はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!- 作:白澤建吾
そういわれると私も別に保護者ではないので断る理由はないが、これから1人か、と少し寂しく思う。
「魔力が増えて一緒に戦えるようになった時は頼むわ」
そう言って頭を下げた。
「ああ、なるべく早めでよろしく」
そう答え、帰ろうと思った時ホルヘが言った。
「少し減らす手伝いをしてやろうか、いい店があるんだ」
何言ってんだと思ったが、たまにはいいか。
「花街にゃ行かないからな」
「女連れで花街いくやつはいねえよ!」
「いいや、いるぞ。女衒だ。よからぬ商売してそうな風体のお前にぴったりだな」
わははと笑われながらホルヘを先頭にしておすすめだという飲み屋に行って帰ったのは深夜遅くになってからだった。
店を出て、自分のつま先すら見えない真っ暗闇の中、
家の鍵を持っていないのでドアノッカーで中にいるニコレッタを呼び出す。
しばらく待つと玄関のドアがゆっくりと開き、隙間からニコレッタが片目だけを覗かせ私の存在を確認した。
「あ、カオル様」
「遅くにごめんなさいね」
「ここはカオル様の家ですもの、謝らないでください」
ダイニングで荷物を降ろして
「魔石が空になってしまっていたので助かります」
ニコレッタがうれしそうに言った瞬間、その表情が曇った。
「なんか、出た時と色味が違いませんか? それになんか臭いです。なんの臭いですか?」
そういって口を濁す。
「いやあ、
「何をしたら服の色味が変わるほど無傷で返り血を浴びることができるのでしょう」
「それはですね」
「座らないでください! お風呂と着替えが先です!」
座りかけた腰を再び浮かせて大人しく洗い場に行き、ニコレッタが着替えを持ってくるのを待たずに体を洗い始める。
脱いだ服は端の方において手早く濡らして石鹸で全身をまとめて洗う。
髪の毛を何度も洗い、3度目の洗髪でやっと泡立つようになり、その泡を全身に塗りたくっては汚れによって消え、石鹸を塗っては擦りを繰り返してやっと泡立ち洗い終えることができた。
「あー! もう終わってるんですか!」
なぜか私の体を洗いたがるニコレッタがすでに終わってることに対して抗議の声を上げた。
お互いにヘトヘトになってしまうのでやらなくていいならやらない方がいいのにと思う。
濡れない位置に着替えを置き、大きなタオルを持って襲い掛かってきた。
「ちょっと、そんなに擦らなくてもちゃんと拭けますから、自分で拭けますから」
「まあまあ、遠慮なさらずに」
どうしてそう世話を焼きたがるのだろう?
洗い場から出て着替えてテーブルに着くと「何か飲みますか?」というので「あるもので大丈夫です」と答えた。
「今日はいい腸詰めが買えたんですよ」
ここの保存食は長期保存するために燻煙臭が強い。
数本のソーセージらしき物が乗った皿と、いつ買ったのかしらないが小さなフライパンを持って戻ってきた。
「これ一人分を用意するのに便利なんですよ」
こんな感じでと良いながら小さなフライパンで温めたチーズをソーセージにかけて満足げに微笑んだ。
「ああ、おいしそうですね」
湯気が上がるチーズとツヤツヤと
「わたくしもご相伴させていただいていいですか?」
「2人分ならもっとあった方がいいですよね? パンも多くなくていいので少し食べたいです」
「はい! 用意してくるのでお待ちくださいね!」
そう伝えるとうれしそうにパタパタとキッチンの方に向かった。
ニコレッタが戻ってくる前に部屋から前にニコレッタが買ってきた甘くて度数の強い酒を取ってくる。
コップを2人分、2個置いてニコレッタを待つ。
しばらくするとじゅうじゅうと音を立てた小さなフライパンを持ってきた。
ちょっと天板に反りがある木製のテーブルの上に置いた。
まだ手をつけていない皿のソーセージをフライパンに移してまだ余熱でじゅうじゅうと音を立てる熱いソーセージと少し冷めたソーセージを混ぜて温めなおした。
「お待たせしました!」
自分が一番待っていたような表情でニコレッタが言った。
「じゃあ、ニコレッタもどうぞ」
お酒を注いだコップにニコレッタに渡すと、ニコレッタは嬉しそうに受け取り一口飲む。
「ありがとうございます!」
そして、ソーセージにフォークを突き刺すとチーズをたっぷりと絡めて一口齧って見せた。
それを見守ると「大丈夫です」と美味しそうに報告をしてくれた。
毒味だそうだ。
実際に毒を盛る場合もあるだろうが、この場合は食べられるので腐敗してないという確認である。
家で放置して腐敗させるより、気温の高いバドーリャの炎天下で店頭に放置された食物が腐敗する方が多そうだと昼間の姿を想像した。
「少し塩気が強いですがやっぱり美味しいですね」
ニコレッタにいうと頬張りすぎたか、目を輝かせ頭をぶんぶんと振って肯定した。
塩気が強いチーズとソーセージを甘い酒が洗い流していくと、次の塩気が欲しくなる。
そうして次々のコップを空にして、ニコレッタのコップが空になったとみるや制止する暇も与えずに注いだ。
ああ、高いのに、そんなにいっぱいとつぶやきながら視線はコップから逸らさない。
