がっこうぐらし!の二次創作が沢山出てる中、その一つに自分の作品も入れたくなりました。
基本、主人公はヒモです、精神的にヒモな男です。
でも、やる時にはやる奴なんです。


※なお、tinamiさんのほうにも同名で投稿しています。
https://www.tinami.com/view/1019085

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がっこうぐらし!~俺のヒモ生活~

【その1:朝の一幕】

 

 

 

朝。

微睡みの中、寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと目を開く。

 

『……ふ、ふぁ~~~、むにゅむにゅ』

 

―――キュゥゥ~

 

大きな欠伸と共に起き上がり、ぐっと背を伸ばしていると、小さく控えめだがしっかりと自己主張する可愛らしい音が俺の耳に聞こえてきた。

 

『……腹へった』

 

そう、俺の腹の音である。

我ながらなんと可愛らしい音を出すことか。

寝起きの程よい空腹感を感じながら、もう一つ欠伸をこぼす。

 

―――キュゥ、キュルル~

 

再び音が鳴る。

うむ、健康な証拠だ。

この健康を維持するために、朝ごはんもしっかり食べるとしよう。

俺は早速、空腹を満たすために寝床を出る。

 

『おーい、腹減ったぞー』

 

「ん~……うーん……」

 

同室で寝ているご主人に声をかけて、ご飯の催促。

ちなみにご主人は大人の女性である。

大人だというのに童顔で、綺麗というより可愛いという言葉が似合う人だ。

そしてかなりのきょぬーである。

まったくもってけしからん、ちょっとこのデカマシュマロに埋もれたいんだけどいいよね? 答えは……って、自重、俺自重である。

世話になっている身でありながら、ご主人にセクハラはいかん。

ぶっちゃけると、俺はいい年して女性のヒモになっている、所謂ダメ男というやつである。

そんな俺がセクハラして追い出されてみろ、間違いなく路頭に迷うわ。

一人で生きていけている方々は心底尊敬するが、ご主人に甘やかされてぬくぬくと育った俺には無理無理カタツムリである。

まぁ、ご主人は超が付くくらい優しいし、そこそこ長い付き合いもあるから追い出しはしないだろうけど万が一もある。

こういうのは俺から突撃するのではなく、相手から向かってくるまで忍耐強く待つが吉だ。

 

『まだ夢の中のようだな』

 

俺の声に小さく反応したかと思えば、もぞもぞと布団の中で寝返りを打つだけ。

まぁ、まだ目覚ましが鳴る前だから、まだ寝ているのも仕方ない。

紳士な俺は、ご主人が起きるまで待つことも考えたが、俺の脳裏にかつて聞いたお婆ちゃんの言葉がよぎった。

 

 

 

―――いつもと変わらず、家族みんな揃ってご飯を食べる事

 

――― 一番いけないのは、お腹がすいていることと……

 

 

 

……とかなんとか。

まぁ、俺のお婆ちゃんじゃなし、その後にも何か言っていた気がするが、それは今重要なことではない。

飯だ飯、重要なのは飯のことなのだ。

俺の脳内お婆ちゃんもかなり真剣な表情で言っているし、やはり腹が減っているのはいけない事だ。

というわけで、この間1秒という短い間に結論をだし、俺はご主人を起こすための行動に移る。

 

『おーい、腹減った! はーらー減ったぞー!』

 

大声を上げる。

とは言え流石に今は朝だ、ご近所迷惑になるのは悪いし程々の声で呼びかけよう。

まったく、俺という男はなんと他人想いなのだろうか。

ベッドの上に乗り、ご主人の頬を手でパシパシ叩いてやる。

もちろんご主人に暴力などもってのほか、それこそ赤ちゃんの頬に触れるように、優しくソフトタッチを心がける。

……もっちりしてて、超やわらけぇ。

この人、本当に成人してんの? 実はまだ子供なんじゃねってレベル。

 

『あーさー! 朝だよー! 朝ごはん食べて学校に「うーん」って、みぎゃぁぁあ!!!?』

 

某目覚し時計をリスペクトしながら頬をぷにぷにしてると、何を思ったのか思い切り抱きしめてきやがった。

確かに埋もれたいとは思ったけど……正直、超苦しいです。

 

『こらー! 寝ている時に俺を抱きしめるなー! 抱きしめていいのは、抱きしめられる覚悟が……じゃなくて、起きてる時だけだ!

さっさと起きろ! 俺をその豊満な胸で溺死させる気かぁ!?』

 

押しのけるように腕を動かすも、グニグニとしたその柔らかさはすべての衝撃を吸収しているかのように、まったく応えた様子がない。

というか、むしろ抱きしめる力が強まった気がする。

息が苦しい、意識がどんどん遠のいていく。

 

『……お、俺の旅は、もうここまでの、ようだ。まさか死因が、胸に溺れて溺死とか、ワロス……あれ、でも、これはこれで、悪くない、かも?』

 

「……ん、んぅ?」

 

『っ! チャンス到来!』

 

こんな最期もいいんじゃね? とか思っていた矢先、わずかに目が覚めたらしく腕の力が緩む。

その隙を見逃さず、華麗に脱出して床の上に降り立った。

内心、ちょっと勿体なかったかなぁと思ったような気がしたが、多分気のせいだろう。

 

「……ふぁぁ~」

 

俺の些細な苦悩など露知らず、ご主人は小さく欠伸をしながら体を起こす。

あら可愛い……なんて思ってないし! 絶対俺の欠伸の方が可愛いし!

 

「……」

 

瞼が半開きで、ボーっと空中を見つめている。

起き抜けで、まだ意識がはっきりしていないらしい。

だが、さっきの締め付ける攻撃の後で、優しく見守ってやるほど俺は聖人ではない。

 

『こ~ら~、ご主人! 寝惚けて俺を抱き殺そうとするとか、ちょっと洒落にならんでしょこれは! 「死因:豊満な胸で溺死」とか、検死結果見たやつに絶対笑われるわ! 俺を末代まで笑いものにする気か!?

罰として、朝飯は豪華にすることを要求する!』

 

さっきの恨みも含め、ご主人に催促するように飯を要求する。

 

「ふぇ? あ、クロ~、おはよー」

 

『あ、ちょ、こら! ご主人!』

 

寝ぼけ眼のまま俺の方を向くと、ふにゃっと緩い笑みを浮かべて俺を抱き上げてくる。

さっきのように強く抱きしめられるわけではなかったけど、さっきの今だし少しビクッとした。

……いや、吃驚しただけであって、別にビビったわけではないので、そこのところは勘違いしないように願いたい。

俺をビビらせたら大したものですよ?

