はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!-   作:白澤建吾

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熊の背で踊る

 背後に張り付いた私を振り落とそうと左右に背中を振ったり手で払おうとするが私がいる背中の中央までは手が届かずもどかしいのか怒りの声を上げた。

「あそこからどうするつもりなんだ」

 ハビエルの声が聞こえた。

 私も無計画に飛びついただけなので何も考えていないし、何も思いつかない。

 そして、あまりの獣臭さに胃が捻じれ痙攣してあまりの気持ち悪さに手を放して離れてしまいたい衝動に駆られる。

 

 育児嚢から出たコアラの様に背中にしがみついた私が背中に引っ付いたことにいらだち私を振り落そうと体を振り回しながら抗議の声を上げる砂熊(アローソ)

 

 武器を持たずにしがみついているだけの私を無視していいと判断したのか、ハビエル達を探し始める。

 イリュージョンボディで認識阻害を受けていてもそこにいるとわかっていれば目を凝らしてみるように探すことができる。

 砂熊(アローソ)はおぼろげに気配を感じながら獲物を探す。

 

 このままではまずいと周りを見回すがナイフも含め手持ちはない。

 苦し紛れで身体強化した拳を背中に叩き込む。

 悲鳴をあげてのけぞり私を引きはがそうと背中に手を伸ばした。

 効いているようだが倒せる程度の威力はなさそう。

 だが、ハビエル達から意識をはがすことはできるようだ。

 そう思って2発、3発と背中に拳を叩き込む。

 砂熊(アローソ)は蹲ったりのけぞったり、振り回しても落ちない私に腹を立て、背中側に倒れることを思いついて即座に行動に移す。

 手を放すか悩んだが龍鱗(コン・カーラ)をより強くかけて耐えることにした。

 

 巨体が上に乗られたが魔法のおかげで圧死することは免れたが身動きが取れない。

 体が押しつぶされているせいで呼吸をするのにも苦労する。

 そして胸いっぱいに吸い込むと獣臭で気持ちが悪くなる。

 なるべく息をとめて呼吸を抑えようと試みるがすでに悪化したものはすぐには元に戻らない。

 呼吸の苦しさと身動きができない苦しさ、そして臭いで涙があふれてくる。

 ほとんど動かない腕で押し返すように砂熊(アローソ)の背中を叩くがどんなに魔力を込めてもぐにゃりと皮が動くだけで持ち上げられないし威力もでない。

 

 息が苦しくなって大きく吐いたあと両手で砂熊(アローソ)を持ち上げながら深呼吸をする。

 胸いっぱいに獣臭を吸い込んで涙を流しながら息を止める。

 

「リーダー! 生きてるか!」

 遠くからヨンの声が聞こえた瞬間、砂熊(アローソ)が跳ね起きた。

 せっかく身を隠させたのに!

 

 まるで子供を守る母熊と対峙する木こりの様な状況だが張り付いているのは小熊でもないし、コアラでもない。

 砂熊(アローソ)が大きく体を動かして右腕を振り上げているのを感じ、背中に向かって攻撃を繰り出す。

 痛みで叫びながら両の爪を振り回すおかげでヨンが近づくことができない。

 どうしたらいい? 魔法生物か? 何ができる?

 魔法生物を呼び出したとしてごっそりと魔力を持っていかれて役に立たなかったら困る。

 しばらく逡巡してオケアノから教えてもらった魔法を思い出した。

 右手に魔力を込め、できることなら使いたくなかったと思いながら覚悟を決めて叫ぶ。

体を鋼とし剣を持て(カーフィ・カント・フォス)!」

 手のひらから指先にかけて固く鋭く無機質な色へと変貌していく。

 固そうだが指は動くようだ。

 握った砂熊(アローソ)の背中の毛が握り混んだ手の中で切られて片手でぶら下がり落ちそうになった。

 握り直してもチョキチョキと切れてしまうので不安定になってしまう。

 

 大きくため息をつく。

「やらなきゃだめか……」

 手刀を作って砂熊(アローソ)の大きな背中に向かって突き刺した。

 ぬるっとした暖かい感触に右腕が飲まれた。

 背筋に悪寒を走らせながら突き刺した指先が何かを切り裂いて進むのを感じる。

 砂熊(アローソ)の悲鳴を聞きながら早く終わってと祈りながら重要な臓器を狙って動かそうとした瞬間、砂熊(アローソ)の背中が固くなって腕を締め付け始めた。

 砂熊(アローソ)がのけぞって後ろに倒れて再び下敷きにされてしまった。

 そのおかげで体の奥まで腕が差し込まれた。

 さっきまでは肘の上の辺りまでだったのが肩まで。

 腕全部でヌルヌルとした感触と砂熊(アローソ)の体温を感じてやっと落ち着いた胃が再び暴れ出す。

 

