………
意識が覚醒する。ハッと飛び起き、戦闘態勢を取る。
辺りを見回すと、巨大な世界樹が目前で聳え立っている。…良かった。戻って来れた…。山をも超える太過ぎる幹と…
……!!?
何でまだ居るの!? 倒したよね!? そう思っていたら、奴が話しかけてきた。
────見事だ。ヒトの英雄よ。実に見事に我を撃ち破った────
「………もう闘わない?」
────貴様が望むなら良いのだぞ? 我も久しぶりに血沸き肉踊る闘いだった。まさか我がヒトに撃ち斃されるとはな────
「闘いはもういい。…それで…アンタは何でここに居る?」
────無論、我を斃した英雄に褒美を与えようと思ってな────
「それは…選ばせてくれるのか?」
────我の出来る範囲で有れば良かろう────
「ならば……私は帰りたい。
────そんな事でいいのか?────
「
────良かろう…貴様の願いは叶えてやる。だが、我を斃した者にそれだけでは余りにも狭量。故にこれをくれてやる────
というと、奴は私の目の前に黒い球体を浮かせて見せた。…何やら吸い込まれそうな色味をしている。
しかし…これをどうしろと?
その瞬間、
黒いスーツだ…。黒シャツ、黒ズボン、黒ネクタイ、黒ジャケット…。それに黒い手袋や靴下、靴、帽子までついている。確かに私はもう全裸に腕輪というスタイルだからありがたいが…。
────
「…変な機能はついていないだろうな」
────望むのならば付けるが…貴様には必要ないだろう────
「…ならばありがたい。では、帰らせてくれ」
────よかろう。…その前に一つ。貴様の運命に妙な気配がついておる。消してやるから動くなよ────
と言うと、ノータイムで私にブレスを放ってきた。もうちょっと猶予をもてよ! …しかし、
────これで良し…では貴様の願いを叶えてやろう…『フレースヴェルグ』! 見ていただろう! 姿を現すがいい!────
一瞬、静寂が起きるが、次の瞬間に凄まじい念の圧が上空から迫って来る。
────フハハハハ!! これは愉快!愉快! 貴様がヒトに敗れるとはなぁ!『ニーズヘッグ』!────
…巨大な鷲か。このドラゴンと同じぐらい強いぞ。
────このヒトの英雄は強かった…。良き闘争だったぞ────
────煽りも効かんか。詰まらん。まぁいい。良きモノが見れたからな。して、この人間を送れば良いのか?────
────その通りだ。我は海のアイツに嫌われておるからな────
────フン。貴様の受けた願いは貴様が叶えろと言いたいところだが……
────恩に着るぞ。『フレースヴェルグ』────
────貴様の為では無い。いいものを見せてくれたヒトへの礼だ。あぁ、これで100年は楽しめるな────
────いいからサッサとしろ!────
────おぉ怖い怖い。ではヒトよ。乗るがいい────
そう言って、大鷲は私に背中に乗る様に促す。私もそれに従った。
────しっかり掴まっておれ────
次の瞬間には、凄まじい勢いで飛び出した! もうあんなに離れてる…。あっと言う間に着きそうだ。いよいよだ。いよいよ帰れる!
遠くから、──貴様の運命に幸あらん事を──と言う声が聞こえて来た。
◆
あっと言う間に暗黒大陸の沿岸付近まで着いた。これまでの苦労は何だったのかと言いたいぐらいだ。しかし、そこで問題が起きた。
────ヒトよ。少し面白いものを見つけた。寄り道するぞ────
と言って、沿岸沿いに進路を変更し始めたのだ。ちょっとフリーダム過ぎるだろ!
────怒るなヒトよ。
……!!?
人間が!?
────チッ。すばしっこい。転移させるか────
大鷲の背中に現れたのは、黒い長髪でゆったりしたフードとコートが合わさった様な服を着た人物だ。…誰だ?
「クソッタレ! 〝超越種〟に見つかったか……って、誰だオメー!!」
────珍しい。コヤツもヒトにしては中々の者だな。我が名は『フレースヴェルグ』。空を統べる者なり────
いつの間にかミニヒヨコみたいになって、我々の近くにフレースヴェルグ?が来た。大鷲はそのままだから念獣みたいなものか?
