はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!- 作:白澤建吾
「いやー、あれはやばかったね」
「あいつ寒さに弱いから冷やしてロペスが刺殺して血まみれになったんだったよね」
「臭くてな、いつまでも臭いが落ちなくて大変だった」
オケアノにはとてもじゃないが信じられない話をする3人をみて能天気なのは知らないからではなく、何があってもどうにでもなると思っているし、どうにかしてきたからなんだと思い直した。
それならわたしが慌てて落ち込んで心配してもしょうがない。
彼女らがだめなら大体のことはもうだめなのだろうから。
そう思うと少し気が楽になった。
すると、現金なものでずっと喉を通らなかった食事が魅力的に思えてきた。
冷めたスープにパンを浸して食べる。
歩きづめでほてった体に冷めたスープが心地良い。
塩味がするりと喉へ滑り込んでじんわりと広がる。
汗をよくかいたからか、強めの塩味が付けられているにもかかわらずいくらでも飲めそうなくらいごくごく飲んでしまった。
「おかわりどう?」
イレーネが笑顔でおかわりを勧めてくれた。
「いっぱい作ったし、いくらでも作れるからいくら飲んでもいいよ」
カオルがそう言って鍋を持ち上げて見せた。
そう聞いたロペスが4杯目のスープをよそっていた。
「じゃあ、わたしももらおうかしら」
手を差し出したイレーネに器を渡した。
その後カオルは2回スープを作り直して塩漬けにした干し肉とチーズを焼いた物を作り、オケアノはパンを分けてロペスのワインを回し飲みして夜を過ごした。
全員酔いが回ったせいで完全に油断し、だれも見張りをすることも思い出さずになんなら朝まで消えたら寒いからと大きめの
気がついたのは完全に日が昇り、朝日の眩しさに目を覚まして油断に気づいた。
最初に目が覚めたロペスは自身の油断に気づいてカオル、イレーネを叩き起こそうとしたが、何も起きてないことから安心して、彼女らを寝かせておいた。
しばらくするとカオルが「油断した!」と叫びながら跳ね起きた。
その声を聞いたイレーネが目を覚まし、眠そうにあくびを噛み殺しながら起き上がる。
イレーネは野宿をすることがあっても部下に全て任せて寝ていたのでそもそも見張りが必要ということを忘れ去っていたし、オケアノもあまり野宿をすることはないので意識していなかった。
「油断したな、全員」
ロペスがそう言ってカオルに同意を求め、カオルはうなづいて答える。
泥棒やら動物がこなくて良かった。
昨日の夜に作ったものはすべて食べてしまったので、朝食はパンと乾燥肉を食べることにした。
塩味の強い乾燥肉をかじり、パンを放り込みそれでも塩辛い口の中を水で洗い流す。
調理をする時間がないからしょうがないが、味気ないと思いながら手元の食事を口に押し込んだ。
しばらくストレッチをしたり体をほぐしてからロペスが広げたものを片付けて、荷物をまとめる。
ロペスを待ってバルダオル山脈の登山口へ向かう。
草木はほとんどなく、岩がごろごろと転がっている風景の中を進む。
小さな花を付けた背の低い草を見ながらここを歩いた先人が体力を余り使わずに登れる様つづら折りに歩いていたのだろう。
その積み重ねがいつのまにか道になったと思われる道を黙々と歩く。
先人の道は大きな岩の近くは少し無理をして岩の下側は通らない様にしている。
遠くから転がってくるのであれば逃げることもできるが目の前の人の背を優に超える岩が転がってくる想像をするとどうしても避けて通りたくなる。
灰色一色の進んでも進んでも代わり映えの無い景色の中で、遠くに景色と同じ色の小屋が小さく見えた。
休憩のための施設だろうか。
「あの建物見える? 今日は頂上のあの建物で休んで明日
オケアノがそう言った。そして、付け加える。
「岩が落ちるから
まっすぐ登れば早いと思っていたのに、釘を刺された。
疲労予防のために身体強化をかけて少し早足で登る。
なだらかな斜面を登っていると突然、壁の様な行き止まりに突き当たる。
そこには鎖やはしごがかけられていて、順番に登りながら先へ進む。
動物はほぼ見当たらず、遥か高い空を飛ぶ大型の鳥が数羽見えた。
「何もないな!」
ロペスが歩きながら半ば叫ぶように言った。
「岩があるよ」と、答える。
「岩しかない」
「それがなにもないというんだ」
「そういうことにしておくよ」
暇つぶしに適当に石を拾って投げるのもだめらしい。
何がきっかけで岩が落ちてくるかわからないからだ。
足元が悪いので下を見て慎重に歩く。そしてたまに上を見上げると遠くに小さく見えていた建物が少し大きく見える様になる。
それを繰り返して数時間歩く。
身体強化を使ってまっすぐ登ればあっさり登れるというのに、と思いながら所々に見える岩を恨めしく思う。
太陽が真上に来た時、休憩をすることにした。
「そろそろ、休憩でもどうかな」
オケアノは額の汗を拭っている。
「そうしよう」
その様子を見てロペスも賛同した。
「どうしてカオルちゃん達は汗一つかいてないのかしら」
「外を歩くことに慣れているからですかね」
身体強化をしているからなんだ。
ロペスが小鍋で干し肉と根菜、乾燥野菜のスープを作っている間に、その辺の岩に
熱せられた岩にスライスしたパンを乗せて焼く。
具は無いが、焼き立てなら少しはましになるだろう。
