山あり谷ありウマ娘 〜気付いたら脱サラしてトレーナーになった話〜 作:ギノっち@カマタラル
天国と地獄ってのがこの世にはある。
突然何?って顔だね。まぁそう。こんな語り口をしたのは初めてだ。驚くのも無理は無い。
別に第四の壁ってのを認識してる訳じゃない。安心して。これは能面の奴に教わった手法だ。誰かに言い難い事でもこうして頭の中で呟けば誰かが聞いてくれてるみたいで良いって感じ。そう、セラピーって奴さ。セルフセラピー。
え?そりゃ一種の○○○○だって?おま、バカ!考えんなそんな事!!俺ぁトレーナーだぞ!!
えーと、で?何?ああそう。天国と地獄だな。
まず俺にとっての天国だな。そりゃ勿論マックちゃんと過ごす日常。これだけは譲れない。
後はタキオンの新薬を飲む時かな?ドキドキしてくる。まるで初恋の時みたい。
因みに俺の初恋はゴエモンニューエイジのエビス丸だ。可愛いだろ?本編は駄作らしい。最高だね。
他はウララと遊んだり、ライスに絵本を読み聞かせして貰ったり、ブルボンを坂路でいじめ抜いたり、デジタルの二次創作独自設定に文句を言う時かな?だって分かりにくいんだもん。
だってあの子バ力とかいうのを本当に普及、あ、その話は良い?あっそう。俺も飽きてきた。自分に説明するの。
じゃ本題。地獄はどういう時?
未来の自分が厨二病再発させてた時?いいや。
担当が再起不能になった時?あああれは地獄だった。二度と体験したくない。
でもそれはなんとか乗り越えた。今は違う。
正解は、そう。朝が来た時だ。
ここがアメリカじゃなくて良かった。もしそうなら今頃こめかみがじゅって音を立てて二度寝してる所だった。
これをなんとかする為にはお薬を飲むしかない。今使ってる奴じゃなくて寝起きで飲む奴。おおっと危ないのじゃなくてお医者さんに貰う奴ね。たまに疑われるけど、シラフだから。
あーそうそう。それと後もう一つあった。
ココン「邪魔」
昼にこの子と会う事。おっとろしいね。今時の若い子の反抗期って。
桜木「まぁまぁ良いじゃないの。仲良くしましょう?」
ココン「はぁ?昨日散々邪魔してきた挙句に、こっちは一切トレーニング出来なかったんだけど?」
ほらね。多分カルシウムが足りてないんだと思う。この学園のお昼給食じゃなくてビュッフェだから。
そうだ。アオハル杯勝ったら理事長にお願いして牛乳は強制的に飲まそう。点滴みたいな形にして。それが良い。
桜木「な〜んでそんなツンケンしてんの。反抗期?思春期?話してみなよ。おじさんは聞き上手だから」
ココン「.........話す内容が伝わらないから聞くしか出来ないんじゃないの?」
う〜っわすっごいパンチライン。響いたねこりゃ。ずっしりと来た。この歳の子って口喧嘩強いの憧れるよね?
うちにも居たよ。高校の時にラッパーみたいにフリースタイルで昼休みに遊んでる奴。皆どうしてんだろ?現実に食べられて話せなくなっちゃってるのかな?
