魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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閑話的なお話。


第12話 バースデー・トラブル

 

 修学旅行直前の週末、この街中を修学旅行に持っていくものを買い込むために3-Aの生徒三人が歩いていた。

 

「やっほ―――っ! 良い天気♪」

 

 活気溢れる原宿の街に、前髪をヘアピンで止めた椎名桜子が背筋を伸ばしながら、底抜けに明るい一際元気な声を放つ。まるで山彦を発生させようとしているような声はビル風にも負けずに周囲に散り、雑踏の音に紛れてすぐに消える。桜子の隣には同じくチアリーダーの二人、ジーパン姿の釘宮円と、キャップを被った柿崎美砂の姿もあった。普段から行動を共にすることの多い三人で修学旅行の為の買い物に来たのだ。

 

「ん―、ホント」

 

 桜子の言葉に、美砂もこういった天気が良い日はそうないだろうと同意して頷き、無言だが一緒に歩いている円も同じ気持ちだ。

 

「ほにゃらば、早速カラオケ行くよ――っ♪ 九時間耐久♪」

「よ――っし! 歌っちゃうよぉ、いくらでも!」

「こらこら違うでしょ。今日は明後日からの修学旅行に自由行動日で着る服を探しに来たんでしょ。予算も少ないんだから何時もみたいにテキトーに遊んでると…………」

 

 修学旅行だからといって事前に買出しをする必要はないと思うのはずぼらな男子だけで、女子ならばオシャレに気合を入れるのは当然の事である。四泊五日の旅行中には何度か班別の自由行動の機会があり、その時には私服行動も認められているので、この機に乗じて服を新調しようと思うのは、オシャレに熱心な女子中学生には当たり前の事で、中には下着にまで気合を入れる者もいるだろう。買い物だけなら麻帆良の中で十分に事足りるが、例え同じ品が置いてあったとしても、それぞれ街の空気が違う。普段と違う空気に触れることは、退屈が最大の敵の一つである少女たちにとって必要なことであった。

 あまりの気持ちの良さに目的を忘れて暴走しかけている友人達を止める為に円が真顔で突っ込む。

 

「ゴーヤクレープ一丁♪」

「あ、私もー」

「話し聞け―――ッ! そこの馬鹿二人!! もう怒った! 私も食べるっ!」

 

 最早遊ぶ気満々の二人には馬耳東風で全く話を聞かず、ブツブツ言う円を放って何時の間にか近場のクレープ屋に飛びつき、買い食いを始める始末。

 結局全く話を聞かない二人に切れた円も交えて、冗談で頼んだゴーヤクレープの苦さに驚き、ウィンドウショッピングで可愛い 服を見つけて騒ぎ、ナンパしてくる男を一刀両断しながら何時もの通り遊び始める。

 

「あ―ん、楽しい。私達普段は麻帆良の外に出ないからね―」

 

 麻帆良であれば大抵の買い物や娯楽があるので、このような機会でもなければ都市の外に出ることがない。今時の少女らしい言動のまま町を歩く三人は「女三人寄れば姦しい」と言う諺をそのまま体現するように、そのままワイワイと雑談を交えつつ順調に資金を減らしていく。当初の目的が頭の中に残っているのか怪しい。

 

「――――ん?」

 

 賑やかに街を歩く彼女達だったが、美砂が視界の中に留まったある一行を見て動きを止めた。

 

「どしたの、柿崎?」

 

 不思議そうに彼女を見た円がその視線の先を見ると、ピシリと彼女も固まった。

 

「ち、ちょっとあれ、アスカ君と木乃香じゃない!?」

「ホントだ―…………こんなところで何やってんだろ」

 

 驚いた三人だが、思わずアスカと木乃香に見つからないように、道端で新聞を立ち読みしているサラリーマンらしきスーツを着た男性の後ろに隠れて身を潜める。

 流石に迷惑そうにしていた男性に謝りながらそこを離れ、改めて電信柱と大きめのマスコットの裏に隠れて二人を視界に納める。三人の視界の先には私服姿の木乃香とアスカが楽しそうに話しながら洋服を選んでいた。

 

「なな、コレなんかどやろ、アスカ君」

「いいんじゃないか。木乃香に良く似合ってると思うぞ」

「あんもー、アスカ君たらちゃうてー」

 

 手に取った一着の服を両手に広げ、似合うかどうかを聞いてアスカが似合うと褒めた途端、木乃香の顔が嬉しそうに綻ぶ。その光景は人種の違いがなければ仲の良い姉弟と見えなくもないが、年長者を敬うことを知らない無駄にアスカの態度がふてぶてしい所為で、まるでデートのような様相をみせる二人に三人は一様に顔を付き合わせる。

 

「「「これって、もしかしてデートじゃないの…………?」」」

 

 三人共同じ事を思ったのか揃ってその単語を口にし、頭をつき合わせて事の真偽を話し合う。

 

「で、でもアスカ君十歳だし…………ちょっと姉弟感覚で買い物に来ただけじゃ」

「姉弟感覚で、わざわざ原宿までは出てくる?」

「最近、アスカ君は明日菜と怪しいところがあるし、ここ数日はエヴァちゃんが熱視線を送ってたじゃない」

「あ―わわわ、たた大変かも―! 女子校で男子生徒と付き合ったら木乃香でも退学になるんじゃ」

 

 驚きで天元突破した桜子が飛躍した言葉を口にしたので、色々と三人の頭の中に浮かんでくる恋愛模様を妄想しつつ、ワーワーギャーギャーと騒ぐ。

 

「と、とにかく当局に連絡しなくちゃ!!」

 

 妙にリアルにアスカが木乃香を押し倒すシーンを想像してしまった三人は、流石にそれは色々とマズイと美砂が携帯電話を取り出して電話をかける。

 

