永遠なる皇帝とストイックモンスターメスガキが、主人公を大岡裁きするお話 作:ぐっちSKG
安物のインスタントコーヒーの香りが私のトレーナー室に漂う。久しぶりに開けたので古くなり酸味が強くなったのか美味しくない、いえ凄く不味い。あとでこのインスタントコーヒーは捨てよう。
ミーティングで時折ブルーインプが入れてくれたコーヒーが懐かしい。あの子には結構なこだわりがあるらしく、コーヒーにうるさいシンボリルドルフが認めるほどの味と香りだった。
そういえばミカドランサーがコーヒーに砂糖をじゃぶじゃぶ入れていて揶揄われていたのを思い出す。確かにあそこまで砂糖を入れれば台無しになるわね。
それに倣い手に持ったマグカップに砂糖をじゃぶじゃぶと入れる。よしこれで味は台無しね。ざまぁないわ。
トレーナー室を見渡す。あの子達によって勝手に置かれていた私物が撤去されたりと、私のトレーナー室は少し寂しくなった。
残っているのは壁に貼られたトレーニングスケジュール。集合写真に並んだサイン色紙。あの子達が勝手に貼っていったものが多数。
最初はもう剥がそうと思ったがどうにもできなかった。これを剥がせるのはきっと当分先になるわね。我ながら未練がましい。リギルにあの子達が揃うことはもうないのに。
そう考えながら糖分過多となった不味いコーヒーを啜る。ズズズッ。体に悪そうな味がする。
不健康の極みのようなコーヒーを飲みながら思い出すのは、つい先日の模擬レース幻のリギル杯の事。デビュー前とは思えない華々しい結果だった。
・芝マイル部門
1着マルゼンスキー 5着ミカドランサー
・芝中距離部門
2着シンボリルドルフ
・ダートマイル部門
1着ブルーインプ
マルゼンスキーが勝つのは順当であれど、1人として着外にならないというのははっきり言って異常だ。5着となったミカドランサーも・・・・いえあの子はどうコメントしたらいいのかわからないわ。
シンボリルドルフは惜しくも2着だったがあれは仕方がない。あの子のレースでは自身のレーススタイルは活かせなかった。全てを支配するかのような皇帝の采配は、他者に恐れられてこそ働くのだ。むしろ身体能力だけで2着に食い込んだことを称えるべきだ。
ブルーインプはダートなら敵なしなのだ。少なくともクラシック級までならば。ダートの不人気さ故か、クラシック級ではターフから落ちてきた子が大半だし、強いウマ娘はエントリーしていなかった。どこでも走れるブルーインプの才能ならば互角以上に戦えて当然なのだ。
私の悪評をひっくり返す為に開催したと聞いたが、この結果は本来ならば両手を挙げて喜べる結果だった。
でもぶっちゃけチームが成立しなかったことに比べたら、私の悪評なんてどうでもいい。そんなものこれから幾らでも挽回できる。みんなが怒ってくれたのは嬉しいけれど。
だからこそあの模擬レースは私にとって賭けだった。ただチームが成立しない八つ当たりや、私の悪評の改善の為だけなら模擬レースはキャンセルさせるつもりだった。
私の目的はただ一つ、他所のチームにあの子達を出来るだけ強く見せ、高く売り込むこと。あの子達には本当に末恐ろしいくらいの才能がある。だから次のチームには出来るだけ良いところに入って欲しかった。
だからリギルに在籍し続けるシンボリルドルフを差し置いて、チームから離れるブルーインプとミカドランサーを中心に調整をした。シンボリルドルフは笑って許してくれたが、悪いことをしたわ。
取り合いになるのは最初から決まっている。ならばあの子達をより強く、より万全に鍛え上げられる所へ。それが私の最後にできる仕事だったから。
そう思っていた。そう思ってたんだけどなぁ・・・。
はっきりと言う。ミカドランサーがやらかした。
強く見せてくれた、予想を遥かに超える健闘とした。それはいい。
マルゼンスキーを追い越せたのもいい。
ミスターシービーに噛み付いたのはまだいい。
でもあのはちゃめちゃなレース展開だけはなんとかならなかったの?常道邪道とかそう言う次元の話ではないわ。