 

『あぁん、やわらけぇ……って、いい加減離せ、ご主人! 飯だ飯! 俺は腹ペコなんだ!』

 

「えっと……まだ6時前かぁ、ちょっと早いかな。クロ、今日は起こしてくれたの? ふふ、ありがとう」

 

俺の抗議を無視し、ご主人は近くにあるテーブルの上の目覚まし時計を見て、時間を確認する。

そしてご主人は、ぎゅっと抱きしめて俺の体に顔をうずめてきた。

そのまま大きく深呼吸。

 

「ん~、いい香り~」

 

……いや、まぁ、確かに体臭は悪くない方と思うけど、こうも遠慮無く匂いを嗅がれると少し気恥ずかしい。

しかも俺とご主人は、“そういう関係”の男女ではないのだ。

あくまで俺はヒモ、ご主人に世話されてるヒモ男でしかないのだから。

 

『ご主人! こんなことばかりしてたら、実家のお母さんが悲しみますよ! ……ヒモ男を住まわせてるの知っても、悲しみますかね?』

 

「いつも通りポカポカあったかくて気持ちいいし……このまま、もう少しだけ寝ちゃおうかしら」

 

まずい、折角脱出したのに、このままではさっきの二の舞になってしまう。

俺を抱きしめたまま横になろうとするご主人の胸を、さっきと同じくグニグニと押し返すように抵抗しながら抗議の声を上げる。

 

『寝るな、起きろっ! ここで寝たら死ぬぞ! 俺が! ご主人には俺の朝飯を用意するという、崇高な使命があるんだぞ!』

 

「……むぅ、どうしたの? クロ……もしかして、お腹すいた?」

 

『あら、可愛い……そ、そう、それ! ジャストドゥーイット! ハリーハリー!』

 

もう少し寝ていたかったのだろう、ちょっと不満そうにぷくーっと頬を膨らませるご主人。

その可愛らしい表情に、ちょっとくらい我慢してやろうかなぁという気持ちが湧いてくるけど、やっぱりさっきのように締め付けられるのは勘弁だ。

俺は心を鬼にし、ご主人の言ったことが正しいことを証明するように、何度も頷いて声を上げる。

 

 

 

 

 

「はい、今日はクロの大好物のマグロよ」

 

『グレイトだぜ、ご主人! これには流石の俺もニッコリ! 朝からの俺への仕打ちも、全てチャラにしてやらなくもない!』

 

目の前に置かれた皿に盛られた好物に、一心不乱にかぶり付く。

流石は魚の王様マグロ、他の魚とは一線を画す美味さだぜ。

 

「ふふ、いい食べっぷりね。よっぽどお腹がすいてたのかしら……あぁ、クロ。急いで食べると喉に詰まっちゃうから、気を付けるのよ?」

 

そう言いながら飯を食べる俺の背中を優しく撫でる。

 

『俺に限ってそんな愚は犯さないけどね。まぁ、ご主人のお願いだからね、一応聞いといてあげるよ。

べ、別に撫でられて気持ち良かったからじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! で、でも、もう少しだけ撫でてもいいのよ? チラ、チラ』

 

需要なんて無いだろう男のツンデレ芸をしながらも、撫でられる気持ち良さと飯の美味しさのダブルアタックで気分がいい。

自然と喉がゴロゴロ、尻尾がピーンと立ち、俺の気持ちを体が如実に表現してしまう。

悔しい、でも感じちゃうっ! ビクンビクン! という奴である。

そんな俺を見て微笑み、ご主人も自分の朝飯を食べるために椅子に座った。

 

『あぐあぐ……ぷはぁ。飯も美味いし気分も上々。うむ、今日も良い日になりそうだ』

 

 

 

俺の名前はクロ。

ご主人のヒモ(ペット)になっている、とってもラブリーでキュートな黒猫である。

 

 

 

【その2:出会い】

 

 

 

縦横高さがだいたい2、3mくらいの広さの茶色い部屋、それが俺が目を覚ました時、最初に目にした光景だった。

見た感じ、多分ダンボール箱。

 

『……ここ、どこ? なんで俺、こんなとこにいんの?』

 

誰かに誘拐でもされたのだろうか。

こんなでかいダンボール箱に入れる意味はよく解らないけど、そう考えながら辺りを見回し……上を見たらビックリ、空まで届くかと思うほど巨大な柱が見えた。

あんなの近所に、いや日本にあっただろうか。

というか、空が見えるってことは俺、外に放置されてるのか? なんか雑だな誘拐犯。

よく見てみると、柱のてっぺんには何本もの黒いロープのようなものが張られていて、それがどこかに伸びていて……。

 

『……てか、あれって電柱じゃね? え、なんであんなにでかいん?』

 

疑問符が頭に浮かぶ中、続々と新情報が舞い込んでくる。

近くで聞こえるデカい車の音。

時々通りかかっては、こちらを覗いてくる巨大な人の顔。

興味深そうに覗き込んでは匂いを嗅いで、そのまま去っていく巨大な犬。

見る物すべてがスケール違いで、自分が小人にでもなったような気分だ。

 

「あら? わぁ、可愛い子猫! ……捨て猫、よね?」

 

おまかわ……とか言ってる場合じゃない。

今日一番の驚き情報、どうやら俺は小人ではなく子猫だったらしい。

というか、よく見れば俺の体、毛むくじゃらじゃん。

ゆらゆら揺れるしっぽとかもあるし、何で気づかなかったし。

ちなみに今、俺の頭をなでなでしているこのおまかわな女性こそが、後の俺のご主人である。

これが俺とご主人の最初の出会いだった。

 

それは置いておいて、正直、かなり困惑した。

一体ここは何処なのか、なぜこんなところにいるのかも分からないのに、自分が猫になっているだなんて。

最初はもしかして進撃の巨人の世界にでも迷い込んだのか? ヤベェ、俺食われるわ、などとも考えたが、どうやらそうではなかったらしい。

そこだけはマジ助かった。

まぁ、犬とか電柱までデカいのだから、それは違うだろうと思ってはいたけど。

あの世界の巨人が車を運転するわけないし、言葉だってこんな流暢にしゃべったりしないだろうし、なによりそんな知恵や技術を持って襲ってきたら、もう人類に未来はない。

あの人類最強さんでも、流石にそんな巨人を相手にはできないだろう……いや、出来るか? いやいや流石に、でもなぁ……。

そんな感じで色々と脱線しながら考えていた。

 

