なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
───これは夢想の絵画。
手を伸ばせど届かず。
朽ち行くはずのモノに、与えられた僅かな奇跡。
願いは叶えられ、その者は新しい旅路を行くのだろう。
──その道が、仮初めのものであったとしても。
いつか必ず覚めてしまう夢なのだとしても。
彼の者はその夢を胸に、明日を夢見続けるのだろう。
決して届かぬ、夢の続きを。*1
──欠けた夢を、見ていたようだ。*2
いやまぁ、ちょっとカッコ付けてみたものの、単にキャパオーバーでぶっ倒れただけなんだけどね?
ただ、夢の中で思いっきり語り掛けられてた気がする辺り、なんというかやべーことになってそう感が凄いなー、とは思っているわけなのだが。
「あ、せんぱい。よかった、無事お目覚めになられたのですね。……その、お体の方は大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫大丈夫。一回全部投げたらとりあえず楽になったからへーきへーき」*5
目を覚ますのとほぼ同じタイミングで、楯が部屋に入ってきていた。
……何故かラットハウスの制服*6を着て。いや、なして?可愛いし似合ってるけど、なして?
「そのですね、せんぱい。私、マシュ・キリエライトは、ここラットハウスで、働かせていただくことになったのです!」
「なる、ほど?」
……声優ネタとしては若干危ないところじゃないそれ?*7
なんて思ったのだが、別にそういうわけではないらしく。
私が気絶している間に、楯とライネス、ココアちゃんの間でいろいろと会話をしたところ、暫くの間ラットハウスで働くことになったのだとか。……良いとこで気絶しちまったわけですねわかります。
「その、せんぱいに相談もせずに決めてしまったことについては謝罪します。……ですが、私が今すべきことは、ここで働くことだと、そう思うのです」
「あー、うん。別に私に許可とか取らなくてもいいよ。別に貴方の保護者ってわけじゃないし」
申し訳なさそうに伏し目がちな視線をこちらに向けてくる楯に、小さく苦笑を返す。
いつかのマシュと同じく、自身の理由を見付けられると言うのなら、それはそれで構わないのだ。
……いかんな、思考がちょっとシリアス*8に寄ってるような気がする。それもこれもあの夢魔のせいだな、マーリンシスベシフォーウ!*9
一回首を振って、滞った思考を全て発散。
……ん、元の
ベッドからよっ、と飛び起きて立ち上がる。
「えっと、どうされたのですかせんぱい?」
「んー、なんでもないよー。とりあえず、下に降りよっか。ライネスも待ってるんでしょ?」
「あ、はい。せんぱいをお待ちです、ココアさんもご一緒に」
「へーい、いろいろあんがとねマシュ」
「えっ!?あ、はいっ!」
階下では、店内の客席の一角で先のメンバー達がコーヒーブレイク*10を楽しんでいた。
「お、キーアおねいさん戻ってきたゾ」
「おや、結構早かったね。おはようキルフィッシュ君、そ・れ・と・も、キーアと馴れ馴れしく読ぶ方がお好みかな?」
「どちらでもお好きにどーぞ。どっちで呼ばれるのも慣れてるし」
「ふむ?……ああ、
「…………うん、宜しくライネス」
気付いてやんの。……ホントに再現度が低いのかこの人?
まぁ、不都合があるわけでもなし、とりあえず話を始めよう。
彼女の対面の開いてる席に腰を下ろす私達。それを確認して、ライネスが口を開く。
「それで、一応マシュから触り*11くらいは聞いてるだろうけど。彼女、うちで働くことになったから」
「うん。まぁよくわからんけど、話し合って決めたってことならこっちに言うことはないよ。マシュのやりたいことを尊重したいしね」
「ホント!?やった!マシュちゃんと一緒にバイトだ~♪」
「は、はい!これからよろしくお願いします!」
「おー、これでラットハウスもますます賑やかになりますな~」
「ぴーか、ぴっぴかちゅう」*12
彼女の言葉に了承の意を示すと、ココアちゃんが椅子から飛び降りてマシュに駆け寄り、その手を取った。
そのままマシュと手を合わせて、心底楽しそうに跳ね回るココアちゃん。
マシュもたどたどしいながらも、それに合わせて彼女と踊るように店内を回っている。……うむ、良い光景だな!
