13、カーム伝説
カームのアニキは昔から凄い奴だった。友人としてはそうとしか言いようがない。昔は病弱だったって聞いたけど、そんなの絶対嘘だね。エレメンタリースクールから一緒だが、アニキはいつも元気に遊んでたぞ。偶に休む時があるけど翌日にはピンピンしてた。だから病弱ってのは、アンダーソン家を妬む奴等の戯言だろう。
俺の名はジョセフ=ルチアーノ。今はマフィアの見習いやってる。ヤクザな稼業だが、うちは曽祖父の代からこれでやってきたから、伝統みたいなもんだ。代々顔役のコルレオーネ家(移民の時に名を変えたらしい。今はアンダーソン家だ)に仕え、コンシリエーレ(顧問)をやっていた。いわゆるボスの右腕だな。
コンシリエーレになるためには頭が良くなくっちゃならない。最低限のインテリにはならねーとな。金稼ぎのためや裁判に強くなるために司法書士か、弁護士がおすすめだ。親父も表向きは弁護士だ。
だから、エレメンタリーから通わせて貰った。俺みたいなガキは普通働いてる所だが、本当に幸せな方だな。おかげで今は司法試験の目処がつきそうだ。
おっと、アニキの話だったな。俺はコンシリエーレの家系で、彼とは歳も近い。当然世話役として側に控える様に指示されるわけだ。ウチの親父にアニキと登校して世話を焼く様に言われた時は、遂に来たかと思ったよ。1学年下だから色々と教えてやらなきゃならん。
そう気合いを入れて、初めて会った時。
圧倒された。
見た目は金髪碧眼の華奢なガキだが、纏う雰囲気が違う。圧倒的に格が違うと思い知らされた。ぱっと見眠そうに見えるが、その目の色が深いんだ。あぁ、今でも上手く言葉に表せないな。兎に角普通じゃない。コイツには絶対勝てないって思い知らされるんだ。なんつー風格だよと思ったね。俺と似たようなガキがだ。
将来この人と共に仕事が出来るなら幸せな事だ。とにかくボケてないで話しかけなきゃ。
俺は焦ってしどろもどろになりながらも「これからよろしく」って事を伝えた。アニキは不思議そうな顔をしてたが、やがて「こちらこそよろしく」と言った。
それからしばらくはアニキも誰とも喋らず静かに過ごしていたようだ。周りの気持ちは分かる。迂闊に話しかけられないんだよな。だが、話してみると意外に普通なんだよ。
ある時、アンダーソン家所有の空き地に遊びに誘われた。断るなんて選択肢はないからビクビクしながら行ったが、普通に遊びの誘いだった。2人だけだが、広大な空き地で走り回って遊んだ。普通に楽しかった。しばらく続けたが、2人だけだと限度がある。俺は同学年の舎弟やその下の兄弟を誘って遊びに行くようになった。最初はぎこちなかったが、小さな子供の話だ。すぐに打ち解け、一緒に遊ぶ様になった。そのうちクラスの奴らも加わる様になって打ち解けたようだ。
しばらくして、ドン・アンダーソンが大工を雇って遊具を沢山作ってくれた。ドンも人の親なんだなと思ったが、子供のテーマパークみたいになって、みんなで楽しく一生懸命に遊んだ。アニキの親父さんがやってくれたと知った仲間たちからアニキも尊敬の目で見られるようになった。
ちなみに後年、あそこは本当にテーマパークになった。名は『カームランド』だ。
話を戻すが、その辺りで最初の転機が訪れる。6年のクソ上級生共が、ここを俺たちのシマにすると宣言しだしたのだ。ニヤニヤしながら俺たちを威圧し、全員追い出そうとした。俺は必死に抗議した。ここはアンダーソンの持ち物だって。だが、奴等は聞く耳を持たず、余計に挑発してくる。中には小突かれた仲間もいた。悔しいが逆らおうにも体格が違いすぎた。
「アンダーソンってそのチビだろう?何処のどいつだか知らねーが、そいつを見る限り腰抜けの集団だから大した事ないな」
その言葉を聞いた瞬間、気づいたら俺はブチ切れ、奴等に飛びかかって行った。許せない。コイツらはアニキだけじゃなくてファミリーさえもバカにした。だが、悲しいかな勝てるわけも無く、ボコボコにされて見せしめにアニキの前に捨てられた。俺は痛さと申し訳なさと悔しさで動けず、ただ涙が止まらなかった。
それを今までじっと見て何も言わなかったアニキから、初めて怒りの感情を感じた。表情は変わってない。だが、明らかに雰囲気が変わった。俺や仲間を遠ざけ、1人で一歩前に出てこう言った。
「僕たちに謝ってすぐにここから立ち去るなら許してやる」
