なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「こんなところに居たのね」
「……ルイズ」
グラン・トロワの一角、誰もいない静かなその部屋から、空に浮かぶ二つの月を眺めていた私に、声を掛けてくるなにものか。
振り向けば、そこにいたのはグラスとワインを持ち、笑みを浮かべたルイズだった。
……いやまぁ、こっちには年齢による飲酒制限とかないし、そもそも中の人が成人だったら、なんにも問題はないのだろうけど。
相も変わらず、見た目とのギャップで首を傾げざるをえないのは、逆憑依の宿命というやつなのだろうか?
そんなこちらの微妙な空気を知ってか知らずか、彼女は近くの椅子を引っ張ってきてそこに腰を下ろすと、こちらにもグラスを一つ渡してくるのだった。
「どうせあれこれ難しく考えてたんでしょ」
「……まぁね。っていうか、わかりやすかった?」
こちらのぼやきにそりゃねぇと呟いて、彼女は私の手にあるグラスにワインを注いでくる。
ド・オルニエール*1産の二十年ものだそうで、ワインに詳しくない私からするとなんとも言えないけれど、多分結構な値段のものなのは確かだろう、ということくらいはわかった。*2
……飲みやすく、香りが良い、くらいのありきたりな感想しか言えない人間が飲んでいいものなのかは、甚だ疑問である。
「いいのよ、どうせ死蔵してたものなんだし」
「そうなの?」
「ええ。どうぞお持ちください、なんて言われたんだから、きっとそういうことよ」
(……それは死蔵とは言わないのでは……?)
彼女の適当な言い口に、思わず閉口する私。
彼女の言い方からするに、これはヴィットーリオからの提供品なのだろうけど。
それ、単にお二人でどうぞ、みたいな感じに出されただけなんじゃ?……とは言えず、小さくため息を吐いて、グラスの中身の赤い液体を口内に傾ける。
……酒精には強い方なので、酔うために飲む……というのも中々難しい。……いや、違うか。
「……お酒飲んでる時まで、そんな風にシリアスすんの止めない?」
「仕方ないでしょ、
「ふーん……?まぁ、私は
少し赤ら顔になったルイズの言葉に苦笑を返し、改めて空を見る。
──この地でのあれこれも、恐らくは今夜が最後。
明日になれば、私とマシュはここから元の場所に戻るのだろう。
ルイズ達がどうするのかはわからないけれど──なんとなく、彼女達はここに残るのだろうなと、そう思った。
「だからさ、
「言われなくても、可愛い義妹の面倒を見るのは私の役目よ」
なので、中から私が抜けた後の
そんなこちらの言葉に、彼女はなにを言ってるのよ……とばかりに微笑みを返してくるのだった。
「……そっか。じゃ、よろしくねお義姉ちゃん?」
「んふふふ~、任せときなさいよ~」
その様子に、こちらも表情を緩めて親しみを込めた言葉を返せば、彼女はにやにや笑いながら、こちらに垂れ掛かってくる。
「うわっ!?ちょっ、抱きつくなっ!!」
「えー?さっきみたいに可愛く言ってくれなきゃやぁだー」
「あ、この、酔っぱらってんなこいつぅっ!!?」
「酔ってない酔ってない。私を酔わせたら大したもんですよ」*3
「……この指の数は?」
「ぜろー!!」
「五だよバカっ!」
さっきまでのしんみりとした空気はどこへやら。
騒ぎ始めた私達に釣られて、他のみんなも集まってくる。
静かな月見酒を楽しむはずだったその時間は、いつの間にやら大宴会へと変化していくのだった。
「あいたたた……」
「せんぱい、大丈夫ですか?……はい、お水です」
「ああ、ありがとマシュ……」
頭痛と倦怠感に顔をしかめっ面にしながら、マシュから渡されたコップの水を一気飲み。……幾分かマシになったような、なってないような。
そんな微妙な体調になっている己の体に、思わず苦笑を浮かべる。……言うほど
「……せんぱい?微笑んでいらっしゃいますが、なにか良いことでも?」
「ん?さぁ、どうだろう。どっちがいいのかは、ちょっと私には測りかねるかな」
「……???」
そうして思考していると、マシュから私が笑っていると言われ、ごまかすように声を返す。
……まぁ、結局は私の気分の問題、みたいなところがあるし。マシュに聞かせるようなものでもないので、首を傾げている彼女の横へベッドから飛び降り、そのまま着替えて外に出る。
それを追うように慌てて外に出てきたマシュに苦笑を浮かべながら、廊下に視線を向ける。
昨日はあれから、みんなでの宴会騒ぎに移行して行ったが、どいつもこいつも飲めや騒げやの一点張り……みたいな感じだったため、私と同じように部屋から出てきた他の面々も、大体二日酔いに苦しんでいるようだった。
「うー、タバサヒーリング、ヒーリングお願い……」
「飲みすぎ」
「そう言わずにぃ~、頭の中で、銅鑼が鳴り響いてるのよぉ~……」
「貴方ははめを外す時、思い切り外しすぎ。今日はそのままで居たらいい」
「そんなぁ~……」
タバサにすがり付くようにして、ずるずると歩いているのはキュルケ。余程頭痛とかが辛いのか、いつもとキャラが違う。
対するタバサは酒に強いのか、はたまた先に二日酔いを飛ばしてしまったのか、けろっとした顔でキュルケを引き摺っている。
