なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「うまい!」*1
「……そりゃどうも」
ライネスの羞恥心と引き換えに描かれたハートマークを崩しながら、他の具材と一緒にスプーンで口に運べば。
とろとろの卵とチキンライス・それからアクセントのケチャップが、絶妙なハーモニーを口の中で奏で始める。
……うむ、美味しい。大口を叩くだけのことはある。
ただまぁ、本来こういうハートマークとか描くようなオムライスって、わりとチープな味であることが多いので……。
「なんというか、ちょっとチグハグ感があるよねぇ」
「文句があるなら食べなくてもいいんだよ?」
「おおっと、客が食べてるものを下げようとするやつがあるかいっ」
「……ちっ!!」
「いや、どんだけ嫌だったんだよお前……」
なんというか、ハートマークとかポージングとか、全部余分だよなぁ……なんてことをぽつりと呟けば、固まった笑顔のライネスが、オムライスの皿を持っていこうとしたため、そうはさせるかとばかりに皿を引き寄せて、彼女の手の届かない位置に移動させる。
伸ばした手が空を切った形になった彼女は、忌々しげに舌打ちをしていた。……銀ちゃんの言う通り、『萌えきゅん』とかやらされたことが、よっぽど腹に据えかねていたらしい。
……そこまで嫌なら、止めてくれってちゃんと主張すれば良かったのに。
まぁ、メニューは絶対なので、そこらへん選択肢にも上がらなかったのだろうけれど。
「それはあれかい?さんざん写真を撮って満足したから、ということかい?」
「…………」
「おいこっちを見ろキーア、密かにメニューの方に『お望みの方は
「ちゃんと
「はぁ!?……うわホントだあがってるっ!!?」
こちらに詰め寄ってくるライネスから視線を外しつつ、代わりにスマホの画面を見せる私。
一応フォロー限にしてあるので無秩序に拡散したりはされないだろうけど、それでも結構な人数のなりきり郷仲間に拡散されたのは確かだろう。
なお、内容はこんな感じ。
【悲報】かの喫茶店の看板娘、メニューには勝てず【えへ顔ダブルピース】
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午後12:42・20**年11月29日・Tubuyaitter for Android
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1029件のリツイート 32件の引用ツイート
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2531件のいいね
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@ ⟳ ♡ …
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待ってwwwwウケるwwww
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あっ(察し)
……私しらなーい
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こんな、こんなことが許されていいんですか!?(大爆笑)
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……骨は拾っておくわね
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更新押す度にいいねとリツイートが増えまくってるんじゃが……じゃが……(恐怖)
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☼ Φ ♪ ✉
「………げふっ」
「あ、死んだ」
スマホの画面を凝視していたライネスは、そのまま膝から崩れ落ちた。
彼女が手放したことにより宙に飛んだスマホをキャッチし、そのまま座り直す私。
……まぁ、いいねが三千件くらいあるってことは、それだけの人数に、彼女の恥ずかしい姿を見られたと言っても過言ではないわけで。
「いやー、大変だねぇ」
「うわぁ、すっげー他人事」
「所詮は郷の中でしか拡散しないだろうし、それくらいなら日常茶飯事みたいなもんだし。……これが、そこのはるかさんが自分のツブヤイターで拡散したー、とかだったらちょっとは慌ててあげるけども」
「ひぃっ!?ききき気付いていらしたのですかっ!?」
「……気付くもなにも、最近いっつも入り浸ってるらしいじゃないですか、はるかさん」
かわいそうだとは思うけれども、同時にその小悪魔的な感性で周囲を振り回しているライネスが、こうしてダメージを受けて沈んでいる様というのは……まぁ、わりとみんなに望まれているものでもある、と言うか?
とはいえ、最近仕事そっちのけでラットハウスに入り浸ってるっぽいはるかさんに、一部始終を見られていることについては、ちょっと考慮するべきかな?
……と言うようなことを、こそこそと逃げようとしていた彼女を捕まえて、戻ってきた私は考えていたわけであります。
「!?あれ、さっき座って……あれ!?」
「残像だ」*3
「マジかよ!!?スペックの無駄遣い!?」
さっき椅子に座り直したはずの私が、いつの間にか出入口に居たことに驚く銀ちゃん。
はるかさんが気配を限りなく薄くして逃げようとしていたので、こっちも大人げなく本気を出しただけなのでなに、気にすることはない。
「あー!あー!後生ですお願いです離して下さいキーアさん!私には病気の妹がー!!」*4
「?どしたのお姉ちゃん?」*5
「…………び、病気の母親が……」
「
首根っこを捕まれたはるかさんが、じたばたと喚いている。
……まぁ、個人で楽しむとかなら、別に構わないのだけれど。
この人以前「うちの妹がこんなにかわいい!」とか言いながら、ツブヤイターに写真をあげていたことがあったため、ゆかりんから要注意人物としてマークしておいてほしい、と頼まれているのだ。
……なんというか、基本的にオタク系の人物なせいか、時々ブレーキが壊れることがある、というか。
その結果が初対面の時のマシンガントークだったり、はたまたいつぞやかの姫騎士ムーブなわけで、すっかり目の離せない人として、郷内の有名人物になっているはるかさんなのでしたとさ。
「……やっぱり撮ってた。はい、一応外部の人なのでこれは削除しますねー」
「あああああ、折角のライネスちゃんの萌え画像がー!!」
「もー、お姉ちゃん?そういうのはダメだって、八雲さんにも言われてたでしょー!」
「ご、ごめんねハルナ……」
「ここではココアー!!」
「ご、ごめんねココア……」
彼女からひったくったスマホを調べれば、出るわ出るわ隠し撮りの数々。……その技術は別の場所で活かすべきなのでは?