「は〜っ。ここに来てえらいのに捕まっちまったなぁ。油断はしてなかったんだがな…。で、アンタは?」
「…カーム=アンダーソンですよ。人の名前を聞く前に自分の名前を教えてほしいですね」
「あーそうか。もう長い事人と関わって無かったから忘れちまってたよ。スマンスマン。俺はドン=フリークスという。よろしくな」
!!
────しかし、良く1人で生きておったな。そんなに弱っちいのに────
「嫌味か! 確かに俺はお前らに比べると弱っちいが……俺には特殊な能力があってな。そいつのおかげよ」
いや…謙遜してるけど、この人も十分強い。〝聖光気〟を使わなかったら互角だろう。
「しかし、そこのアンちゃん。オメーは強いな。」
「まぁ…鍛えられましたからね…。
「何? まさかとは思うが、出会った奴と全部闘ったのか?」
「……そのまさかですよ」
「…お前…良く生きてたな〜。フツー死んでるぞ」
────此奴は世界樹の『ニーズヘッグ』を斃す程の強者だぞ────
「マジかよ…。最早〝超越種〟じゃねぇか…。で、同じ〝超越種〟同士で何してんだ?」
────此奴は帰りたいらしいからな。
「オメー今更
「家族が待ってるんですよ………だから帰らなきゃ。随分と時間が経ってしまいました」
「……そっか。まぁ家族は大事だな。んで、
「一生来ませんよ! こんな所!」
────勿体ない…。貴様程の力を持つ者が ────
「…俺も同じ意見だぜ。勿体ねぇ。世界はこんなに広いのに」
「私には地獄にしか見えませんでしたよ…」
「な〜に言ってやがる! こんなに楽しい所はねぇぞ!」
「大体貴方の書いた本の所為でえらい目にあったんですからね!」
「お、アレ読んだのか! もうすぐ『西』も出来るぞ!」
────ほう。面白そうだ。少し読ませてみろ────
「いいぜ…メモだがな。ほら。これだ」
フレースヴェルグの分身?は小さな身体で器用に本を捲り始めた。
────中々面白いぞ。ヒトよ。少し貸してくれ────
「そうしたいのは山々だが…まだ後ちょっと書けてねぇんだ。…もし良かったら一緒に行くか?」
────それはいい考えだ! ヒトよ。付き合ってやろう────
「ヘヘッ。悪ぃね」
すっかり意気投合した2人(?)。ドンさんなんかホントに悪い笑みを浮かべてる。多分ロクな事考えてない。だが忘れて貰っては困る。
「先にこっちの用事からですよ。『フレースヴェルグ』さん」
────ん? …おぉ! 忘れとらんぞ! 先にそっちだな。わかってる、わかってる────
……絶対忘れてたな。全く…。もう遠回りはゴメンだ。その後、私たちはそれぞれの旅の話をした。ドンさんの話はとても魅力に溢れていて夢があった。智略を尽くしてダンジョンを攻略して凄いお宝を手にした話とか、知性を持つ怪物との手に汗握る交渉の話とか。内容は多岐に亘った。
私もフレースヴェルグさんも暫しの間楽しく聞き入った。話し方も非常に上手い。頭がいいんだろうな。…しかし、とても同じ大陸を旅したものだとは思えないな…。彼の怪物達の躱しかたもとても参考になった。もう使う事はないだろうが。
代わりに私の話を聞いたドンさんはドン引きしてた。「お前さん…本当に良く生きて来れたな…。だからこそその力か」と言っていた。フレースヴェルグさんは妙に納得してた。
そうこうしながら楽しく過ごしていたら、もう限界海峡線に着いたらしい。巨大な門が見える。
────何をしに来た。『フレースヴェルグ』よ────
────久しいな。『リヴァイアサン』。何、ちょっとした届けものだ。人間界までは行かんよ────
────貴様の話は信用ならんが…乗ってる者達を見ると、どうやら本当らしいな────
────相変わらず過保護だな。そろそろ解放したらどうだ?────
────まだまだ、ヒトは弱い。偶に例外があるぐらいだ。もう少し力を付けねば、なす術もなく蹂躙されるだろう────
────それが過保護だと言うに…。まぁ良い。議論はまた次の機会にしよう。1人は〝我等〟を斃した者だ。その報酬でな。通してくれんか?────
────良かろう。…2人とも久しいな。特に貴様はヒトの進化の可能性を見せてくれた。
「俺はもうちょっと旅を続けるぜ。旅の道連れも出来たしな」
────それもまた良かろう。では、通るがよい────
門が開き始め、我々は其処を通り抜けた。もうすぐだ…。
◆
「しかしよぉ。コイツを届けてからの話だが、お前さんそんな図体じゃ碌に探索も出来んぞ? どうすんだ?」
────馬鹿にするでない。貴様達ヒトの大きさに変化するのは我には容易い事。それならば良かろう────
「そっか…それならいいな! さて、どっから探索するかねぇ!」
何やら今後の話で2人は盛り上がってるな。しかし私の頭は帰る事で一杯だ。もう10年近く経ってしまった。流石に家族も諦めているだろうな…。なんて謝ればいいか…。
そうこうしてると、フレースヴェルグさんが止まった。着いたのか?
