なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
スパイである彼に名前はない。
いや、コードネームとして『黄昏』という名前はあるにはあるが、彼はスパイとなる際に本名を捨てた。
ゆえに、彼を指す名前として使うのならば、偽名であるそれ──ロイド・フォージャーというそれを使うべきなのだろう。*1
「まぁ、俺はここに来た当時はそんなことも忘れていたんだが」
「記憶喪失……っていうとあれだけど、前後不覚ではあったみたいなんだよね」
そんな彼は、なんの因果か私の斡旋により、この神社の宮司として生活していたのだった。
……え?なんで変装してるのかって?
そりゃ勿論、この世界に彼の役割が無かったからだよ?
「……んん?」
「スパイファミリーってある意味勘違いものの文脈を持ってるじゃない?そのせいって訳じゃないんだけど、なにかを演じてない時の彼ってちょっと不安定になるのよね」
「ええ……?」
正確には、他の家族達が居ない状態で『ロイド・フォージャー』を自称しても、あまり(再現度的な意味で)効果がないというか。
……他の家族が揃っていてこそ、『ロイド・フォージャー』として認められる、とも言い換えられるかもしれない。
多重に演じている判定になるため、再現度の補正が掛かり辛いのかも?
まぁ、だとしても有り余る『黄昏』としてのスペックはある程度発揮できてる辺り、あくまで気の持ちようの話なのかもしれないが。
「そんなもんなの?」
「なにぶんあんまり例がないからねぇ。一応近い例にはコナン君とかがいるけど、彼の場合は身体の大幅な変化ってものが付随してるから」
「あー……本来の自分とそうでない自分との間に明確な壁がある、ってことか?」
「そういうこと」
今の自分は本当の自分ではない、と客観的に認識できる事実が有るか否か、みたいな話なのかな?
本来ならその程度で揺らぐものではないのだろうが、そもそも私たちは『逆憑依』。
性質として
正直同じようなパターンというのがあまりない……敢えて言うならクラウドさんが一番近い?
とはいえ彼の場合は記憶喪失などを含んだ結果として、本来の本人の人格から掛け離れた……という状態。
ロイドさんみたく
なので、ここではあくまで事実を語る、という意味で……このなりきり郷に現れたばかりの彼が、そもそも自身の認知すら危うい状態だったということだけを伝えておくのだった。
「……それ、他の人は知ってるの?」
「そりゃもう。って言っても大分特殊な感じだったから明確に知ってるのはブラックジャック先生とか、それから報告先のゆかりんくらいのものだけどね」
まぁ、それも大体半年近く前の話なので、こうして他の人に開示してもいいかなー、ということになったのだが。
経過観察的に問題無さそうだとブラックジャック先生からお墨付きを貰った、ということでもある。
「……なんというか、大変だったんだな」
「個人的にはもう宮司でいることに慣れきってるから問題はないんだがな。……今さらロイドとして動け、と言われても困るくらいだというか」
「なぁこれ本当に大丈夫なのか???」
「大丈夫っていうか、ロー君論文みたことあるんじゃない?」
「は?」
「『特殊事例を抱える被験者に対しての【継ぎ接ぎ】治療の有用性』」
「……あのレポートか!?」
なお、私としてはロー君が不思議そうにしてるのが逆に不思議だったり。
……だって彼、【継ぎ接ぎ】を有効活用できないか?……という研究の被験者かつ成功例の一人として、普通にデータの公開がされている人物だし。
以前、隔離塔──ブラックジャック先生が仮住まいとしている地下千階のその施設に住まう患者達への治療方法として、【継ぎ接ぎ】を活用できないか研究していた時期がある……みたいな話をしていたことを覚えているだろうか?
そう、静謐のハサンちゃんが多重人格者になっていたあれ、である。
……彼女へのそれは上手く行った、と手放しに喜べるような成果は出ていなかったが、その失敗を糧により安全に・かつ必要な部分にだけ作用する【継ぎ接ぎ】のさせ方、みたいなものが研究され続けていたのだ。
そして、その研究の成功例として他の医者達にも開示されているカルテの元が、なにを隠そう今この場にいる彼のそれ、なのである。
「まぁ、どっちかと言うと経過観察の結果が有用なデータとして認められた、みたいな感じの意味合いの方が強いらしいけど。……完全に元に戻すことはできなくても、創作要素を極度に落とした形態を付与できる、みたいな点でも興味深い結果となったとかなんとか」*2
「俺としてはまともに動けるようになっただけでありがたい話なんだがな」
あっけらかんとして答える彼の様子に、微妙な表情を隠しきれない他の面々である。
……まぁうん、今のロイドさんが仮にアーニャやらヨルさん*3と出会ったとして、原作のような関係を築けるのか?