あんなの見せられたらトレーナーはどう指導したらいいのか全然わからない。私が逆の立場でもそう思う。とんでもない癖ウマ娘にしか見えない。いえ実際その通りなのだけど・・・。
おかげでひっきりなしにデータの開示要求や、普段の素行について問い合わせがある。
データに関して私がいくら取り繕おうとも、流石に素行は無理よ。あの子は学園で有名すぎる。
私なりに改めて調べたミカドランサーの素行についての調査表に思わず目をやる。
指導9回
深夜徘徊3回以上
備品および什器破壊6回
反省文7回
遅刻9回
無断欠席1回
授業抜け出し4回
指導教官への反抗多数
ハロウィン問題の主犯疑惑あり
放送室占拠疑惑あり
危険物所持疑惑あり
学生寮無断改造疑惑あり
学園内の畑で野焼きしていた疑惑あり
無許可の短期アルバイト疑惑あり
・・・・なんだこれ。本当にどうしましょう。
私は頭を抱えた。それで解決するわけでもないけれど。
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不味いコーヒーを飲み終わりパソコンの前に座る。ブルーインプの移籍先はあっさりと決まった。沖野トレーナーが面倒を見てくれる。ちょうど前の担当が引退しタイミング良く手が空いていた。
チームはまだ持っていない私と同じ若手だけど、腕はいいし信頼できる。あの子は他からもスカウトしたいとの声は多かった。ダート専門の強豪チームからも声はかかっていたが、ブルーインプの出した条件を満たせなかった。
条件は'ラリーに移籍する予定があるので、いつ引退しても文句は言わない'だ。この条件を聞いて渋顔をしなかったのが沖野トレーナーだけだった。
沖野トレーナーは時折海外のレース中継を見ているらしく、日本ではマイナーな世界ラリーも見ていたらしい。自分はトラックレース専門だが任せてくれとブルーインプに頭を下げた。
二つ返事でOKを出したブルーインプは今日はトレーニングをしているのだろうか。もちうるデータは沖野トレーナーに全て渡したからいつでも始められる筈だけど。
問題はミカドランサーだ。あの子は盛大にやらかしたので、ブルーインプより声が掛かる数が少ない。いや撤回する者が多いというべきか。
とんでもない癖ウマ娘と知れ渡ってしまったので、トレーナー達は尻込みしている。本当にいい子なのだけど言葉でいくら言っても無駄だ。ミスターシービーがチームに呼ぼうとしていたが、トレーナーが許可を出さなかった。
ミスターシービーのトレーナーは彼女のチームを見るのでいっぱいいっぱいでこれ以上は無理だそう。責めることはできない、噂によると身体もあまり強くないみたいだし。
撤回に次ぐ撤回で残ったのはほんの僅か。正直言って彼女の才能を生かせるとは思えないし任せられない。そういった者しか残らなかった。
本人は自分で探すからいらないですわ、あてがあるので心配は無用ですわと言っていたが・・・心配でしょうがない。
思わず椅子の背もたれに預けるように身体を後ろに倒す。あー。本当どうしよう。理事長に土下座してみようかなー。無理よねー。あー。
そんなことを考えていると、ノックの後返事も待たずにトレーナー室のドアが勢いよく開かれる。
「失礼しますわ!おハナちゃんトレーナー!助けて!」
ノックをして飛び込んで来たのはミカドランサー。何をしても騒がしくなる私の元担当。
どうせまた何かをやらかしたのね、私はもう貴方のトレーナーじゃないのよ?
そうは言いつつも折角来てくれたのだから、苦い思い出の一つも共有したいと思ったのは悪いことではない筈。
私は苦笑して、不味いコーヒーを入れる為に立ち上がった。
ええ一日開けましたよ。でもねしょうがないんですよケツにね、カップ麺バシャーは辛い。軽症で助かった。
いいですか?皆さんはカップ麺にお湯を入れたら、決して椅子に置いてはいけませんよ。
特にうとうとしているとさっき置いたことすら忘れて、普通に椅子に座ろうとしても不思議じゃないんです。
重症になったらケツを火傷しましたってお医者さんに見せることになりますからね。