はるけき世界の英雄譚-召喚されたら女になってんですけど元の体どこですか!- 作:白澤建吾
「じゃあ、とりあえず乾杯で!」
イレーネがビールが入った樽の様な形をした木のジョッキを持ち上げる。
「わたしはあまりお酒は飲めないからお茶だけ」
そう言ってオケアノがティーカップを持ち上げた。
「ちっとも?」
「ちょっとくらいなら、でもあまり美味しいとも思えないし、あの人は女がお酒を飲むのを嫌がったし」
「なにそれ!」
「もう捨てた男のこと思い出さないほうがいいよ」
「そうなんだけどね、つい」
「じゃあ、オケアノさんの新しい人生に!」
イレーネが乾杯をして私はショットグラスを当て、オケアノはティーカップを優しく当てた。
一口飲んでみるととても強いアルコールの匂いと熟成臭がしていいお酒だということはわかった。
ストレートでもカクテルにしてもよさそうだが、ここではカクテルは作られていないようだ。
「じゃあ、ちょっと飲んでみようかな」
イレーネが美味しそうに飲むのを見て、飲みたくなったらしいが明日休みなわけじゃないのでよくないと思ったが二日酔いになっても薬があれば大丈夫だろう。
「飲みやすいのとかあればいいけど、ビールとか美味しくなかったし、強いのはちょっとね」
「そういうときはカオルよ、変なことばっかり知ってるからこういう時頼りになるよ」
「じゃあ、カオルちゃん、お願いしていい?」
甘ければいいか。とカウンターへ向かった。
「すみません、ジュースとカチャカを混ぜてもらえますか? 10対1くらいで。あとレモンみたいなものがあれば絞ってもらえれば」
フルーツのシロップもあれば良かったのだが、フルーツのシロップはないようだった。
じゃあ、ジャムがあればジャムをいれてもらおうと思ったがオレンジのジャム、いわゆるマーマレードしか無いそうだ。
オレンジジュースにマーマレードではやりすぎか、と思い直した。
レモンは栽培しているらしい。
「メニューにないのでとりあえず銅貨9枚でいいですか?」
ここではカクテルはあまり作らないらしい。大丈夫だと返事をして作ってもらい、小さめのマグカップに入ったそれをオケアノの前に置いた。
「オレンジジュースとカチャカのカクテルです」
「カクテル?」
「色々なものをまぜて作るお酒のことをカクテルと呼ぶんだよ」
イレーネが得意げに言った。
「へえ」
恐る恐る口をつける。
「あら! おいしい! オレンジジュースにお酒の複雑な香りが混ざってていっぱい飲めそう」
イレーネも気になるようだ。
「飲みたかったらあの人に言うといいよ」
カウンターの向こうにいる調理師に言えば同じレシピで作ってくれると教えた。
手元のビールジョッキを一気に飲み干すと大急ぎでカウンターに行き、あれと同じものをと注文していた。
遠くでみていると、カウンターに出されたコップ一口味見し、一気に飲み干した。
何か考え込む仕草をしたあと、なにか指示をして試飲を繰り返す。
何度目かの味見で気に入ったらしくもう1つ作ってもらい、コップを2つ持って帰ってきた。
「さ! 飲んでみて!」
そう言って私の前にコップを置いた。
何かを混ぜたおかげで濁ったカチャカを恐る恐る口に運ぶ。
柑橘か何かのジュースで、酸味が強い。
このイレーネのオリジナルカクテルは柑橘の匂いと酸味がアルコールの匂いを消し、甘みが後味を柔らかく包み込む。
感想を言おうと顔を上げると得意げな顔をしたイレーネと目があった。
「これは美味しいね」
その時、ロペスがどこからかやってきた。
服の色も濡れて変わっていて髪からも汗が滴っている。
「何を飲んでるんだ?」
「あたしが作ったカクテル、飲みたかったらあの人にいうと作ってもらえるよ」
それを聞くと大股でカウンターに向かっていった。
戻ってきたロペスが
「どう?」
「うまいな! 初めての味だ」
テーブルに置いたコップの中で氷が転がった音がした。
「でしょう? あたしが作ったのよ」
「こんな才能があるとは思わなかった」
腰を据えて食事にしようとしたロペスを止めて声をかける。
「神官の人達がどこかいくけどロペスは行かなくていいの?」
「そうだった、シャワーを浴びたらまた来るからまた飲ませてくれ」
そういうと足早に汗だくの神官達の後を追った。
「この短時間ですごい汗だったね」
汗もすごかったが汗の臭いもすごかった。
シャワーは日が落ちたら使えないんじゃなかったかと思ったが神官も一緒だと違うのかもしれない。
男達のシャワーなんてざっと浴びてさっと帰ってくるだろう、そう思って戻ってきたロペスも食べる分として追加で食事を頼んでおく。