上級生共は唖然とし、笑い出したが、俺たちは笑えない。さすがのアニキもこんな集団に襲われたらひとたまりもない。
「おい、チビ。冗談はその身長だけにしときな。嫌だねっつったらどうすんだ?」
「お前らを泣いて謝るまでボコる」
と、当たり前のように宣言した。この時俺はアニキがマジで言っていて、マジでそれが出来る力を持ってると根拠もないが確信した。上級生共も流石にマジになった様で、殴りかかろうとしたその時、アニキから凄まじいプレッシャーを感じた。俺たちでさえ逃げ出したくなるようなやつだ。モロに浴びた上級生どもはさぞかしキツかっただろう。だが、流石に低学年相手に逃げるのはダサいと思ったのか、アニキに殴りかかった。恐怖からかかなりの全力パンチをしてるように見えたが、不思議な事にアニキは反撃しない。それにちっとも効いてない様に見える。
一体どうなってるんだ?そのうちアニキはようやく動き始め、真正面にいるやつの腹にパンチしたら、一撃で伸していた。その後次々と一撃で伸していったが、奴等の頭が背後から角材でアニキをぶん殴った。流石にやられたかと思ったが、なんともない様に振り返り、笑顔で5、6発あのパンチをぶち込んでいた。アレはトラウマになるんじゃないかな。
その後全員一列で土下座させ、俺たち一人一人(特に俺)に謝らせた。従わない奴には容赦なくあのパンチをぶち込み、強制的に謝らせた後、「二度と俺たちの前に顔出すんじゃない」と脅して解放した。
俺はその時、興奮して痛みも忘れ、この人なら一生ついていけると確信した。年下だが、一生仕えるならアニキだ。これからはアニキと呼ぼうとその時心に決めた。
多分見ていた奴らも同じ気持ちだったんじゃないかな。アニキに感謝の言葉を述べ、殴られたところの心配をしたが、アニキは「気にするなよ。それより遊びの続きをやろう」って言った。やっぱりこの人は普通じゃないと思った。
さすがに俺はボコられて傷だらけだったので、遊ばず帰り、ウチの親父に報告したら激怒された。曰く、「守らなきゃいけないボスを一人で立ち向かわせるとはどういうことだ」「本来ならば一番冷静になって考えて立ち回らなきゃならん立場の人間が、激情に駆られて突っ込むなぞ、我が家の恥さらしも良いとこだ」「たまたまカーム君が勝ったからよかったようなものの、何かあったら私はドンに顔向けできん」……。いちいちごもっともで、俺はワンワン泣いた。ひとしきり怒られた後、
「カーム君は我がファミリーを代表する人間になる男だ。すでにその片鱗は十分に見えてきている…。おまえはただ金魚の糞のようにくっついてるだけじゃあいけない。彼を表から裏から支えられるように、彼に並び立てるような、頼られるような立派な男にならなければならない。今回の件も、恐らく違うファミリーの差し金だろう。子ども同士のこととは言え、もしこれが実現したら、そのままあわよくば土地の乗っ取りを少しずつ行うつもりだっただろう。ついでに次期ドンの息子を貶めることができる。我々はそれを読んで、敵の策を未然に防がなければならない。それがルチアーノ家の使命だ。……お前にそれができるか?」
俺は目から鱗が落ちる思いだった。確かにあれは不自然だった。しかし、みっともないところを晒した俺は、次からは絶対に負けないためにも力強く頷いた。親父は俺の目を見て納得したようだった。
次の日から、カームのことをアニキと呼び、アニキの偉大さを布教するとともに、アニキのサポートを全力で行った。アニキは嫌がって俺に友達なんだから普通に名前で呼んでくれ、と頼んだが、これは俺のケジメだ。翻すわけにはいかん。しかし、あんなみっともない姿を晒したのに、まだ友達と言ってくれるのかと感動した。アニキはそれから3日間俺に説得をし、渋々アニキ呼びを変えたが、アニキのいないところや心の中ではアニキと呼んだ。それぐらいは許してほしい。
ちなみに例の上級生は低学年にやられた雑魚として著しく評判を落とし、コソコソとスクールの陰に隠れるようになり、静かに卒業していった。ざまぁ。
◆
それからのアニキはすごかった。とりあえずスクール中のボスとなり、何もしないのに影響力を深めていった。ちなみにボス扱いすると本人は嫌がるので言わない。普段は物静かで、感情があるのかないのかさっぱり分からない。しかし、人なつっこい面もあるし、おちゃらけてる面もある。ただ、何というかな、カリスマがあるんだよ。この人についていきたいっていうカリスマがね。だから何もしなくても人はついてくるし、手下も増える。本人は友達と思っていたが。