 刃になった手を奥に差し込んだことで砂熊(アローソ)には内臓に致命傷を与えたことだろう。

 痛みに暴れることで私を振り回し、そのせいで内臓が引き裂かれてしまう。

 傷口から血が噴き出し服が真っ赤に染まっていく。

 獣臭に加えて血の臭いと体内の温度、感触が体を包みこむが逃げたくても体の上で暴れる巨体から抜け出すことができない。

 

 重い! 臭い! 息が苦しい。

 なんとか体の上からどかそうと手に魔力を込めて力を入れるがぐにゃりと形を変えるだけで効果がない。

 体内の右手も指先が何かに当たり切れる感触がしているのできっとぐちゃぐちゃにちぎれているだろうと思う。

 それでも私を押しつぶして殺そうとする動きは力が抜けずなおも暴れ続ける。

「リーダー! 生きてるか! その血は熊の血か!?」

 外から声が聞こえるが息苦しさと気持ち悪さで返事が出来ない。

 

「当たったらすまねえ!」

「まだ近づけねえな、手ごとやれるか」

「頭の方にはいねえだろう? やっちまえ」

 不穏が声が聞こえるが抵抗もできない。

 

 ヨンは戦斧を握り、仰向けで暴れる砂熊(アローソ)へと近づく。

 頭の側へ寄ってみても警戒や威嚇をする様子もみせず、ひたすら暴れるだけで自分達のことは目に入ってない様子だ。

 藻掻くように闇雲に振り回される爪はかすっただけでも十分に致命傷にはなりうる一撃なので届かない範囲を見極める。

 砂熊(アローソ)の体の下からはどす黒い血が流れ出て、リーダーがつぶれて血でもはいているんじゃないかと、嫌な想像をして冷や汗が背中を流れた。

 柄を長めに持ち砂熊(アローソ)の首を狙う。

 疲れたのか、流れ出る血のせいか、砂熊(アローソ)の爪は段々と重みを増し、動きが鈍くなるのが見て取れた。

 やっととどめを刺せる。

 大きく振りかぶってタイミングを待つ。

 

 もう腕を大きく上げる力もないのか、手を上下に動かすだけでその動きにも力強さはない。

 手が下がったタイミングを見計らって首に向かって戦斧を振り下ろした。

 大型の戦斧といえども砂熊(アローソ)の太い首を切り落とすことができず、硬い骨で滑って右側だけを切り裂いただけにとどまった。

 即死にはできなかったが太い血管を切ることができたのでもう長くはもたないだろう。

 吹き出す血も勢いがなく、体の下からあふれ出ている血は砂熊(アローソ)の物で間違いなさそうだった。

「そろそろいいんじゃないか?」

 拾った石を砂熊(アローソ)にぶつけてハビエルが言う。

「ああ、大丈夫そうだ。そっちを持ってくれ」

 砂熊(アローソ)の左前足と後ろ足をそれぞれが持って下敷きになったリーダーの上から引き剥がす。

 

 砂熊(アローソ)の下敷きから脱出しようともがく。

 一瞬、砂熊(アローソ)の体が持ち上がった拍子に空いた方へ左手と右足を使って体を移動させた。

 その拍子に背中に突き刺していた右手が抜け、中で溜まっていた血液が噴き出した。

 右肩を中心にした右上半身だけが血にまみれていたのだが、吹き出した血液は私の体ではじけ汚れていない箇所がなくなるほどの勢いだった。

 噴き出し口に手を当てて出血を止めようとしたが指の隙間から勢いよく吹き出すせいで逆に被害箇所が広がっただけだった。

 いつまでも噴き出続けるわけがないと、目鼻口に入らないように息を止めて耐える。

 思ったより長いこと噴き出し続け、そろそろ息が苦しくなるといった所で誰かが私の足をつかんで引っ張った。

「もういいぞ」

 声の主はフアンだった。

 起き上がろうと仰向けから転がり、膝立ちになって顔の血液を拭った。

 まだ目は開けられないが口を開けるようになった。

(アグーラ)

 大量の水を出し、全身を洗う。

 さっきは上手く吸えないまま息を止めたが今度は深く深く息を吸い込んで水の中に入る。

 水の流れを操作し、洗濯機の中に居るように自らを洗った。

 上下左右関係なくぐるぐると水流に転がされ、自らの手で酷い乗り物酔いを起こして(アグーラ)から出た瞬間立っていられずくねくねと踊るように倒れ込んだ。

 それを見ていたハビエルやヨンは「おいおい、大丈夫かよ」と呟いたが私の耳には回る世界が気持ち悪くて届かなかった。

 

「生きてたか」

 血まみれの戦斧を持ったヨンが面白そうに言った。

 砂熊(アローソ)をとどめを刺して私の上からどかしたのはヨンとハビエルらしい。

「気持ち悪くて今死にそうです」

「だろうな。目が回ると本当に目が回るんだな、初めて見たわ」

 そういうと見てみろよと言われたヨンは「ホントだ! 気持ち悪りい」と心ない言葉を投げかけてどこかに去って行った。

 

