この場を借りてお礼申し上げます。
それから旅団員は、徐々に目覚め始めた。しばらくして、全員が目覚め、そして何事も無かったかの様に寛ぎ始めた。彼らの中では団員が増えていた事や、実質1人に壊滅させられた事、果てには自分達が眠っていた事すら全く記憶から消えていた。
彼らの中では、ただ時間通りに集合し、作戦を聞き、英気を養う為に寛いでいただけであった。
──
(この記憶は何…? 夢…? 夢にしては妙な現実感が…。そもそも、私達は何故寝ていた…? 何故、誰もそこに指摘しない?)
その内の1名であるパクノダは、困惑していた。彼女は、その能力故に記憶を完全に消され、改変される事を免れていた。それも辛うじて、という程度だが。ある意味奇跡とも言える。だが、それは彼女の状況を良くしたわけではない。寧ろ苦しめた。
(団長が…私達がなす術なくやられるなんて……悪い夢だと思いたい……だけど…)
夢か現か、それすら曖昧な中、
まずは情報収集したい。そのためには自身の能力を発動させるのが1番だが、団員はパクノダの能力をある程度知っている。いきなり記憶を読ませてと言っても不審がられて拒否されるのがオチだ。最悪敵対されかねない。よって、会話から糸口を引き出す。パクノダはそう決めた。例え不審がられても、彼女は自身の能力を信じ、自身の見た光景を伝えなければと決意した。
「マチ…あなた、この仕事についてどう思う?」
「ん? そうね…団長も大胆な作戦を考えたわねってところね。全員集合するなんて久しぶりだからどんな内容かって思ったけど、全員集合させる程の内容ではあったわ」
「……あなたの〝勘〟に引っかかるところはない?」
「あたしの〝勘〟も万能じゃないんだから。でも、今回は特に無さそうだね。最終的には上手くいくんじゃない? それがどうしたの?」
「いえ……それならいいのよ。ただ…あたしの勘違いかもしれないけど、ちょっと引っかかるところがあってね」
「……珍しいわね。アンタがそういう事を言うなんて。で、何が引っかかってるのさ」
「あたし達は今日の正午に集まって、団長の作戦を聞いた…。ここまではいいわね」
「うん、そうだね」
「それからあたし達は何してた?」
「何言ってんの? 今までアジトで好き好きに寛いでたじゃない。違う?」
「……そこがちょっと分かんないのよ。あたしには……」
「?」
急にパクノダの会話が止まる。パクノダはその場でフリーズしたかの様に固まってしまい、動かなくなった。
「パク…大丈夫?」
「……あ、あ”あ”ぁ”あ”ぁ”あ”……!」
「!! パク!!! どうした!?」
その声に旅団員が反応する。団長も読書を中断し、2人を見つめる。しかし、しばらく呻き声をあげた後、不意に止まったパクノダは妙に清々しい顔でマチや団員の方を向いてこう告げた。
「な〜んちゃって♪ ふふ、どう? ビックリした?」
旅団全員がホッとした様な顔で安堵し、その後キレ出す。
「アホか! お前がやるとシャレになんねーんだよ!」
「冗談も時と場所と人考えるね」
「パクがその手の冗談をやるなんて珍しいな。マジでビックリしたわ」
それぞれがそれぞれの感想を述べ、それぞれの寛ぎスタイルに戻り出す。それに対してパクノダは「ヒマだったからやってみたの。面白かったでしょ?」と言っていた。団長も軽く笑った後、読書を再開した。
◇
ドッキリの当事者であるマチだけは、目の前で明るく笑うパクノダに対してどうしても上手くリアクションが取れなかった。何故なら、話し掛けた時の彼女の表情は決して冗談で済まされない程の真剣味を帯びていたからだ。長年の付き合いだから分かる。アレは本気だった。では、彼女に何が起きた? 念攻撃か? しかし、深く考えようとすればするほど煙がかった様に考えが逃げていく。曖昧模糊とした頭の中で、パクノダの様子がおかしい事、しかし、それを証明できない事に苛立つ。