「ととっ、当局って!? 職員室!?」

「バカ! んなとこ連絡したら、即退学でしょ! 明日菜には連絡できないから木乃香の百合百合な相手の桜咲さんでしょ!」

「それはそれでマズいような」

 

 先程の驚きが残っているのかまたぶっ飛んだことを考えた桜子に返しつつ、実はこちらも混乱している美沙が電話をかけた相手は桜咲刹那らしい。美沙の中で木乃香の相手は刹那で、しかも二人は百合な関係だと認知されていることに一足早く冷静さを取り戻した円が首を捻ったが既に遅い。

 

『はい、桜咲です。どうかしましたか、柿崎さん』

「桜咲さん。いい、落ち着いて聞いてね。今、私達原宿にいるんだけど、なんと木乃香とアスカ君がデートしてるのを目撃しちゃったのよ!」

『………………』

 

 興奮しっぱなしの美沙は電話口に出た刹那に一気呵成に用件を伝えきった。しかし、予想した返事は返ってこないことに首を捻る。

 

『お二人が原宿に行かれていることは聞いています。それがどうかしたのですか?』

「へ?」

 

 これは修羅場かと思われた美沙の思惑を裏切って、いたく平然と返されたので逆に目が点になった。

 更に言葉を重ねる気配が電話口の向こうからドンドンとドアを叩くような音が聞こえた。

 

『こら、刹那! 何時までトイレでサボってるんや! 課題増やすで!』

『ひ!? 勘弁して下さい千草さん。これ以上は無理ですって』

 

 どうやらトイレに入って電話を受けたらしい刹那は、同じ部屋にいるらしい担任の天ヶ崎千草に急かされていた。

 

『千草姉ちゃん、俺腹減った』

『そこの肉でも食っとき!』

『生やんこれ』

『ああもう、焼くからちょっと待っとき! 刹那はさっさと戻ってやらんかい。うちだって偶の休日ぐらいは羽根を伸ばしたいのに、長の命令を聞かないあかん立場なんやで。はよ、向こうから出された』

『ちょ!? 今電話中です。それ以上は禁句です!!』

 

 と、ドタバタと騒がしい音の後に美沙には分からない理由で電話は切られた。恐らく禁句という言葉から美沙には聞かれたくない言葉を続けようとした刹那が電話を切ったのだろう。

 

「どうだったの?」

「う~ん、桜咲さんは知ってたみたい。天ヶ崎先生に課題出されてるみたいで怯えてた。電話を受けたのもトイレでみたい」

 

 首を捻って電話が切れた携帯を持った美沙は円の問いに答える。

 

「話を聞いている限りだと面白キャラになってきたよね、桜咲さんて」

「三学期というかアスカ君達が来てからだっけ。桜咲さんと木乃香が仲良くなってきたのって」

 

 美沙の携帯に耳を当てて通話を聞いていた桜子の感慨に、円も刹那の変化が起きたのがアスカ達が来てからだということを考える。その話の流れで美沙は、席も近いこともあって話すことの明日菜から以前に聞いた話を思い出した。

 

「ちょこっと聞いた話だけど、元々木乃香と桜咲さんって幼馴染だったんだって明日菜が前に言ってた。家のことや木乃香が麻帆良に来たことで疎遠になってたけど、アーニャ先生が桜咲さんの部屋で居候した関係で仲直りしたんだって」

「想い人を追いかけて麻帆良まで来るなんて桜咲さんもやるね」

「私は腐ってるアンタの考えの方がやると思う」

 

 うんうんと一人で頷く桜子に一人でそっと突っ込む円。桜子はどうしても木乃香と刹那が出来ている百合な関係にあることにしたいらしい。女子校なのでそういう同性間の恋愛もあるらしいことは小耳に挟んだことのある円であったが、3-Aの面々にはそういう毛はないと思っているので二人を擁護する意見を出す。

 

「あっ、二人が動き出した! 早くつけないと!」

 

 その間に二人は洋服屋を離れ、何も袋を持ってない事から服は買わなかったようで美沙が二人を急かして後を追うのだった。

 当然のことながらドタバタと後を追ってくる三人のことは当然のことながらアスカには大分前からバレていた。

 

「なにやってんだ、あの三人は」

「どうかしたん?」

「なんでもない。それより悪いな。折角の休日を潰しちまって」

 

 聞いてくる木乃香にアスカは若干申し訳なさげに頭を掻いた。珍しいアスカの態度に木乃香は笑みを深める。

 

「ええよ。うちも明日菜の誕生日プレゼント買わなって思ってたところやし」

「付き合わせてることには変わりねぇんだ。なんか知んねぇがアーニャ達から金貰ったし、今日は好きなもん奢ってやるよ」

「おっ、気前がええな」

「今の俺はちょっとした小金持ちだからな。遠慮しなくていい」

 

 木乃香としてもタイミングの良い誘いで、お嬢様といえど与えられる小遣いは一般家庭と変わらないので奢りの言葉に揺らぐものがあった。

 祖父の近衛近右衛門は孫に甘い部類に入るが、茶化すことはあっても躾け関係においては厳格な部類であった。裕福な家柄なのだからもう少しお小遣いを上げてくれてもいいのではないかと思いもするが、下手に抗弁するとお小遣いカットもありうるのが木乃香の悩みの種である。

 ふぅ、と溜息を漏らした木乃香にアスカは首を捻りつつ、気になっていることがあるのか口を開いた。

 

「刹那はどうしたんだ? 最近はずっと一緒にいるのに、今日はいないなんて珍しい」

「待ち合わせ場所に向かってる途中で千草先生に捕まってしもうてな。事情を話すとせっちゃんだけ陰陽術の課題やって連れてかれてもうてん」

「神鳴流って陰陽術も使えんのか?」

 

