「……静かだな」
ビスケの治療を行いながらレオリオが呟く。あれからしばらく経った。静かなものだ。ここが修羅場と言うことを忘れてしまいそうになる。
カームは中央に陣取り、座禅の姿勢で目を閉じている。深く集中しているようで、話しかけても答えてくれそうになさそうだ。それを信頼の証と、ポジティブに受け取っている。こちらとしても、何人たりともカームの元へ届かせるつもりは無い。
「待っているのよ。敵、味方共にね。この時間だけは奇妙な停戦時間と言えるわね。今、我々に出来る事は待つ事。出来るだけ万全な体勢を整えてからね」
「そうだな……しかし、さっきは肝を冷やしたぜ? あれだけオレ等に注意したくせに、自分から分断されに行くとかありえねーだろ!」
「私も同意だ。軽率すぎるのでは?」
ゲッ。クラピカも参戦してきた。ド正論だから反論が難しいわね……。
「悪かったわ。ちょっと憂さ晴らししたくてね。許して♡」
そう言いながらカームの顔を伺うと、集中して真剣な表情がほんの微かに崩れ、苦笑いしていた。よし、セーフ!
「可愛く言ったって無駄だからな! 全く、治療止めるぞ?」
「もう! いいじゃない! 息抜きは必要よ。それに、こっちも敵来たでしょ?」
「トップ層のお前等がいなかったからマジで焦ったんだからな! 反省しろよ!」
「いや、ジジイいたし。そもそもメルエムいたでしょ? ヒソカ以外に誰が勝てるの?」
確かに、となる2人。チョロいわね。
「──いや、そうだけどよ、それとこれとは話が別だろ?」
「んじゃ教えてみなさいよ。詳しくね」
詳しく聞けば、アタシ達が出て行ったすぐ後に部隊が突入。煙幕閃光弾グレネードからのマシンガンブッパで襲って来たらしい。交代交代で《円》を張ってたジジイがそれを事前に察知。
【百式観音】で全て迎撃。それでも諦めない彼らにそれぞれが攻撃を仕掛けようとした直前に、キルアが飛び出して皆殺しにした…との事。
尚、メルエムは戦闘の様子を例の肉を囓りながら楽しそうに見守っていた模様。
「なるほど。想像した通りで何よりだわさ」
「オイオイ、ヒソカが来たらヤバかっただろ!」
「だからさっき言ったでしょ? 来ないって」
「本当にそうかは分からねェだろ?」
「いや、間違いない。大体、今勝てるならもっと前に襲いに来てる」
「……断言しやがったなぁ……ま、結果オーライだからいいか。あんまりヒヤヒヤさせんじゃねーぜ?」
「了解。反省してまーす」
「絶対反省してねーやつだ……」
ま、とりあえずは向こうの方針も分かったわね。この数日間で、奴等はやっぱり本格的には手を出してこない。精々が嫌がらせ程度ね。まぁ、人類の通常戦力程度なら、ここの戦力でどうにかなるわけないけど。全員銃弾ぐらいは軽く跳ね返すレベルだし。
とりあえずは、しばらく大人しくしとこうかしらね。
◇
あれから2日経つ。僕の兄さんは相変わらず表情が暗い。気持ちは分かるつもりだ。僕もカームがそう言う状況になったらこうもなるだろう。久しぶりにゾルディックの顔になっている。だからといって、僕ができることは少ない。兄さんには兄さんの道がある。だからこそ僕は僕でやる事をやるしかない。精神を落ち着け、オーラを練り上げる。自分の目的を見据えて集中すること。つまり《点》だ。
兄さんもあの一件から同じような結論に達したようで、今じゃ僕と同じように並んで座禅している。カームをちらりと見る。相変わらず僕の婚約者は凄い。
しかし、流石にキツいようだ。時折苦しそうな表情を見せることもあるようになった。この戦いが無事に終われば、彼と共にこの世界から逃げよう。
人は、様々なしがらみを抱えて生きている。彼はそれが特別大きいだけ。この世界が彼の存在のせいで争いが絶えなくなるとして、彼がこの楽園から追放されるなら。例えその先が地獄であるとしても、僕はそれに付き合う。僕は、彼の婚約者だから。
昔、そういう話があった。母が観ていたドラマを僕もコッソリ覗いた事がある。不倫した男女が、その愛を捨てられず、2人で逃げて共に死ぬ話だ。死後の世界に楽園を求めて。