学年が一つ下なのが本当に悔やまれる。だが、校内でのトラブルはアニキのもとに来る。それを最初に俺を通すように伝え、精査して基本的には俺が片付けるようになった。これも勉強だ。そしてどうしようもないときや、アニキしか解決できないような案件、突発的なものにはアニキが出て行く。アニキも頭の回転は速いので、すぐに両方が得するような形で解決する。そんなことをしてるからボス扱いになるんだ。まぁたまに解決法について聞かれたときに、その頃から勉強を始めた法知識を生かしながらアドバイスをするようにした。これがルチアーノ家の正しい仕事だよな。
アニキが5年生の頃だったかな。その頃にはアニキの評判は轟いていて、近隣からも注目され始めていたが、ウチのスクールからは手を出すやつはいなかった。万が一負けたら例の上級生みたいになるし、俺含む舎弟達がカットしていたからな。
だが、他のスクールまでは無理だった。集団でこちらに乗り込んできた奴らは明らかにハイスクールの奴ら。しかも30人ぐらいでしかけてきたときは、久しぶりに肝を冷やした。だが、アニキは「うるさい奴らだ。黙らせてくる」と言って、あっという間に奴らの前まで行くと、例の凄まじいプレッシャーを放った。以前より明らかにパワーアップしてる。至近距離で浴びた哀れなやつは即座に失神&失禁した。アーメン。
その後、ほぼ全員が気絶した後アニキは彼らを放置してまた何喰わぬ顔で教室に戻っていった。後片付けをしながら、正直この人は人間じゃないと思ったよ。
ちなみにウチのスクールは男子しかいないためアニキはよく嘆いてた。「青春がしたい」って。…この人は何言ってんだろうと思った。はっきり言ってこの近辺の数少ない女子校では、アニキが結婚したいランキング一位だ。舎弟の妹どもも虎視眈々と狙っていて、その兄たちはいつも無理な約束をさせられてる。
一目見ると引きつけられるカリスマに、その単純な強さ。そして、顔の形も整っているし、スマートなスタイルと優雅な所作、性格も良い。そして将来はファミリーのドンだ。超優良物件である。敬遠するヤツはカタギを目指してる奴だけだが、女はどうもワルに惹かれるようだ。俺にも妹がいれば絶対に接近させたんだが…。
そもそもそんなことを言ってる割に、アニキには全く隙がない。授業受けてるか、舎弟の面倒見てるか、修行してるか、家族と過ごしてるかのどれかである。舎弟の面倒を見るのもドンの大事な仕事だ。女の入り込む余地はない。例のテーマパークはちびどもに広く開放されてるから、近くの公園で放課後だべりながら報告会しているのだ。一回クスリとタバコを持ってこいと命じられて驚いたことがあったが、やってみたところ、「こんな物か」と一度だけ楽しんだ後二度とやらなかった。クスリにおぼれるような人じゃなくてよかったよ。まぁそんな小さい人じゃないと思ってたけどね。
◆
彼の弟が入ってきてから、また新たな転機があった。アニキが弟に家を継がせると言い出したのだ。馬鹿な。「私にはマフィアは向かないから」だって?アンタ以上に誰が向いてるって言うんだ!
だいたいマイケルは最近入学したばかりのチビじゃあないか。俺はアンタだからついていこうと思ったんだ。今度は俺がアニキに必死に説得したが、アニキは「あいつの方が絶対向いてるよ。まぁ、そんなに気になるなら話してみるといい」と言われ、すぐに奴に話にいった。
放課後、マイケルを呼び出し、校舎裏でサシで向かい合った。マイケルは昔から何かと世話していて、俺にとっても可愛い弟分だが、それとこれとは話が別だ。俺は単刀直入に用件を話した。
「アニキに代わってお前さんがドンを継ぐってアニキに聞いたんだが…冗談だよな?」
俺はその時入学したばかりのヒヨコ相手には過剰な、殺気すら込める勢いで威圧しながら質問したが、マイケルは一切動揺しなかった。
「うん。そうだよ。ジョセフさんには悪いけど、僕がドンを継ぐ」
……言い切るか。こいつは昔から頑固なところがあったが、なかなかの胆力も持つヤツだな。だが、おれは納得しないぞ。
「…ほう。それがどんな意味を持つか分かって言ってるんだろうな」
そう、もしそうなったらアニキはどうなる。最悪兄弟間で潰し合うことになるんだぞ?