グラッセ「あれ?レグルスのトレーナー。昨日はありがとう。楽しかったよ」
おおっと。ここでご登場ビターグラッセ。良いルックスしてるね。格闘ゲームだったらスピード&パワーって感じの見た目してる。
あ、やめやめ。その話はやめよう。調整で俺のキャラが死んだんだった。
おい聞いてるか運営?お前が前に渡した玩具が壊されたから、代わりの玩具くれ。新品のアケコンで良いから。
桜木「やぁグラッセ。君からも言ってくれよこの子に。そんなツンケンしてるとウマ娘じゃなくてガンコ娘になっちゃうよって」
グラッセ「そこがココンの良い所だよ。アンタなら分かると思ったけど?」
おいおい質問返してくんなよ。こっちは眠る為の薬の副作用でボーッとしてんの。横暴だって?仕方ないじゃんばったり出くわしたんだから。
じゃ何?君ら急に台本と役渡されて演技出来る?俺は無理。まずオーディションをさせてくれって頼み込むね。
ココン「行こう。時間の無駄」
桜木「はァ!!?人がボーッと突っ立ってる所に話し掛けて終いにそれ!!?おい行くな!!!勝負服ブル〇カ娘ッッ!!!先生に言い付けるぞ!!!」
ほら見て?相性最悪。まるで味噌汁の隠し味にチョコレートマーガリンと頭痛薬をぶち込んだみたいな相性の悪さ。
その組み合わせ何って?味が想像出来ないって?安心して俺が保証する。俺はそんな不味く感じなかった。姉貴と妹からは二度やるなって言われたけど。
デジ「.........」
マック「深刻ですわね.........」
―――お昼の時間。あたしとマックイーンさんはカフェテリアからご飯を食べながらその様子を見ていました。
トレーナーさんは入口で呆然と立ち尽くすだけで、中に入る様子もありません。畑の中に突っ立ってるカカシの様な状態だったので、邪魔だと言われても仕方ありませんでした。
ここ最近、また酷さが増している気がします。情緒の安定性もさながら、思考のまとまりの無さも顕著に現れ始めています。
でもそれも[勤務時間]までの間だけで、帰る時間が迫ると段々と調子を戻して行く様子があります。
デジ「何とか、できないでしょうか.........」
マック「私達はお医者さんではありません。彼の事を真に理解する事も、病を治すことも出来ないでしょう」
デジ「.........」
厳しく、冷たい現実でした。突き付けられたのはそう。マックイーンさんの方が不安なはずなのに。あたし以上に現実を見てる。
[離れる]しかない。ここを。トレーナーさんを.........あの人を治す為にはそれしかないって、あたしは思ってしまっている。
マック「トレーナーさんを呼んできます」
デジ「あ、はい.........」
.........何が出来るんだろう。今のあたしに。ただ[走る]ことしか出来ない、[アグネスデジタル]に.........
結局、そんな答えも無い問答を頭の中で繰り返して、昼食の時間は終わりました。
ーーー
黒沼「よしっ!!これから10分間の小休憩を挟む。水分補給を怠るな。冬になるとは言え脱水症状になる」
ブルボン「はいっ!」
シエル「はぁ〜.........つ、疲れた.........」
厳しいトレーニングの日々。それはレグルスに来ても変わらなかった。私、エメロードシエルは[アオハル杯]の特別移籍でここに来ても、前に見て貰っていた黒沼トレーナーの元でトレーニングしていた。
それもこれも、全部桜木トレーナーのせい.........!!!せっかく芝短距離で走れるようになったのに!!またダートに戻る為のトレーニングをしなきゃ行けないなんて絶対におかしい!!!
それに.........!!!
シエル「ブルボンさんっ!!桜木トレーナーに直談判しましょう!!?」
ブルボン「.........?何故ですか?」
シエル「だっておかしいですよ!![短距離]なら私が走れば良いのに.........」
そりゃ、私は元々ダート出身だから戻されるのは百歩譲って良いです!!納得します!!
でもそこで出来た穴を!!なんで[ブルボン]さんに任せようとしたのか!!これが分からない!!!
