その日、ヨークシンは震撼した。
正確に言えばヨークシン在住の念能力者が震えあがった。
原因は、
〝それ〟は、人間が出すオーラとはとても思えず、とんでもない怪物が誕生してしまった事を、文字通り身体で実感してしまった。
屋外にいて不幸にも〝それ〟を見てしまった者は、決死の覚悟でヨークシンを脱出した。直ぐにでもこの場所が地獄になってしまう事を確信して…。
しかし、そうはいかない者もいた。
◇
な…何なのよ…アレは…! 今まで見た事も聞いた事も無い程の巨大なオーラ…! 正に雄大な山脈の様な……それ程の圧倒的な力! これが…
〝これ〟は私の手には負えない…。いえ、もしかしなくてもあのジジイすら…。しかし、ほっとくわけにもいかないわね…。先ずはジジイに知らせる。そして…本当に気が進まないけど、「調査」はしなきゃね。
◇
Prrrrrr…
「…ほい。ワシじゃ。…なんじゃ、ビスケか。見つかったか?」
「ジジイ…よくも私に〝あんなの〟の調査を依頼したわね!」
「待て待て、落ち着け…。で、その様子だと見つけたんじゃな?」
「…見つけたわさ…と言うよりも見せつけられたと言った方が正しいわね。本日午後3時48分。先程ね。ヨークシンの一等地近辺、恐らくアンダーソン家の敷地付近にて、莫大な量のオーラを観測した…。オーラの質から考えると、アレは
「……そう、か…。『六番目の厄災』…の可能性が高いという事か…」
「そうね。あれだけの力は最早厄災よ。ただ、希望があるとしたら、観測した『オーラの質』がそんなに害があるようには見えない所ね。儚い希望だけど」
「しかも、出た場所がよりによってアンダーソン…か。あそこは昔から協会との因縁が深いからのぉ…。して、一応聞いとくが、ワシと比べてどうじゃった?」
「……言っちゃ悪いけど、話にならないわね。もう人間の個人が対処出来るレベルじゃないわ。国家レベル…いえ、もしまだ力を隠していたら世界規模のレベルかもしれない」
「……」
「いい事? 私は今から決死の覚悟で現地に調査に向かうから、生きて帰ったら報酬たんまり弾みなさいよ! 生きてりゃまた連絡するわさ! じゃ!」
ガチャッ。ツー、ツー…
「…相変わらず忙しない奴じゃ……すまんのう…。…ワシも覚悟を決めるか」
◆
「改めまして…
あれから、3人で屋敷の者達を介抱したり、目を醒めさせたりして、漸く話が出来たのは30分後だった。…私も流石に全力はまずかったと反省した。
「カームでいいさ…。Mr.ジョン=アンダーソン。あれは当然の事だ。恐らくマイケルの指示でもある…気にしてないさ。しかし、
「こちらもジョン、でいいですよ。カームさん。お察しの通り、ご先祖、特に2代目のマイケル=アンダーソンの逸話は伝説に近い。彼は『アンダーソンファミリー』をヨークシンどころか、サヘルタ合衆国全域を支配する程まで発展させました。当時の大統領すら2代目の意向を気にしながら政策を進めたそうです。しかし、
「その通りだが…マイケルは随分と活躍したらしいね」
「だからこそ、〝伝説〟なのですよ。ここまでファミリーが発展したのはほぼ2代目のおかげと言ってもいい。十老頭になったのもマイケルさんからです」
「その……十老頭とはどういったものかな?」
「この世界の6大陸10地区を治めるマフィアのボス達の事を指します。我々はサヘルタ地区全域ですね」
…朧げながらに思い出して来たぞ…! そういえば、いた。確か、「誰か」の襲撃を喰らって、アッサリ…そ、そうだ!