そもそもの話、こんなことを考えている俺は現在では猫であるが、元々は立派な人間であった。

日本の某県某市に生まれた生粋の日本男児で、普通に大学進学して、いつのまにか四年次。

卒業論文の提出を間近に控えて、その日もいつものごとく徹夜で作業……していたら疲れて、休憩がてら漫画を読みふけっていた。

ベッドで横になりながら漫画を読んでいて、そこから先の記憶がない。

たぶんいつの間にか寝落ちしたんだろう、いつものことである。

……で、目が覚めたらこれだ。

 

『やっぱり転生したのかなぁ。今流行の神様転生ってやつ……あれ、神様? 会ったっけ?』

 

それ以前に事故にあったとか、誰かに殺されたとか、そんな死ぬような目にあった覚え自体が全くないわけで。

てか仮に転生だとしても、同じ人間じゃなく猫って……。

 

『あれかなぁ、不真面目に生きてきた結果がこれだよ的な? 神様が罰を与えた的な? ……そこまで悪いことしたかなぁ、俺』

 

思い返してみても、畜生道に落とされるような悪行をした覚えはないのだけど。

万引きだってしたことないし、他人に暴力振るったり、夜中の学校に忍び込んで窓ガラスとか割ったり、盗んだバイクでヒャッハー! したこともない。

そりゃ、世間一般で言われるような模範的な善人だったとは言わないけど、少なくとも悪逆非道な人間ではなかったと思う。

 

『んー、となると神様は何の罪で俺を猫にしたんだろう……え、もしかして本当に不真面目な生活態度に呆れて猫にしたとか?

いやいや、ないでしょ? うん、ないない。流石にないわぁ。もしそうだとしたら、どんだけ心が狭いんだという話しだよ』

 

「よいしょっと。それじゃ、私と一緒に行きましょ? ちょっとだけ、我慢してね」

 

そう言って女性は俺を抱き上げて、どこぞに連れて行くことにしたらしい。

女性の腕の中にいる間、俺の脳内ではドナドナなBGMが流れていた。

あぁ、いったいこの後どうなってしまうのだろうか。

 

『出来れば、保健所とかは勘弁してほしいんだけどなぁ』

 

 

 

 

 

その後、この女性に暴虐の限りを尽くされることになるのを、この時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

女性の家らしき場所に連れてこられ、まず最初にされたのは熱湯責めだった。

嫌がる俺に無理やり熱湯を浴びせて、薬品を掛けられ、最後におまけとばかりに熱湯を浴びせられた。

体の大きさの違いから、抵抗などなんの無意もなさない。

俺に出来ることは、せめて熱湯と薬品が体内に入らないように目と口を必死に閉じることと、この責め苦が早く終わるのを心の中で祈る事くらい。

永遠に続くかと思われた責め苦は、水がもったいないと思ったのかようやく終わりを見せ、どこからか持ち出した白い布によって全身を拘束されて、布の上からもみくちゃにされた。

がっちりと逃げ道もないほどに包まれた俺はろくに動くこともできず、女性にされるがまま。

それもなんとか乗り切り、フラフラになっていた俺に待っていたのは新たな責め苦、無慈悲な熱風責めだった。

熱い風を体の隅から隅まで、長時間にわたり当てられる。

第一、第二の責め苦ですでに疲労困憊だった俺にこの仕打ちはあまりにも耐えがたく、次第に意識が朦朧としてくる。

もう少しで意識が闇に落ちようというところで、熱風が止められた。

やっと解放されるのか、そう安堵した俺に待っていたのは、さらなる追い討ちだった。

広い部屋に連れてこられて、疲労で突っ伏していた俺の前に差し出されたのは、皿に入れられた生温い白濁液。

まさかこんなものを俺に飲ませる気か!? 今まで様々な責め苦をしてきた女性でも、そこまで酷いことはしないだろうと僅かな希望をもって見上げると、女性は無慈悲にも笑っていた。

ニコニコと、まるで俺が苦しむのが何よりの楽しみとでもいうように。

 

「ほら、クロ。お腹空いてるでしょ? たくさん飲んでね」

 

クロ、とは俺の名前だろうか。

確かに今は猫ではあるが、俺にも人間の時の立派な名前があるというのに、黒猫だからと勝手かつ安直な名前を付けられるとは、なんたる屈辱!

あまつさえ女性は、その場所で俺のことを笑顔のまま見つめているのだ。

俺がこの白濁液を飲み切るまで、監視するつもりだというのか?

くそっ、なんて非道なんだ! これが人間のすることか!?

しかし今は女性の望む通りにしないと、さらなる責め苦が課せられる可能性もある。

性も根も尽きかけている俺に、それは正しく死を意味する。

俺は悔しさを噛み締めながらも、女性の言いなりになるしかなかった。

 

 

 

 

 

その後、三日三晩に渡り暴虐の限りを尽くされた。

必死の抵抗むなしく、俺は女性の……いや、ご主人のペットと化してしまった。

 

 

 

 

 

『ご主人~!』

 

「ふふ、クロったら甘えん坊ねぇ」

 

これは俺の意思ではない。

こんな本物の猫のようにすり寄るなんて恥ずかしい行為、元とはいえ人間だった俺が自分の意思でするはずがないのだ。

これはあれだ、腹が減っては戦が出来ぬというし、何かあった時に空腹では力が出ないから、必要に駆られて仕方なくしているだけであって……。

 

『あ、そこ、そこ気持ちいいえぇ~……あ、もっと撫でれっ!』

 

 

 

こうして俺はご主人のペット(ヒモ)となったのだった。

 

 

 

【その3:始まり】

 

 

 

ご主人がパンを齧りつつテレビを見ているのを眺めながら、俺はこの家に来た時の事を思い出していた。

ご主人が大学生くらいの時に連れてこられて、早3年くらい。

あの頃は子猫だった俺も、今ではずいぶん大きくなって大人猫の仲間入り。

いまだにどうして俺が猫になったのかはわかっていないが、なんだかもうどうでもいいやと思っていたり。

どうせいくら考えてもわかるものでもないし、わかったとしても所詮猫でしかない俺にはどうしようもないし。

というか普通に寝て起きて、ご主人に飯を貰ってという代わり映えのない生活だけど、そういう生活も中々に悪くない。

もはや俺にとって天職なんじゃないかと思えるくらい、家猫の生活が肌に合ってる気がしていた。

もっとも、ご主人も社会人となり、あの頃は家にいる時間も結構あったのだが、今では朝早くに家を出て夜に帰ってくる日々。

構われる時間が減って、ちょっと寂しく思って……は、ない! 全然、寂しくなんてないんだからねっ!