ブルボン「シエルさん。マスターは短距離を走って欲しいとは私に言っていません」
シエル「.........え!!?ど、どういう事ですか!!?」
ブルボン「かつてマスターは言っていました。[落ちこぼれだって必死に努力をすれば、エリートを超える事があるかも]。と」
ブルボン「私はそれを、[真の意味]で証明したいと考えたんです」
―――そう。これは私の独断です。マスターが作成したデータにそんな指示は無く、私はいつも通り中長距離を担当する予定でした。
ですが、今のマスターを見て思考した結果。それでは駄目だと結論が出たのです。
データ通りのメニュー。データ通りのステータス。それでは、[あの人]は帰ってこない。
あの人を元に戻すのなら、この手しかない。
[プランB]。[ぶっつけ本番]の[B]
それで、[どんでん返し]を起こすしかない。と
―――遠くに居るブルボンくんは休憩を終え、坂路へと戻っていく。それに釣られるように私も手を叩いてメンバーに扇動した。
タキオン「ほら。休憩は終わりだよ。どうだいシャカールくん?データの方は?」
シャカ「偉そうにすンな。シリウス」
シリウス「映像を確認したが、ポケットの加速が早かった。もう少し耐えないと難しいな」
ポッケ「はァ!!?あれ以上は無理だろ!!?こっちは勝つ為にやってんだぞ!!!」
中距離担当は誠に勝手ながら私の独断と偏見で決めさせて貰った。レースを利用した大掛かりの実験をするつもりでいる。
私とて、それを侮辱している訳では無いしふざけている訳でも無い。
ただ、[アオハル杯]という十数年前に無くなった催し。勝つ為に必要な経験や知識が尽く失伝してしまっている。
よって、多くの[取りこぼし]を拾い直すべく画策しているんだ。決して私個人のわがままなどではない。
ポッケ「チッ、まぁそこは合わせてやるにしても、だ。問題はカフェの奴じゃねぇか?」
タキオン「.........ふむ」
カフェ「?」
確かに。この作戦は彼女が[主役]だ。コンディションは最高でなければならないが、彼女にとってのそれはいつ訪れるかも分からない、カレンダーが無い者にとっての祝日と同じ様な物。
それほどまでに不安定だったのが、以前までの彼女だ。
幸い、本格化を迎えてそれもある程度解消されたが.........本番の日にどう転ぶのかと聞かれれば不安は拭えないと言った方が誠実だろう。
.........だがしかし、そういう確証の無い事に時間を費やすのは慣れている。
なんせこの[レグルス]というチームは―――
―――[プランB]の常習犯なのだから。
ーーー
マック「.........という事です。分かりましたか?」
ウララ「う〜ん。ちょっと難しい、かも?」
何度か模擬レースを重ね、私はウララさんにアドバイスを送っていました。本人はその一つずつに対して頭に人差し指を当てて考え込んでいましたが、やはり最後は[難しい]。という言葉で締めくくられました。
しかし、初めの頃を考えれば驚異的でしょう。あの頃のウララさんであれば恐らく、[分からない]。と元気よく言って沢山質問を投げていたのですから。
ライス「ウララちゃん!焦らなくて良いんだよ?」
ウララ「うんっ!マックイーンちゃんの言ってくれた通りに頑張ってみるね!!よーしもう一回!!」
マック「えっ、いえ。止めておきましょう?もう三回目ですから。走ってもきっと満足の行く結果は得られません」
ウララ「う〜ん。分かった!!」
そう元気よく返事をし、ウララさんは水分補給の為に休憩に入りました。本来の適性から大きく外れた長距離の上、私達と三度も走っている筈ですのに、まだその背中には元気が有り余っている様に感じられました。
ライス「ウララちゃん。今度の有馬記念は勝てそうだね.........!」
マック「そうですわね。あの吸収力を考えるに、いずれは全距離制覇。などと言うのも強ち夢物語では無いかもしれません」
去年の暮れ。彼女は有馬記念へ出走しました。元の適性はダートの短距離。あまりに真逆のレース。
彼女の底抜けな明るさは知っているものの、有馬記念という[現実]を見てしまえば.........走る楽しさを失ってしまうのではないか。そう思った方も居ました。
でもその心配を跳ね除け、彼女は掲示板に入らないながらも、確かに負けから学びを得たのです。それを糧にし、今日の彼女がある。
私も負けてはいられません。そう思い、首に掛けたタオルで汗を拭っていると、不意にダートのコースに目が行きました。
デジ「はァっ、はァっ」
マック「.........」
ライス「デジタルさん.........なんだか辛そう.........」
巨大なタイヤを引き擦りながら汗を吹き出させる彼女。しかし、ライスさんが言ったのはそういう肉体的な事では無いと思います。
ここ最近、彼女はずっと思い詰めていました。恐らくトレーナーさんの.........彼の事でずっと、何かを考えているのでしょう。
マック(.........やはりまだ、諦めていないのですね)
彼女は一人、彼がトレーナーを辞めるであろうという話に拒絶を示していました。私達としては今までの経緯を考えれば妥当。むしろ頑張り過ぎな気さえしていました。
それでも諦められない何かがあるのでしょう。それが彼との[約束]なのか、ただ彼女が[誓った]物なのか.........そこまでは定かではありません。
あの時同様。今の彼女に私達の言葉は届かないでしょう。彼女の抱くわだかまり。それが解けるように祈るのでした.........
