なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
結局、品評会で行う演目についての相談は、なにか見せられるような特技とかも思い付かなかったため、最初の予定通りマシュとサイトの模擬戦でお茶を濁そう……という話になった。
そうして決まった内容が内容ゆえ、当日まで鍛練に精を出すことになったマシュ達とは対照的に、とりあえず普通に授業とかを受けて過ごすこととなった、私達ご主人さま組である。
最初のうちはマシュ達だけが忙しそうにしていたため、ちょっと申し訳ないかも……みたいな気分でいたのだが。
当事者の片割れマシュがまるでデオンくんちゃんのように、あまりにも堂に入った騎士ムーブで楽しそうにサイトと模擬戦をしていたため、こちらの毒気がするりと抜かれてしまったりもしたのだが……それはまぁ、些細なことだろう。
ともかく、そんな風に局所的には厳しくも、全体的には緩い感じの日々をさっくりと過ごし、日付は過ぎに過ぎて、使い魔品評会の前日。
この国の姫君であるアンリエッタ・ド・トリステインの学院訪問を目前に控え、生徒も教師も俄に慌ただしくなってきていた。
まぁ、
「トリステインの騎士姫がお見えになるとあっては、粗相などできようものか!」
みたいな台詞をちらりと耳にした時には、ちょっと不安を抱いたりもしたのだが。
姫様も原作とキャラが違う、というのが半ば確定事項になっているような気がしてくるが、とりあえず自分の目で確かめるまでは『シュレディンガーのアルトリア』なので、油断せずに待ち受けたいところである。
……アルトリアって名前を付けてる時点で、半ば確信してるだろうって?中の人が王の圧を漏らすのが悪いんや……。()*1
「今日この日までに最高に高めた俺の使い魔で、最強の評価を手に入れてやるぜ!!」*2
「最強魔法使いの行為は全て必然、その評価さえも貴族自身が創造する!」*3
「それっておかしくないかな?」*4
あと、何故かデュエリスト的な一団が見えたりもしたけど、良家のお嬢様なビジューちゃんとしては、華麗にスルーを決め込んだ。
あれらに関わったが最後、ハルケギニアが混沌の渦に呑み込まれるのは目に見えている。触らぬ神になんとやら、だ。
「でも、デュエルで会場を湧かす、というのはわりとありなんじゃない?ウケは良いと思うわよ、実際」
「やめろ貴様、フリー対戦申し込み竜が生まれたらどうするつもりだっ!」
「
「!?」*5
そ、そういえば『ゼロの使い魔』って、四にまつわるものが結構多かったような……?!
こ、こんな場所にデュエリストを広げてはいけない!
限界を振り切って強くなった先が四つを一つに、みたいな結末だったら嫌すぎる!*6
……みたいな会話をルイズとしていたら、たまたま通り掛かったキュルケから、変なものを見る目で見られた。解せぬ……。
「なるほど、ここが魔法学院……」
日も暮れなずむ夕刻、ローブに身を隠し、学院を眺める一つの影があった。
その声は美しく、されど決意に満ちたものであり。
己がここに呼ばれた意味と債務を果たすため、彼女は堂々と、学院への道を歩いていく。
「む、そこのお前!ここに何のよう……っ!!?」
途中、学院を護る平民の衛兵に呼び止められるも、僅かに捲り上げたローブから見えた顔と、「すみません、お忍びでして」という言葉に、相手は慌てて持ち場に帰っていった。
……もはやこの時点でお忍びでもなんでもないのだが、生真面目かつ天然気味な彼女は気付きもせず、そのまま目的の場所へと歩いていく。
──そして、彼女は目的地の扉の前にたどり着き、小さく深呼吸をしてから、その扉の中へと進んでいくのだった。
「あーもう疲れたぁ……」
「お、お疲れ様ですせんぱい。……その、一体なにがあったのですか?」
部屋に戻り、ビジューとしての軛から解放され、思わずベッドにダイブする私。
その姿を見てマシュが声を掛けてくるけど……どうしたもこうしたもない。
「デュエリスト汚染の発生源を探してたら、授業とか全部すっぽかすことになっちゃって……」
深々とため息を吐き出しながら、今日の騒動を思い出す私。
あれこれと見ている限り、関連付けの基準が妙に緩いのが
……デュエリストという火種を放置しておくと、そのうち本当に私と同じ顔の少女達が三人ほど現れて「我らが一つに」とかしかねないということに気付いてしまったため、わりと本気で汚染源を探して東奔西走するはめになったのだ。
結局、宝物庫にあった『
……いやもうホント、宝物庫の収蔵品を勝手に破壊した説明とかをするのにも時間が掛かったし、なんだなんだと正気を取り戻した生徒達をごまかすのにも時間が掛かったし、今日はもう全部投げて寝てしまいたい……。
というテンションから、ベッドにダイブを敢行したわけなのだが。
よくよく考えたら制服のままで寝るとかナイナイ、ということに気付いてしまったため、いそいそとベッドから起き上がることになるのでしたとさ。
……クスクス笑ってるマシュは、あとで擽りの刑である。
そうしてマシュを追いかけ回していた私だったが、突然部屋の扉がノックされたため、走るのを止めてそちらに視線を向ける。
ふむ、こんな時間に訪ねてくる相手と言うと、ルイズとかキュルケとか、その辺りだろう。
なんの用事だろうか?……みたいな気分で扉を開ければ、そこに居たのはフードを被った何者か。
……んん?なんか嫌な予感が……。
そんな私の様子に気付くことなく、フードの誰かはこちらに小さく頭を下げ、するりと部屋の中に入ってくる。
止める間もないその行動に唖然としていると、それからほどなくして、部屋の中を魔力が掛けていくのを感じる。……
「どこに人の目があるか、わかりませんから」
こちらの思考が纏まる前に、ローブの奥から聞こえてくる可愛らしい少女の声。
……あー、あー?