 そこで木乃香の分の課題はないのかと聞かない辺りがアスカらしい。目を輝かせて聞いてくるのは戦闘にどう関わってくるのかを考えているのだろうと、アスカの性格を読み切りつつある木乃香は突っ込みはしなかった。突っ込まれても返す言葉に困ったことだろうが。

 

(まさかお父様がうちとアスカ君をくっ付けるために、こういう時の為に千草先生に課題を持たせてせっちゃんを引き止めてるなんてとても言えん)

 

 自身の父が嬉々として動いていることなど、巻き込まれているとはいえ娘である木乃香の口から言えることではない。内心では覆いに冷や汗を掻きながら、曖昧に笑ってまだ新米だから分からないとしらばっくれるしかなかった。

 

「全然関わってないからそこら辺分かんねぇんだけど、陰陽師の修行はどうなんだ? 進歩してんのか」

 

 有難いことに木乃香が突かれたら痛い所には触れずにアスカの方から話題を変えてくれた。

 ほっ、と安堵の息を吐きつつも木乃香は肩を落とした。

 

「それがさっぱりやねん。魔力も気も全然感じ取れへんから初っ端から躓いてて、先に知識だけは詰め込んどるって状態や」

 

 一ヶ月近い時間が経過してもまともな成果を上げられないことに木乃香はさっきの安堵とは違う重い息を吐く。

 

「こういうのは普通は小さい頃から自然と覚えるもんだから、時間かかんのはしゃあねぇだろ。魔法学校にもいたぞ。そういう奴」

 

 教師役の千草が困った感じで悩んでいたのを気に病んでいた木乃香を慰めるように頷いたアスカは、魔法学校時代のことを思い出しているのか目を細めた。

 

「アスカ君の時はどうやったん?」

「俺は…………確か貰ったばかりの杖を適当に振ったら凄い火が出来たな。出会い頭に知り合いの爺さんを燃やしちまって、殺す気かってえらい怒られた」

「ああ、うん。アスカ君やもんな」

 

 幼き頃からアスカの常識外れ振りは尋常ではなかったようだ。現在の麻帆良学園都市で常識で縛ってはいけない男№1の称号を得ているアスカの所業に、聞くのではなかったと初歩の初歩で躓いている木乃香は遠い目をした。

 もし、これでネギやアーニャも似たようなことをしていたら精神崩壊するので、それ以上は聞かないことにした木乃香だった。

 

「そういえば、ネギ君とアーニャちゃんは? 今日来れなかったんは教師の仕事なんか?」

 

 アスカを誘えばネギとアーニャが、ネギとアーニャのどちらかを誘えばその残り二人がと、こちらこそ三人で行動することの多い一行なのでアスカを誘えば残りの二人がもれなくついてくると考えていた木乃香だった。

 

「そうとも言えるし、違うとも言える。二人はネカネ姉さんと恐山ってとこに行ってる。夕方には帰って来るって言ってたぞ」

「恐山に?」

「さよも修学旅行に行きたいらしくて、恐山には地縛霊を取り付けて移動できる藁人形があるらしいから取りに行くんだと」

 

 成程、と木乃香は頷いた。恐山は地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られていて、高野山・比叡山と並んで「日本三大霊山」と宣伝されている。口寄せを行う巫女で巫の一種であるイタコが恐山にいると学んだので、千草から何も話を聞いていないので関東魔法協会の伝手を頼って手に入れた情報なのだろうと納得した。

 

「うちも陰陽師になれたらさよちゃん見えるんやろか」

 

 クラスメイトなのだから見えて喋れるようになりたいと少し愚痴ってしまう木乃香だった。

 

「さあ? 刹那やネギでもよほど目を凝らさないと薄ぼんやりと見えないらしいし、クラスで存在をハッキリ見えてるの俺とエヴァともう一人ぐらい怪しいのがいるぐらいだからな。ま、頑張れ」

 

 隣の席の朝倉和美も存在のならば悪寒として感じることぐらいは出来るらしいが、エヴァンジェリンのことを知るまで木乃香の中では見えて喋れるとなるとアスカのみに限られていた。

 幼い頃に刹那も離れて一人だった時が長かった所為で友達はみんな仲良くが心情の木乃香としては、是非とも仲良くなりたいのだが見えず聞こえずでは間に誰かが入ってもらわなければ会話すらなりたたい。苦痛とまではいかないがまどっろこしいことは事実なので、なんとか自分で見て話してみたい木乃香だった。

 

「うう、自分は見えるからってアスカ君は薄情や」

「つってもな、なんで俺に見えてネギやアーニャには見えないのかサッパリ分かんねぇから、一端になれたからって見えるとは確約出来ねぇよ」

 

 出来ることは出来る、出来ないことは出来ないとハッキリと言うアスカに泣き真似をして同情を引こうとした木乃香は諦めた。

 ふと、さよの話題からエヴァンジェリンのことが出て来て、彼女とアスカ達が戦ったことを連想した。

 

「エヴァちゃんと戦って聞いたんやけど、やっぱ強かった?」

 

 聞くと、アスカは驚いたように目を丸くした。珍しい顔だなと木乃香は、普段は何が来ても泰然自若として受け入れるアスカの驚いた顔を見て思った。

 次いで、アスカはニヤリと嬉しそうに笑った。

 

「ああ、強かった」

「アスカ君よりも?」

「もっとずっとな。手も足も出なかったし、足元にすら届いちゃいねぇ。世界はまだまだ広かったぜ」

「の割には悔しそうに見えへんけど」

「そりゃ悔しいさ。でも、だからって何時までも立ち止まっている理由にはならねぇ。俺はもっともっと強くなる。強くなれると思ってる」

 

 拳を握って決意表明をするアスカの姿は、木乃香から見ても後を引き摺っているように見えなかった。

 

