なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「ひい、ひい……」
「次くるよー、構えて銀ちゃん!」
「む、無理だって、あんなんばっかりとか、無茶だって……」
縦に大きく揺れる玉、途中で急加速する玉、横に大きく揺れる玉、消える玉、分身する玉、上空から急降下してくる玉、などなど……。*1
往年のロビカス*2すら霞むような多種多様な魔球の数々を、表情一つ変えずに投げてくる恋査さん。……いや、見た目だけ真似てるだけなので、別に本当に恋査さんなわけではないのだけれど。
ともあれ、そもそも玉に触れられないままバットを空振りしている銀ちゃんは、情けないとかの前にまず玉を見極めるところから始めるべきなんじゃないかなー、と思わなくもない。
目指すはホームラン!……とは言うけれど、そもそも触れられないんじゃ夢のまた夢ですよ?
「さ、さっきは……ぜぃ……ホームランとか……ぜぃ……狙わなくていいって……ぜぃ……言ってたじゃねぇか……」
「銀ちゃんには寧ろ、大きな目標を立てて上げた方がいいんじゃないかな、ってキーアさんは考えたのです」
「達成できないもんを置かれても萎えるだけだっつーの……」
滅茶苦茶息を切らしながら、バットを支えにして立っている銀ちゃん。
ううむ、別に運動ができないと言うわけでもなかろうに、なんでこんなにしんどそうなのだろう?
体に余計な力が入ってるから、とかかなぁ……?
「おっ、キーアちゃんじゃん!おっひさー!」
「ん、この声は……ゆっき!こっちこそおひさー♪」
「……あ、ああ。いつかの居酒屋の」
そうして暫くむむむと唸っていたら、背後から響いてくる懐かしい声。
振り向いた先に居たのは、野球大好きアイドル姫川友紀ことゆっき、その人であった。……休みの日にバッティングセンターにやって来た、みたいな感じだろうか?
まぁ、野球好きではあるものの、野球が上手いのかと言われるとどうなんだろう?……みたいな感想になる彼女なので、遊びに来たのか練習しに来たのかはちょっと謎なのだけれど。
「んー?そりゃもちろん、噂のスーパーピッチャー・恋査ちゃんを拝みに来たんだよ。一野球ファンとしては、大リーグボール1号とかに挑めるんなら挑んときたいじゃん?」*3
「なんでよりによって機械で一番再現しにくい1号を……。いや、説明見る限り投げられるみたいだけど」
「え、うそ!?ホントに!?」
「ホントホント。ほら銀ちゃん、バッターボックスに立って立ってっ」
「……えぇ、わざわざ凡退にされんの俺……」
話を聞くところによると、どうやら『どんな魔球も投げられる』というところが彼女の琴線に触れたらしい。
……まぁ、なんでもと言われると試したくなるのは人の性、というか。
ともあれ、飛び出した魔球の名前が『投げられる魔球のリスト』の中に記載されていたことを思い出した私は、疲れ果てている銀ちゃんに指示を出し、それからピッチングマシンの操作盤に触れて『大リーグボール1号』を選択。
すると、チアガールな彼女の背中に配置されていた木製バット達が、奇怪な音を上げながら位置を変え、端から見ると大きく翼を広げたような形になった。……やきうの天使?もしくは球児皇ホーム?*4
……見た目はともかく、魔球を投げる用意は整ったらしいので、銀ちゃんにバットを構えるように合図。
「ぬおわっ!!?投げるの速ってか怖っ!」
「おお、ホントに大リーグボール1号だ……っ!」
構えた途端に飛んできたボールに驚き、思わず後ずさった彼が構えを解きかけたところに、あわやデッドボールかと思われた玉は、バットに当たってそのまま地面に転がる。
……デッドボールすれすれのラインでバッターに近付き、それを恐れた相手がどうするかも読み切って
すなわち、
『巨人の星』作内においても、無理な姿勢からボールを打てるようにする、という奇天烈な対処法しか存在しなかった、わりと強い玉だ。
なお、魔球のキモは『相手の行動の予測』であるため、機械だと無理そうというのはそこに理由があったりする。
「いや知らねーよ!こんなん危険球扱いで退場食らうわ!」
「原作だと『バット狙いだから危険球じゃない』らしいよ」
「ウゾダドンドコドーン!?」
「いやー、絶対に危険球になんかしない、っていう覚悟の上に成り立つ魔球だからねー。そりゃ、投げる度に精神も磨り減らすもんだよねっていうか?」
まぁ、恋査さんならそこらへんは気にせず投げられるだろうけど。
……ただまぁ、『必ずバットにあたるようにボールが飛んでくる』以上、打てるようになると途端に哀しいことになる魔球でもあるのだけれど。
「なんだよそりゃ……無茶苦茶じゃねぇか……」
「スポーツ系漫画は必然的に超展開に行きやすいものだからねー。*5トンでも魔球にはトンでも打法、わかりやすいでしょ?」
「それを俺に求めるのは止めてくれませんかね!?」
とまぁ、そうやってわちゃわちゃ言いながら、魔球攻略に精を出す私達(主に銀ちゃん)なのでしたとさ。
「あ、お帰りなさいせんぱい」
「ありゃ、マシュのが先だったんだ?……っと、ただいま」
あれから都合三時間ほど、三人で交代しながら恋査さんに挑んで見たのだが、さすがにホームランを打つことはできなかった。
いやはや、まさかちょっと当てれるようになってきたと思ったら、ハイジャンプ大リーグボール1号とかのような組み合わせ魔球*6とかまで使い始めるものだから、途中で投げずに最後までバットを振っていた銀ちゃんには拍手を送りたいところである。
……まぁ、最後に帰る時に恋査さんのピッチングモードが『100エーカーの森』*7になっていたのに気付いた時の、彼のなんとも言えない表情には、ちょっと気の毒な思いをしたけれども。
道理で途中から情け容赦ない玉ばかりになったと思っていたけれど、バッティング中はわりと興奮してたからそこらへんの確認は頭から抜けていたので仕方ない、みたいな?
