88、幻影旅団
「これが、『若返りの水』です。出所は明かせませんが、効果は当然ありますよ。劇的にね。この小さな1瓶で充分若返るはずです。ですが、コレを飲むのは私の協力を全て終えてからにしていただきたい」
「……ありがとう…本当に……。君の言う通りにしよう。…しかし、君は一体何者なんだね?」
「ただの人間ですよ。他よりちょっとだけ力のある、ね」
……結局その後は、バッテラ氏といくつか協議をしてから別れた。バッテラ氏も私に深く感謝していたようで、素直に私に協力すると約束してくれた。バッテラ氏にはもうクリアを目指す理由も消えた。彼が雇っている者達にはそこら辺の事を伝えて対処していただく必要がある。
これで魔法カード不足も解消されていくだろう。
実はそれが今回の狙いでもあるが、純粋にバッテラ氏を救えた事は良かったと思う。救える者は救う。手の届く限り。この世界は理不尽な事象に溢れている。それは前世も同じだったが、こちらはよりシビアだ。だが、私には〝力〟がある。ハッピーエンドでもいいじゃないか。だから私は抗う。もう二度と理不尽な事態に翻弄される人々を見ないように。
…そろそろ例の期日が近づいてきているので、そちらにも集中したいから後はバッテラ氏にお任せしよう。私も準備を整えなければ。
◆
4日後、ゴン達が戻ってきた。今は団欒室で寛いでいる。
「いやー厳しかった。ってか最初は無理ゲーに近かったな。いいカード貰ってもすぐに奪われるし! 大体、何だよ、あの3人組は! アレ、絶対会長じゃねーか!」
「アレはヤバかったね…。カードとか関係無く勝負挑んできたし。ゲームの趣旨を分かってない感じしたよね…」
「いや、ワザとだろ。アレが会長なら分かった上でやってると思うぞ?」
「タチわりーよな…。結局ボコボコにされただけで笑いながらどっか行ったし。次会ったらゼッテーブン殴る!」
「ま、死んでねーからセーフってトコだな。P Kだったら死んでたしな」
「でも、最後の方で防御カード沢山入荷してきたよね。なんか出会ったプレイヤーが一斉に減ったけど…」
「そう! 急に防御カード揃ってからは逆にいい感じで集まったよな! もうちょっとやりたかったけどなー」
「でももう時間だから仕方ない。大体兄さんはギリギリまでやるって聞かなかったんだから」
「悪かったよカルト、だからそう睨むなって。オレも熱中しちまうとつい、な。でも、
「う…それはそうだけど…。でも、クラピカも危なっかしいからオレ達も付いてなきゃ!」
「しょーがねーなァ…。まぁたしかにクラピカは危なっかしいからなー」
「とりあえず無事に間に合ったようだから良しとしようぜ。で、どうすんだ? クラピカ」
お、ドアの外にいる我々に気付いたか。より感覚が研ぎ澄まされてきているな。ゲームも楽しんでやってるらしい。バッテラ氏とのやり取りが生きてきたようだ。それに…会長も始めたか。楽しそうで何より。
我々はドアを開けて入る。ジョンと私とクラピカだ。
「……私の為に来てくれた事には礼を言う。今、奴らの動きを想定して作戦会議中だ。基本的には奴らとはここで決着をつける。…だが、これは私の復讐だ。だから君達は無理をしないで、出来れば関わらないでほしい。それが私の望みだ」
部屋の中が瞬時に静寂に包まれる。彼としては譲れない部分でもあるだろう。だが、それも仕方ない。同じ状況だったら私もそうしようとするだろうから。しかし、そうはさせない。彼はそのままだと容易く死に向かうだろう。もちろん彼の事だ。復讐は果たすだろうが、ただでは済まない可能性も高い。そして…同胞を失った彼のトラウマも関係しているのかもしれないな。
