なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「なるほど、先ほどのモノは病気とその根元を視ていた、ということになるわけだね」
「そういうこと。さっきの焚き火ってのは、正確には『火の勢いの強くない』焚き火だった。──この時点で、この猫が弱っていることは明白だったってわけだね」
はてさて、引き続き解説である。
きらりんが【俯視】によって見たのは──大雑把に言えば猫の状態と見た目、雰囲気を合わせて出力したものである。
勢いの強くない焚き火というのは、命を燃やしていることとその勢いが弱いことを同時に知らせるもの。
揺らめく炎に時々違う色が混じるのは、その炎がキチンと燃焼できていない*1こと……すなわち、なにかしらの病気を患っていることを示していた。
今回の場合、恐らくこの猫に起きていたのは腎臓病、もしくはそれの初期段階。
猫の死亡要因として一位に上がるのはガンだが、そうしてガンで死亡した猫を解剖すると腎臓に影響が出ているのが当たり前……と言われるように、猫にとって腎臓の機能障害というのは必ず向き合わなければならないものだとされている。*2
本来、腎臓という臓器は体内に貯まった毒素などを体外に排出するためのモノであるとされる。
この臓器の機能が落ちると、体内の毒素が正常に体外に排出することができなくなり、結果として死を招く……という結果に繋がるのだというのだが、そうした『腎臓の機能が落ちる』ことの原因の一つに、尿の排出部分にゴミ──細胞の死骸が詰まってしまう、というものがある。*3
通常、血液中のゴミは別の細胞がそれを捕食することで、血液中を正常に保つのだが……その時、血管中の細胞が
この目印があるものを免疫系などは排除するように定められているわけだが、逆を言うとその目印の付いていないモノは、例えそれが明確にゴミであったとしても
で、この目印というのは普段血管中にあるのだが、腎臓の機能が低下すると尿中に移動する。
尿の中のゴミを掃除するため、活動の場所を移動するのである。
その結果、尿中に含まれる詰まりの原因が排除され、尿が正常に排出されるようになる……と。
で、いわゆる腎不全などという病気は、なんらかの理由でこの詰まりの解消が行われなくなった結果、起こるものでもあるのだそうだ。
「……腎不全の理由についてはなんとなくわかったけど、それがさっきの行動とどう繋がるの?」
「ゴミの目印となるタンパク質をAIM(apoptosis inhibitor of macrophage)*4って言うんだけど、普段は血中にあるって言ったよね?これ、このタンパク質が単体で血中にあるわけじゃなくて、抗体の一種である免疫グロブリンM(IgM)*5って物体にくっつく形で存在してるのね」
「はい?」
それがくっついたモノがゴミである、と判別されるわけだから、適当に転がしておいて勝手に他のモノにくっついた結果、正常な細胞がゴミ扱いされてはたまらない……ということなのだろう。
それを考えると、普段は定められた場所に納められている……というのはわからないでもない。
……わからないでもないのだがこの抗体、一部の生き物にとっては些か面倒な状態になっているのだそうだ。
「面倒な状態?」
「猫以外にもカワウソなんかもそうかも、って話になるんだけど……血液中の抗体からAIMが離れにくいんだって。その離れ憎さはなんと、人の千倍くらいだとか」*6
「せんば……っ、ええっ?」
そう、本来ゴミの目印となるこのAIM。
猫などの一部の生き物の場合、その役割をほとんど果たせていないのだという。
何故そんなことに、という部分に関してはまだ研究が進んでいないため、詳しいことはわからないが……ともかく、AIMが正常に機能しない以上、猫達にとって腎臓の機能は容易く障害が起きてしまうもの、ということになる。
ただ、障害そのものは問題ではないそうだ。
これは人間に関しても同じで、老廃物の排出の面もある尿というのはそもそも些細なことで詰まりやすい。
なので、知らず知らずのうちに急性腎障害が発生していることもあるのだとか。
