なりきり板より愛を込めて~逆憑依されたので頑張って生きようと思います~ 作:アークフィア
「……それで?みんなでぞろぞろと、うちにまでやってきた……というわけかい?たまには顔を見せろとは言ったが、一度見せたら箍が外れたように来るんだな、君は」
「あ、あははは……」
こちらを眺めながら、皮肉めいた台詞を述べてくるライネス。
お昼時となったため、特に何も考えないままにラットハウスにやって来た私達だが。
迎えてくれたライネスは、一度呆気に取られたような表情を見せたあと、そのまま眉を顰めて先の台詞を吐き出したのだった。
歓迎されていないわけではないようだが、なんというか『マジかお前』みたいな雰囲気が、ありありと感じられる表情である。
「そりゃそうさ。……一応、そこの彼女については、余りおおっぴらにはしないつもりなんだろう?……最近のうちはわりと繁盛してるから、すぐ周囲に話が広まると思うんだけど?」
「なん、だと?知る人ぞ知る店感のあるラットハウスが、大繁盛、だと……?」
「おいこら、怒るぞ」
こちらの軽口に、ライネスがイラッ、とした様子で声をあげる。……いや無論冗談なんだけども。
でもまぁ、原作でもそんなに人の入りが良い方に見えなかった、ラビットハウスがモチーフになっているラットハウスである。……大繁盛、というのはちょっと……いやかなり疑問に思ってしまうのは仕方ない、と言うかですね?
「──だが、ここに例外が存在する」
「ウッドロウ・ケルヴ
厨房から皿を手に現れたウッドロウさんに、思わず声を返す。……彼は私達の座るテーブルに、頼まれた料理を並べながら、ラットハウスが繁盛している証拠を列挙していく。
「実際、元となっているラビットハウスも、機会を得た時には人の入りが多くなっていた。すなわち、そもそもに繁盛するための下地は持っている、というわけだ」
「まぁ、店員さんは可愛いし、コーヒーも普通に美味しいし、軽食も最近は増えていたし……」
「ああ、その通り。ゆえに……まさしく箍が外れたように、来店する客が少しでも増えさえすれば、自ずと評判は広がり、店の繁盛へと繋がる。──正の循環、というわけだね」
「はへー」
それはまるで、ダムが決壊するかのように。
そもそもが零か一か、くらいの客の入りだったのだから、そこから一人二人増えるだけでも、話は違ってくる。
そうして来店する客が増えれば、そこから評判は広がり、一人だった客が二人に、二人だった客が四人に……とばかりに客足は増えていくのである。
普通の店と違って、別に儲けの為に店を開いている訳でもない、というのもポイントだろう。……いやまぁ、あくまで料金が掛からないのは、郷の内部に居住している人のみ、外からのお客さん達からは、普通に料金は取っているらしいのだけれども。……それにしたって、普通のお店の料金からしてみれば、かなり破格の値段なわけだし。
「外でこのナポリタンを食べようとするなら、大体ここでの四倍はしますからね。そりゃまぁ、知れ渡ればあとは流れで、というのも納得ですよ」
「私はこちらの物の相場については存じ上げないのですが、随分と差があるのですね?」
「そりゃそうさ。そもそもの話、この建物の内部において、消費されうる全ては有り余るほどに量のあるもの。こと消費文明としては、ここ以上に住みやすい場所もないはずさ」
上から順に、はるかさん・アルトリア・ライネスの言葉である。
はるかさんの発言からは、郷の内部での物価が相当に安い、ということが理解できると思う。
外でのナポリタンの相場は大体六百から八百円前後。対してラットハウスでの価格は二百円。量が少ないわけでもないのだから、原価とか割り込んでいるのでは?と心配になりそうな価格である。
……まぁ、その辺りは農耕系のなりきり組が、わりと好き勝手に食材を作りまくっているから、という事情もあるのだが。
食品において、問題とされることは幾つかある。必要な量と質、飼育・栽培・保管をするための場所、そして食品の劣化だ。
三大欲求に根差す商品というものは、原則どれだけ数があっても
睡眠は
健康に生きようとする限り、三大欲求というものは、ずっと必要なものなわけだ。
その上で、『食』というものは特に供給に難のある商材だと言える。
普通に生活している、一般的な成人男性が一日に必要とするカロリーは、大体二千七百キロカロリーくらい(女性はその五分の四ほど)だが、さっきのナポリタンは大体六百キロカロリーくらいである。
単純に摂取カロリーだけで言うなら、一日四回ほどナポリタンを食べたとしても、摂取できるのは二千四百キロカロリーとなり、足りていないということになるわけだ。……いや、女性だったら、一日四食ナポリタンだと、ちょっとカロリーが多いくらいになるのだが。
