はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!-   作:白澤建吾

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世間知らずな主人

「じゃあ、昼は外でたべると思いますが夜は帰ってくる予定です」

「はい、お待ちしております」

 ニコレッタは今度の主人は変わった人だな、と思いながら礼をして出ていく主人を見送り、自分で鍵までかけるのかと少し驚いた。

 

 前の主人は太った商人で何人か使用人を雇えるくらいそこそこはぶりが良かったと思う。

 執務室は鍵をかけて誰も入るなと毎日の様に言っては興味を持ってほしいのかあれは貴重なものなんだからな! と言い、独身で、何人かいた使用人にボーナスを餌に夜にベッドルームに来るように言う男だった。

 わたしの信仰では伴侶以外と閨を共にするのは良くないことだったので断り続けていたけれど、そういう部分に寛容な神を信仰している何人かは銀貨1枚のボーナス目当てに言う事を聞いてベッドルームに行っていたようだ。

 外でも買っている様で呼ばれる頻度はそんなに多くなかったけれど、毎度毎度断っていたらクビが飛んだ。

 新しい奴隷を連れてきたあの男は、屋敷の中での仕事振りに問題がある! お前をこれ以上置いておけない! ということを言われ詰め所に戻された。

 

 その後1ヶ月ほど次の仕事が決まるまで、詰め所で待機するのだけど、ただいるだけでも食事だなんだかんだとお金がかかりじわじわと増える借金。

 できることはないとわかっていても早く決まってくれないと借金が返せないと焦るばかりだった時に「新しい職場が決まったぞ」と管理者が言った時は、これで借金を増やさなくて済むと胸をなでおろした。

 連れて行かれた先は下層だけど岩山にある小金持ちの家だった。

 1日でも早く借金を返したいから、環境が良くなくてもいいから、もう少し裕福な家にしてほしかった、と心のなかで愚痴った。

 

 明るいグレーの髪をした新しい主人はカオルという名前の子供の様な見た目の可愛らしい女性だった。

「慣れないこともあると思いますが」

 そういって奴隷と握手をする主人なんて聞いたことがない。

 

 衣食住の面倒を見ろと言われたわたしの主人は少し考えてわたしに質問をした。

「相場はいくらですか?」と、いうので正直に答えた。

「大体5枚から10枚の銀貨で以前の主人には6枚で雇われておりました」

 お給金はだいたい銀貨5枚~10枚が相場で、特別な技能があると交渉もできるのだけれど。

 前の商人の家では説明もなしに衣食住にかかった費用が引かれて手元に残るのはなんの銀貨1枚あれば多いくらい。

 返済をするとほとんど残らなくて毎月青色吐息を吐いたものだった。

 

 そう正直に答える。

「6枚? 足りるもんなのですかね?」

 足りないと正直に答えていいものかしら、と彼女の目をみる。

 黒い瞳はなんの屈託もなくわたしを見ていて、彼女はただ単純に疑問に思ったことを口に出したんだということを伺わせた。

 うまくいけばもっともらえるかもしれない。

 わたしは卑屈に見えない様に気をつけながら現状を説明した。

「正直、足りるものではありませんでした。食費や家賃として引かれて手元に残った物も返済をすると子供の小遣い程度すら残らない有様でした」

 苦労をしていなさそうな顔をしている彼女に情に訴えれば多めにもらえるとか思わなかったといえば嘘になる。

 

「まあ、そうですよね。じゃあ、銀貨8枚くらいにしておきましょうか」

 こんな簡単に増やしてもらえると逆にぎょっとしてしまう。

 その後、家具と服を買いに行けばわたしの分どころか犯罪奴隷の服を買おうとし始める始末。

 とんでもない世間知らずを主人にしてしまったのか、すぐ破産してまた詰め所に戻されてしまうのかもしれないと暗澹とした気持ちになった。

 家賃とか食費についても何も言われなかったのは払えと言われないのか何も言わずに天引きしてくるのかわからなくて不安になる。

 

 そういえば料理だってわたしはお母さんによく火を通して悪くなった部分は捨てるのが料理だと教わってきた。

 肉だって早めに燻製にしたり腸詰めにしたりして保存が効くもの以外は緑色になった部分は切り落としてハーブまみれにして臭いを我慢して食べるものだった。

 この新しい主人の料理はたしかに食べてみると美味しいし、臭くないし、お腹も痛くならなかった。

 

 機会があればご友人の奴隷にも教えてあげてほしいといわれたけど、別に友達でもないのでわざわざ行って運良く身につけられた技能を教えたいとは思わない。

 ここをクビになってもこの料理1つあるだけでもわたしは今までよりいい給金で働けるのだから。

「あ、食費と必要な物を買うのに使ってください」

 薄汚れた手のひら大の巾着を受け取るとずしりと硬貨の重みを感じた。

 この人はわたしがいくらか抜くとは思わないのだろうか。

 