だがそうして起きた腎障害は、その実放置していても問題はない。
心臓などと違い、短期間なら機能が停止してもそのあと問題なく稼働すればなんとでもなるからだ。*7
じゃあ何故重篤な状態になってしまうかというと、障害発生時には連鎖して尿管の詰まりが起きるから、というところが大きい。
「AIMも毎回尿の中に進む必要はない、ってことだね。腎機能が正常に働いている場合、多少尿中にゴミが混じっててもそのまま排出できるってわけだ」
「なるほど……問題のない場合でも、多少はゴミが混じってるってことね?」
「そういうことー」
つまり、正常な状態なら問題ないが、異常が起きた場合はAIMを使ったゴミの駆除が必要になる、ということ。
そして、この詰まりを解消できない場合、腎機能が回復せずに悪化する──いわゆる腎不全に繋がる、というわけである。
「ホースの口を絞った時と同じかな。短期間ないしある程度水の通り口が確保されている場合、精々狭い隙間から勢い良く水が飛び出す程度で済むけど、なにも出てこないほどに口を絞ったままだと、蛇口に取り付けたホースの方が破裂したりする……みたいな?」
「あー……それと同じことが体内で起きる、と?」
「端的に言うとそうなるね。……で、さっきも言った通り猫のAIMはそもそも離れ辛い。更に、猫はその起源が砂漠にあるからなのか、水をあまり飲まない……言い方を変えると、尿を溜め込む性質がある……」
猫の起源が砂漠にあるというのは有名な話だが、それにともなって尿の頻度が少ない、ということはあまり知られていない。
水分の補給がし辛い環境で生きていたこともあってか、そもそもあまり水を飲まず、結果として尿の頻度も下がる……。
更に、ストレスで尿を我慢する、みたいな行動もする場合があり、とかく猫というのは尿に悩まされる生き物なのである。
塩分をあまり取らせないように、というのも水をほとんど取らないために血中の塩分濃度が上がりやすいため。
……さらに、あまり水分を取らないくせにお気に入りの場所を優先する性質*8であるため、日中暑い場所に陣取って熱中症になる……みたいなこともあるのだから、なんというかこう頑固というかなんというか……。
ともかく、猫にとって腎臓の障害、というのは死活問題。
さらに、前述したように体格が小柄になればなるだけ、毒物の致死量は少なくなっていく……。
尿内の毒素や、腎機能そのものの不全。
それらは唐突にやってきて、唐突に猫達の命を奪うもの。
昨日元気でも今日は虫の息、そしてそうなってしまえばもう助かる手段はない……。
そんなことが罷り通るのが、猫を取り巻く病気の問題、ということになるのだった。
「……ん?ってことはつまり、さっきの諸星さんは……」
「直接詰まりを取った、ってわけじゃないよ。どっちかというとその概念を捕まえた、というか」
「……んん?」
ここまで語れば、先ほどきらりんがなにをしたのかも見えてくるというもの。
……とはいえ、それだけだと勘違いするのでもう一つ。
確かにきらりんはこの猫の腎不全を治療したわけだが、それは例えば『直死の魔眼』のように病気の原因を直接殺した、というわけではない。
より正確に言えば、『そうなるように動いている周囲の流れを掴み、断ち切った』という形になる。
「……???」
「あくまでも間接的な干渉、ってこと。方向性としてはそれこそ『無為転変』の方が正解。魂の形を変えると肉体がそれに従う……というのと同じで、きらりんにだけ視える世界で起こした行動が、結果として物理的なこっちの世界にも波及した……って形だね」
「……やっぱりヤバい技能では?」
まぁ、持たせる人に持たせればヤバいことになるのは確かだねぇ。
だがしかし、【俯視】の恐ろしさ?はそれだけに止まらない。
「えー、まだなにかあるのー?」
「あるよー、っていうかこれが本質。『その視え方は誰にも阻害されない』。少なくとも魂の防御ができないなら視られていることにも気付けないし、仮に魂の防御ができたとしてもそれをすり抜ける。雑にいうと文字通りの『
「……はい?」
そう、実質的な防御不可。
それこそ、【俯視】が持つもっとも恐ろしい機能ということになるのだった。