スープができた頃にパンを全員に配り、それぞれ持ってきたコップにスープを注いで食べる。
オケアノに合わせたのかスープは少し塩がきつい気がした。
「トーストすると堅パンでもいけるね」
イレーネがスープを吸ったパンを頬張りながら言った。
少し休憩したあと、また歩き始める。
しばらく歩くとオケアノが叫んだ。
「わかった! カオルちゃんとイレーネちゃん、身体強化使ってるでしょ!」
「普通に歩くだけなら大丈夫かなってね」
「言ってよ!」
「ははは、ごめんね」
オケアノは、もう! と言って身体強化を自らにかけた。
オケアノのペースに気を使わなくてもいいので、少し早足で歩き始める。
ペースが上がり、今までより早く目的地のあの白い建物が近づいてくる。
しばらく歩いた時だった。
下の方で爆発音がした。
その爆発で飛ばされた小さな欠片がパラパラと飛んで来る。
おそらくさっきまで休憩していた辺りだろうか。
何が起こったのかと思っていると、ロペスが口を開いた。
「あれじゃないか、トースト」
そんなまさかと言おうとした瞬間、
砕けた岩の一部は斜面を転がって他の岩も巻き込みながら落ちていく。
運よく人がいないので良かったが、人がいたとしたらと思うとぞっとした。
そして、上に目を向けると小さな石がいくつか落ちてくる。
大きな岩が落ちてこないといいが、と思いながら歩を進める。
「大事にならなくてよかったね」
イレーネが言う、それに対してオケアノが答えた。
「十分大事だから」
「次から割れない岩を使わないと」
「次は大岩に炎は禁止だろ!」
ロペスがそう言って楽観的に笑った。
夕方か夜までかかるかと思ったあの建物への道だったが、ペースを上げられたおかげで夕方前には到着した。
小屋だと思っていた建物は予想外に大きく、石造りの神殿の様な威容を見せていた。
真っ白な巨大な建物は夕日に照らされて燃えているように真っ赤に染まっていた。
正面には大きな扉があり、手前には門番の様に2人の男が立っている。
手前には小さな小屋があり、そこが詰め所の様だ。
オケアノが小走りで門番のところに行き、何か話している。
こちらに指を指し手を動かして説明をしている。
しばらく話をしたあと、こちらに振り返り大きく手を降ると手招きをした。
来いということだろう。
「行こうか」
イレーネとロペスに声をかけて歩き出す。
白い石畳の階段は見た目を重視してか、1段が広く作られて荘厳さを演出している。
おかげで1歩登る毎に3、4歩歩いては1歩登るという感じでなかなか歩きづらい。
階段を登り切ると大きな扉の前にオケアノと門番の男が待っていた。
オケアノは私の袖を掴むと門番の男から距離を取る。
「なになになに?」
オケアノはイレーネと私に肩を組んだ。
イレーネはロペスを引っ張ると肩を組んで私もロペスと肩を組み、スクラムを組むような形で丸くなった。
「今日はここに泊まらないといけないのだけど」
「ここ宿屋だったの?」
「いや、どうみても神殿だろう」
イレーネが驚いて声を上げ、ロペスがたしなめた。
「で、何が問題なの?」
「宿泊料金がお気持ちなの」
「いくら渡したらいいか知ってる?」
「聞いてみたんだけどみなさんお気持ちで寄付していただいていますしか言ってくれないの」
「少なかったらどうなると思う?」
「大部屋になるとか? 外のテントで寝泊まりするとか?」
「それはそれで困らないか」
「最悪拒否されてしまうかもしれないな」
後から知ったのだが、極端に安い金額を提示しなければ問題はなかったらしい。
卑しい行いはいけない、ということだ。
服装にそんなに気を回さないので仕事でも着るので少し使用感がでてくたびれ始めてる部分もある私と、ハンターらしい丈夫な布を使っていて高級感がない格好のロペス。
そして、使い慣れた感じはするがひと目見ていい生地を使って仕立ていて、よく手入れされているとわかるイレーネとオケアノ。
私とロペスに比べると少し裕福そうに見え、私とロペスはまるで従者のようだ。
それなのに門番の所に行ったのはオケアノ。
門番からはどう見えていていくら払ったら適正なのかまったくわからない。
「どうする? 1人銀貨1枚でいいかな」
手元にある銀貨を見て言ってみる。
「いや、2人で銀貨1枚でいいと思うが」
ロペスが言う。
「バドーリャの高級店だといくらかな?」
イレーネがオケアノに問う。
「そうね……、上を見れば切りはないけど、普通の高級店なら1人で銀貨3枚って所かな」
1泊で少し裕福な家族の食費くらい。
「寄付にそこまで求めるとは思えないから4人で銀貨3枚くらいでちょうどいいんじゃないか?」
「じゃあ、試しに私が行ってみるよ」
へらへらと愛想笑いを浮かべて門番の所に行く。
門番の男は無表情でこちらを見ている。
「あ、あの。寄付を納めに……きま……した」
冷たい視線に怯んで言葉尻が弱くなる。
すると門番は腰につけたベルを取り出すと、まるでふくびきがあたった時の様に大きく振って音を鳴らした。
その姿に驚いて門番を見つめていると後ろの詰め所から物音がした。
貫頭衣を着た若い男が静々と出てきて門番の男の横に立つ。
「寄付だそうだ」
貫頭衣の男はにこやかに微笑んだ表情を貼り付けたまま頭を深く下げ、両手のひらを重ねて差し出した。
少しずつ出していって表情から正解を探そうと思っていたのに、頭を完全に下げられてしまっているので表情を読むことができない。