 心の中で気持ち悪いを連呼しながらしばらく大の字で転がって洗濯機酔いが収まるのを待った。

 どのくらい経ったかわからないが大分よくなって立ち上がれるようになり起き上がって回りを見回してみると、いつのまにか出てきたエッジオとヨン達が砂熊(アローソ)の血抜きや解体をしている最中だった。

「内蔵は使い物にならんな、どうやったんだ? ずたずただぞ」

 ハビエルが腹を開き、ヨンが中身を引きずり出して言った。

「熊胆には傷はなさそうだ、肉を捨てなくて済んだな」

「バラバラに解体するか?」

「持って帰る量が減るからそのままにしよう」

剛力な竜(ポデラゴ)を連れてくればよかった」

 輸送量が減るので報酬は減額されるが砂熊(アローソ)に襲われる可能性を考えて置いてきた。

 判断は間違ってないと思うが後悔は募る。

「リーダー! 水をくれ!」

 けだるい体に鞭打って(アグーラ)を出し、言われたとおりの場所を洗い流した。

 ここで解体するのかと思ったら私がいる間は凍らせて運ぶらしい。

 普通なら毛皮を剥がして肉をそれぞれの部位に切り分けて籠も袋もない状態で持って帰れるだけ持って帰るというのが常識だ。

 だが、毛皮を凍らせて引っ張って帰ればすべての肉を持って帰ることができる。

 そのために持ってきたロープ後ろ足に結び、うつ伏せにした背中に水をかけ、毛並みを整えて私に言った。

「さ! 凍らせてくれ」

 言われるがまま凍える風(グリエール・カエンテ)でその背中を凍らせた。

 全員で力を合わせて砂熊(アローソ)をひっくり返すと6人で協力して紐を持って帰路についた。

 私は手伝わなくていいということだったので熱風(アレ・カエンテ)で濡れた服を乾かしながら歩いた。

 

 バドーリャの街に着くころには空が白み始め、早起きなパン屋の店主や肉の仕入れをする串焼きの店の店主が表を歩いていた。

 巨大な砂熊(アローソ)を引きずった男たちと後ろから偉そうについて歩く若い女の姿を眠い目を擦って作業をしていた街の人はあっけにとられぽかんとした表情で見送った。

「まあ、注目されるわな」

 ハビエルは一緒に引っ張っているフアンにそうつぶやき、フアンはうなづきで返した。

 

 ゴリゴリと凍らせた砂熊(アローソ)の背中が石畳を擦る音を立てて岩山の街の上層部までたどり着くころには全員へとへとだった。

 だがこれすらあのリーダーに手伝ってもらっていては自分たちは解体するためだけに行ったことになる。

 せめてもの自分の面子を保つための行動だった。

 

 まだ人の少ない黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)に着き、受付まで砂熊(アローソ)を引きずって行き、仕事の完了を伝えた。

 報酬は金貨1枚と銀貨30枚、素材の買取は毛皮と魔石と肉。

 内臓は捨ててきたというと査定をしているギルド員はもったいない、という表情を浮かべた。

 ハビエルは自分もそう思うが、どうやったかわからないがズタズタだったからしょうがない。

 毛皮が銀貨60枚、ずいぶんと高い査定だが毛皮は炎に強く刃が通りづらいので裏に鉄板をあてて鎧にするそうだ。

 魔石が50枚、大きさがそれほどでもなく、形が悪いため少し値が下がった。

 肉は量が多いのと思ったより需要がないので銀貨10枚。

 

 金貨にして4枚、一般的な家庭なら余裕で1年は暮らせる。

 自分たちは運んできただけだから7、8割持って行ってもらってかまわないというといつも通りへらへらと笑いながら「山分けでいいですよ」なんて言うもんだ。

「太っ腹だな! 嬢ちゃん!」

 ホルヘは立ち上がって喜び、ヨンはにやりと笑った。

「馬鹿なことをいうな、ヘススが死なずに済んだのも倒したのもリーダーだ。俺らがやったことなんざ解体して運んだだけだ」

 ヘススがうなづいて答えた。

「いやあ、でもチームですし」

「そう思ってくれるのはありがたいが、貢献度でわけないと不公平になる。7割か8割は持っていってもらわないと困る」

 200枚もの銀貨をテーブルにぶちまけると目方で8割ほどの銀貨を私の前に押し付けた。

 しょうがないので手持ちの袋に入れて解散かなとハビエルを見た。

「もう一つだ。今後リーダーとは仕事しないことにした」

「は? え? いや、なんで」

 突然の絶縁宣言に驚いて間抜けな声が出る。

「リーダーがいるから気が抜けきっていることと楽に稼げるに越したことはないがぶら下がって生きるつもりはない」

 ハビエルは多少魔力が扱えるようになったこととここしばらくの好調な様子で気持ちが緩んでしまっていたことを恥じた。

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