「あんだけ強いエヴァが弟子入りを認めてくれたんだ。対価は高かったけどよ」

「対価? お金とか?」

「いや、俺とネギの血。修学旅行に行きたいから血を寄越せって凄く吸われた」

 

 スプリングフィールド親子とエヴァンジェリンの諍いには、自身に課せられた陰陽術の勉強もあってあまり首を突っ込まなかった木乃香は首を捻った。

 そこで、ぐ~とアスカのお腹が鳴る音が響いた。 

 

「そろそろ昼だけど、どうするよ」

 

 原宿は日曜で人も多く、ショウケースからも活気が溢れているようで、その混沌とした力強さと洗練されたお洒落さが鬩ぎ合うこの街はとても新鮮なものだった。こんなにも沢山の人を見るのは生まれて初めてかもしれない、と周囲の人波を見ながらアスカは思った。それとも以前にも見たことがあるだろうか。考えたが、直ぐにどうでもよくなって考えることを止めた。

 

「明日菜の分は作って来たし、どっかで食べよ」

「ふ~ん」

 

 明日菜の話題になると、アスカは傍目で分かるほど様子がおかしくなった。木乃香の目がキュピーンと光る。

 

「明日菜のこと、気になんの?」

「そういうわけじゃなねぇんだけど、エヴァと戦った後からなんか考え込んでるみたいだからさ」

 

 それを気になるのではないかという野暮な突っ込みは、同じことを思っていた木乃香もしなかった。実際、明日菜は停電日に飛び出して行ってから思案していることが増えていて木乃香も気にしていたところだった。

 

「心当たりあるん?」

「あるような、ないような。多分、これのことじゃないか」

 

 原因が夜の停電の間であることは間違いない。その場にいたはずのアスカは微妙な顔をしながら一枚のカードを取り出した。そこには左手全体に肩当てと篭手を付け、洋装を纏って大剣を背中に掲げた明日菜が勇ましい笑みと共に映っている。

 

「ひゃー、明日菜の絵が綺麗に描かれてある♪ ええなぁ」

 

 占い研部長でタロットカードのような仮契約カードに木乃香の目が輝いた。

 

「仮契約カードって言ってな。仮契約の仕方に問題があったんじゃないかと俺は思うわけだ」

「仕方って?」

「一番簡単な方法がキスだ。他は物凄い手間と時間がかかる」

「キス?」

「またの名を口づけとも言うな。やっぱ不意打ちはマズかったかね」

 

 その単語がまさかの目の前の人物から放たれるとは思いもせず、木乃香は目を点にして唸るアスカを見つめるのであった。

 そして記憶を思い返す。少なくとも明日菜は後悔といった後ろ向きの感情を抱えているとは見えず、どちらかといえば内向きな思考に囚われていたと二年以上を共に過ごす木乃香は考えている。

 この話題は慎重に事を運ばなければならないと悟った木乃香は話題を逸らすために視線を動かした。

 

「これなんてどうやろか? 明日菜に似合うと思うんやけど」

「うーん………悪くないが、少し早い気がしねぇか? 口紅なんてネカネ姉さんも17、8ぐらいからし付けてなかったぞ。明日菜もそうでけど木乃香も美人なんだからそのままで充分だって」

「ややわぁ、照れるなー」

 

 服屋を出て目に付いた次の店に入り、目に付いた木乃香が指差す物は口紅だが、中学三年生では少し早い気がしたアスカは思った事を素直に言いながらも自覚なく褒め、美人だと褒められた木乃香は頬を赤く染めて照れる。

 当のアスカは照れる木乃香ではなく店外を見ていた。

 

(なにやってんだか………)

 

 刹那の代わりの護衛も兼ねているので辺りへの警戒も怠る事なく、何だかんだで服屋を出て歩いている途中で後ろから覚えのある気配と視線を感じたアスカは、自分のクラスの生徒のものだと感づいていたが危険もないだろうと無視する事にした。

 

「身に付ける物ならイヤリングとかなんだろうけど、明日菜はしてないから髪留めやリボン………は不味いか」

「明日菜がつけてる髪留めは想い人からの贈り物やからな。気が利くな、アスカ君も」

「こういうことはアーニャがやたらとうるさいかったからな。嫌でも身に着ける」

 

 口紅が売っている店から離れてアスカが何を買うべきかで髪留めやリボンでもと考えるが、明日菜がしている髪留めがどういう物なのかを思い出して除外して別の店に向かう。

 

「あ~、これなんかええかもな」

 

 幾つかの店を回り、そう言って木乃香が手に取ったのは今の流行りからは外れているが明日菜が好きな曲が流れているオルゴール。

 

「オルゴールか? 明日菜の趣味とは思えんが」

「これに明日菜の好きな曲が入ってんねん。どうかな?」

 

 オルゴールが明日菜の趣味とは思えなかったアスカが否定的な意見を出すが、木乃香の話を聞いてそう言えばとそうだと思い出す。

 値札を見ると中学生のお小遣いくらいでは厳しいものがあるが、一番今まででピンときた物のようで木乃香も悩んでいる。

 

「いいんじゃねぇか。高いなら俺も出すし、二人からのプレゼントということにしたらいいだろ」

「ええの?」

 

 折衷案と言うことでアスカもお金を出す事を伝えると修学旅行前なので全額を一人で支払うことに悩んでいた木乃香にとって在り難い話ではあるが、値段が値段だけに躊躇してしまう。

 

「一緒に住んでいた頃に世話になったお返しってことにしといてくれ」

「うん。ありがとな、アスカ君」

 

 笑うアスカに、木乃香は受け入れる理由を作ってくれた心遣いに感謝する。そんなどこの甘酸っぱい青春を謳歌しているのかと突っ込みたくなるような二人を見て、後をつけていた三人が砂糖を吐いていたのだがあまり関係の無い話である。