 前の主人はわたしをベッドルームに呼びたがったがカオル様は女性だし、品定めするような目でみてこなかったのでそういう趣味はないのだろう。

 そういえば、クビになったのもその要求に答えてくれる奴隷を見つけたからという理由だったしわたしとは合わなかったのだ。

 水も毎朝必要な分を井戸まで汲みに行かなくてはいけなかったのだけど、この主人は「必要ならいつでも言ってください」とわたしに水汲みに行かせることなく魔法で水を出してくれた。

 

 前の前の主人だった人は魔法使いだったのだけど、水を出すどころか、水汲みをするわたしの足元に火を飛ばすのが好きな人だった。

 足元を燃やされ慌てれば慌てるほど喜んで炎の礫(ファイアシュート)の魔法を使って魔力切れを起こして寝込むような(アホ)だった。

 あの時の恐怖と屈辱を思い出して思わず洗い物をしている手に力が入ってしまう。

 でも今回は大丈夫だと安心できるまでは気を抜かずにすごそう。

 そう自分に言い聞かせ、気を取り直して掃き掃除を始めた。

 砂漠に近いこの街は窓を減らしても玄関から入ってくる砂が多くマメに掃き出さなくてはいけない。

 料理と同じくらい大事な仕事。

 わたしは(ほうき)を握る手にぎゅっと力をいれて新しい主人がいい人であるように祈った。

 

 

 そういえば、ニコレッタに施錠してもらってもよかったし鍵も持たなくてもよかったかな、と思いながら下町と違って人通りがない岩山の街を少しだけ身体強化で身軽にして7層にあるギルドにたどり着いた。

 衝立をよけて中に入り事務の人に挨拶をする。

「おはようございます」

 その声に事務の人ではないギルド員が私の方をみて怪訝な顔をした。

 挨拶はしないのだろうか。

 事務仕事をしている人にルイスさんを呼び出してほしいと伝えるとあっちで待ってろと言われたので少し離れた所にある小さな椅子に腰掛けて待つことにした。

 待合スペースらしき場所にいる5人の先客のじゃまにならないように端の方に座り大人しくルイスさんが来るのをまつ。

「なあ、あんた。見たこと無い顔だが新しく入団するのかい?」

「ちょっと前に入ったんです」

「そうか、ならおれらが色々教えてやるからな」

 ふひひ、と気持ち悪い笑顔を私に向けてきた。

 曖昧な返事をしていると私に興味を失ったのか話しかけてくるのをやめて5人で話し始めた。

 

 しばらく待っているとイレーネが来て私の隣に座り、次にペドロ、遅れてロペスがやってきた。

「おはよ、早いね。カオルも布巻かれたんだ」

「そうなんだよ。もうルイスさんは呼んであるからしばらくしたら来ると思うよ。もうだいぶ待ってるけど」

「今日はおれが一番だとおもったんだがな」

 全員頭に布を巻かれ見慣れない姿に変な感じがするという話で盛り上がっていると同じ様に布を巻かれたルイスさんがやってきた。

 

「なんだお前らみんな来たのか」

「落ち着いたタイミングが一緒だった感じですね」

「そうか、ちょうどいい。お前らがリーダーになってチームを作ることにしててな、あそこにいるのがペドロの部下になる。おい、お前らちょっと来い」

 さっき色々教えてくれると言っていた男たちはペドロの部下になるらしい。

 急に部下だと言われても驚くし彼らも急に呼ばれて年下の新参者がお前らのリーダーだと言われて困惑の色を浮かべている。

 

「1班2班3班は今日はどこに?」

 私達を置き去りにしてルイスさんは事務のおじさんにだれかの居場所を聞くと事務のおじさんは机の上の紙をみて言った。

「今日は合同で砂狼(アル・ロッブ)狩りの依頼で外に出てるよ」

「それなら合流することにしよう、いくぞ!」

 今度はどこかに行くらしい。

 その声を聞いたペドロの部下になる人たちは大慌てでギルドの隅に置いた自分の荷物を回収しに行った。

「何も準備してませんよ」

「日帰りだから問題ない、武器だけあればお前らなら十分だろ」

 ロペスが抗議したが軽く流されてしまい、ペドロの部下だという彼らも私達も戸惑いながらついていくことになった。

「カオルとイレーネは丸腰か。流石に丸腰は無理だな。これでも使ってろ」

 事務所においてある誰も使っていないなまくらっぽいショートソードを私達に投げてよこした。

「使えるんですかこれ」

「刺せば刺さるぞ。まあ、人数もいるから砂狼(アル・ロッブ)くらい大したことないさ」

「そりゃあそうでしょうけど」

 反論も思い浮かばないのでしょうがなくルイスさんを先頭に岩山を降りる。

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