 

―――ティロリロリン♪

 

一人ツンデレごっこをしていると、ご主人の携帯が鳴った。

 

「……ふぅ」

 

ご主人から、小さな溜息が漏れる。

またか、とは言葉には出さないが、ご主人の表情がそう思っていることを物語っている。

多分、ご主人のお母さんからのメールだろう。

お母さんは一人暮らしのご主人のことを大分心配しているようで、学生時代から頻繁にメールのやり取りをしていた。

社会人になったらある程度頻度も減るかと思っていたけど、あまり変わってないように見える。

ご主人もお母さんとのやり取りを決して嫌とは思ってないのだけど、いつまでも頼りない子供扱いされていると少し不満そうにしている。

確かに、ご主人はおっとりしてて見るからに隙が多そうだから、お母さんが心配になるのはわからなくもない……のだけど、酒を飲みながらクドクドその愚痴を聞かされる身としては、メールも程々にしてやってほしいところだ。

 

「……あ、いっけない! クロ、私は仕事に行ってくるから、お留守番をお願いね!」

 

『あいあーい。いってらー』

 

いつの間にか時間が迫っていたようで、腕時計を見て慌てたご主人は食べ終わった食器を台所に持っていき手早く洗って片づける。

リビングに戻って来て荷物を持つと、パタパタと軽い足音を響かせながら仕事に出かけていった。

そんなご主人を、俺は何時ものようにのんびりとした鳴き声で見送る。

 

『……って、おーい、ご主人! 車の鍵! 車の鍵、忘れてるぞー!』

 

テーブルの上にあるクマのキーホルダーが付けられた鍵を見つけ、出ていこうとするご主人を慌てて呼び止める。

 

「え? あ、車の鍵!? わ、忘れる所だったわ!」

 

『ったく、これだからお母さんに心配されるんだぞ?』

 

遅刻しそうで慌てていても、車の鍵を忘れて戻って来てはそれこそ間に合わないだろうに。

ご主人は呆れる俺の頭に手を置き、優しく撫でてくる。

 

「教えてくれてありがとう、クロ」

 

『お、おぉう……いやいや、撫でるのは帰ってきてからでいいから、さっさと行きんしゃい!』

 

相変わらずの気持ち良さに流されそうになるが、ご主人を遅刻させるわけにはいかない。

なにせうちの大黒柱なのだから、仕事を頑張ってもらわないと。

そのポカポカ暖かく気持ち良いゴッドハンドから泣く泣く逃れて、ご主人にさっさと行くように鳴く。

俺の声に反応したからではないだろうが、ご主人は鍵を手にすると急いで出て行った。

 

『……ふぅ、やれやれだぜ。さーて、今日は何か面白いテレビやってるかなぁ』

 

ご主人が出ていく時に消していったテレビを再度つける。

最初は慣れなくてリモコンを傷だらけにして、ご主人に「めっ」と叱られたが今ではもう慣れたもの。

片方の前足でリモコンを押さえつつ、もう片方の前足の肉球で電源をオンにする。

我ながら器用になったものだ、こんなこと普通の猫では出来ないだろう。

きっとテレビに出れば、一躍スターになること間違いなしだ。

 

―――ピーポーポーポー

 

『……むぅ、今日は妙にサイレンが多いな』

 

外から聞こえてくる煩いサイレンの音に、耳をパタパタと動かして顔をしかめる。

朝から救急車やパトカーのサイレンの音が頻繁に響いていて、地味に耳が辛い。

猫になって耳がよく聞こえるようになり、こういう甲高い音は前以上に苦手だからほんと勘弁してほしい。

そんな不満を抱えつつも、窓際に敷いてある座布団の上に寝転がる。

よくここに座って日光浴をする俺の為に、ご主人が敷いてくれたものだ。

太陽の光に照らされて、座布団はポカポカと温かくなっている。

腹も膨れて、暖かい光に照らされて、いい感じの眠気がやってくるけど俺は寝ない。

食ってすぐ寝ると牛になるとはよく言ったもの、俺は元人間なれど今は猫、牛とは違うのだよ牛とは。

 

『ん、街中で暴動? この平和な日本で?』

 

眠気になんとか耐えて付けたままのテレビを見ていると、何やら暴動が起きているというニュースが報道されていた。

しかも聞こえてきた地名からして、結構近くで起きているらしい。

だからサイレンが煩かったのか。

 

『物騒な世の中になったもんだなぁ。まぁ、家の中に入ってれば大丈夫だろ』

 

しかも、ここは2階。

1階なら窓ガラスを割って暴漢が入ってくるかもしれないけど、わざわざ2階にまでは来ないだろう。

入口もご主人が鍵を掛けていったし、少なくともここは比較的安全なはずだ。

 

『……というか、むしろご主人の方が心配だよな』

 

俺だったら仮に暴漢に襲われても簡単に逃げ切れるだろう、だって猫だから。

小回りもきくし、狭い所にも入り放題だし、高いところだってなんのその。

だけどご主人は運動はそこまで得意ではないし、あの性格から喧嘩なんてしたこともないはずだ。

しかも大人の癖に妙に童顔で可愛いく胸も大きいから、暴漢に真っ先に狙われるんじゃないか余計心配になる。

無事に帰ってきてくれればいいのだけど。

というか帰ってきてくれないと俺に飯をくれる人がいないし、絶対帰ってきてくれないと困るわけだが。

 

『念のため昼は少なめにして、夜の分に取っておくか』

 

ご主人が昼の分にと、受け皿に入れていった猫缶(鮭)。

一食分のそれを半分というのは少し物足りないけど、仮にご主人が今夜帰って来ないなんてことになったら、夜が食えなくなってしまう。

空腹だと中々眠れないし、寝不足はお肌(というか毛並)が荒れてしまう。

それは由々しき事態だ。

 

『毛並が良いと、ご主人もよくギュッとしてくれるしな……って、別に俺は、ご主人にギュってしてほしいわけじゃないんだからね!