 それから費用を折半してオルゴールを買い、綺麗に包装されてアスカが持って歩く。

 

「…………ん?」

 

 そろそろ昼かなという時間、どこかでお昼御飯を食べようかと店を探していた時に、アスカがシャッターの閉まった店の前で露天を開いているアクセサリー屋に目を留めた。アクセサリー屋が並べている商品の一つに目線が釘付けになったようだった。

 アスカが露天に近づいていく。珍しい様子のアスカが気になって木乃香も付き従って露店の前に出た。

 

「いらっしゃい! おぉ、坊ちゃん、嬢ちゃんは恋人かい?」

 

 店を開いていた少しチャライ雰囲気はあるが、中々に男気のある若い男性がにこやかに笑って二人を迎え入れた。

 

「まさか、こんな麗しいお嬢様と一緒に歩けだけで幸せなのに恋人なんておこがましい」

「おや、そりゃ俺の目利きも外れたか」

 

 簡単に流したアスカは別にして、木乃香は言葉を理解する一瞬の間をおいて頬を赤く染める。そんな木乃香を見て笑う男性とアスカ。

 二人にからかわれた木乃香が膨れるのも無理は無かった。その様子ですら男性とアスカに微笑を浮かばせるほど可愛らしいものであったのは秘密である。

 

「こりゃ参った。少年、ご立腹のお嬢様のためになにか買って行くといい。サービスしとくぜ」

 

 男性の口の上手いチャライ雰囲気とは違い、並べられている商品の作りはかなりの上質であった。

 

「へぇ、お勧めとかはあるのか?」

「これなんてどうだい。お奨めだぜ」

 

 芝居がかった男性の商業精神に満ちた進めに敢えて乗ったアスカがお気に入りはあるかと問い、初めから決めていたように並べていた商品から一つのペアリングを差し出した。二つのシルバーの指輪は、宝石も付いていない簡素なデザインだが人の目を惹きつけて止まない不思議な引力を持っている。

 

「ほわぁ…………こっちのペンダント、綺麗や」 

 

 アスカがペアリングを見ている横で、木乃香はペアリングの近くあった細工が流麗なペンダントを大層気に入ったようだった。 

 

「おい、これって」

 

 木乃香が商品に見入っている横で、アスカが明らかに他と毛並みが違うペアリングを指差した。

 

「兄ちゃん、これだろ。知り合いから貰ったやつなんだ。安くするから頼むから黙っててくれよ」

 

 露天商は指先に魔力を灯らせて、自分が同世界の住人であることを示してアスカを近寄らせる。指一本分伸ばせば触れるぐらい距離に寄ったアスカの耳元に露天商が口を近づける。

 

「くれた知り合いの話じゃ、これは装着者の指に合わせて大きさが変わるだけの代物だ。他にも色々と機能があるらしいけどよ、一般の奴に売るわけにもいかねぇし、頼むから引き取ってくれよ」

「つってもな」

「姉ちゃんが欲しがってるペンダントには防御の力もあるんだ。一緒に買ってくれたら出血大サービスするから頼む」

 

 懇願するように両手を合わせて懇願してくる露天商の男にアスカは疑わしい視線を向けた。木乃香が魅入っているのと合わせても財布の中身を傷めるほどの値段にはならない。アスカの決断は早かった。

 

「じゃあ、それとこれを買おう」

「毎度あり♪ 御馳走様お二人さん」

 

 そんな二人をクスクスと眺めながら、男性はアスカからお金を受け取りながら後半部分を誰にも聞こえないような声でこんな事を呟いていた。全てアスカの耳には聞こえていたのだが、薮蛇になりそうなので突っ込むことは無かった。

 ペンダントは木乃香が、ペアリングはアスカがぞれぞれ受け取る。

 木乃香は受け取ったペンダントを大事そうに鞄に入れ、丁度昼の時間になったので近くの喫茶店に入った。

 

 

 

 

 

 露天商の男はアスカ達が去った後、あっという間に広げていた露店を片付けると路地裏に来ていた。人の通りが無い路地裏は陰鬱な空気が漂っているが男は気にした風も無く進む。そして奥まったところで足を止めた。

 

「やれやれ、ナギの息子は勘が鋭すぎていけませんね」

 

 先ほどまでアスカと話していた口調ではなく、そもそも声すらも明らかに変わっている。

 

「極東の姫君か魔法世界の姫君か、どちらの手に渡るにしてもみなさん過保護ですよ。ま、引き受ける私も私ですが」

 

 くつくつと笑った露天商の男の姿が変わる。どこにでもいる若者風情の姿がローブを全身に纏った物語に出て来そうな魔法使いの姿に。

 

「おっと、人形ではこれ以上の稼働は難しいですか。ふふ、それでは良いご加護を」

 

 そしてローブの人影はその場から跡形もなく消えた。

 全てを見ていた野良猫がニャーと不思議そうに鳴いた時には、もう誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の後を追って喫茶店に入り、木乃香が頼んでウェイトレスが持ってきたジュースを見た美砂はニヤッと笑って携帯を取り出して電話をかけた。今度の相手である神楽坂明日菜は、女子寮のロビーで昼食を取っていたところであったが盛大に飲んでいたお茶を噴き出した。

 

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

 

 盛大に気管に入った明日菜が咽る足下に落ちた携帯には、美沙から送られて来た写真メールが映っていた。ウェイトレスが気を利かせたのか二人の間にジュースを置いて、二本の内の一本に木乃香が口をつけた瞬間という、何とも誤解を招きかねないタイミングで撮影して撮った写真である。

 

「どうしましたの、明日菜さん。そんなにお咽になって」

 