ここはもう一度説得が必要だ。私はジョンと目配せして、ジョンにお願いする。しかし、その前にゴンがクラピカに語りかけた。
「ダメだよ、クラピカ。今のクラピカは死んでもいいって思ってるでしょ? 顔やオーラからそう感じるよ」
「いや…私は死んでもいいとは思っていないぞ」
「ウソだよね。クラピカはウソつく時は目を合わせないから」
「!! 何故…」
「ほら、ウソだった。オレのひっかけにかかるぐらいに余裕がないようじゃ、1人じゃ行かせられない。オレ1人だけでも付いていくから」
「ゴン! だが…」
「いくから」
「あ〜あ。こうなったらコイツは聞かねーぞ。だが、オレも同じ意見だぜ。ワザワザ危険な相手に1人で突っ込んでどうすんだよ」
「キルア、私は1人で突っ込むほど自惚れてはいないつもりだ。ちゃんとアンダーソンファミリーとして協力体制を敷きながら迎撃する手筈になっている」
「そこにオレ達が混ざってもいいだろ? 大体、お前はそう言いながらも実際に遭遇した時に暴走せずにいられるか? ……我慢できたとしても間違いなく無茶はするだろ。医者の卵として言わせて貰えば、お前の緋の眼は身体に相当な負担を強いてるぞ。寿命が縮むんじゃねーかってぐらいな」
「レオリオ……そこは覚悟の上だ。リスクは当然だろう」
「やっぱり。……オレ、クラピカに何かあった時に何もしなかったんじゃ後悔してもしきれない。だからオレは一緒に行くよ。頼りないかもしれないけど、クラピカの手伝いをしたいんだ!」
「ゴン……」
彼らは私が言いたいことを全て言ってくれた。私が言うよりは余程良いだろう。すかさず、ジョンが続ける。
「クラピカ。彼らは君を何より案じてるではないか。大体、もし君1人で立ち向かった場合、確実に死ぬ。それはこの何週間かで身をもって理解した筈だぞ? 前も言っただろう。頼れる者は頼れと。何より君の為に」
「ドン……それでも私は…彼らに死んでほしくないんだ…」
やはりか。仲間を死なせるぐらいなら自分1人でいい、というのが彼にはあるのだ。
「その為にカームがいる。彼は君の仲間をカンタンには死なせはせんよ。我々も付いているしな。それに彼らも充分強い。信じたまえ。それとも自分で全てに決着をつけたかったのならばトドメは君がやれば良かろう。そのための段取りだからな」
「………ありがたい。恩に着る。みんな…よろしく頼む」
「相変わらず水くせーぞクラピカ! オレ達に任せとけって!」
「そうだよ! 任せて!」
「分かった。君達を信じよう…」
クラピカも随分と軟化した様だ。これもゴン達とアンダーソンのおかげだろう。彼にとっては仲間達や家族としての触れ合いがいい効果をもたらしているように思う。肉体的な意味でも、精神的な意味でも。
そして、私がいるからには万が一も起こさない。彼の望みは叶えてやりたい。…彼から聞いたクルタ族の顛末を聞けば聞く程そう思う。私だったら即破壊神になって見境なくブチ殺してまわる事になりそうだからな。果ては人類の天敵、とまでなってしまうだろう。だからこそ、彼が前に進む為にもここは重要な場面だ。それが生きるという事に繋がるのだから。
「私からも、ゴン君はじめとする皆に感謝を。我がファミリーのクラピカの為にありがとう。そして、我がファミリーの事情にも巻き込んでしまって申し訳ない。その上で、君らが力を貸してくれるのであれば大変心強い」
「オレ達はここにはお世話になったからね。どれだけ助けられるか分からないけど、できる限り恩返しするよ」
「助かる。無事に終えたら報酬も用意しよう。期待していてくれ」