ともあれ、ここに栄養素云々の話まで混ぜていくと、食事と言うものが意外にめんどくさい、というのはすぐにわかって貰えると思う。……それが、必要な量と質である。
そしてそれらを保管する場所というのも、問題になる部分だ。
これは次の劣化にも掛かる話だけれど、食材は適切な管理をしなければ、すぐに腐ったり味が変わったりしてしまう。
新鮮さを保つために、肉や魚であれば元となる動物を生かしたままであることが必要になったりするし、単に生かしたままだと味が落ちるなどの理由から、生育に手間暇を掛ける必要もあったりする。
それらを行う場所の確保、というのは。
住まう場所の確保と同じくらい、気を遣うものだと言える。──これが、飼育・栽培・保管のための場所の確保の問題、である。
そして、最後の食品の劣化。
これは食品が『物』である以上、避けようの無いものである。一般的に長期保存ができる物と認識されている缶詰めも、持って五年ほど。完全密封であっても、缶詰めの種類によっては内部から破裂する、なんてこともあったりする。
冷凍に関しても、冷凍焼けという劣化の可能性があるし、そもそも単なる冷凍では死なない、食中毒の原因菌も存在したりする。
一応、フリーズドライなら二十五年近く持ったりもするらしいけれど。逆に言うと、現状一番持たせられる加工法であったとしても、三十年を越えることはできないわけである。
──これが、食品の劣化。
何が言いたいのかと言うと、保存が利かず、量を必要とする食材と言うものは、ずっと作り続けなければいけないもの……ということだ。
「まぁ、その辺りここでは全部解決しているわけなのですが」
長々解説したが、それらは全てなりきり郷の外でのお話。
空間拡張技術、及び
まぁ、そういったものを使える人、というものが居るこのなりきり郷においては、それらの問題は全て乗り越えている過去の問題……というわけだ。
場所に関しては、家屋のあれこれをそのまま流用すれば宜しい。ロッカーサイズの箱の中に、一トン以上のジャガイモを詰め込むことだって余裕である。
質や量に関しては、例のお米の神様とか、はたまたカブ神様とか。*2モノ作りに気炎を発する人々が、趣味と実益をかねて勝手に作りまくる。
そして、劣化は。……劣化と時間の経過は比例するものであるがゆえに、
……まぁ、空間を拡張するのに比べて、時間の操作はかなり難しい部類の能力にあたるらしく、ごく小さな空間に対してしか使えないらしいのだが。そこはいつも通りゆかりんの出番、というわけである。
……基本的に出力が低い、ということ以外は普通に能力を使えるゆかりんって、わりと無茶苦茶なタイプだよなぁ、としみじみ。
「なのでまぁ、このナポリタンの外向けの値段は、基本的には技術料──いわゆる人件費というわけだね」
「外じゃあ人件費をどれだけ削ろうか、みたいなことになってるんだから、ホントあれだねぇ」
それから、ナポリタンの価格の内訳をウッドロウさんから聞いて、お外の世知辛さを思ってまたしみじみ。
……日本って人件費を真っ先に削りたがるけど、それで赤字が補填できたとしてもそれは一瞬、結果的には朝三暮四ぞ?……って言ってやりたいところもなくはない。まぁ、すぐに削れるもんなんて、人件費くらいしかないのも、確かなんだけども。
……うーむ。こういう話は暗くなるからなしにしよう、なし。
頭を振って暗い話を脳内から追い出しつつ、頼んでおいた今日のお昼ご飯──ハンバーグに視線を向ける。
ハンバーグ、もとい正式名称ハンバーグステーキは、元はドイツのハンブルグ地方にその起源がある、とされている。
野菜と肉を混ぜて作るその調理工程から、野菜嫌いの子供にも美味しくそれらを食べさせられるということで、奥様方からも人気の一品、だったりするが。
作り方は簡単ながら、美味しく作ろうとすると意外と手間の掛かる料理、だったりもする。
なお、ラットハウスで出るハンバーグは、ちゃんと熱したプレートの上に乗せて提供されるタイプのものである。……付け合わせの皮付きポテトとか、ニンジンのソテーとか。これだよこれ、と思わず頷きたくなるような、良い感じのハンバーグだ。
「これをパセリの散らされたライスと一緒に食べてると、なんというか洋食ー、って感じがするよね」
「んー?キーアちゃんの言ってることはよくわかんないけど、ハンバーグが美味しいのは確かだよね?」
「え、えと。そうですね、ハンバーグは日本人にとってとても、馴染みの深い洋食だと言えるかと」
「今のハンバーグって、半ば日本食みたいなものらしいからねぇ」
ハンバーグの元となったドイツの料理は『ハックフライシュ・フリカデレ』*3と言うそうで。
今日本で食べられているハンバーグとは、微妙に趣が異なっているのだとか。
……日本は食に関しては本当に貪欲だな、とちょっと感心を抱きつつ、熱々のハンバーグをナイフで切り取って、一つ口に運ぶ私なのであった。……うむ、うまい。