これはその……そう、あれよ! いつもされてることを急にされなくなったら調子が狂うから、それだけなんだからね! ……野郎のツンデレきめぇ』

 

自分でツッコミを入れ、ツンデレごっこを早くもうち切る。

こういう時ほど猫になってしまったことが悔やまれる。

ノリツッコミとは誰かとやるからこそ面白いのであって、一人でやっててもそんなに面白くない。

俺を猫にしたのが神様か他の何かかは知らないけど、せめて言葉くらい話せるようにしてほしかった。

そうすればご主人と話しもできたのに。

 

『……猫が話してたら、気味悪がって拾ってもらえなかったか?』

 

ダンボールの中を見たら「あ、どうも」などと自分に語りかけてくる子猫とか、もはや化け猫だな。

いくらご主人が優しい性格をしていても、流石に話しができる化け猫みたいな猫など、気味悪がってペットにはしないだろう。

 

『……いや、ニャースとかバロン男爵っていう前例があるし、ワンチャンいけるか?』

 

俺は猫ちゃんだけど、というのは置いておいて。

少し本気で話す練習をしてみようかと思い始める俺であった。

 

 

 

【その4:野生解放】

 

 

 

『……結局、昨日は帰ってこなかったなぁ、ご主人』

 

翌日の朝。

目が覚めて、いつもご主人がいるベッドに誰もいない事を確認する。

昨日、遅くまでご主人の帰りを待っていたのだけど、1時を過ぎたあたりで眠気に負けて寝てしまったのだ。

あわよくば寝ている間に帰ってきていて、朝起きたらいつものように「おはよう、クロ」という声が聞こえるのではないかと期待していたのだけど。

心なしか尻尾にいつもの張りがなく、シュンと落ち込んでいるように見える。

 

『まったく! 俺のキュートな尻尾を落ち込ませるとは、ふてぇ奴だなご主人は!』

 

とまぁ、冗談は置いておいて、ご主人が帰ってこなかった理由を考える。

そもそもご主人が翌日まで帰ってこなかったなど、今までに一度もなかったことだ。

俺を拾ってからかどうかは知らないが、大学や職場で飲み会があっても泊まり込むことはなく、遅くなってもちゃんと帰ってきていたし。

となると、思いつくことというと……。

 

『昨日の暴動があったことで、仕事場から帰ってこれないのかなぁ?』

 

ご主人は学校の先生をしているそうだ。

本来なら何かあったら生徒達をすぐに家に帰すのが普通だろうけど、何かがあって生徒達を外に出す事が出来ず、生徒達と一緒に学校で避難している可能性もある。

流石にそんな状況なら、猫が心配だから帰りますとは中々いかないだろう。

ご主人もあの性格だ、生徒達のことを放り出して帰るなんて真似するはずがない。

 

『……はぁ。というかさぁ』

 

そう考えた所で、いい加減うんざりしてきて顔を顰めながらベランダから窓の外を見る。

猫の背丈のせいで手すりから上の空しか見えないが、空は雲一つない晴天でいい天気。

それは実に良いことだ……しかし。

 

『ほんとなんなんだろうなぁ、この嫌な感じ』

 

昨日、俺は昼飯を食べて、いつものように昼寝をした。

いつもよりも眠りが深かったのか、夕方近くに目が覚めたのだけど、その時からずっと嫌な感じがして落ち着かない。

動物としての野生の本能が働いているのだろうか。

多分、昨日の騒ぎが関わっているのは確定的に明らかだろう。

時々悲鳴のようなものが聞こえるし、何処からか若干血の匂いが漂ってくることもある。

というか、血の匂いに関しては現在進行形で漂ってきているけど。

この時ばかりは、この素晴らしい猫の嗅覚が恨めしく思えてしまう。

こちとら人間だった時から、血なんて転んだ時の擦り傷や、のぼせた時に出した鼻血くらいでしか経験がないというのに。

気分が悪いやら、気味が悪いやらで落ち着かない。

おかげで昨日はテレビを消して見たかった番組も見れずに、部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする、などという気持ちをリアルに味わってしまった。

実際はベッドの下に隠れて、静かに寝ていたくらいだけど。

まぁ、流石に1日過ぎてこの嫌な感じにもある程度慣れたというか、空腹には耐えられなかったよというべきか。

さっきべッドの下から出てきて、昨日の夜に食べなかった飯をがっつたところだ。

 

『どこかからテロ攻撃でもされてるのかねぇ? ……いや、それならもっと銃声とか爆発音とか聞こえてくるか』

 

ほんと訳が分からず、嫌になってしまう。

何もわからない状況の中でも、先行きが楽しみだといえるようなポジティブな人を、今ほど羨ましいと思ったことはこれまでにない。

とにかく、現状で一番の問題は何かというとだ。

 

『……俺、昼から飯はどうすればいいんだ?』

 

で、あった。

いまだに外から危険な感じがする現状、今日もご主人が帰ってこない可能性だってある。

明日や明後日で終わってくれれば御の字だが、下手したらもっと長くこの状況が続くかもしれない。

1日2日くらいなら、まぁ、食べなくても我慢できなくもないけど、それがずっと続くとなると色々ヤバい。

具体的には、餓死とか。

どういう死に方でも嫌だけど、特に痛い思いをしたり、ひもじい思いの中で死ぬのはすっごく嫌だ。

 

『ごしゅじーん、早く帰ってきてくれよ~』

 

痩せこけて力なく倒れて餓え死にする自分の姿を想像し、情けない声が漏れてしまう。

というか軽く鬱になりそうだ。

ただでさえ空腹や、外の嫌な気配で気が滅入っているというのに。

さっき飯を食ったには食ったけど、それだって昨日の残りなのだ。

腹8分目どころか、その半分の半分の腹2分目にだって届いていない。

腹が減っているせいもあり、ますます嫌なことを考えてしまう。

 

『……飯。とりあえず、飯の確保。これ最優先事項』

 

ヒモとしてこの家に住み、ゴロゴロと生きてきた俺は決意した。

生きるため、というか腹いっぱい飯を食うためには、嘆いているだけではいけない。

自分から行動しなければならないのだと。

力なく垂れていた尻尾をピンと立て、進むための四肢に力を込めて立ち上がる。

 

『今こそ、内に眠る野生の力を解放する時! いざ、状況開始! にゃぉぉぉぉおん!』

 

 

 

【その5:心配】

 

 

 

私は佐倉慈。

この市立巡ヶ丘学院高校の国語教師である。

あの事件が発生してから、今日でだいたい1週間が過ぎようとしていた。

私は学校で生き残った3人の生徒達と協力しながら、何とか今日まで生きてきた。

学校で生き残ったただ一人の大人として、まだ子供である皆のことを第一に考えなければならない立場だ。

それはこの学校が、この街が、もしかしたらこの世界がこのような惨状となってしまったかもしれない現状でも、変わらないことだし変えてはいけない事だと思う。

だというのに、多少落ち着いて時間に余裕が出来た時に、最初に私の心に浮かんできたのは「これからどうすればいいか」、「どうすれば皆の安全を守ることが出来るのか」といったことではなく、ただ一匹の猫の存在だった。

 

「……クロ」

 

それは私が大学生の時に帰り道で拾った子猫、今では立派に大きく成長した黒猫のクロだ。

甘えん坊でちょっといたずらっ子、だけどとても賢くて、とても良い子だ。

私が高校を卒業して大学に通うために都会で生活を始めて、一人の生活が思ったよりも辛く悲しい思いをしていた時に出会い、教師となった今でも私の事を励まして傍にいてくれた大切な家族。