当時は分からなかった。ただ、大人の好きなドロドロ話かと思っていた。だけど、今は分かる。2人はしがらみから解放されたかったのだ。例え行く先が地獄でも。
『失楽園』。古い話ではある。それこそ聖書に載るような話だ。
人は大昔に罪を犯し、楽園を追放された。恐らくこの話は
今なら、分かる。2人で何もかも捨てて逃げる気持ちが。この世界はしがらみが多すぎる。しきたりや常識、掟、決まりごと…そんな見えないモノがのしかかり、人は動けなくなる。感情を消して、決められた道を歩くしかなくなる。あたかも人形のように。でも…僕は、人間だ。人形の様に決められた道を辿り、人を殺し、子を産み、そして狂った母の様にはなりたくない。
これがしがらみから生まれた関係でも、彼に対する感情は僕だけのものだ。誰にも強制されない、僕だけのものだ。僕の愛しい人。決して離れたくない、離さない。
そんな愛しい人と、この世界から逃げるって最高じゃないか。地獄でもいい。そこで死ぬならばそれでもいい。彼がいるなら、他に何もいらないから。むしろ、死んだならば彼の中で僕は永遠に生き続ける。それはそれで素敵だ。だから死んでも絶対離さない。
あぁ、やっぱり僕は母に似ている。イルミにも。アレだけ内心嫌っていたのに、結局僕はあの人達と同類だった。歪んだ愛。そうなのかもしれない。
だからこそ、僕たちは兄さんに執着するのだ。自分にはないモノを持っているから。
僕もそうだった。でも、そんな気持ちはお父様にはバレバレだったのだろう。だからこそ、彼をあてがった。うまくいけば僕の執着がそちらに向かう事を期待して。
結果としてその通りになった。流石はお父様だ。でも、それでいい。きっかけが何であれ、僕は解放された。人形の道から。
その為の邪魔は全て排除する。
むしろ、この状況を作った敵には感謝しているが、それはそれ、だ。立ちふさがる障害は叩き潰し、必ずや添い遂げる。オバサンもいるだろうが、それはもういい。だってカームが選んだから。そして、地獄の果てまで付き合ってみせる。それが僕の幸せだから……。
◇
結局、あれから3日経つが、襲撃は無い。恐らく、相手も無駄だと判断したのだろう。爆弾でも落とすかと思われたが、今の我々ならそうなったとしても恐らく生き残るだろうし、核兵器など使っても今度はカームが防ぐだろう。というか、彼らの手持ちの人類のストックがそれ程無いということだろう。全人類がそれどころでは無いだろうしな。よって、結局はタイミングの問題なのだ。
ネテロ会長は、相変わらずメルエムと談義をするか、模擬戦闘を行っている。ジンもそこにたまに加わっている。それ以外は寝てるか食事しているかだ。彼が一番リラックスしていると言っていい。ビスケも彼に次いでリラックスしているように見える。2人は正しくこの後の展開を読んでいる。だからこそのリラックスだ。会長もそうだろうが、アレはメルエムの相手は自分でしかできないと引き受けている感じだな。姿形が若々しくなり、バイタリティが有り余っているのかも知れないが。
カルトとキルアは不穏な空気を漂わせながらも瞑想をしている。恐らく集中しているのだろう。自分たちの倒すべき敵を、確実に殺すために。それは、私から見ればある意味仕事人の姿に映る。無論、暗殺者としてのだ。頼もしいととるか、不安ととるか難しいところだ。
レオリオは…わたわたしている。特に意味も無く瞑想し出したり、本を読んでみたり、かと思えば筋トレし始めたり…ある意味一番人間らしい。それがレオリオという男の魅力なのだろう。
そして、カーム。彼自身が申告した3日という刻限を現時点で過ぎた。当然だが苦戦しているのだろう。その表情は険しい。
全人類に、〝聖光気〟を付与……どれほどの負荷か私には理解できない。むしろ今でさえ不可能だと思っている。だが、彼はやるだろう。それが〝救世主〟なのだから。
そして確実に分かることは、もしそれを成し遂げた場合、彼に残る〝力〟はごく僅かな物になると言うことだ。
当然だろう。
全人類に〝力〟を付与するなど、想像を絶する。それ程の力が彼から抜け落ちてしまった場合、確実に弱体化する。敵は待つだけでいい。そうすれば、確実に殺せるレベルまで彼が降りてくれるから。