「さすが! マフィアのボス、太っ腹だぜ! 大船に乗ったつもりで任せてくれ!」
「泥舟になんないといーけどな」
「うるせーぞキルア! どんなケガ人が出ても治してやっからよ」
「ハハハ! レオリオ君、実際君の能力は貴重だ。頼りにしておくよ」
「さて…じゃあ話がまとまったところで、君達の
「ん。わかった。じゃあ短期コースでみっちりとやろう。どんな状況にも対応できるように私からじっくりと、な」
クラピカがゲッという顔になる。だがこれは決定事項だ。幻影旅団の力は未知数だが、まだまだタイマンで勝てる程奴らは甘くないだろう。さぁ、これから残り時間あと僅か。できるだけ鍛えておこう。
◇
───ヨークシン郊外
荒野を4人の奇妙な風体の男女が歩く。侍の様な刀を差した男が話し始める。
「13人が一堂に会するなんてナァ。何年振りだっけか」
「3年2ヶ月。と言てもあの時とは2人面子が違うね。4番と8番別の人に替わた」
カタコトで喋る黒髪の男が答える。傷だらけの大男が着物とスパッツを合わせた様な服の女に話しかける。
「マチ…4番の野郎は来るのか?」
「知らないね。あたしに聞くな。『来い』と伝えただけだ」
「お前の役目だろ」
「ワタシ、ヒソカ嫌いね。何故団長アイツのワガママ許すか?」
侍が話に割り込む。
「腕がいいからだろ。アイツの【
「それが何か。団長がヒソカの事怖がてる言うか。許さないよ」
「そーじゃねェけどよ」
「買い被りだ。大した事ねェよ、あんな奴」
「口だけなら何とでも言えるからなァ」
瞬間、静寂が起き、次には大男と侍の壮絶な殴り合いが始まった。背後で凄まじい殴り合いが起きているにも関わらず、マチと呼ばれた女とカタコトの男は歩くのを止めない。そして、マチがつぶやく。
「……最近のアイツはちょっとヤバいかもね」
「お前までそんな事言うか」
「伝令を伝えた時にアイツから嫌な感じした。前からそうだけど特に最近はヤな感じ。警戒すべきね」
「ワタシがヒソカ殺すよ。それで解決ね」
「団長、一体何する気だろ? あたしは嫌な予感がすんだけど」
「さっきから弱腰か? お前も許さないよ」
「警戒しろって言いたいだけだ」
立ち止まった2人の間にも不穏な空気が流れる。しばらくして、2人は歩き始めた。
「……続きは団長の話を聞いてからね」
「ま、あたしも気のせいだと思うからそれでいい」
若干不穏な空気を残したまま、目的地に向かう。大男と侍はまだ殴り合っていた。
──ヨークシン郊外 幻影旅団アジトの廃ビル
「全部だ」
オールバックでファーの付いた黒コート。額には逆十字のタトゥーがある男が宣言する。更に彼は続ける。
「
その発言に集まった者達は押し黙る。彼こそが幻影旅団の団長。クロロ=ルシルフルである。2メートルを超す野人の様な大男が問いかける。
「本気かよ、団長…地下の競売は世界中のヤクザ、その中でも特にヤベェ『アンダーソン』が中心に仕切ってる。手ェ出したらそいつら全部敵にまわすことになるんだぜ!!! 団長!!」
「怖いのか?」
「嬉しいんだよ…!! 命じてくれ団長… 今すぐ!!」
「オレが許す。殺せ」
「おお!!」
野人が咆哮をあげる。他にも先程の4名に加え、メガネのタートルネックセーターの女、金髪の優男、スフィンクスの様な被り物をした男、髪の毛で顔が見えない男、全身包帯男、女性物スーツを着た女、白スーツの男、そして奇術師という、異様な風体の男女が団長に続いて歩き出す。彼らこそが、かの悪名高い幻影旅団の全メンバーである。
──ヨークシンの騒乱が幕を開けようとしていた。
ちょっと宿泊での仕事で遅くなって申し訳ありません。
ようやく新しい章に入りました。長かった…。