その大切な家族とこの1週間もの間、ずっと会えていない。

実家の家族の事も心配だけど、それと同じくらい、いやそれ以上にアパートに残してきたクロのことを心配していた。

うちはアパートの2階だから窓から“彼ら”が入ってくることはないだろうし、騒いで“彼ら”が大勢集まってこない限りドアを破られることもないだろう。

クロは賢いからその辺はあまり心配してないけど、心配になっているのは別のところにある。

それはご飯のこと。

出掛けにご飯は入れて来たけど、それだってとうに尽きているだろうし、きっとお腹を空かせている。

そもそもあれから1週間だ、もしかしたら空腹のあまり動くことも出来ない状態になっているかもしれない。

いくら賢いといっても、棚にあるご飯を自分で取り出して勝手に食べているなんて真似はできないだろうし。

私の中で、お腹を空かせながらも健気に玄関の前に座り込んで、ずっと私の帰りを待っているクロの姿が浮かんでくる。

その度に私の心は雨雲でも覆ってるかのように、暗く悲しい気持ちになる。

 

「……クロ、絶対帰るから。だから、待っててね」

 

私は窓の外、私のアパートのある方を見つめながら小さく呟いた。

届くはずがないとわかっていながらも、この思いがアパートのクロに届くようにと祈りを込めて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

『うーん、そろそろ飯の備蓄も心もとなくなってきたな』

 

朝飯を食べ終わり、顔の掃除をしながら残りの食料が少なくなってきた事に顔を曇らせる。

最初、飯を探そうと決意したものの、ご主人はいつも下の棚に俺の飯を置いておくから取るのは結構簡単だった。

うちの猫飯は缶詰もあるけど、俺が飽きないようにとご主人がカリカリやらチューブのものやらいろんな種類の猫飯を置いてるから、猫の俺でも開けられるものは多かった。

いや、缶詰も開けようと思えば開けられたのだけど、流石に肉球ではうまく開けられなくて、爪やら牙やら使って四苦八苦したものだ。

こういう時ほど、やっぱり人間っていいなと思う。

水は台所に飛び乗って、水道のレバーを操作して水を出せたから問題はなかった。

レバー式はいいね、上げ下げするだけで簡単に水が出る。

これぞ人類の生み出した文化の極みというやつか。

まぁ、そんなこんなで、これまでご主人の手を借りなくても生きてこれた……そう、ご主人の手を借りなくてもだ。

あれからどれだけ経っても、ご主人は家に戻ってこなかった。

テレビを付けても砂嵐ばかりで何も映らないし、外の情報が何一つ入って来ない。

だけど外からは相変わらず嫌な気配が漂ってくるのを考えるに、いまだに外で起きていることは片が付いていないのだろう。

 

そう思っていたら、唐突に電気も水道も止まってしまった。

だいたい3日ほど前のことだろうか、あれからそのままなのだが、これ本当に復旧するのか?

念のため、最初の日に適当な厚底の皿をシンクに滑り込ませて、水を入れて水の確保はしておいたからもうしばらくは大丈夫だと思うけど、ずっとこのままの状態が続けば溜めた水だってなくなる。

というか、その前に水が痛んで飲めなるなる可能性も高い。

止まるまで毎日水は入れ替えてたけど、流石にそろそろ今ある水に手を出すのにも躊躇してしまう。

ご主人は無事なのか、まだ学校にいるのか、もしくは別の所に避難しているのか、いつになったらこの状況が改善するのか、俺の飯はどうなるのか、てかあのアニメの続き気になるんだけど早く放送再開してくれないかな、等々。

不安は尽きない。

 

『……こうなったら、俺が探しに行くしかないかね』

 

ヒモをさせてもらっている身として、家主のピンチの時くらい何とかしてやらないと。

ピンチかどうなのかはわからないけど、とにもかくにもご主人がいないと俺のヒモ生活が続けられないのは確定的に明らか。

俺の安息の日々を取り戻すためにも、ご主人には傍にいてもらわないといけない。

 

『……決して、決して俺がご主人がいなくて寂しいからじゃないんだからね! 会いたくなって探しに行くわけじゃないんだから!

きっとご主人、今頃寂しがってるだろうし、仕方なく……そう、仕方なくなんだからね!』

 

……と、いつものように一人ツンデレごっこをするのだった。

 

 

 

 

 

思い立ったら吉日、早速俺はご主人を探す旅に出る準備を整えた。

とはいっても猫状態の俺に、準備なんて大層なものはそんなにない。

小さなビニール袋に未開封の猫餌を押し込めて首に下げるだけ、水はどっかの店でペットボトルに穴をあけて飲むとしよう。

俺の飯たる猫餌は栄養満点で、しかも人間が食べても大丈夫なようにできている。

ご主人の御飯事情は知らないけど大したものは食べてないだろうし、会ったら俺の御飯を分けてあげよう。

 

『……ふぅ、俺ってばほんと、気遣いも出来る素敵猫だぜ。きっと今の俺は、バロン男爵クラスのイケメン力はあるだろうな』

 

流石にあそこまでの紳士力はないだろうけど。

まだ二本足で歩けないし、ステッキも自在に扱えないし、スーツも持ってないし。

……うちにある猫の恩返しの映画、バロン男爵のシーンで止めてジーっと見てれば、猫用のスーツとか用意してくれないかなぁ、ご主人。

 

『さて、さっそく窓の鍵を開けてーっと……』

 

リビングにある椅子を体全体の体重で押して、ベランダの窓のところに持っていく。

そこで足場を作り、鍵を開けて外に出るのだ。

最初は玄関から出ようとしたのだけど、流石にドアノブを下ろしながらドアを開けれるほどの力はなく断念した。

もう少し体重があればワンチャン行けたかもしれない、普段からもっと食っておけばよかった。

 

『……って、あ、あれ? 急に椅子が動かなく……か、カーペットぉ、てめぇ!!!』

 

見ると、椅子の足がカーペットの上に出来た、たるみに引っかかって止まっていた。

人間の時なら椅子を上げて移動できるものを、この猫の体の不便さときたらない。

カーペットを引っ張ってたるみを戻すか、それとも椅子を左右に動かしてたるみを避けていくか……。

 

『えぇい、めんどい! これでドヤッ! せーの……とぉっ!』

 

面倒臭くなりちょっと強引な手段を選択する。

椅子から少し離れて加速、からのジャンプアタックだ。

猫の体重×加速×ジャンプアタック=破壊力! というのは、知る人ぞ知る超理論。

こんな安物の椅子くらい、あっというまにぶっ壊し、じゃなくて動かせるだろう。

ジャンプした俺の体は腰掛部分にぶつかり、椅子は思った通り大きく動いた……というより、傾いた?