堂々巡りする考えの果て、最終的にマチは、自分だけはやはり警戒していようと決意した。
……
何かがおかしい。「前」もそう思っていた筈だ。では「前」とはいつの事だ? ……分からない。だが、自分の〝勘〟は問題ないと告げている。今までこの自分の〝勘〟によって窮地を脱した事がいくつもあった。だから大丈夫な筈だ。そう言い聞かせて、無理矢理自分を納得させた。
───その〝勘〟自体が、偽りの物だとも知らずに。
◇
「ん?」
「どうした?」
「いや……念の為に仕掛けておいたものがどうやら発動したようだ。……気づかなければ苦しまずに済んだのにな」
「またエッグい罠とか仕掛けたのか? 全くタチわりーな」
「憶測で決めつけるのは良くないぞ。まぁそんなに間違ってはないがな」
「やっぱりな。こうなると敵が哀れになるぜ」
「だからといって、気を抜けばやられるのはこちらだ。敵は容赦してくれんぞ。君達も今回ばかりは死闘になるだろうから徹底的に『調整』するからな」
「ゲッ、まだやんのかよ……」
「当たり前だ。万が一も起こらない様にするから真剣にやれ」
「はぁ……参ったな。全く」
◇
──9月1日 午前
この日の午後にはお宝が金庫から出され、地下競売場へ運ばれる。闇オークションの主催者である十老頭も既に集結し、ヨークシン最上級のホテルの最上階の会議室にて打ち合わせを行っていた。
「──アンダーソンの。首尾はどうかね?」
十老頭である1人が尋ねる。彼はベゲロセ連合辺りを治めるマフィアのボスだ。彼が司会進行の立場である。
「何も問題ない。強いて言えば、貴様らの面をこれから10日も見なきゃならん事が苦痛なぐらいか」
その言葉に他の老頭が反応する。
「ケッケッケッ……言いおるのォ…。相変わらずムカつく奴じゃ」
「調子に乗るなよ小僧。このイベントは我らの威信が懸かっておる。貴様は万が一の失敗も許されんからな」
「ほう……貴様らはいつからアンダーソンに意見ができるほど偉くなったのかね?」
「よさんか、アンダーソン。他の者も落ち着け。……だが、本当に大丈夫かね?」
「くどい。何も問題ないと言ったはずだ」
「しかしのォ……どうやら一騒動ありそうじゃが?」
「……根拠は?」
「貴様の子飼いの組に人気の占い師がおるじゃろう」
「あぁ、あの悪趣味女か。気に食わないが占いは一流らしいな」
「……相変わらずお前さん方の潔癖にも困ったもんだな。マフィアの癖に。とにかくソイツの予言に凶兆が出たらしい」
「たかが占いに翻弄されるとは、実に滑稽な事だ。それで?」
「……この競売は荒れるらしいな。我らも他人事ではないぞ。死を暗示した予言が出ておる。問題は其奴の占いは百発百中である事だ……この競売は中止すべきではないのか?」
「それこそ愉快な戯言だ。貴様らが言ったのだぞ。あるかどうかも分からん威信を懸けているとな。第一、荒らす奴がいたら我らの怖さをじっくりと教育してあげるいい機会ではないのかね?」
「皆が皆貴様らの様な古い考えの武闘派ではない。そういった予兆が出たのであれば、万全を期すのが頭の務めではないのか?」
「我らには関係の無い事だ。競売は予定通り行う。もし不安があるならば、少なくとも自分の身は自分で守れ。貴様らにも直轄の能力者ぐらい居る筈だぞ」
「『陰獣』か…。確かにそうだが」
「ならば良いではないか。我らも不測の事態に対して備えぐらいはしておる。あらかじめ言っておくが、ウチの『陰獣』はウチで使うからな。場合によっては時間と場所を変更する事も考慮に入れよう。話は以上だ」
そうして、当代サヘルタ地区の十老頭の1人であるジョン=アンダーソンは席を立つ。残された者達はざわめきの中、競売について話し合う。
「全く…大した自信家じゃのぅ」
「奴はああ言うが…実際に被害が出てからでは遅いぞ」
「だが、奴にはこれまでの実績も確かにあるから何とも言えんところじゃ」
「冗談じゃない! 命が懸かっておるのだ。儂は抵抗させて貰うぞ」
「ではどうする?」