ーーー
樫本「.........そうですか。ありがとうございます」
桜木「えぇ。伸びてはいますよ。ただ焦りが多分にある様に感じましたけどね」
お仕事って大変だよね?だって大変だもん。ほら見て?この人なんて大変すぎて眉間のシワが取れてない。まるでシャカパチしすぎで反れたカードみたい。
あぁ説明しておくよ?俺は昨日の[ファースト]の子達の夜練の内容を伝えてるんだ。さっきの事?それは言えてにゃい。理由は恥ずかしいから。
桜木「もう少し話し合った方がいいですよ?余計なお世話かもですけど」
樫本「.........善処はしています」
う〜ん?ホントかな〜?な〜んか壁を感じるんだよなぁ〜この人。ウマ娘との付き合い方に。
え?それが普通?俺がおかしい?それはそうなんだよね。距離感の作り方がバグってんだ俺。
何背負ってるか知らないけど、まぁそこは当人の問題だし?ノータッチよノータッチ。俺は関係ないもんね〜
樫本「.........貴方は」
桜木「?」
樫本「貴方は何故、それほどまでに彼女達を信じているのですか?」
樫本「より正確に言うのならば、彼女達の[無事]を」
桜木「.........」
うわ〜お。こりゃ重い話が来たね。中々にヘビィ。という訳でちょっとセルフセラピー解除して真剣に考えてみますか。本日最初の真剣タイムだよ!
.........顎に手を当てて思考を巡らせる。彼女の問うた意味とその答えを探る為に。
桜木「.........[同じ]だから?」
樫本「同じ?」
桜木「そう。上でも下でもない。それぞれ独立した個であって、俺はそれを管理しきれる程の人間じゃないから」
樫本「つまり、[対等]だと?」
桜木「そうとも言う」
結局の所の[違い]はそれだ。俺は上に誰が居ようが構わないが、下に誰かを置く事をしたくない。理由は単純。責任を負いたくないからだ。
俺が指示をした。そういう指導をした。物の言い方。立ち振る舞い方。普段の素行と言動。全てに置いて自信が無い。
だから、そういう元の奴の下に誰かが居るという状況が許せない。俺自身がそうだから。
じゃあどうするか?答えは単純。[横並び]。
指示や命令ではなく提案やお願い。それ以上に強い物じゃ無いという事は最初の内から担当達に共有している。
だからある程度のお互いの[信頼]が無いと成り立たない。ウチはそれで回ってきたチームだ。だから他とは根本が違う。
樫本「.........やはり、理解し難いですね」
樫本「それでもし、大きな[事態]になったらどうするつもりなのですか?その様な無責任なやり方では、いずれそれが発生する」
樫本「分かっているのですか?貴方のそれは、単なる現実の先延ばしでしか無いのです」
「.........?だから?」
樫本「―――は?」
―――彼は、私が言った事の意味を理解していない様子で口を開きました。想定外の反応に思考が止まっていると、彼は先程までとは違う雰囲気をまとって話し始めました。
桜木「大事に大事に。安全に安全に生きても死ぬじゃん?」
樫本「っ.........」
桜木「死ぬのが一番怖いじゃん?」
桜木「俺はそれを良く知ってるから、道中を全力で楽しませたい」
桜木「[夢]ってのは、起きたら消えてる時もあるんだからさ」
―――[夢]は消える。俺もかつては[役者]として生きたいと願っていた。それが事故にあい、気付いた時にはその日の記憶が丸々無くなってしまい、万全に動く身体と[夢]を両方失った。
あの時俺は、誰かを助けようとした。でもだからと言って自分を蔑ろにしていた訳じゃない。大事にしていたと思う。今以上に。