 

『……ぁ』

 

 

 

 

 

―――がしゃーん!

 

 

 

 

 

これには流石の俺も苦笑い、なんてやってる場合ではない。

 

『……やべぇ。これ、ご主人に怒られるパティーンや』

 

ガラスに開いた大きな穴を見ては、現実逃避も早々に切り上げざるを得ない。

やってしまったと、orzな感じに倒れ込みたい気持ちになるが、猫だしもともとこんな感じだった。

いくら温厚なご主人でも、流石にこれを見たら顔が鬼になること請け合いだ。

正座させられて説教ののち、好物のマグロの缶詰をしばらくお預けくらいはされるかもしれない。

 

『……と、とりあえず鍵を開けるまでもなく道が出来たことだし結果オーライ、みたいな? ……お、俺は悪くねぇ! 悪いのはヴァ、じゃなくて、いつまでも帰ってこないご主人だもんね!』

 

1週間も返ってこない家出猫ならぬ、家出ご主人が悪いということでファイナルアンサー。

とにかく今重要なのはご主人を探すこと、そしてそのための道が目の前に開いたということだ。

ガラス片で散らばった床を、肉球を傷付けないようにそろりそろりと慎重に移動してベランダに出る。

目標は一番端の部屋の傍にある、自転車置き場。

以前ご主人に散歩で外に連れて行ってもらった時に見たのだが、そこの屋根を中継地点として飛び移れば安全に地面に降りられる。

少し高いかもしれないけど、猫の身体能力なら大丈夫だろう……たぶん。

 

『……うへぇ、きっついなこの臭いは』

 

久しぶりの外の空気は、室内で感じていた通りあまりいい空気じゃない。

危険な気配に交じり血の匂いが漂ってきて、正直あまり嗅いでいたくない空気だ。

だけどこの空気の中、不安や恐怖でガタガタ震えているだろうご主人を考えれば、勇気を出して一歩踏み出すくらいなんてことない。

そう、俺みたいなイケメンヒモ猫ならね。

 

『よーし! ご主人目指して、いざ出陣! 無限の彼方へ、さぁいくぞ!』

 

こうして俺ことヒモ猫クロは、未知の世界へと一歩足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「ガアァァァ」

 

『アイエエエ!? ゾンビ!? ゾンビナンデ!? いつからここはラクーンシティになったん!?』

 

正直、勇気だし過ぎたかなとちょっと後悔してる。

やらずに後悔するよりやって後悔する方がいいとは言うけど、どっちの後悔でもしないに越したことはないな。

 

『ごしゅじーん! ヘルプッ、ヘルプミー!』

 

 

 

【その6:あめのひ】

 

 

 

「っ! クロ!?」

 

「おわっ!? び、びっくりしたぁ。どうしたんだよ、いきなり声上げて」

 

「めぐねえ?」

 

巡ヶ丘学院の3階にある私達の拠点、生徒会室でコーヒーを飲んでいた時のこと。

外から聞き覚えのあるような声が聞こえた気がして、咄嗟に席を立って窓を開けて外の音に耳を澄ます。

 

「何か聞こえたの? めぐねえ」

 

「……今、クロの声が聞こえたような気がしたの」

 

心配してくれたのだろう、そばに来てそっと私の腕に手を添えてくる由紀ちゃん。

 

「クロって、めぐねえが飼ってる猫だよね?」

 

「えぇ、そうよ。甘えん坊でちょっといたずらっ子で、でもとても賢くていい子なの。私も、いっつも助けられていたわ」

 

高校生にしては小柄で猫のような帽子をかぶってることもあって、ちょっとだけ由紀ちゃんをクロと重ねて見てしまっているのは彼女には内緒だ。

クロは私が嫌なことがあった時はただ黙って愚痴に付き合ってくれたり、一人暮らしで寂しくなった時はいつだってそばに寄り添ってくれた。

仕事で必要なものを危うく忘れそうになった時に、クロが呼び止めて教えてくれたこともあった。

それを聞いて、胡桃ちゃんはちょっと呆れたような、信じられないような顔になった。

 

「もしかして、猫に身の回りの世話とかしてもらってるのか? めぐねえって」

 

「さ、流石にそんなことありません! ちゃんと私が、クロのお世話をしてあげてるんだから!」

 

前に目覚ましをセットするのを忘れて、寝過ごしそうになった時に起こしてもらったこともあったけど、とはまた呆れられそうだから口にはしない。

それにそれだってあの時の一回だけだし、それ以降はちゃんと目覚ましのセットを忘れずにしてる。

大丈夫、ちゃんと私がお世話してあげれてる、そう自分に言い聞かせる。

 

「……てかさ、クロって本当に猫なんだよな? 人間じゃなくて」

 

「え? えぇ、もちろんそうよ」

 

「めぐねえの話聞いてて、ちょっと猫っぽくないっつうかなぁ。もう、めぐねえの彼氏だって言われた方が、まだ違和感ないんだけど。なぁ、りーさん?」

 

「そうねぇ。クロが猫っていうことを知らないで話を聞いてたら、誰かと一緒に暮らしてるんじゃないかって勘違いしそうね。彼氏……っていうよりも、働かない男の人を養ってあげてるって感じかしら?」

 

「あぁ、ヒモ男っていうんだよな。めぐねえ、マジで気をつけろよ? なんかめぐねえって、ダメ男とかに引っかかりそうで不安になるんだよなぁ」

 

「そ、そんなことは、ないと、思うけど……」

 

悪戯な笑みで言われて、本気で胡桃ちゃんがそう思ってるのかはわからないけど、半分くらい本気で言われてるような気がして、言葉の最後辺りが弱々しくなっていった。

由紀ちゃんはよくわからなそうにしているけど、見ると悠里さんも「確かに」と頷いている。

先生としてしっかりしたところを見せないといけないのに、生徒達にそう思われていることに少しだけ悲しくなってしょんぼりしてしまう。

 

「……あ、あと! 私のことは、めぐねえじゃなくて!」

 

「はいはい、佐倉先生だろ?」

 

「わかってますよ、佐倉先生」

 

「はーい、めぐねえ!」

 

「……もう、由紀ちゃんったら」

 

一つため息を漏らし、皆から顔を背けて改めて外の音に集中する。

外から聞こえるのは昼くらいから続く雨音ばかりで、猫の声なんてどこからも聞こえてこない。

 

「……ただの空耳、だったみたいね。騒いじゃってごめんなさい」

 