「予言では、本日何者かの襲撃がある。そいつらがブツを掻っ攫うらしい。無策であれば甚大な被害が出る。儂のがこれだ」
薄暗い市場の日に招かれざる蟲が訪れ
財宝と竜の頭を9つ腹に収めるだろう
その日は市場を開いてはいけない
死の天使が貴方を見つめているから
「ふむ…この詩の内容通りなら、競売をやらなければ良いのだな?」
「その通りだ」
「では、『梟』に依頼し、ブツを全て移動させる。後は襲撃者はそれぞれの『陰獣』に任せよう」
「客への連絡は?」
「もう当日だ…間に合わん。その場で延期を宣言すれば良かろう」
「ふむ…勝手に決めたら奴は激怒しそうじゃな」
「何、我々も同格じゃ。問題無かろう。途中で席を立ったアヤツが悪い。後で知らせを遣わせる」
「では、そういう事で」
残りの十老頭は気付いていた。9つの竜の頭とは即ち自分達の事であると。このままであればアンダーソンだけは免れるだろう事も。彼が超熟練の念能力者である事は公然の秘密だ。アンダーソンファミリー以外の『陰獣』にすら「アレは勝てない」と言わしめた人物である。そうなると、死ぬのは確率で言えば自分達でほぼ間違いない。そして、このまま自分達がみすみす死ぬ事が有れば、世界中のマフィアはアンダーソンに支配されるだろう。であるならば。生き残りを賭け、抗う必要がある。
しかし、逆に言えばこれは絶好の機会とも言える。十老頭の中でも絶大な権勢を誇るアンダーソンを蹴落とすチャンスだ。ヨークシンのアンダーソン主催のオークションに泥を塗り、少しでも彼の勢力を削る。その為にも老頭達は手を組み、独自に動き出す。彼ではなく、自分達が襲撃者を捕えられれば、よりベストだ。彼らは自分達の『陰獣』に指示を出す。敵を発見したら直ちに急行して、生死を問わず連れてくるように、と。
一頻り悪巧みをした後、彼らは解散した。自分達は巻き込まれない様に、この日はこれ以降引き篭もるつもりで自室へと向かった。
◆
「──とまぁ、そんな感じで勝手に動くでしょうなぁ」
「予定通りと言えば予定通りだな。それならばそれに合ったプランにするだけだ」
「ま、そういう事ですな。しかし、いいのですか?」
「何がだ?」
「彼らが死ぬ可能性、ですよ」
「……私の手の届く範囲はアンダーソンと親しい者、そして、救いを求める者や利害が一致した者だ。力を持つ悪どい奴らまで無償で救う義務はない。……いや、言い訳だな。結局は好みの問題だ。…私を酷い奴だと思うか?」
「いえいえ、むしろそれを聞いて安心しましたよ。何でもかんでも救っていたら最早それは人間ではない。今回襲撃してくる旅団にとってすら彼らなりの『正義』があるでしょう。結局は貴方自身がどうしたいか、だ」
「私自身が、か…」
「たまたま貴方は救える範囲が普通より大きいだけです。…あえてハッキリ言いますが、貴方は
「いや、しかしそれは…」
「言ったでしょう。『義務』は無い、と。貴方がそうしたいならそうすればいい。我々は助かりますがね。仮に貴方が我々を気に食わなければ、滅ぼしてもいい。貴方にはその力がある。それでいいじゃないですか」
「そんな極端な…」
「それが〝人間〟ですよ、カームさん。なまじ力があるから勘違いしそうになるかもしれませんが、〝救世主〟も怪物の一種です。『正義』の名の下に敵対者を葬るだけの違いだ。先程も言いましたが、『正義』はそれぞれにありますからね。キリが無いんです。葬られる側から見たら正しく怪物でしょう。貴方はそうなりたいのですか?」
「いや……そうだな。私は自分の好きな者の為に闘う。そして、好きな者の為に救う。それでいい」
「ふふ…迷いは取れましたか?」
「あぁ…。気を使わせて悪かった。ありがとう」
「どういたしまして。では、作戦を開始しましょう。頼りにしてますよ、『鵺』」
「……いや、それじゃないとダメなの?」
「まぁ今回限りだからいいじゃないですか。どうせウチには『陰獣』いないですし。毎年奴らの手前適当に出してるんです。それに、貴方にはピッタリですよ」