それでも、突然終わる。大事に大事に。丁寧に丁寧にやっていたとしてもだ。
俺は[大人]だ。もうそうなっても良い覚悟はあるし、そうなった経験もある。いざとなれば一人で何とか出来る。
でもあの子達.........ここに居る[ウマ娘]達にはまだその経験が無い。少なくとも、大人になってからじゃ遅い。それこそ取り返しが付かなくなる。
[前]を歩いていたら、気付いた時には大体転んだ後だ。
だから、[横並び]なんだ。
樫本「.........」
―――それだけ言って、彼は理事長室から出て行った。
そんな物は詭弁であり、綺麗事であり、唾棄すべき理論。
『大事に大事に』
『トレーナーっ!!』
樫本「.........」
『安全に安全に』
『よく頑張りましたね』
樫本「.........っ」
『生きても死ぬじゃん?』
『っ、アグリモケット!!?そんな.........!!?』
.........唾棄すべき事のはず。それなのに私はどうして.........あの日の事を、未だ認められないのだろう.........
あれは明らかに、私の管理不届きが招いた事なのに.........
樫本(.........私は一体、どこに来てしまったのだろう.........)
ーーー
とまあこんな感じでのらりくらりと一週間!いや〜やってみるもんですね〜?これも社会人経験を活かした日々の過ごし方ってやつ?三年しか会社勤めじゃなかったけど。
そう!今日は待ちに待った休日!さ〜すがの堅物理事長もこんな日にまで担当を見て欲しいなんて言い出さなかった!スーパーホワイトだね!もしこれがロリっ子権力ヤクザ理事長だったら?
それが今の状況なんだよね。
やよい「合致!集合時間ピッタリだな!トレーナーよ!」
桜木「理事長?俺、病気だって言いましたよね?」
やよい「うむっ!聞いたぞ!」
ダメだこの人。俺を腐らせてくれない。
それに何より、もう一つ聞きたい事がある。並んだらそこのロリっ子権力ヤクザと同い年に見えるウマ娘の事だ。
桜木「で、なんで[デジタル]まで居るんですか?」
デジ「あ、あたしも昨日呼ばれただけなので詳しくは.........」
何だって?おい!!!この人何考えてんだ!!!俺の事をもっと客観的に見ろ!!!おかしいだろ!!!30に片足突っ込んでる大の男が中学生かどうかも怪しい子供引き連れてたら通報されるに決まってんだろ!!!
やよい「伯楽っ!トレーナー程では無いが、私もそれなりに目が利く」
やよい「アグネスデジタルよ。君は迷っているのだろう?」
デジ「っ!」
狼狽える俺を無視してよくもまぁ容赦なくズカズカと踏み込んでいくなこの人.........まぁでも、そうでもしなきゃ解決しないか。
俺自身、デジタルの様子には気付いていた。だがそうさせているのは当の俺。何をしてやれるかも分からないこの状態でそれを暴くのはむしろ逆効果だと思ったから放って置いたんだ。
普通はここで沈黙シーンが挟まるよね?でもそれも織り込み済みだったみたい。見て、たづなさんが運転する車が来たよ。時は金なりってもしかして今は世の中のドパちゃん達の為にある諺なのかな?
やよい「続きは向かいながら行こうではないか!!」
デジ「ええ!!?この空気を密閉にしちゃうんですか!!?」
桜木「ていうかどこへ!!?どこへ行く気なんです!!?」
やよい「なに、君はウマ娘が好きなのだろう?丁度良く[チケット]を入手してな!!」
デジ「っ!!?ま、まさか.........!!?」
うっそ〜ん。君さっき自分の内心指摘された時より驚いてんじゃ〜ん?なんで?そのチケットそんな代物なのん?