そもそも、こんなところにクロがいるわけがないのだ。

家には鍵がかかっているから外になんて出れるわけないし、仮に何らかの理由で外に出られたとしても学校までは結構距離がある。

今まで何度かクロを散歩に連れ出したことはあっても、学校に連れてきたことは一度だってないのだ、こんなところまでクロが来れるはずがない。

そうわかっていても、もしかしてという期待がいつも私の心の中にはあった。

期待がある分、予想が外れていた時の残念な気持ちも大きいのだ。

そんな気持ちが伝わったのか、由紀ちゃんは外の方を向いて目を閉じる。

私と同じく、何か聞こえないかと耳を澄ましているのだろう。

 

「……雨、いっぱい降ってるね」

 

「……ふふ、そうね」

 

そして目を開けた由紀ちゃんは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて、話を逸らすように外の様子を口にする。

こんな事件が起こるより前から私を慕ってくれて、今も私のために何か力になれないかとしてくれる由紀ちゃん。

その気持ちがとてもうれしくて、私は優しくその頭を撫でた。

 

「……そういえば、今日は“彼ら”の数がいつもより少ないのね」

 

「え? ……あ、そういえばそうだね」

 

外を見ていたから気付けたことだ。

いつも校庭にいる“彼ら”の数が、いつもよりも大分少なく感じる

私と同じく外を見ていた由紀ちゃんもそのことに気づいたようで、どうしたんだろうと首を傾げていた。

 

「もしかしたら……皆、雨宿りでもしてるのかなぁ?」

 

「雨宿り? 雨だから?」

 

「うん! じゃなかったら、放課後だし家に帰ってるのかも」

 

そういえばと時間を見ると、今は16時を少し過ぎたところ。

確かに由紀ちゃんの言う通り、普段通りの学校生活を送っていたとしたら、生徒達は部活に勤しんでいるか帰宅している時間帯だろう。

 

「雨宿りに帰宅、か。確かに“あいつら”って、夜は妙に数が減ってるけど。だけど“あいつら”、雨に濡れるのなんて気にするように見えないけどなぁ」

 

「どうなのかしら。“彼ら”のこと、私達はまだ知らないことが多すぎるから何とも言えないわね」

 

胡桃ちゃんと悠里さんも、外の様子を見に窓際までやってくる。

ただの雑談で何か重要な手掛かりが見つかるなんて思ってはいないけど、現状から何か進展がないのは少しだけ焦りが生まれてくる。

本当なら今すぐにでも外に飛び出してクロの安全を確かめに行きたいのに、それが出来ないでいるのは私の教師という立場と、ここにいる私の大切な生徒達の存在。

それが私自身の身を守っていることも、悔しいながらも理解している。

実際私一人で外に行けば、駐車場のところまでたどり着けるかどうか。

いや、そもそもバリケードを越えて、無事に学校から出ることすら難しいかもしれない。

私がまたクロと会うためには、生徒達の協力が不可欠なのだ。

皆も言ってくれている、もう少し周囲の安全が確保できて外に出れる余裕が出来たら、皆でクロを迎えに行こうと。

それまで、私は耐えるしかないのだ。

 

(……クロ、どんなに時間がかかっても必ず迎えに行くから。だから無事でいて)

 

私はいつものように、私のアパートのあるだろう場所を見つめてクロの無事を切に願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓ご主人、元気でいますか?

俺は、まぁまぁ元気です。

家を脱出して何日経ったかは、もう覚えていません。

日々の安全、そして飯を確保するのにいっぱいいっぱいで、日にちを数えるのも面倒です。

これが野良猫の生活というやつか、早く家猫に戻りたいとです、クロです……クロです……クロです。

さて、そんな今、俺は何をしているのかと言いますと……

 

 

 

 

 

『あぁ、もうっ! お前らほんと、どこにでも湧いてくるなぁ! 一匹いたら百匹いると思えっていう、台所の黒い悪魔かお前らは! ゲームじゃないんだから、無限湧きとか勘弁しろよ!』

 

ゾンビに追われています(白目

家を出てから会うのはゾンビだらけ、たまには人間の姿も見たいです、猫とか犬でも可。

だけどあいつら、ゾンビがやばい存在って本能が囁いて隠れてるのか、全く姿を現さない。

見かけたら、ご主人のいそうな場所を知らないか聞いてみたかったのに。

いや、猫になってから他の猫とか犬とかと話したことないから、ちゃんと意思疎通出来るかわかんないけど。

鳥とかは偶然近くに来た時に声を聞いたことあるけど、普通にピヨピヨってしか聞こえないんだよなぁ。

猫だからか、もしくは俺だからなのか、鳥類の言葉は無理なようだ。

 

というかあっちこっち逃げ回ってて、自分が今どこにいるかすらわからん有様なのだが。

人間だった時、道に迷ったことなんてなかった俺がまさかの迷子とか、しかもこんなポストアポカリプスな世の中でとか、マジでシャレにならん……そう思いながら当てもなく探しまわっていたのが少し前のこと。

実はこのすんばらしい猫嗅覚で、ご主人っぽい匂いを感知してここまでやってきたのだ。

ようやっと念願のご主人との再会か、と思っていた矢先に途中で雨が降り出して、匂いがさっぱりわからなくなってしまった。

それにここら辺は、やたらとゾンビの数も多いのなんの。

まったく、こいつらたむろして何してるんだよ。エロいことか? エロいことなら俺も混ぜろよ……やっぱいいや、ゾンビのエロとか誰得だと。

俺にそんな特殊性癖はない。

 

『くそっ、運命は俺とご主人を会わせまいとしているのかよ! これがシュタインズ・ゲートの選択か!? って、言ってるそばからまたゾンビィ!? じゃねぇ、ゾンビだ! フランシュシュなら大歓迎だけど、お前らはお呼びじゃねぇ!』

 

俺の声に反応したのか、なんかおっきい建物があるところからゾンビがわらわらと出てきた。

前門のゾンビに後門のゾンビ、右門左門もゾンビゾンビ、ゾンビパラダイスだ。

こんなうれしくもなんともないパラダイス、金を貰っても俺は行きたくない。

むしろ金を払うから、誰かこのゾンビパラダイスから助け出してくれないかな、俺とご主人を……まぁ、猫餌しか持ってないんだけど。

 

『ぬわああああん! もう、疲れたもおおおおん! ごしゅじーん! 早く出てきてくれよぉぉお!!!』

 

 

 

 

 

この時の、いやこれから先もだけど、俺には知る由もないことだった。

この日、この時、この場所に俺が来たことで、失われるはずの命が一つ救われることになったということを。

ただひたすら足を動かし続け、俺は“巡ヶ丘学院高校”から遠ざかっていった。

 

 

 

 



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