「ジョセフさんこそ、兄さんのことを本当に分かってるの?」
「…どういう意味だ?」
「逆に聞くけど、なぜ兄さんはあそこまで自分を鍛えてると思う?」
そう言われて、少し俺も考えてしまった。確かにアニキは異常なぐらいの鍛錬を自分に課している。以前、俺も隣に立てる男になれるようにアニキの鍛錬につきあったが、あれは本当に地獄だ。人類の限界とも言えるかもしれない。実際俺も3日しか持たなかった。今まで俺はドンになるための厳しい訓練かと思っていたが…。
「兄さんは、将来ここを出て行くつもりだよ。僕はなんとなく分かってた。僕が思うに、兄さんはマフィアのボス程度に収まるような人じゃないんだ。恐らく世界を変えてしまうような…そんな気がする。だから僕がドンを継ぐ」
「もちろん言うだけじゃ納得しないだろうことは分かってる。だから証明する。僕は兄さんと修行して、兄さん並みに強くなる。もしそれが出来たら認めてくれる?」
そうきたか…。低学年のくせに、この俺に覚悟を示して、条件まで付けさせたか。よく見れば親指に包帯巻いてるな。まさか血の掟まで交わしたか。まぁ良いだろう。そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか。
「いいだろう。そこまで言うんだったら俺に納得させて見せろ。だが、分かってるんだろうな。アニキの修行は厳しいなんてもんじゃないぞ」
「分かってる。だから証明になるでしょ?」
「そうだな。楽しみに待ってるぜ。せいぜい頑張りな」
俺はそう言い残し、その場を去った。まぁ、1日2日で泣きを入れるだろう。持っても一週間だな。と、当時はそう思っていたが……。
マイケルは俺の予想を覆し、1ヶ月、2ヶ月たってもギブしなかった。さすがに疲れすぎて授業中寝てしまって、成績が落ちかけたようだが、俺が「頭の悪いボスなんて誰もついてかないぞ」とすれ違いざまに言ったら、それからまじめに受けるようになり、成績も復活した。
発破をかけといてなんだが、あの兄弟は頭がおかしいと思う。
それに俺は失敗してほしいのか、成功してほしいのかもう分からなくなっていた。マイケルは意志の強い男だ。「やる」と決めたらやり遂げる強さを持っている。俺たちの中では大事なことだ。覚悟もある。確かにマイケルは向いてるかもしれない。
だが、それでも俺はアニキに仕えたかった。
結局、マイケルは1年もやりきった。もうあいつがギブアップすることはないだろう。俺は素直に祝福した。そして、マイケルがドンになった暁には、コンシリエーレとして力になることを約束した。アニキは「な、言ったとおりだろう」と言っていたが、まぁ認めざるを得ないな。
結局アニキは、マイケルの言ったとおりに「ハンターになる」といってヨークシンから旅立っていった。
だが、今も昔も俺の中でアニキは一人だけだ。アニキにとって、俺は肩を並べられるような人間になれているだろうか。アニキは「友達だろ」っていつも言ってくれるが、それに甘えてはいけないと思う。まずはアニキに負けない男になる。そして今後、アニキが困ったことがあったら、法律関係、司法関係で助けていきたい。
マイケルに条件を押しつけといて、自分は駄目でしたなんてほんとにダサすぎるから、俺も頼れる男になれるように努力するとしよう。まずは司法試験だな。20歳までに必ず受かってみせる。
これが、俺の誓いだ。
ジョセフ君は頭脳労働者。そしてカーム君の狂信者。でも、カーム君の真意と、マイケル君の決意を見て、最後は納得した。
実は3日で諦めたのは、自分の道はこっちじゃない、頭で支えていくんだという彼のポリシーから。コンシリエーレとしてファミリーを支えるために、彼も努力しています。
追記:マイケルの一人称とかがブレブレで修正しました。申し訳ないです。