今は大丈夫だが、近い将来だろう。確認してみよう。
「…他の十老頭は健在か?」
「えぇ…気に食わない奴等ですがね。何故?」
「いや何…みんな念能力者か?」
「いえ…私だけですね。我々は家訓でね」
やはりそうか…これ程の力を持っていればそう簡単にはやられまい。「誰」の襲撃だったか忘れたが、多少は苦労する筈だ。これも歴史が変わった、と言う事か? しかしまだ分からんか。
「家訓…ね。マイケルは私に対して何か遺してないか?」
「有りますよ。…これです」
そう言って、彼はテーブルの下から花の様な金属が付いた大きな箱を取り出した。これは…蓄音機、か? 神字が至る所に書いてある。
「〝これ〟は2代目から貴方が来た時に聞かせるように、と代々厳命されているものです。まぁ貴方以外は起動出来ない様になってますけどね。針を乗せて再生ボタンを押しながら《練》をして、ご自分の名前をどうぞ」
言われたとおりにしてみると、蓄音機が再生し始め、
「ジジッ……やあ、兄さん。これを聞いているという事は無事に帰って来れた様だね。クイズは楽しめたかな? 分かってるとは思うけど、アレは罰だ。約束を守れなかった事は反省して欲しい。残念ながら
マイケル……。お前は…約束を守ったんだな……。ありがとう…ファミリーを守ってくれて。ありがとう……私も守ってくれて…。
彼の声が聞こえだしてから、私は涙が止まらなかった。それは、マイケルの強い愛情に触れたこと。そして、そんな彼にもう会えないということ…全てがごちゃ混ぜになって私を襲ったからだ。蓄音機はそこから沈黙を続けている…。ジョンがたまりかねて「止めますか?」と聞いてきたが、私は首を振った。まだ彼は
「………兄さん。〝あれ〟からもう130年だ…。例え帰ったとしても、兄さんは恐らく不老不死に近い状態になってるんじゃないか? これから先に帰って来れるという事は
蓄音機は動きを止めた。……マイケルは…一体どこまで想定していたのだろう…。彼のメッセージは伝わった。私は…まだまだ立ち直れてはいないが、これからの人生を生きていこう。〝人間〟らしく、慎ましながらも地に足のついた人生を…。
しかし、彼に語った話とは何だろう。私は彼に何を話した?
ジョンは私をそっとしたかったのか、黙って席を離れてくれた。広い応接室で私は何度も蓄音機を再生した。5回も再生した時だろうか。沈黙の部分が気になった。……何故これ程の沈黙を?
これ程の深謀遠慮のある男だ。無意味に長い沈黙を続ける様な事はしない筈だ。私は、試しにその部分に針を置いて再生してみた。…何も無い。ただの沈黙だ。耳を澄ますと確かに彼の息遣いが聞こえる。だが…
私は、蓄音機にセットされたレコードの様な物を取り出した。通常は表面だけに刻まれるが…
「…………やぁ! 見つけたねぇ! 単純な仕掛けだからすぐバレると思ったけど、いかがだったかな? さて、これからは少しだけ込み入った話をする。周りに人は居ないかい? 5秒待つから確認を頼む。駄目だったら消してくれ」
私は即座に隠した《円》を展開する。…居ないな。ジョンは台所で何かやってる。
「………………大丈夫のようだね。結構。さて、兄さんの話だ。兄さんは『この世界』がコミックであった世界から転生して来たと言ったね。あの時は半信半疑で、今も余り信じられないけど。そのコミックだった時代は、今よりずっと未来だ。確か
…思い出した……。何故私は忘れていたのだろう。ここは原作時代の1年前だ。そして…マイケル。本当にありがとう。私はまた歩き出す事が出来そうだ。確かに居た。能力を盗む奴が。そしてソイツは幻影旅団の団長だ。もう記憶が曖昧で、どのタイミングで出て来るか分からない。だが、ヨークシンで一大イベントがあった筈だ。もしかしなくても十老頭暗殺はコイツらが関わっているだろう。
…そんな事はさせない。他の老頭は知ったこっちゃ無いが、ジョンとそのファミリーだけは私が守護る。そして、あわよくば私の〝呪い〟を押しつけよう。厄介な敵が出来るかも知れないが、能力のみを吸われた程度なら〝聖光気〟で直後に消滅させてやる。
問題はいつ、どのタイミングで来るか…だ。確実なのは待ってる事だが、それだと後手になる。ならば…
…私はあの物語に憧れていた筈だ。いつからそれを失くしてしまったのだろう。だが、まだ間に合う。もう一度思い出そう。あの時の希望を。
これからの人生の為に。