なんという悪辣な作戦だろうか。これほど人類を馬鹿にした敵はいないだろう。だからこそ許せない。私にできることは少ないだろうが、少なくとも彼は殺させはしない。人類を救うために死力を尽くす彼を、絶対に守護る。そして…全てが終わったら彼に尽くそう。傷つき、弱り果てるであろう彼を、少しでも癒やし、慰めになるように。そのためならば、どこへでも行こう。それが暗黒大陸でも。私には、もうそれしか無いのだから。
私が女性ならよかった。ビスケやカルトのように寄り添えるのだから。しかし、私は男だ。ならば、男なりの寄り添い方もあるだろう。そのためには、このミッションを確実に成功させなければ。相手がどう来るかをシミュレートし、どんな状況にも対応出来るようにしておかねばならない。いつ来てもいいように。それが、今、私にできることだ。
◇
近隣から初め、全世界各地に広がる龍脈を辿り、人々を探す。探し出して、片っ端から治療し、〝聖光気〟を付与していく。これほどキツいのは久しぶりだ。外界の状況にほぼ構っていられなくなる。だが、案外うまくやっているようで安心した。メルエムは会長が相手してくれているからか。自分にできることは、この作業を早く終わらせることだ。いくら経験があるとはいえ、流石に厳しいものがある。
だが、泣き言は言わない。できなければ人類の終焉だから。そんな事は私が許さない。そして、ヒソカとも決着を付ける。必ずだ。
──1日経った。1割ほどの人類を救えた。やはり、奴等の言っていたことはハッタリじゃなかった。奴等は、全人類にゾバエを感染させている。急がなければ。まだまだパンデミックは各地で起きている。
だが、少なくともアンダーソンファミリーは助けられた。ジョンは見つからなかったが、ファミリーの縁者はほぼ全て救えたと思う。ジョンは…恐らくは奴等が攫ったのだろう。そこまでするか…いや、アンダーソンを壊滅させてないだけまだマシなのか…私には分からない。だが、私の怒りを誘うという奴等の目的からすると、これ以上無い仕打ちだ。そんなに私を追い詰めたいらしい。ならば、私は奴等を存在ごと消滅させてやる。生きた証すら残らないように、魂すらもだ。
そして、裏切ったアルバートだが…いた。ファミリーから離れ、山奥の別荘にたった1人で。彼は怪物の姿に成り果て、更に虫の息だった。恐らくこれは、カキンの王の呪いだろう。それでも私は助けようと思ったが…やめた。この呪いを解き、助けることは可能かもしれない。しかし、恐ろしい程のリソースを割くだろう。だから、無理だ。今の現状では。そして、私は無理してまで敵対者を助けるほど優しくは無い。
哀れではある。仮にもジョセフの子孫だ。私に思うところが無いといえば嘘になる。だが、彼は人類に敵対してしまった。私は彼を
──申し訳、ありません──
と。彼は、分かっていたのだ。世界が
できることなら、彼の死後が安らかであるように、と祈る。
──2日が過ぎる。3割ほど救えた。私を慕ってくれた部族も救えた。かなり犠牲になってしまったが、全滅は免れてくれた。良かった。しかし、二次被害で多くの人類が失われた。……こんなことが許されて良いのか? 少なくとも私は許さん。私の力は確かに弱体化しているだろう。そして、これが進むにつれ、より弱体化していくのは間違いない。しかし、それでも奴等は滅ぼす。絶対に。
──3日が過ぎた。申告した期限の日だが、現在5割…と言ったところだ。この頃からかなりの負荷が私を襲うようになった。一抹の不安がよぎる。本当にできるだろうか、という不安が。しかし、私はそれを振り払う。必ずできる。そして、必ず始末を付けるのだ。それが、私がこの世界を無茶苦茶にしてしまった唯一の償いなのだから。
──4日目。7割まで達成。この頃になると、かなり苦しさが増す。脳細胞が破裂しそうだ。いや、実際に微妙に破裂しながら修復を繰り返している。恐らく私の顔の穴という穴から出血しているだろう。それ程厳しい。しかし、ここまできたからにはやり遂げる。ビスケやカルト、クラピカやレオリオが心配しているようだ。カルトやビスケが交代で私の血をぬぐってくれた。ありがたい。まだまだ頑張れるよ。