こんなに注がれては飲まなくてはいけませんねと言いながらにんまりと口角を上げて一口飲む。
彼女にはいくらのんでも新鮮に美味しく味わえるらしい。
私はこれを飲みすぎると甘すぎてもっとさっぱりしたものが欲しくなる。
せめて炭酸水と柑橘類でもあればいいのだけど。
「あ! そうです! なんで新しい服があんな赤茶けた色になってしまったんですか?!」
頬を赤く染めたニコレッタが思い出して叫んだ。
「
「
「そうなんですかね、私はここにきて初めてみた魔物なので知りませんが家畜が埋められていましたね」
「埋めてどうするんでしょう」
「後でゆっくり食べるらしいですよ」
飲むものがなくなるとニコレッタがキッチンから新しく持ってきて、食べるものがなくなると簡単にできるものをふらふらしながら作ってくれる。
後から思えば大丈夫かと心配するところなのだけれど、私も酔っていたので特に何も言わなかった。
「おっとととと、お待たせしました」
足元がおぼつかないまま戻ってきて焼いたベーコンの様な物を持ってきた。
「十分ですよ」
「だいぶ酔ってるので軽く炒める以上は難しくて」
「わかります」
そうして討伐の話をすると、身を乗り出すようにして聞いてくれて私も興が乗ってしまい、気が付いたら二人でテーブルに突っ伏したまま寝ていた。
寒気に目を覚ましてぶると肩を震わせる。
暖炉に
立ち上がってぐっと背伸びをして凝った首を回してほぐしながらキッチンに向かって水差しに入ったヤギの乳らしき物を小さな鍋で温める。
しばらく待って沸き始めた所で、まだ寝ているニコレッタの元に戻る。
静かに寝息を立てるニコレッタを横目に軽く痛む頭を押さえながら暖かいヤギの乳を飲む。
ほのかな甘みが乾いた喉に沁みるのを感じる。
大きくため息をついて昨日の出来事を思い出す。
なにか変なことは言ってしまわなかったかと心配になるが欠片も思い出せず、何かきっかけでもあればと見回すがやはり手がかりは見つからず深い霧の向こうへと消えてしまった。
ニコレッタに確認すればわかるかもしれないが大した話でもないのに探ってもしょうがない。
しばらくしてけだるそうに息を吐いてニコレッタが起き上がった。
「いたた」
ニコレッタも二日酔いらしく起きた早々頭を抱えた。
「暖かいヤギの乳と水です」
昨日酒を飲むのに使ったものに
「ありがとうございます」
言うや否や水を一気に飲み干して立ち上がり、キッチンへ水差しを取りに行った。
「わたしも魔法使えるようになりたいものですね」
キッチンでだいぶ飲んできた様子でニコレッタが椅子に座りながら言った。
「入り口だけの話なら簡単なもんですよ?」
そういうときょとんとした表情で私を見た。
「馬鹿なことをいうんじゃないと叱られると思ってました」
「魔法なんてだれが使えてもいいと思いますよ、特に生活の中で使えれば余計な手間もかかりませんしね」
ニコレッタが持ってきた水差しからコップに水を注ぎ、使った分を水差しに足した。
「そう! それがやりたいのです!」
私が使った分を足した水差しにビッと指を指して勢いよく言った。
「じゃあ、簡単な所から教えましょうか」
花が開くようにぱあっと笑顔を輝かせると
「お腹すいてませんか? 先に用意してしまいますね! 早く教わりたいので簡単な物でいいですか!?」と言って返事も待たずにキッチンの方に向かっていった。
しばらくすると焼いたトーストにチーズをはさんだものを持って戻ってきた。
「熱いですから気を付けてくださいね」
そう言って皿を前に置いた。
半分に切られた断面からはチーズがとろりと垂れ、トーストの焼けた匂いとチーズの匂いが食欲を掻き立てる。
じゃあ、いただきますと言って垂れたチーズを掬いながら一口噛みちぎる。
酸味のあるパンとチーズがちょうどよく絡んでいつもの安いパンが格段に美味しく感じられた。
朝食後、空いた皿を重ねて脇によけて期待に目を輝かせたニコレッタに魔力の扱い方を教える。
手のひらを合わせたニコレッタの両手に魔力を流し込み、ニコレッタに魔力の存在を味わってもらった。
「これは、なんだか気持ちが悪いですね」
困った様な泣きそうな様な引きつった笑いを浮かべながら初めての感覚に耐える。
しばらくすると、「なんとなくわかった気がします」というので魔力を流すのをやめてニコレッタに任せてみる。
ニコレッタは言われた通りに手のひらを上に向けて魔力を放出してみる。
手のひらの表面で陽炎の様にゆらゆらと揺れる魔力を見て、がっかりした表情を浮かべる。
「これだけでもすごく疲れますね」
難しい顔をしてニコレッタがつぶやいた。
圧倒的に魔力量が足りないのでありったけの魔力を指先に集めて
「火種にするにはもう少しほしいです」
足りないのは火力か、燃焼時間か。
「使い切って回復させるのが一番の早道ですよ」
「がんばります!」
そう言って指先に
ちょっと火をつけてはしばらく休むを繰り返すニコレッタを見ていたらいつのまにか昼過ぎになっていた。
「まあ! 申し訳ありません! すぐお昼の準備しますね」
そんなにお腹が空いていたわけではないが用意されていれば入りそうなくらいは減っていたので大人しく待つ。