────ヒトよ。我はここまでだ。後は自分で行くがいい。このまま真っ直ぐ行けば着くぞ────
「ありがとう。フレースヴェルグさん。とても助かりました。ドンさんも急に付き合わせてすみませんでした。そして楽しい話をありがとう」
────気にするな。我も楽しみが増えたからな────
「俺も気にするこたぁねぇ。また『西』を出したら読んでくれよな。……本当にまた来る事はねぇのか?」
「……私は〝人間〟として生活したいので。それが私の性分に合ってます」
「……お前さんは真面目だなぁ。まぁ気が変わったらまた来いよ。会えたら一緒に旅しようぜ。…最後に言っとくが、〝人間〟はどんな状況でも、気持ち一つで楽しむ事が出来る。『新大陸』なら尚更だ。珍獣・怪獣、財宝・秘宝、魔境・秘境…そういう〝未知〟のモノに〝人間〟はどうしても惹かれるモンだ。すぐに俺達の後追いも出て来るだろう。
「……分かりました。
「ガラにもなく、クサい事言っちまった。じゃあ
「ありがとうございます。……機会があるかは分かりませんが…
────話は終わったか? では行くぞ。さらばだ。ヒトの英雄よ────
そう告げて、2人(?)は戻って行った…。去り際に
「おい、そういえば『ニーズヘッグ』だっけ? ソイツに報告に行くんだろう? ソイツも連れて行けねぇか?」
────その発想は無かった! それは実に面白そうだ! 奴もヒマしてるだろう。一緒に連れて行くぞ!────
「いやぁ、実に楽しい旅になりそうだな! これからは奥地も探索してみようかねぇ…」
────それよりも、さっきの話の続きを聞かせろ────
………そうして2人(?)は去って行った。実に楽しそうだ。……楽しむ、か。確かに久しく忘れていた感覚だ。帰ってひと段落着いたらまた旅をするのも悪くないな。まぁ暗黒大陸にはもう二度と行かないが。
さて、本当にいよいよだ! 我が家まで後少しだ。
思えば長い、本当に長い旅だった。
もう駄目かと思う事も何度もあった。
だが、そんな私を救ったのは
〝家族への思い〟だった。
だから、今私の胸は高まっている。
例え、身体が〝人間〟とは少し異なるモノになってしまっていても。
私は、〝家族〟に会いたい。
どうか、皆が無事でいますように。
どうか、私を暖かく迎えてくれますように。
それが、私の……願いだ。
フレースヴェルグ
・大鷲の姿をした〝超越種〟。ニーズヘッグと同様、世界樹に居を構える。ニーズヘッグとは違い、世界樹の上層部にいる。名前には〝死体を飲み込む者〟という意味がある。偶にニーズヘッグと罵り合っているが、それは世界樹の中層に棲むラタトスクというリスのせいである。余談だが、このリス、後のドン=フリークスとフレースヴェルグ、ニーズヘッグの珍道中にちゃっかり着いて行ったとか。
追記
服装を一部追加しました。