 と、これまた何故かタイミング良く通りかかった雪広あやかが盛大に咽ている明日菜の下へやってきた。

 咽ている明日菜の背中を甲斐甲斐しく擦ってあげながら、落としている携帯を拾おうと腰を屈めたところで動きを止まった。その目は開かれている携帯の画面を注視していた。そしてその写真の送り先が柿崎美沙であることを知ると、自分の携帯で美沙に連絡を取った。

 

「何ですのこれは~~~~~っ!」

『ひあっ!』

 

 美砂が突然携帯から響き渡ったあやかの大声に目を白黒させながらも、携帯を落とさなかったのは幸運と言える。

 

「3-Aクラス委員長として命じます! 不純異性交遊は絶・対・厳・禁! 断固阻止ですわ!! 学校に知られればネギ先生の立場が危うくなります!!」

 

 物凄く私利私欲な内容に電話の向こうで美沙はドン引きだった。

 

「柿崎さん、釘宮さん、桜子さん! あの二人が必要以上に接近しないように見張っててください!」

『え~~!?』

『そんなぁ~。応援するのが私達の役目なのに~~~』

 

 クラス委員長としてのあやかの命令に、チアリーダーとして二人の恋を応援する事を考えていたところなので不平不満を口にする桜子と美砂、円は何も言ってはいないがやはり不満そうな顔をしているだろうことは容易く想像がついた。ここら辺はお祭り好きの3-Aの気質が濃く出ているので、伊達に二年と少しの間あやかもクラス委員長をしているわけではない。

 明日菜の携帯で憤怒の表情を撮って円の携帯に送る。

 

「よ・ろ・し・いですわね!?」

『はふっ! り、了解いいんちょ!!』

「わたくしも直ぐに向かいます。それまではよろしくお願いしますわ」

 

 声の調子から円が美沙に携帯を見せたことを確認して、あやかも現場に向かう事を伝えて電話を切る。

 そして、ふと背中を擦ったままの明日菜が何も言わないことに気が付いて視線を落して唇の端を引き攣らせた。

 

「ねぇ、委員長……」

「は、はいぃぃぃ!?」

 

 能面のような無表情になっている明日菜に、あやかは盛大に膝ががくついた。在りしの情動が薄かったのとは違って、溢れ出る激情を無理矢理に押さえつけているが故の無表情。良くも悪くも直情的な明日菜を知るだけにあやかは恐怖心を感じていた。

 

「私も連れてってくれるわよね」

 

 疑問形ではなく命令されているような気持ちになったあやかだったが、今の明日菜に否と言えるほど気は強く持てていなかった。

 

 

 

 

 

「もう仕方ないなぁ」

「じゃあ正体がばれないように……」

 

 半ば脅されたとはいえ、お祭り好きであり恋愛話が大の好みである女子中学生としてはあやかに命令されたと言う大義名分もできたので、困ったと言いながらもその顔は緩んでおり、言うが早いが三人はパーティーグッズ売り場に駆け込んで着替える。

 

「「「チアリーダーの名に賭けて!いいんちょの私利私欲を応援よ!」」」

 

 数分後、一世代前に流行ったコギャルの如くセーラー服に身を包んで顔黒にした美砂と桜子、そして何故か一人だけ学ラン姿の円の姿があった。

 こうして勘違いしたチアリーダー三人娘による、デート妨害大作戦が始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食後、千草からの課題も終わっただろうと考えて刹那に合流するか電話で聞いてみたのだが、まだ終わっていないということで、その後も二人で遊ぶことになった。明日菜へのプレゼントはもう決まっているのだが、二人は目に付く店があれば覗き込み、何も買わず出てくるのを繰り返して今は立ち止まってショーウィンドウの中を覗き込む。

 

「なー、アスカ君。これなんかどやろ?」

「ペアルックは恥ずかしくないか。明日菜は嫌がるだろ」

「そん時はせっちゃんに着てもらうもん」

「あ~、頼まれたら刹那は断らんだろうが」

 

 二人が見ているのはデザインがほとんど同じなペアルックの洋服のようで、肩から太もも辺りまでのマネキンに着せられている。当然、アスカが着るはずもない。木乃香は同室で仲も良い明日菜や幼馴染で急接近中の刹那に着せようと考えているが流石に嫌がるだろう、最終的には押し切られるだろうが。

 

「あーっ! コレいいなー、買ってー釘男君!」

「ははは分ったよ。おーい店員さんこれ一組!」

「うひゃあ!」

 

 いきなりセーラー服を着た女子校生と昔風の学ランと学帽を着たカップルらしき二人組みが、木乃香を突き飛ばす。

 

「おっと……」

 

 木乃香の隣りにいたアスカが突き飛ばされたのを受け止めている間に、カップルらしき二人組みは会計を済ませ、またダッシュで走り去って行った。気配と変装しても二人組みが誰か分かっているので、行動が理解できないから疑問符を浮かべながらも、別の店で商品を見ていると、また別のセーラー服を着た女子校生に先に買われてしまった。

 

(何をやりたいんだ、あの三人は…………)

 

 先程から買う気はないのだが妨害してくる美砂、桜子、円の行動に、もうプレゼントは買い終えているので特別支障は無いのだが、元気でも有り余っているのだろうか、とその奇行の理由を考えるが如何も理解なくて首を捻るアスカだった。

 三人娘はデート妨害大作戦を開始したのだが、直ぐに暗礁に乗り上げている。その原因は言わずもがな。

 

「ねぇ美砂。これ面白いけどお金かかるよ~」

「後でいいんちょに請求すればいいでしょ。それより次いくよ!」

 