というような疑問を抱いてしまう、というのはわからないでもない。
だがそれは、『逆憑依』ならばある意味仕方のないこと。
……サンジ君とかがわかりやすいが、キャラ造形としては原作のそれに近いにも関わらず、特徴的でわかりやすい部分を発揮できないままに
「黒足屋が?」
「あれ?そういえばロー君ってサンジ君と会ったことないんだっけ?」
と、そこで意外な人物から疑問の声が上がり、思わず言葉をストップしてしまった私である。
……で、そうして発言を止めた後で、よくよく考えたらそれも当たり前か、と思い直した。
サンジ君が彼らしくあるために選んだのは、原作のキャラクター達の隣ではなく、侑子の隣。
つまり、基本的に『tri-qualia』に入り浸っており、医者として忙しい生活を送るロー君とは接点の持ち用がなかったのだ。
……VRゲームとか医者の視点や読者の視点からすると胡散臭過ぎる、みたいなところもあって余計に接点がなかったというか。
「まぁ、『逆憑依』なら勝手にフルダイブになる……みたいな話を聞いて、健康被害云々の話が頭を過らねぇ医者なんぞいねぇとは思うが」
「ははは。……まぁそこはともかく。サンジ君は元々自分のスレでは紳士的なキャラとして通してた。それは別になりきりが下手だったからじゃなく、原作みたいにメロメロになっていい相手が居なかった、というところが大きいわけでね?」
「……まさかとは思うが、
「ああ、ポリコレとか余計な話は止めてね?そもそもサンジ君の中の人って女性だった気がするから余計に」
「…………難儀な」
いやまぁ、サンジ君の中の人の性別云々は私も最近知ったので、その辺りを責めることはできないんだけども。
……とはいえ、納得できる部分も幾つかある。
あのサンジ君はなんというか、女性に対して紳士的過ぎるのだ。
無論原作の彼が紳士ではない、なんてことを言うつもりはないのだが、それでももうちょっと女性に対しては……気持ち悪い?
まぁ、悪い言い方をすると必死さが足りない、というか。
その辺りが『女性視点で理想化された面』であるとするならば、なんとなく納得できなくもないのである。
……その結果、フェミニスト(正しい意味or間違った意味)としてややこしくなっている、というのは笑っていいのやら泣いていいのやら。*4
ともかく、彼があんまり女性に対してがっついていないのは確かな話。
それが中の人補正であるとするならば一応の納得は行くが……同時に、キャラクターとして寂しい気がするというのも事実。
例えば、鬼畜でエッチなことで有名なランス*5が今ここにいたとして、外道なことにもエロいことにも興味を示さない……となると、思わず目を疑うことだろう。
……いや、最終作ではわりと丸くなったらしい*6とは聞くが、それでも全くエロに走らないランスなどランスじゃねぇ、というのは変わりあるまい。
「言ってしまえば、今のロイドさんの状況も似たようなものなのよ。家族が周りにいない以上、『ロイド・フォージャー』としては暮らし辛い。ゆえに、『黄昏』として──スパイとして誰かに変装している方が安定してしまう、みたいな」
「……黒足屋もそうだったと?」
「侑子の前だけとはいえ、
個人スレでもないのに個人スレみたいになる、というのはなりきりにおいて往々にして発生すること。
その中でキャラクターらしさを維持するには、他者との関わりを基盤としたイメージは時に切り捨てる必要もある。
名無しを他者として触れあう……みたいな方法もあるが、それにだって限度はある。
異性相手に態度が変わるというパターンにしてみても、名無しが同性ならば違和感のある描写ということになってしまうわけだし。
……とはいえ、そうして切り捨てたものが、いつまでも自身の中にないまま、というわけでもない。
本人がそれを取り戻したい、と思うことは少なくはなく。
ゆえにサンジ君みたいに、他所のキャラクターに救いを求めることもある。
今のロイドさんは『黄昏』であることに安定を求め、それが成就したがゆえにこんな感じだが。
もし仮に、原作のような家庭を築けるような相手と出会えば──新たな仮面として、『ロイド・フォージャー』を被ることもあるだろう。
言葉にしてしまえば、その程度の単純な話。
それが彼の場合、アイデンティティとして結構大きかったので大変だった、みたいなことでしかないのだった。
「……そんなもんなの?」
「
「結論が大分雑になったんだが???」
まぁ、なんやかんや言って同僚がいないのは悲しいことなので。
そんな感じの言葉で締めて、私達は彼の居住地を後にしたのだった。