はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!-   作:白澤建吾

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神殿へ

 砂地の道の端に大きな桶や箒が立てかけられ、車輪の跡か浅い(わだち)のお陰で急いで行くにはちょっと困る通りを3頭の長脚種(グランターク)が音もさせずに駆け抜ける。

 酔っ払いが驚いて転んで文句をいう声が聞こえた。

「すまん! 道を開けてくれ! 神殿に急ぎの用がある!」

 先頭を走るエッジオが叫びながら長脚種(グランターク)を操る。

 

 夕食も終わり、明日の準備をして寝ようかという頃、外を歩く人は少なく飲んで帰ってきた酔客を目当てにして街角に立つ売春婦くらい。

 長脚種(グランターク)の足で数分駆け抜け神殿が建つ岩山の麓まで来た。

 見上げるほど高い山の周りに街があるのかと思っていたが、麓まで来てみると岩山を削り家を建てているという事がわかる。

 第一印象は天を突くほど積み重ねたプレハブの山。

 

 この街のメインは麓ではなく、岩山を削って作った家なのだ。

 その証拠に移動しながら見た麓の家は木造や土壁の家で、岩山の家は石を削って作った物やレンガ造りの家がほとんどだった。

 

「あと少しだ、がんばってくれよ」

 そう言って剛力な竜(ポデラゴ)の首をなで、剛力な竜(ポデラゴ)は鼻息でその声に答えた。

 

 岩山は緩やかなスロープで円を書くように整備されている道と、階段でまっすぐ登れる2つの道があり、エッジオは階段を登る道を選んで駆け上がる。

 ほとんど隙間なく建てられた岩山の住宅の間を全力疾走させ、岩山を一気に登っていく。

 揺らしてもいいのであればきっと家を踏み台にして登っていくだろう。

  

 熱き砂漠の風(サーリーオ)も頭を上下して苦しそうに息を吐きながら階段を駆け上がっていき、さっきよりスピードが落ちてきてもう長くは走れないだろうと予想できた。

 ほどなくして剛力な竜(ポデラゴ)を止めここからは徒歩だ、というと手綱を近くの空いている長脚種(グランターク)用の馬留め(竜留め?)につなぎ、感謝を伝えた。

 私とイレーネがルディとピエールフを背負ってエッジオが熱き砂漠の風(サーリーオ)誇り高き竜(プーダレッゴ)を馬留めにつなぐのを待ってなるべく揺らさないように走り出した。

 

 背負ってみて改めて気づいたが、ルディは発熱しているようで体温が高く、揺れるたびに苦しそうにうめき声を漏らした。

 イレーネの方を見ると険しい顔で頷くのでピエールフさんの状態も良くないらしい。

 だが先導するのは普通の人、人を担いだ私達より早く走れないエッジオ。

「エッジオ、ここから先は2人で一気に登っていくから場所を教えて」

「すまないね、僕が不甲斐ないばかりに、神殿はあそこだ、近くに行けば雰囲気でわかると思う」

「よし、行こうか!」

「うん!」

「後から行く、ピエールフを頼んだ」

 

 上下に揺らす回数は少ないほうがいいだろうと、身体強化を強くして腰を落とした。

 私の意図を察したイレーネも腰を落とす。

 

 思い切り飛び上がり2軒上にある家の屋根に着地し、膝でその衝撃を吸収しまた飛び上がる。

 3度繰り返し、エッジオに行けと言われた建物の前に到着した。

 白く大きな屋根を古代の神殿を思わせる純白の円柱の柱によって支えられた神殿の門を背中で押し開け侵入する。

 なにかの紋様が書かれた布が敷かれた大広間の様な空間にはひざまずいて祈りを捧げる人が4人、今はこの人達は関係ないだろう。

 

「すみません! けが人の治療をおねがいしたいのですが!」

 祈りを捧げている人を驚かせてしまうが今は気にしていられない。

「教会は静かにする場所ですよ」

 後ろから声をかけられ振り向くと柔和な笑顔を浮かべ、子供にしーっとするように唇に指を当てた神官服に身を包んだ若い男がいた。

「ご案内いたしましょう」

 肩にかかる髪を揺らしながら歩き出した。

 

 祈りを捧げていた広間から治療室に案内され、ルディとピエールフさんをベッドに寝かせた。

「血も多く失っていて傷もひどいですね、これは心付けが多く必要になりますが」

「ファラスの通貨でも良ければ……、あ、これで全部じゃないですけど」

 イレーネが銀貨を2枚見せた。

 

「ファラスの……、まあいいでしょう。こちらの彼は銀貨10枚、こちらの彼は重症なので銀貨30枚頂きます」

 生臭さめ! と心の中で罵るがそんなことを少しも感じさせないようにして銀貨を40枚積んでみせた。

「ですが、ここでは癒やししかできません。欠損の治療は高位の神官のいる神殿でお願いします。」

「銀貨40枚も払うのにどうして!」

「欠損の癒やしは銀貨などでは足りないのですよ」

  イレーネが思わず食って掛かるが神官に一蹴されてしまい、悔しそうに拳を握る。

 

 こんなに払うのにそれしかできないのか! と憤るがではお引取りくださいと言われるとどうしようもないのでイレーネを止め治療をお願いした。

「ではあちらでお待ち下さい」

 と、退室を促され渋々部屋を出て暗い待合室の椅子に座って治療とエッジオを待った。

 

「何のための神の奇跡なのよ、ねえ?」

「そうだね、でも奇跡を取り上げないんだから御心に沿ってるんだよ」

 そういうとむぅと唸ったイレーネに肩を軽く叩かれた。

「いてて」

 

「そういえばさ」

「ん?」

「カオルって向こうで何してた人なの?」

「え~? こっちでいうとそうだなぁ~、魔道具の紋様刻むような仕事かなぁ」

「すごいじゃない!」

「魔力とかいらないからでもだれでもできるんだよ、それで朝から真夜中まで働いてたね」

「犯罪奴隷にでもなってたの?」

「悪いことをしてなくてもそういう生活をおくることになることがよくある世界でね、そんなんだから友達とも疎遠になったし親の死に目にも会えなかったし兄弟もいないからほんとに1人でね……」

 思い出したらなんだか涙が出てきた。

 

 


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