──5日経った。9割。もう、意識が曖昧になってきている。だが、もう少しなのだ。もう少しで終わる。だが、やはり奴等は見つからない。予想通り、異空間などに隠れているのだろう。
あと少し、ではあるのだが、作業は遅々として進まなくなった。恐らく、私の限界が近いのだろう。もう、私の〝聖光気〟はごく僅かになっている。だからだ。……方法はある。星から〝聖光気〟を借りるのだ。限界になったら、もうそれしか無い。なるべくやりたくないが……仕方ない。
◇
3日目を過ぎた辺りから、カームは全身から血が噴き出すようになった。それ程の負荷が彼には掛かっていると言うことだ。そして、襲撃もこの頃から再び始まった。ほとんどは人間の部隊だが、稀にハンターも混じるようになった。とは言え、多少のレベルの能力者なら物の数では無いが。しかし、現代兵器は厄介だ。建物内が爆薬で破壊されたり、閃光弾や催涙弾などは対処が難しい。まだBC兵器などは使われないかもしれないが、それも時間の問題だろう。
場所を移せども、カームの位置はある意味バレバレだ。ならば、まだ
全員が全員特級の能力者だ。ただの部隊や協専ハンターなどは、単騎でも余裕で蹴散らせる。特にネテロが先陣を切って対処に当たる。襲撃が増えた原因は、皮肉にもカームの治療と付与が進んでいるという証だ。その証拠に、彼らは一様に薄く〝聖光気〟を纏っている。彼らは分からないのだ。誰が彼らを真に守護してくれているのかを。ネテロやクラピカが叫んでも、彼らには届かない。むしろ、人類の敵対者はこちらだという確信を強める始末であった。今やこのメンバーは重犯罪者の集団だ。いくら主張をしても、逆効果だろう。そんな状態を〝彼〟に見せるわけにはいかない。だからこそ、彼らは外に出て襲撃者を蹴散らすのだ。
そして、5日目。遂にBC兵器が投入された。しかし、カームの守護者がそんなモノを建物内に入れる愚を犯すはずも無い。兵器は建物外で炸裂し、包囲していた人間達に大ダメージを与えた。余波も来たが、彼らは特別な〝聖光気〟を纏っている。その程度では彼らには届かない。それを彼らは知っていた。だが、こんな街の中心地で使用に踏み切るとは、よっぽど危険視されているのだろう。ちょくちょく姿を現し、人間を引き裂くメルエムの存在も、その感情に一役買っているとはいえ。
幸いなのは、〝それ〟を使ったことによって、しばらく襲撃ができなくなってしまったことか。影響が消えるまで、ほんの僅かな休息を得ることができた。
そして……6日目に入ったとき、遂に奴等が姿を現した。
アルバート=ルチアーノ(48)
特質系能力者
・アンダーソン家における、7代目コンシリエーレ。彼は、幼少の頃からその持ち前の分析力と鋭い勘によってファミリーを支え続けてきた。彼も例に漏れず強力な念能力者である。そして、彼はその鋭い勘と分析能力を念能力とした。その予知の力は、【
──だが、彼は自らの破滅と引き替えに、アンダーソンという組織を守り切った。
【
・特質系能力
彼の洞察力は未来予知の域まで発展した。それは、彼の常人とは隔絶した類い稀なる分析力から展開されるものであり、気の遠くなるような演算の果てに導き出されるものである。天気を例に挙げれば、本職顔負けの気象情報から瞬時に読み解き、正確な天気を予報できる。全ての事象においてそのような分析ができ、その精度は9割5分とかなり高い。能力を得るまでは常に分析を行っていたが、念能力を得てからは、その分析の過程を省略し、瞬時に予知とも言える情報をヴィジョンとして視ることができるようになった。それはバタフライエフェクトも含め、彼の脳内で複数存在し、常に最適な未来を選び取ることができた。それは、戦闘に置いても猛威を振るう。彼と相対した敵は、一方的に、何もできずに沈黙する事になる。ある意味、完成した予知能力と言える。
彼がいたからこそ、ドン及びアンダーソンにとって、ネオン=ノストラードなど取るに足りない悪趣味女なのである。