まぁ、活かしていたのが今までの職業なわけで、その結果があの騒動なので、わざわざ口には出さないのだけれども。
泣き崩れるはるかさんに、ココアちゃんがダメ出しに近付いていき、そのまま名前を間違えて更に怒られているのを横目に、私は小さくため息を吐くのだった。
「じゃあマシュ、また家で。二人のこと宜しくね」
「はい、お粗末様でしたせんぱい。お二人のことは、どうぞお任せください!」
精神ダメージがオーバーしたためフリーズした、ライネスとはるかさんをマシュとココアちゃんに任せ。
お昼を食べ終えた私達は、再び街へと歩を向ける。
……健康状態が原作よりも悪化しない、ということを逆手に取って、パフェ系ばっかり食べている銀ちゃんには、ちょっと胸焼けがしたけれども。……正確には死にゃしないってだけで病気にはなるはずなのだけれど、そのあたりわかっててやってるのだろうかこの人?
「……?どした、ほっぺに芋けんぴでもついてたか?」*6
「いや、さすがに芋けんぴなんてついてたら自分で気付くでしょうよ、っていうかパフェしか食べてないのに、芋けんぴなんてくっつく余地がないでしょうに」
こちらの視線に気付き、銀ちゃんが自分の服を確認し始める。
……そこで服とかに食べ残しがくっついている、と考えるあたりが彼らしいというか、なんというか。
とまれ*7、なにかがくっついているわけではないので、自分の尻尾を追い掛ける犬みたいにくるくる回り始めた彼を制止しておく私。
ちげーの?みたいな顔の彼にため息を吐いて、次の目的地を決める。
「あん?どこ行く気なんだよ?」
「決まってんでしょうよ、健全な精神は健全な肉体に宿る。──誤用であれ、その心構えには見習うべきところがある……ってね」*8
「はぁ?」
そうしてやって来たのは、バッティングセンター。
アニメやゲームの中でしか見れないような、魔球・秘球を再現していると評判のお店である。
まぁ、野球ってテニヌとかバヌケ・超次元サッカーとかとは違って、どれか一つの作品だけがおかしいんじゃなくて、どれもこれもおかしい技があったりするため、このバッティングセンター自体がわりと魔境と化しているのは否めないのだけれど。
運動量が足りているか微妙な銀ちゃんの為に、午後は体を動かす方向で進めたいと思う次第である。
「……いやさぁ?不摂生なのは自覚してるし、こうして心配して貰えるのもありがたいんだけどさぁ?……あれ、何よ」
「ふむ?……ああ、ピッチングマシーン
「あれとある系かよ!?」
困惑したような声をあげる銀ちゃんと、その前方十八メートルほどに佇む、人型の機械。
見た目は銀ちゃんの言った通り、『とある』シリーズの恋査さんである。……看護師じゃなくてチアガールだし、中身の無い本当にただの機械だけどね!*9
これもまぁ、逆憑依の関連技術の一つ、かついつものように失敗作らしく。
恋査さんのように、機械で異能を再現しようとしたらしいのだけれど、そもそも彼女の理論が『内部構造の調整による異能者の肉体との合一化』だったため、『んなもん再現できるかぁっ!!』って初っぱなから頓挫したものなのだそうで。
それがなにをどうしたのかは不明だけれど、こうしてピッチングマシーンとして完成した、らしい。
なお、『異能の噴出点』ではなく、『魔球を投げるための状況・肉体の再現』という、逆に凄い気がしないでもないモノになっているのだそうで。
……野球以外に応用が全く効かないらしいのが、惜しいというか良かったというか。
まぁ、とにかく。
「まずは当てることから考えよっか」
「待って!?そこから!?なにが飛んでくるの!!?」
「
「……無理だって!!」
ホームラン取れとは言わないから、まずは当てるところから初めていこう、と及び腰の銀ちゃんに声を掛ける私なのでした。