酵素があるから」*3
「じゃあそっち方面
ここまで話して疑問になるのが、「じゃあなんとかしてテロメアを治せばいいのでは?」というもの。
細胞分裂の度にテロメアが短くなるのが問題なのならば、それをなんとか伸長させれば細胞分裂の回数を増やせるのでは?……という考え方だが、これについてもある程度研究は進んでいる。
──進んだ結果、基本的には利用できたモノではない、というのが結論となっていた。
これは、テロメアを補修する酵素──テロメラーゼと呼ばれるモノの発見と、それを一番上手く利用できている細胞が、それこそ
いやまぁ、それ以外にも上手く使っているものは存在するのだ。人間で言うのであれば、生殖細胞──いわゆる精子や卵子や、先の幹細胞のように。
ただ、これらは最初からテロメラーゼによる補修を前提としているからこそ上手く扱えるだけで、他の細胞をテロメラーゼで延命してもガン細胞になるだけなのだという。
……いや、考え方としてはテロメラーゼによる延命は、人工的にガン細胞を生み出しているだけ、とも言えるか。
これは、通常の細胞には「分裂回数のカウント機構」が備わっているから、だと思われる。
先のアポトーシスだが、細胞分裂が不可能なほどにテロメアが短くなった、ということを細胞自身が認知しているために起こるものでもあるのだ。
コピー機のインクがわかりやすいだろうか。
あれは中のインクの量を記録しているメモリが存在するが、その部分のリセットを掛けずに中身を補充してもコピーはできない……みたいな。
たまに残量を無視してコピーができる機械も存在するが、その場合インクを補充していなければ勿論その色は出ない、ということになる。
テロメア関連の話も、それに同じ。
先ほど説明したように、リプログラミング因子によってリセットを掛ければ大丈夫だろうが、その場合は多能性幹細胞──要するにその細胞に分化する前の状態にまで戻されてしまう。
そうなると、以前の細胞との連続性はある意味途切れてしまっている、ということになるだろう。
無論、培養肉としては問題ないわけだが、どうにも本末転倒感が漂うというか。
……ともかく。
従来の方法で、それぞれの細胞をそこから増やす、というのには問題が付き纏うことがわかったと思う。
ではそれをここの研究者達がどうやって解決したのか。その答えが、前回口にした『ビッグライト』にあるのであった。
「ビッグライト、ねぇ?」
「ドラえもんの数ある秘密道具の中でも、ビッグライトやスモールライトみたいな、存在の縮尺をそのまま弄る……っていう道具は、現行の科学からしてみると意味不明の物体なんだよね」
まぁ、元々が『あったらいいな』という子供の願いをそのまま叶えているモノなのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
どういうことかと言うと、あれらの道具は端的に言って
「あり得ない?」
「質量保存の法則ってやつ。ビッグライトやスモールライトみたいな拡大・縮小の道具って、それがやってることが大分おかしいんだよ」
基本的に、原子や分子という基本的な粒子は、それらの質量や重量を変化させることはできない。
錬金術が基本的に無理だとされるのは、特定の粒子を別の粒子に変化させることは通常の環境では不可能だから、というところが大きい。
……何度か語っているように、凄まじい熱やエネルギーを用意できるのなら、それを用いて別のモノに変化させるということもできなくはないが……それをするくらいなら最初から当該の物質を用意する方が早いというものである。
ともあれ、基本的に原子や分子は変化しない、というのは間違いない話。
これがなにを意味するのかと言うと、ビッグライトの場合は
「……あー、もうちょっと簡潔に説明してくんね?」
「細胞の大きさは変わらない、みたいな理解でもいいよ。そうなると、大きくなった時には本人の細胞が増えたりしない限りすっかすかになるし、小さくなった時には細胞がみっちり詰まって下手するとブラックホールになる、みたいなことになるんだよ」
「お、おう?」
最小構成のパーツの大きさが決まっている状態で、より大きいもの/より小さいものを作ろうとするとどうなるか、みたいな話だろうか。
レゴブロックを思い浮かべて欲しい。
これで手のひらサイズの車を作ったあとに、その後子供が乗れそうなサイズの車と、親指ほどの大きさの車を作ろうとすると、それぞれ必要なレゴブロックの数はどうなるか……みたいな?
レゴのサイズが変化しない、と考えた場合、大きなモノを作ろうとすれば必要な個数は多くなり、反対に小さなモノを作ろうとすると必要な個数は少なくなるはず。
……ただ、それだと困ることがあるだろう。
特に小さい方は、もはや一つのブロックしか使えず車に見えない、なんてことになりかねない。
これを人体に当てはめると、質量保存の法則を破ることができない限り、小さくなった人物の細胞数はもはや人としての姿を保てないほどのモノになる。
脳の細胞の数まで減るのだから、下手をすると小さくなった途端に意識のない単細胞生物になる、なんてことになりかねないのだ。
大きい方は大きい方で、まるでガス状生命体のようなことになるだろう。
人一人分の原子のまま巨大化させようとすると、中身がすっかすかになるわけである。
……だが、実際にはそうはなっていない。
どちらのライトを使っても、彼らは普通に行動することが出来ている。
つまり、そこから考えられる答えは二つ。
一つは、足りない/多すぎる細胞などは別空間から確保/別空間に避難させることで補っているパターン。
そしてもう一つが、質量保存の法則を完全に無視してそのままサイズを拡大・縮小しているだけ、というパターン。
この内、培養肉に転化する際に有用となったのが──、
「それらのライトは基本的にその考え方の良いとこ取りだ、ってことよ」
「良いとこ取り……?」
分裂させることが問題になるのならば、いっそ分裂させなければよい……という考え方なのであった。