「うーむ、酒には強い方だと思っていたんだが、今日はちと酷いな……」
「飲めや食えやの大騒ぎだったからな。余達もちょいと酒精が残っているような気がするぞ」
「まぁ、僕らは飲んだ総量を二人で割ってるから、わざわざヒーリングする必要はないんだけどね」
「うーん、アンタらちょっとズルくはないか……?」
こっちではむくつけきサイトとジョゼフ、それから爽やかな美男子といった風情のシャルルが並んで出てきている。
……なんかこう、むさ苦しい感がなくもない。
「そちらは大丈夫か?」
「ああ、お構い無く。アルコールには強い方ですので。ティファニアさんも……いや、大丈夫ではなさそうですね。ジュリオ、水をお願いします」
「御意に」
「だ、大丈夫れす……ちょっと、酔いが残ってるだけですのれ……」
「寧ろ何故一日跨いで酔いが残るのか、そちらの方がわからないのだが?」
そしてこっちは……原作を知ってるとなんだこれ?ってなりそうな組み合わせの、ビダーシャルとヴィットーリオとジュリオとティファニアの集まり。
ジュリオに関しては使い魔として後方に下がっているが、他三人が普通に会話しているのを見ると、なんとも不可思議な気分に陥ってくる。
都合のいい二次創作ですら、中々見ないだろう組み合わせである。……写真とか撮れるなら、一枚くらい撮っときたかった感じだ。
そんな感じにみんなが起きてきて、そのまま食堂に緩やかに移動し、朝食を終えて広間に集まり直す。
「……はい、ではミス・キーアの虚無の目覚めも終えた事ですし。とりあえずここでの物語を、一度終えることと致しましょう」
こちらの住人であるタバサ・キュルケ・ジュリオらをガリアの双子王が相手をしている間に、私とマシュの帰還準備を整えたヴィットーリオがそう声を上げる。
彼やルイズ、先の双子王にサイトやティファニア達その他も逆憑依を受けた存在がいるが、彼らはここに残るつもりのようだ。
まぁ、そのあたりは前々から感付いていたので、あんまり驚くようなものではないのだけれど。
「……結局、今回のこれってなんのためのものだったの?」
「そうですねぇ。……目覚めぬはずの虚無を目覚めさせるために、世界が欲した結果……でしょうか?」
なんとなくわかっていた答えを、なんとなく答えられながら、小さく頷きを返す。
……原作における虚無とは、望む時・必要な時にしか与えられないものである。
この平和なハルケギニアでは、その必要な時が来ることはあり得なかっただろう。
もしくは、大隆起が起きる間近になって目覚めるとか、ギリギリの様相を呈することはほぼ確定的だった。
「私がゼロじゃない以上、目覚めるのが誰なのか、みたいなところもあったし。……都合よく流れてきたビジューが、辻褄あわせみたいな星の元に生まれたのは、多分間違いないでしょうね」
「……結局、良いように使われてた気がして、私としては不満たらたらなわけなんだけど」
ハルケギニアでの虚無の必要性と、こっちの
どうにも好き勝手扱われている感じがして、なんというか気分が冴えない。
最後の最後に望まれたことを蹴ってやったけど、それだけでどうにかなるほど甘いものでもないのだろうなということは、重々承知している。
「だからまぁ、
「ええ、必ず。好き勝手などさせませんよ」
「そこら辺はまぁ、俺達も残ってるから安心してくれ」
「はい。お任せします、サイトさん」
互いに握手を交わし、別れを惜しむように軽いハグなんかをした後に、私とマシュは定められた位置に並んで立った。
それから、ヴィットーリオがとある呪文を唱える。
──
「じゃあ、因果の交差路で、また会いましょ」*4
「……それルイズの台詞じゃないじゃん」
「ふふっ、最初に言ったでしょ、色々混じってるってね。じゃ、元気でね」
「はいっ。皆さん、今までお世話になりました!」
「気が向いたらこっちに来なさいよ、歓迎するから」
そんな、軽い挨拶を交わして。
今生の別れになるかもしれないそれを惜しみながら、私とマシュは扉にその身を進ませた。
──そうして、目が覚めた。
「おーい、そんなところで寝てると風邪引くっすよー」
「……はっ!?その声はあさひっ?いや違う、これミラさんかっ」
「正解っす。寝起きにしては頭回ってるっすね?」
意識を取り戻した時、私はあさひもといミラさんに肩を軽く揺すられていた。
寝惚け眼で周囲を見渡せば、そこは湖が見える草原──あの日、ピクニックに行った場所だった。
……戻ってきた、のだろうか?
ぼんやりとした意識のまま、自身が手に持っていたモノ──スマホに気付き、日時を確認してみる。
あのピクニックの日付から、おおよそ三十分ほどが経過していた。
……白昼夢扱い、ということなのだろうか?
確かに、自身の膝の上ではマシュが幸せそうな顔で眠りこけているし、傍らのあさひも特に驚いたりとか心配とかはしてない……、いや、なんか一点を指差してる。
「
「はっ?……あっ」
彼女の呆れたような台詞に、ついと視線を動かせば。
そこには、私達以外の人が──金糸の髪を黒いリボンで纏めた百合のごとき少女が、
『やぁ、こういう時はこう言うべきなんだっけ?──来ちゃった♡』
穏やかな寝顔を晒すその側に、胡散臭い妖精を侍らせ、そこに倒れていたのだった。
六章はおしまいなのですよ。