 最初は上手くいっていたのだが、何故か途中から二人が見ているのは一点物やブランド物ばかりで必然的に彼女達が横から無理矢理に奪って買うのでかなり財布を直撃している。

 そして三人は全く気付いていなかったが、二人とも敢えてそういう店の商品を見ているだけで何も買う様子がない。

 基本的にいろんな商品を見て談笑しているだけだし、横から突き飛ばして商品を奪う時もアスカがさり気なく木乃香の手を引いて避けていることに気がついていない。それで余計に二人の間ににこやかな雰囲気が流れているので、デートを邪魔するつもりが本末転倒になっていた。

 そんなある意味均衡状態を破ったのはアスカだった。装飾品の店に入って商品を色々見ていた木乃香に声をかけたかと思うと一人で離れていく。

 アスカが離れた後も暫くは商品を物色していた木乃香だが、個人的に気に入った物があったのか手を伸ばす。

 

「あ、木乃香が動いた?!」

「あー! コレコレ下さい!!」

 

 まず桜子が言葉を発して、条件反射的に美砂が妨害のために木乃香を突き飛ばして横取りし、これでお札がなくなってしまうことに心の汗を流しながらお金を支払う。

 

「痛っ!?」

 

 今日何度目とも知れない妨害に合ったが、さっきまで手を引いて避けてくれたアスカがいないので突き飛ばされてしまった木乃香はもんどりうって倒れる。

 

「大丈夫か、木乃香!?」

 

 そこにトイレに行く為離れていたアスカが戻ってきて倒れている木乃香を心配そうに覗きこむ。

 

「痛っ、あかんわ。足捻ってもうたかも」

 

 木乃香は立ち上がろうとするが、足首に怪我をしたのか一人で立つことができず、アスカの方に倒れこんでしまう。

 簡単な触診をして怪我の具合を確認し、捻挫ではないことを確認しながらしばし考える。

 

「仕方ない。もうプレゼントは購入出来た事だし……………木乃香、少し我慢しろよ」

 

 木乃香に荷物を預けて一言入れて肩を支えながら腰を落として両膝を抱えて木乃香を抱きかかえる。日頃から異常といえる程に鍛えているアスカにとって、女の子一人を抱えることなど造作もなく容易いことだった。

 

「ひゃっ!」

 

 突然に生まれた浮遊感に木乃香は驚きの声を上げ、その意味を理解したと同時に顔所か全身を真っ赤にして恥ずかしがってしまう。その体勢は女の子が一度は憧れる世に言う『お姫様抱っこ』である。流石に憧れてはいても衆人環視の中でやられれば羞恥の感情が先に来てしまうのは無理からぬ事だ。

 隠れている三人が大慌てになっているが、二人には関係の無い話である。

 

「何処か休めるところに行くか」

「う、うん」

 

 ポーッと顔を真っ赤に染めた木乃香を抱えたままアスカは、周りの賞賛、奇異、嫉妬の視線を受けながらショッピング街を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 すっかり傾いた太陽に照らされて辺り一面は夕焼けの色に染められていた。ショッピング街をお姫様抱っこしながら抜け、アスカが木乃香を治療できる場所として見つけたのは国立代々木競技場第一体育館前の階段で、人気もなく傾斜の緩やかな階段で腰を落ち着けて休むのにもうってつけと考えたからだ。

 階段の一番下の段に腰掛けさせて木乃香の前に座り、足の状態を確認する。小さい頃から山を走り回っていたアスカはともかく、一緒についてくるネギは運動が得意ではなく良く転んでいた。その所為で簡単な状態なら把握することが出来るようになっていた。

 

「うん、大したことはないな。しばらくしたら歩けるだろ」

 

 捻挫や打撲ではなく足を捻ったことに一時的な痛みだと結論付けたアスカは立ち上がった。

 夕陽に照らされて二人っきりというシチュエーション的にキスでもするのかとエキサイトしている三人の声が全てアスカに聞こえていた。いい加減に注意ぐらいはするかと考えたアスカだったが、突然振り返って別の方向を見る。

 

「コラ――――ッ!! お待ちなさい――ッ!!」

「あれー? いいんちょにアスナまで」

「そうだな」

 

 アスカが見ている道の向こうから、どうも怒り心頭という顔をしているあやかと完全無表情の明日菜が凄いスピードで走ってきたのだ。汗をかいて息を切らしているあやかと息を全く乱していない明日菜を見て、体力というか運動神経の差が出ているなと、アスカはそんなことを考えていた。

 

「どうしたんや、二人ともそんなに慌てて?」

「ハァ…………ハァ…………私達は…………その…………」

 

 と、木乃香が二人に朗らかに問うが、息を乱したあやかが明らかに様子の違う二人に勘違いしたのではないかと考え、ばつが悪そうに口篭る。木乃香の笑みが若干黒かった所為でもある。

 

「あちゃー。もしかしてバレてたんか?」

「違うんじゃねぇか。そこの草むらに隠れている三人が原因だろ。いい加減に出てこい」

 

 明日菜にバレたのかと思った木乃香の言葉に、大体の予測がついているアスカが最初から隠れている場所に向けて声を掛ける。

 

「「「はぅ!?」」」

 

 気付かれているとは思っていなかった三人は驚きの声を上げ、茂みを掻き分けて気まずそうに出てくる。恐らく彼女達が話が拗れた根源だと予想をつけているアスカは美砂、桜子、円に向き直る。

 

「で、何でずっと尾けてきてたんだ?」

「「「ばれてるっ!?」」」

 

 アスカが溜息をつきつつ言うと三人はギクリと身体を震わせ、あやか、明日菜、木乃香の三人に見つめられて口を開かない訳にもいかず、代表して美砂が口を開いた。

 

「えっと、何時から気付いてたの?」

「最初から。というかあれで変装していたつもりだったことに逆に驚くぞ」

 

 本当は気配できちんと分かっていたのだが、実際に変装と呼べるものでもなかったがアスカは、そんなことを臆面にも出さずに、嘘はついていないが全て真実を言ったわけでもなく、端折ったものを伝える。