確かにタイミング的にはあり得るのだろうけど、なんで私のところに?
という困惑から首を捻るその前で、件の人物がフードを自身の首元に払いあげた。
──美しい金の髪を黒いリボンでポニーテールにした、可愛らしい少女。
アルトリア・リリィと呼ばれる少女が、こちらに微笑みを向けている姿がそこにあった。*7
「お久しぶりですね、キーア。息災でしたか?」
「え、えっと。待ってくださいちょっと思い出しますので……」
え、えええ?
ちょっと待って欲しい、なんでルイズのところじゃなくてこっちに?
それとも実はアンリエッタ姫は別にいて、こっちはそのお付きとかだったりする?
なんて感じに困惑しっぱなしの私に、彼女は人好きのする笑みを浮かべて、こう告げた。
「アンリエッタ・ド・トリステイン。それが今の私の名前で相違ありませんよ、キーア?」
「な、なるほ、ど?ええと、つまり?」
こちらの言葉に、しっかりと頷きを返してくるリリィ……もとい姫様。
……あー、トリステインの王家の紋章が、確か百合をモチーフにしたものだったから、声が同じで白百合をモチーフに持つ彼女の姿が選ばれた、ということなのかな?
理由はわかったけど、なんで私のところに来たのかがわからない。彼女のお友達は、ルイズの方ではないのだろうか?
「……?いえ、ルイズさんはお友達ですが、私が今日訪ねるべきなのは貴方の方ですよ?」
「……????」
「????」
……話が噛み合わない。
この訪問って、アルビオン行きのきっかけになる、姫様襲来イベントじゃないんです?
と、内心で疑問符を浮かべまくる私。
「……あ、なるほど。そういうことですね、やっと理解しました」
「はぁ、では、何故姫様は私のところに?」
こちらの様子に、何事かを理解してなるほど、と頷く姫様。
こちらとしてはなんもわからん感がすごいのだが、向こうがわかったのなら、きっと大丈夫だろう。
なので、姫様の説明を聞こうとして。
「大丈夫です!
「…………?????」
前提ごと全部ひっくり返されて、今度こそ宇宙猫顔になる私なのでありましたとさ。
「えーと、最初から整理させて頂きますね?」
「?はい、大丈夫です!」
目の前の姫様は、こちらの言葉に元気な声を返してくる。
……こちらの口調に補正が掛かりっぱなしなので、見た目はともかく、彼女が原作のアンリエッタの立場であるというのは疑いようもない。
その上で、彼女が学院にやって来て学生寮に忍び込む……というのは、ほぼ確実に彼女が頼み事をするためであり、寧ろその為以外にわざわざ王都から離れたこの学院に顔見せする理由がない。
原作だとゲルマニアに訪国した帰りに、寄り道的にやって来ていた感じだったし、アニメでも品評会の為に訪問したついで、みたいな感じだったはずだ。
……品評会とかフーケ襲撃とかの時系列がごっちゃになっているのは今さらの話だが、そこにさらにアルビオン行きもありません、とかぶっ込まれても……その、困る。
というか、である。
先程からビジューとしての知識を確認しているが、やっぱり姫様の遊び相手だったのは
ビジューちゃんとしては、姫様とは初対面でこそ無いものの、友達と呼べるような間柄では決してない。
なので、こっちにやってくる意味が全くわからないのだ。
「はい!なので、『私が居なくなったあとはキーアを頼ってね』と言われていました!」
「な、なるほど……」
などと思っていたら、お早い姫様からの種明かし。
……ルイズめ、原作ルイズの役割はなにもしない気だなアイツ……!
まさかの責任の横流しだったことが判明し、後でルイズとはじっくり話し合わなければならないと心の中でメモをして。
その上で、
相談事やらなにやらで頼る相手として『キーア・ビジュー』が
彼女は──見た目こそアルトリア・リリィだし、その性格もほぼ彼女のようではあるが。
それでも、彼女はアンリエッタである。
──
なりきりではないから、原作知識があるのはおかしい。
アルビオンに行く理由は、そもそも彼女がして欲しいことがあったから。
なので、その『お願い』が存在しないのなら『アルビオン行き』について言及できるはずがない。それをするには、どこか別の場所から聞いてくる必要がある。
そして、私は『アルビオン行き』に関しては頭の中で考えただけで、口には出していない。
……誰かに助言されて、その行動をなぞっているかのような彼女の行動。
つまり、これは───。
『ふぅむ、流石は虚無の申し子。
「……マーリンシスベシフォーウ!!」
『ドフォーゥッ!?』
「ま、マーリン!?大丈夫ですか?!」
そんな風に思考を続ける私の耳朶に届く、胡散臭い男の声。
次の瞬間、彼女のフードからひょこりと顔を出した、ミニマムサイズの夢魔の姿を見た私は。
思わず万感の思いを込めて、失敗魔法をぶつけてしまうのでした。