しんちゃんと一緒になって、うんうんと頷いておく。
「で、その間君はどうする?別に一緒にうちで働いて貰っても構わないけど」
「んー……いや、こっちはこっちで別にいろいろと見て回ろうかと思ってるから、今のところはいいかな。まぁ、毎日顔を見に来るつもりではあるけど」
「えー、キーアちゃんは一緒じゃないんだ……」
かと思えば、私が単独行動*13をすることを伝えると露骨にテンションが下がった。……なんやこの私が悪いことしたみたいな空気は。
仕方がないので、ふいっと浮いて、しょぼんとしているココアの頭をなでなで。*14
「えっ!?キーアちゃん飛べるんだ!?」
「そうそう、私は悪い魔法使い*15だからねー。こういうのわけないんだよー」
「悪い魔法使いだったの!?」
「悪いよー凄く悪い。なんてったって魔王*16だからね、私」
「魔王っ!?まさかの勇者*17ココア計画が、ここでスタートしちゃうの?!」
「……倒しに来るの?」
「はぅっ!?そ、その顔は反則だよー!」
「ははは、魔王なので反則くらいわけないのだー」
「うわー!こんなの負けちゃうよー!?」
なでなでよりも、身長差を埋めるために宙に浮いたことに驚かれてしまった。……ついでなので設定を明かして魔王ムーブ。
魔王=悪*18、という古い価値観なココアを存分にからかいつつ、時に見た目を悪用した下からの覗き込み涙目で、勇者ココアにクリティカルヒット*19を繰り出し。
さっきまでの沈んだ空気が完全に払拭された事を確認して、私は席に戻った。……対面のライネスが、苦笑と半笑いの混じった表現に困る顔を向けてきてたんだけど、これは一体何事で?
「いや、他所の世界の事だし、そもそも今の私は魔術師*20って訳でもないから、こういうことを考えるのは筋違い……なんだけどさ?……そうポンポン空を飛ばれると、こちらにも少々思うところが無くもなくてだね?」
「……そういや飛行魔術って相当に高度なもんでしたね」*21
失敬失敬、と舌を出しつつ謝罪。*22
対面のライネスの表情が更に複雑なものになっていたけど、とりあえず怒ったりするつもりはないようだ。……意外と自制心が強いですね?
「……おい、流石の私も怒るぞ」
「ごめんごめん。ライネス相手に付け入る隙を見せるとヤバそうだから、つい」
「……そこは、私もちょっと否定しかねるな」
自分で自分の癖とかちゃんと把握できてるのは凄いと思うけどね、と返せば、君とはどうにもやりにくいな、と返される。
……いやまぁ、
そんな事を口にすれば、彼女は嘆息した後に小さく首を横に振った。
「……まぁ、いいさ。それで?今日はこれからどうするつもりだい?」
「んー、一回ゆかりんのところに帰りたいって感じかなー。そろそろ用事も終わったんじゃないかな、って思うし」
「あ、そうでした。八雲さんからの説明が途中でしたね」
「あ、八雲さんとも知り合いなんだー。凄いんだね、キーアちゃんもマシュちゃんも!」
「……知り合い、かなぁ?」
「あれ?」
一緒にご飯を食べた仲、というと結構親密そうに聞こえるけど、所詮は一緒に外食をしただけだからなぁ?
困惑するココアを置いて、マシュと顔を見合わせる。……んむ、まぁ苦笑いしか返ってこんよね、これは。
「うん、今日あったばっかりだからよーわからん」
「出会ったばっかりなのにフランク過ぎるよ……キーアちゃん達コミュ力の塊だよ……」
「その称号はしんちゃんにこそ相応しいと思うんだ」
「あ、それは確かに」
「お?なになに?オラ褒められちゃった?いやー、それほどでも~」
「うん、褒めてる褒めてる」
「……お?」
……基本的に褒めてない*23、って言われる流れだったからか、そのまま褒められたしんちゃんが、おめめをぱちくりしている。
珍しい表情だな、なんて思いつつ私はコーヒーに口を付けるのだった。……にがっ。*24
「はーいお待たせ!迎えに来た……って、あれ?五条君は?」
「途中で料理屋見付けちゃったので退散しました」*25
「……ああ、あのお店ね……ちょっと悪いことしちゃったかしら?」
「まぁ、それよりも前からちょっと抜けたそうにしてたみたいだし、気にすることないんじゃないかなー?」
ライネスがゆかりんへの連絡手段を持っていたので、連絡を入れて貰って大体五分後。
机の横にスキマが開き、そこからゆかりんが上半身だけをこちらに出してきていた。
お待たせと言った後に周囲を見回して、居なくなってる五条さんについての説明をこちらに求めてくる。