 

「「「そんな今までの苦労は一体…………!?」」」

 

 三人娘は最初から変装を見破られていたことに気付き、膝をついて項垂れる。

 

「どないする? 流石にこの様子やと、黙っているのは無理そうやけど」

「こうなったら、仕方ねぇだろ」

 

 木乃香は計画が失敗してしまった事を残念がりながらも、確かにここで無理に隠すのは不自然すぎるから渡すとしたら今しかないだろうと考える。明日菜とあやかは、『やはり二人は付き合っていた?!』等と考え、それを伝えられるのかと目に見えて狼狽え始める。

 慌てている二人の反応を特に気にせず、木乃香は手に持っていた紙袋からラッピングされた小さな箱を取り出し、明日菜に差し出した。

 

「ハイ、明日菜。一日早いけど4月21日の誕生日、おめでとう」

「右に同じく」

 

 と、そこで二人の買い物の目的が明かされ、木乃香からプレゼントである明日菜の好きな曲が入っているオルゴールが渡され、アスカもまた言いながら露店で買って別の店でラッピングしてもらったプレゼントを差し出す。

 

「……へ?」

「「「……………」」」

 

 あやか、桜子、美砂、円は木乃香の余りに予想外の言葉に目が点になり、あやかも一文字出す事が精一杯。突然の事で呆気にとられて包みを受け取ったまま硬直している明日菜も同じで、本人もすっかり忘れていたことだった。

 

「今日は朝からずっとアスカ君とプレゼントを選んでたんや。今日は二十日やから明日渡す予定やったんやけど、中身は明日菜の好きな曲のオルゴールやで」

 

 木乃香がアスカが同行した理由を説明しすると、ようやくあやか達は彼らの目的を理解する。即ち『デート』などではなく、『明日菜へのプレゼント探しのお買い物』だったのだ。あやかも「そういえば………」と明日が明日菜の誕生日であることを思い出したて椎名がポンと腕を叩く。

 

「ああ――――ッ!! そうそう! 私達もプレゼントあるよ、明日菜!」

 

 呆然とまだ理解が追いついていない明日菜に、三人娘は直ぐに立ち直り、尾行中に横取りするように買った色々な物を明日菜に渡していく。自分達の事を誤魔化すように、妨害した時に購入した品物をどんどん渡す三人に明日菜もようやく理解する。

 

「あ……ありがとう、アスカ、木乃香、みんな…………こんないきなり…………わ、私…………私、嬉しいよっ」

 

 呆けた状態から回復した明日菜は、余りの感激に少しどもりながら、同時に目尻に嬉しさで涙を浮かべて懸命に言葉を紡ぐ。アスカと木乃香は、そんな彼女を見てとりあえず結果オーライいうことで満足気な笑みを浮かべた。

 本来ならここで一件落着のはずなのだが、そんな雰囲気の中、気まずそうにしているのはチアリーディング三人娘である。

 

「いやー良かった良かった」

「ちょっとあなた方」

 

 こそこそ逃げようとする今回の騒動の原因とも言える三人娘に、あやかはソレを許さずに声を掛ける。

 声を掛けられた三人はギクリッという擬音が似合いそうな感じで足を止め、誤魔化すような笑みを浮かべて振り向いた。

 

「い、いや~ ごめんね、いいんちょ。勘違いだったみたいね♪」

「全く、あなた方はいつもいつも人騒がせなんですからー!!」

 

 声を掛けられたことでギクッと反応して引きつった笑顔で振り返る美砂達に、あやかが怒鳴る。

 

「まあまあ、委員長。落ち着いてや。美沙達は既に罰を受けてんねんから」

「罰ってどういうことですの?」

 

 木乃香が間に入って取り成すが、あやかにしてみれば罰を受けているとは思えず、三人娘にしても心当たりはない。理由はアスカが語った。

 

「最初から尾行や妨害に気付いていたって言っただろ。つまり、途中で妨害に気付いてからはわざと高い物とかを見て買わせてたんだよ。ちなみに発案は木乃香な」

「そうやで、うちには尾行なんて分からんかったけど面白いように引っ掛かってくれたから、もうほとんどお金残ってないとちゃうか」

「「「嘘―――――!!!!」」」

 

 二人の告白に、自分達が二人の手の平で踊らされて財布を空にしてしまったことを知った三人娘は絶叫を上げて膝から崩れ落ちた。アスカと木乃香は「大成功!」と笑いながらハイタッチを交わし、あやかは少し気の毒ではあるが自業自得と考え、明日菜はいい物を貰って喜んでいいのか判断をしかねている。

 

「ええい、もう自棄だぁ。せっかくだしこのままいいんちょの奢りでカラオケ行って明日菜の誕生会やろーよ!!」

「おーー!! いいねソレ」

 

 少しは落ち込んだ彼女達だが、そこはそれお祭り好きな3-Aの一員なので直ぐに立ち直り、自棄といいながらあやかの奢りだと言っている時点で十分に余裕を残している。あやかは三人に対してまだ文句はあるが、明日菜の誕生会については賛成のようで前向きな姿勢を示している。木乃香はそんな彼女達の様子を苦笑交じりに見ていた。

 歩き出した全員の後ろで明日菜の荷物を半分持ったアスカは、小さな声で彼女に話しかけた。

 

「ああ、俺のプレゼントだけどペアリングだから」

「え?」

「魔法具らしくてさ。装着者の指に合わせて大きさが変わるらしいぞ。誕生日おめでとう」

 

 それだけ言ってアスカは足を速めて美沙達の話に混じりに行ってしまった。立ち止まった明日菜は、アスカから渡されたプレゼント――――ペアリングが包まれている包装紙を見下ろした。

 神楽坂明日菜の中で何かが変わって行く。

 




次回より修学旅行編。

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