まぁ、やってる方からすればわりと楽しかった、で済むのだけれど。
ともあれ、運動していい汗をかいたから飲みに行こう、というゆっきからのお誘いを断って、こうして家に戻ってきた以上。
「今日はもうなにもしないぞー!」
「なるほど、了解しました。お風呂、入られますか?」
「ん、そうするー」
今日はもう風呂入ってご飯食べたら寝るぞー!
……と、よくわからない決心をする私なのである。
「と、言うわけで。君らもたまには風呂に入って汚れを落とさなくちゃねー♪」
「きゅっぷい。それはまた、急な話だねぇ」
「
そんなわけで、うちのペット?組二人を引き連れ、脱衣場に足を運んだ私。
今さら自分の裸がどうとか言うつもりはないけれど、さすがに他の人と入るなら水着くらいは……ということで、今回は水着を着用している。……え?旅行の時?はっはっはっ。……CP君相手に迂闊なことはできねぇっすわ。
「むぅ、そこまで警戒しなくても隠し撮りとかしないよ?」
「隠さず正々堂々真正面から撮りに来そうなのでダメです」
「ちぇー」
……なにがそこまで彼女を駆り立てるのだろう。
なんてことを思いつつ、上に着ていたモノを脱いでそのまま浴室へ。
……カブト君って水道水とか大丈夫なのだろうか?と、一瞬心配になったが、そもそも陸上で呼吸できている時点で気にするほどでもないか、と思い直して浴槽から桶でお湯を掬い、そのまま彼の頭にゆっくりと掛け流しながら、表面の汚れをスポンジに泡立てたボディソープで落としていく。
……地面を歩く彼らの性質上、どうしてもホコリとかが付着しやすいので念入りに。
「熱くない?目とかしみない?」
「きゅきゅー」
「大丈夫ー、だって」
「ふむ?……じゃあ泡流すよー」
甲羅って熱さとか感じるんだろうか?*8
などと関係ないことをちょっとだけ気にしつつ、ゆっくりと表面の泡を流していく。
……目にしみるかどうかは実際謎なのだが、無駄に試すよりはしみるだろうと仮定して洗った方が良いだろう、と判断。
意識して泡の流れる方向を誘導し、そのまま洗浄終了。別の桶にお湯を張ってそこに浸してあげてから、今度はCP君の洗浄に移る。
「僕はほどほどでいいよ?」
「だーめーでーすー。地面を這ってる以上、カブト君よりも汚れやすいんだからきちんと洗うっ」
「ええー、めんどうだなぁ……」
……女性だった時は汚れとか気にしてただろうに、ポケモンボディになるとちょっといい加減になるー、とかの副作用でもあるのだろうか?
なんて風に首を傾げつつ、足を中心にして念入りに彼女の体を洗っていく。……途中、ふざけて喘ぎ声とかあげていたので、デコピンをして黙らせたりしながら、こっちも洗浄完了。
「……ふぅー。やー、いいお湯だ」
「キャタピーの入浴風景とか、誰が喜ぶんだろうね?」
「探せばいるんじゃない?業が深いから深堀りはしないけど」
「きゅー」
カポーン、という音はしないけど。*9
丁度良い温度のお湯に浸かって体から力を抜くと、なんとも気持ちがいい。もうちょっと湯船が広かったら浮いたりもできるのだけれど……まぁ、それは贅沢か。
そんなことを考えながら、湯船から小さな桶にお湯を掬って、CP君やカブト君の背中?にかけてあげる。……小さい桶だとすぐ冷えるからねぇ。
「カブト君の方は泳げるだろうし、普通に大きい湯船に一緒に入れてあげればよかったんじゃないかい?」
「いや、これ入浴剤入ってるし」
「きゅー……」
「ああなるほど。全身浸かる形になるから、あんまりよろしくないか」
みたいなことを山もなくオチもなく意味もなく*10喋りながら、お湯に浸かること暫し。
よーく暖まったので湯船からあがり、ちっちゃい二人をさっさと拭いてあげてから、自分も服を着替えて外に出ると。
「ん、どしたのマシュ、ラットハウスの制服なんか着ちゃって」
「え、えと、その。……ま、マシュ・キリエライトっ、行きます!」
「へいっ!?」
料理を並べて待っていたマシュが、こちらに近寄ってくる。……何故かラットハウスの制服を着た状態で。
どういうこっちゃ、とこちらが困惑する間に、マシュは大きく深呼吸をすると、突然に腕を振り上げた!
「お、おいしくなぁれ、萌え萌えきゅん☆」
「…………っ!!?」
身振り手振りを交えた、今時メイド喫茶ですらお目にかかることができるかもわからないような、完璧な振り付けの『萌え萌えきゅん☆』と共に、マシュがオムレツにケチャップでハートマークを描き上げる。
こ、これは……冗談だったはずの……っ!!?
「う、ううっ。上手くできていたでしょうか、間違っていたりしないでしょうか……」
「おーい、マシュちゃんマシュちゃん」
「……は、はい。どうされましたかCPさん?」
「恥ずかしがってるところ悪いんだけど、キーア固まってるよ?」
「え?……せ、せんぱいっ!!?どうされまし……死んでる……」
「きゅー」
──後日、その日の夜の記憶だけすっぽり抜けていることをマシュに尋ねたところ、「き、ききき禁則事項ですっ!」*11と避けられ、大いに首を捻ることになる私なのであった。