……魔窟に近付きたくないから途中で離脱しましたよ、と返せば、ゆかりんは納得したように遠い目をしていた。……見たことあるのか、ゆかりん。管理者は大変だな……。
なので、そもそもそこを通る前からそわそわしてたから、離脱するいい機会になって向こうも感謝してるかもしれないよ?的な事を追加で証言しておく。
「そう?……ってあら?」
「おっと、それはあとで」
「……?せんぱい、どうされたのですか?」
「なんでもないなんでもない。とりあえず、元の部屋に戻る?」
「……そうね。とりあえず、戻りましょうか。ライネスちゃんもココアちゃんも、また今度ゆっくりお話ししましょうね?」
「ん、またコーヒーを飲みに来るといい。今度はゆっくりね」
「はーい!八雲さん、お待ちしてますねー!」
「おー、オラもオラもー!」
「はいはい、また一緒にね?」
「ほっほーい!八雲おねいさんも、お元気でね~」
何事かを気付いた様子のゆかりんに静かに、とジェスチャー。
不思議そうにこちらを見てくるマシュになんでもないと返して、ラットハウスのメンバー達に別れの挨拶。……しんちゃん的には、ゆかりんも十分許容範囲らしい。
そうして挨拶を済ませた私達は、元の社長室っぽい場所に戻ってきたのだった。
「それにしても、しんちゃんにも出会ってたのね。運が良いんだか悪いんだか……」
「
「そういうこと。……いえ、ある意味もう嵐には巻き込まれているんでしょうけど」
再びソファーに座り直して、ゆかりんと向き合う。
……最初と違って一人居ないわけだけど、それはまぁ仕方ない。
「さて、ホントは昼の話の続きをしたいのだけれど──うん、もう夕方だし、寝床の案内をして今日は終わりかしら?」
「あ、やっぱり元の家には戻れない感じ?」
「というより、戻せないが正解ね。……姿形に性格まで変わってしまっているのに、今まで通りの日常を過ごすのは不可能でしょう?」*27
そのまま話が再開されるのかと思ったのだけれど、流石に探索やらなんやらで時間を使いすぎたらしい。
壁に掛かった時計を確認すれば、現在の時刻は夕方の六時くらい。
そろそろ夕食の準備やらなにやらを考えなければならない時間だ。……まぁ、そこは気にしなくてもいいって今言われたわけだけど。
姿が変わってしまっている以上、今まで通りの生活を送るのは不可能。
故に、『なりきり郷』ではそこのサポートを行っているのだという。……昼間の銀さんが言っていた「金の心配はいらない」ということの理由だ。
「えっと。その場合、元の家族への連絡などは……?」
「一応政府のお偉いさん方ともパイプがあるから、それでちょちょいとね。基本的には未知の感染症に罹患してしまったので長期入院、みたいな感じに通達されているはずよ」
「なるほど……」
マシュの疑問に答えるゆかりん。……一応私も彼女も親元からは離れていたから、そこまで心配は掛けない……といいなぁ?
感染症扱いなのは、いつか元に戻ることがあった時の為のものだろう。いろいろ用意周到と言うか、なんかきな臭くも感じると言うか。……考えすぎならいいんだけど。
「ふぁ……ああ、ごめんなさい。ちょっと私も限界みたい……」
「え、どうされたのですか八雲さん?」
「心配しなくてもいいよマシュ、ゆかりんは一日十二時間寝てないといけないんだよ」*28
「え!?そ、それはなんとも……」
「心配してくれてありがとねマシュちゃん。……ふあぁ……ん、もうダメそう、ごめんなさい、後は
「あ、居るんだ
そんな事を考えていたら、ゆかりんが大きなあくび*29。……んん、これだけ自由に見える彼女でも、『八雲紫であること』には逆らえない、か。
私達が見ている前でソファーに横になって寝息を立て始めるゆかりん。それと時を同じくして、奥の扉が開いて一つの人影が室内に入ってくる。
「あーもう、八雲さんってばまーたソファーで寝ちゃってる。んー、でもこうなるともう朝まで起きないからなぁ……ってあ、ごめんなさい。八雲さんからお話は聞いてます。私、毛利蘭*32です。この人をベッドに運び終わったら、お二人の部屋にご案内しますので、もう少し待っていて下さいね?」
(そ……ッッそうきたかァ~~~ッッッ)*33
……やって来たランはラン違いだった。
思わず私達が硬直する間に、彼女はゆかりんを抱き上げて*34奥に消えていってしまう。
私達は互いに顔を見合わせ、なんとも言えない気分で毛利さんが戻ってくるのを待つことになるのだった……。