運動をしたみたいなので、腹に溜まる物を、といくつか頼んだ。
どこにでもある腸詰めと何かの肉のグリル、あとはパン。
香辛料で野菜と豆と肉を煮込んだものがお勧めだと言われたので追加した。
多少の違いがあれど、どこにいっても基本的に味は変わらない。
しかし、グリルを先に頼んでおいたのは失敗だった。
ロペスが来るのに合わせたつもりで頼んだグリルの脂が冷めて皿の上で白く固まってしまった。
思ったより戻ってくるのに時間がかかってるし何をしているのだろう。
イレーネ達と遅いね、といいながら適当に肉をつついていると神官達とロペス戻ってきた。
ロペスは
「頼んでおいたけど冷めちゃったから改めて頼んで」
「ああ、わかった」
わかった、といいながら冷めた腸詰めと私が一口大に切っておいた肉を両手で1つずつつまみ、そのままカウンターへ向かって行った。
指を舐めながらカウンターで酒と食事を頼んでいるようだ。
しかし、ロペスと一緒に来た神官達は私たちの周りから動かない。
一緒に来たが食卓を囲みに来たわけじゃなさそうだった。
「あ、あの!」
おかっぱの神官達の1人が緊張した面持ちで口を開いた。
イレーネがうさんくさげな目を向けた。
「あの! カオルさんとイレーネさんですよね! 」
「そ、そうですけど」
「ロペス殿に大変お強いとお聞きました! 是非お手合わせいただきたく!」
イレーネは関心なさそうに視線をはずしてオケアノと話し始めてしまったので私が相手をするしかなくなってしまった。
「え? いや、もうお酒も飲んじゃったし、ちょっと」
「では明日の朝出発前にお願いします!」
どう断ろうかと視線を彷徨わせる。
まごまごしているとカチャカの水割りとじゅうじゅうと音を立てる鉄板に乗ったグリルセットを持ってロペスが戻ってきた。
「出発前に軽くならいいだろう?」
どうして断ろうとしているのにこの男は勝手に受けるのか。
間に立ってくれなかったので断る理由も失ってしょうがなく受けることにする。
「明日の朝に1人くらいなら……」
しょうがなく、本当にしょうがなく絞り出した。
話しかけてきた神官がとてもうれしそうに喜色を浮かべた。
「では出発前にお願いいたします」
深々と礼をすると誰が相手をするか相談しながら神官達の寮へと帰っていった。
「どうして余計な口をだしちゃうのかな」
「どうみても断りたそうにしてたでしょう?」
助けてくれなかったイレーネが今更助け船を出してくれる。
「そうだったか? まあ、彼らの戦い方もカオルの役に立つと思ったんだが」
「それにしたって相談もなしに勝手にきめて! これから男っていうのは」
イレーネとオケアノが口々に怒り始めロペスが面食らった表情の後、段々としぼみ始めた。
酔いも手伝ってか少しずつ悪ふざけと怒りが混ざった雰囲気で叱る。
「役に立つとしても先に話しておかないと急に決めろって言われるのは困るでしょう?! 明日の体調だってあるんだから!」
「言われてみれば確かにそうだが」
「男っていっつもそう!」
男でひとくくりにしてるがオケアノは夫でイレーネは父親を思い出しているのだろうと想像した。
とはいえ、色々な所で女だからとないがしろにされた心当たりはあるが、今回のはロペスが私を無視したかというと別にそうでもないとは思う。
イレーネとオケアノもそこまで本気で責めているわけではないと思うのでちょうどいい所で口を挟んで助けることにする。
「まあまあ、ロペスだって誘ってみろって言ったわけじゃないと思うし、なんならロペスを通さないでいきなり声をかけてきた彼らが悪いと思うのだけどどうだろう」
「そうね、ロペスがそんな真似するとは思えないね」
「と、いうことで余計なことを言ってしまったロペスには明日断るか、いい具合に短時間で止めてもらう役目を背負ってもらうのがいいと思うんだ」
ロペスから視線を外していうと視界の端ですごく嫌そうな顔をした。
その表情をみて楽しそうにイレーネが「それなら口をついて出てしまった罰としてはふさわしいかもね」と言って笑った。
話を変えるためか、返事もせずにロペスが言った。
「で、カオルとイレーネはオケアノさんと知り合いだったのか?」
「私はルイスさんがこっちの魔法を覚えにいけっていうから」
「あたしも」
「おれは言われなかったな」
「私たちそんなに暇そうに見えたのかな」
確かに暇な時期だったから引き出しを増やすという意味もあったかもしれない。
実際はバドーリャの魔法の性質と近接戦闘ができないイレーネと私に対して手札を増やしておこうというルイスによる配慮だったらしいが、何一つ説明されなかったのでついぞ知らないままだった。