「…ジョンも割といい空気吸ってるよな。マイケルの子孫とは思えないんだが」
「それは光栄ですな。人生楽しまなきゃ損ですよ。さぁ行きましょう」
そうして、最高戦力である2名は動き出した。彼らはもう止まらない。迷わない。旅団にとって、かつてないほどの危機が訪れようとしていた。
◇
──9月1日 午後
旅団員の襲撃班、会場を固める班はそれぞれに分かれて準備を整えている。狙うは地下競売場が始まる直前。その競売が行われるビルには既に団員が何名か潜み、機を伺っていた。
──しかし、いくら待てども、一向に金庫が開く様子が無い。
金庫はフェイクかと理解し、別の可能性を当たるも、全くお宝が運び込まれた様子が無い。
団員は、会場にいた
オークションの開始時刻が近づいている。
団員はとりあえず、予定通り集まって来ている客を全部殺してから団長に報告しようと変装を済ませ、会場内に赴く。
次々と集まる客達。広いホールに満員の客が集結し、オークションを心待ちにしている様子だ。
そして、定刻となった。
ホールのステージ上からフランクリンとフェイタンが歩いて出て来た。壇上に立ち、いざ台詞を吐こうとした瞬間、
「!!!」
「おい! どーなってんだ!? いきなり客が消えたぞ!」
スーツ姿のウボォーギンがホールに飛び込んでくる。
「……敵ね」
シャルナーク、シズクも集まったところでフェイタンが戦闘態勢を取りながら告げる。間違いない。これは念能力だ。客の気配は一切ない。突然姿を消してしまった。こんな不可解な事ができるのは念能力以外にはない。
「警戒しろ……相手はかなりできるぞ」
「移動した? それとも…
「オークショニアと会場スタッフは本物だたよ」
「……まだ、どちらとも言えないな。しかし、どちらでも厄介極まりないな」
「楽しみだぜぇ…。さぞかし強ぇ敵なんだろうなァ!」
「迎え討つとするか」
それから10分程待つが、誰もやって来ない。団員は警戒しながらも、一旦脱出する事にした。どんな能力かもわからない。そして、攻撃された形跡もない。ただ、あれだけいた人数が消え去ったのだ。非常に強力な念能力といえよう。だが、幻覚であれば効果範囲から脱すれば元に戻る可能性も高い。全員が不可解な気分になりながらも、屋上にある気球に乗り込んだ。
周辺を警戒していた『陰獣』は、当該ビルから不審な飛行船を発見した。直ちに仲間に情報を伝え、それを追跡する。なぜか客は
先行して「蚯蚓」、「蛭」、「病犬」、「豪猪」が車で追跡する。残りの5名も後から追いかけている。…本当はもう1名いるが、ソイツは特別であり、加わらない。アンダーソン直轄の陰獣「鵺」は、その時々で人物がコロコロ変わる上、アンダーソン以外の命令は聞かないからだ。
「納得いかねえ。いっつも俺らばかりだぜ。たまには『鵺』も来いってんだ」
「…アンダーソンだからしかたないね。うん」
「奴らは『陰獣』なんぞいなくても上層部は俺らと同じぐらい強えーからな…大体マフィアのボスがあんなのなんて反則だろ」
「今回も他の老頭の尻ぬぐいというやつだ。仕方ない」
「しかし、まさか客ごと移動しているとは思わなかったぜ。よくバレなかったな」
「それだけ相手が大したことないってことだね。うん」
「んじゃ、サッサとおわらすか。後の奴らの出番はないかもな」
こうして、厳重警戒をしている旅団を追いかける「陰獣」達。しかし、彼らは間違っていた。気づかなかったのではない。
彼らは「教育」に使われる。正しい狩りの仕方を学ぶ教本として。そして、その教本である旅団も、「正しい狩り」の実践相手に使われる。
誰もが「アンダーソン」と「鵺」の掌の上で踊っていた。
今回の厄災パワー
・マンティコアの思考誘導、思考操作の強化版
・ネーブルさんの幻惑の強化版
・一定の行動を封じ、別の行動に誘導する
……など。やっぱりどう考えても厄災。