やよい「明察っ!!これは正に―――」
「―――[ハイセイコー]単独ライブチケットだ!!!」
ーーー
人の熱気を肌で浴び、汗をかく。レースとはまた違う熱が、今俺達を包み込んでいた。
ライブ会場は吹き抜けのドームで行われているが、人は満員。ここは理事長権限でVIP待遇.........なんて事はなく、俺達も一般の人達に揉みくちゃにされながらライブを見る羽目になっている。
ていうか何!!?この展開!!!マジで予想付かないんですけど!!!DBの42巻目かよ!!!
桜木「な、なんだこりゃ.........!マジでアイドルみたいじゃん.........!!?」
デジ「[みたい]じゃありません!!アイドルですよ!!アイドル!!!知らないんですか!!?」
桜木「知らないよ!!」
デジ「うわ.........」
可哀想な物を見る目で俺に視線を送るデジタル。だからなんだ。俺は興味が無いものを視界に入れないし情報も一切入れない。そんな人間だぞ?舐めるな。
やよい「盛況っ!!いつ来ても凄まじい人気ぶりだな!!」
桜木「り、理事長もファンなんですか?」
やよい「むむ。難しいな。ハイセイコーは元々トレセン学園の選手だった。彼女は律儀にライブチケットを私に送ってくれるからな!!」
見ろ!ダンスもちゃんと覚えたぞ!と、可愛らしいダンスを見せてくれる理事長。
ファンでは無いらしい。これも一種の親心なのだろうか?いやそもそも親心を抱く時点でファンの一人なのでは?
そんな禅問答の様に頭をぐるぐるさせていると、視界の隅でがたり。がたりと、なんだか小さく騒がしい物が映った。
「っ、あ、すみませ.........」
桜木(車椅子?大変そうだな.........)
何やらハイセイコーとやらの話に夢中になっている二人を置いて、俺は困っている人に向かっていく。
そこにはやはり、段差の部分で困っている車椅子の[ウマ娘]がそこに居た。
桜木「大丈夫ですか?」
「っ!すみません。ご迷惑を.........って、桜木トレーナーさん?」
桜木「え、あ。はい」
驚いた。俺の事を知っている人だ。
何?お前はURAファイナルズの長距離部門で優勝したんだから有名人だろって?
確かにそうだが、アニマの奴が起こした騒動で俺は一度[嫌われ状態]に等しいもんだった。それを上書きで[0]にした事によって弊害は無くなったものの、殆どが俺を無名として扱う様になったって訳だ。
つまり、あの時出回っていた[AIアプリ]の目新しさに惹かれずに居た人だけが正常な評価を下しているんだ。
じゃあ仕方ないよね。話題のアプリだったし。取材とかテレビ番組の出演オファーがめっきり消えたのは。
桜木「.........って、俺の事はどうでもいいんです。手伝いますよ」
「えぇ!!?そ、そんな!!悪いです.........!!」
車椅子の持ち手を握り、ゆっくり前へと押し出していく。務めていたのが身体補助の器具作成会社だったから車椅子も営業で取り扱ってた。素人よりはマシに動かせる。
それと、こちらの勝手だが彼女を俺達が居る場所へ連れて行くことにした。そっちの方が何なあった時に対処出来るからな。
「さ、桜木トレーナーさん?ど、どちらへ―――っ!」
デジ「あっ!トレーナーさん!!どこに行って.........え.........?」
やよい「っ!!き、君は.........」
桜木「?知り合いです?」
―――私は、目の前の男に終ぞ呆れ果てた。ただ彼にリフレッシュをと思い、このライブへと誘ってみたのだが.........こうも自ら[鍵]を引き寄せてくるとは思わなかった。
.........彼女の過去は彼女の物。話さない事がプライバシーを守る事に繋がる。などと一時でも考えていたが、こんなのに出くわすとそんな気すらバカバカしい。
彼はやはり、全ての[ヴェール]を剥ぎ取らねばいけない男なのだ。
「り、理事長.........覚えて、居ますか.........?」
やよい「.........無論。覚えているとも」
「―――[アグリモケット]」
......To be continued