「……つまりめぐみんはチュウヤにまで見放されたということだな」
「おい、そこは私の能力を見込んで分かれて行動させて貰ったと言って貰おうか!」
冷たく暗い牢の中。
私はダクネスに掴みかかってそのうるさい口を強制的に塞いでいた。
◇◆◇
「一つ目の客室に入ることには成功したものの、中にいた男が私に向かって「まだ子供なのにこんな所に来てるのか……」と哀れみの視線を向けてきたので、これは危険だと判断して爆裂魔法で牽制したのです」
「何をどう危険だと判断したのかさっぱり分からないのだが……。その人はただめぐみんの身を案じてくれただけじゃないのか?」
「いいえ、あれは危険な男の目でした」
「……そ、そうなのか……?」
ダクネスはまだ納得がいっていないような顔をしているが、まあいいだろう。
やっぱり貴族のドM令嬢はちょろい。
「めぐみん、何だか馬鹿にされているような気がするのだが気のせいか?」
「ええ気のせいです」
「そうか……」そういうところですよ、お嬢様。
「……で、今頃はクリスが客室のチェックをしてくれていると思うのですが……」
「なら安心だな。此処から出られないのは悔しいが、クリスに任せていれば安心だろう」
安堵したような表情で言ったダクネス。
……本当に、これだから世間知らずのお嬢様は。
私は思わず溜息をつくと――チュウヤから貰ったインカムがついている右耳を撫で、"もう片方の"インカムがついている左耳をなぞり。
『……めぐみん、お前の言いたいことは分かる。やっぱりダクネスは世間知らずのお嬢様のままだなあああああああ!!』
途端に大音量で響き渡ったのは、馬鹿の癖に悪知恵の効く、けれど意外と優しい――そんな、私の愛しい恋人の声。
明らかに此処にいるはずのない人物の、聞こえるはずのない声に、世間知らずのお嬢様はギョッと目を見開いて。
「か……カズマ? お前、カズマだな? それはインカム……ちょ、ちょっと待て。一体どういうことだ?」
「実はですね――」
そして私は話し出した――このパーティーに来る前日、何があったのかを。
◇◆◇
「『エクスプロージョン』っ!」
勢い良く突き出した杖の先から稲妻の様な紅い閃光が迸り、数十メートル先の巨大な岩に衝突。次の瞬間、岩は原型を留めずに粉々に砕け散った。
この爽快感。達成感。紅魔族一の天才と呼ばれた私は、ネタ魔法だと馬鹿にされ続けるこの魔法しか使ったことがない。
……けれど。こんなネタ魔法を最強の魔法に昇華させてしまった私の恋人は、頭が良いのか何なのか。発想がぶっ飛んでいるのか。何にせよ、私は今、カズマと……パーティーの皆に感謝している。
「今日の爆烈は何点ですか?」
「んー……まあこっちの世界ってちょっと魔力の集まり悪いっぽいし、九十点くらいじゃね?」
「うう……それを抜きにしたら?」
「八十」
「くっ……精進します……」
横浜から少し離れた場所には、こんな田舎もないわけではないようだ。
――今日は仕事(という名のチュウヤへのストーカー)が無かったので、恋人であるカズマと爆烈デートに勤しんでいる。
ぶっ倒れた私を背負い、歩き出すカズマ。いつもの事だけれど、いつもと違うのは、此処がアクセルではないということ。
此処は横浜。武装探偵社、ポートマフィア、異能特務科……私の琴線に触れる名前の組織がいっぱいある科学の世界。
「めぐみん、ポートマフィアでの生活はどうだ? ダクネスは痴女行為で迷惑かけたりしてないだろうな」
「そこは普通ダクネスを心配する流れではないのですか?」
「いやお前、考えても見ろよ。武器を持った男のマフィア。鎧を着たダクネス。相手に興奮するのはどっちだ?」
「ダクネスですね」
「その通りだ。あの変態令嬢はマフィアに興奮して襲いかかる……ああ本当にすいません、うちのエロセイダーが本当にすいません」
……なんか、こうして見るとカズマも結構苦労しているのかもしれない。
変人のアクア。変態のダクネス。
やはりここは、常識人かつ恋人の私が支えてあげなければ。
「……ニヤニヤしてるけどどうしたんだ?」
「い、いえ、別に。……ところでですけど、マフィアだから人殺しが正当化されるというのはおかしいと思いませんか?」
「唐突だなおい。……まぁ、人殺しが良いことだとは思わないけどさ。この世界の事情は俺達の世界とは違うんだろうし、マフィアに殺されるような人間にロクな奴は居ないだろ」
「ですよねぇ……」
無理だと分かっていても。馬鹿だと思われても。
それでも私は――私達は、チュウヤに知ってもらいたい。
人を殺すことの重み。人が死ぬことの重み。
アクアが簡単に蘇生してしまうその命に、どれだけの価値があるのかを。
「あんま深く考えんなって。それより、俺達は一刻も早く元の世界に戻る方法を探さないとな」
「そう、ですね……」
「……」
チュウヤと過ごした短い時間。チュウヤだけじゃない、コウヨウという綺麗な女性に、タチハラという少年。ヒロツという渋くて格好良いお爺さん、黒くてかっこいい暗殺者のギン。美人さんだけど残念なヒグチ、私と近い感性を持っている気がするアクタガワ。
気づいてしまった。……マフィアにいるのは、悪い人ばかりではないことに。
「……はあ。つまりお前は不安なのか?」
「……そう、かもしれません」
「じゃあ、はいこれ」
「……は?」
左耳にギュッと何かを押し込まれた。けれど不快感はあまりない。
「ちょ、ちょっと。なんですかこれ」
「困った時はこれに向かって喋れ。お前を警察に連れていくかどうかちゃんと判断してやるから」
「おい、それはどういうことなのか聞こうじゃないか!」
私が振り回した杖がカズマの後頭部にヒットした。
◇◆◇
「……とまぁそういうわけで、このパーティーが始まってからインカムのスイッチを入れました。つまり、パーティーが始まってから私の身の回りで起きたことはカズマがインカム越しに全て把握しています」
「か、カズマ……凄いな貴様、ここまで予期していたのか?」
『や、最初はめぐみんとダクネスがどの警察署に向かうのか確認する為だったんだけどさ、結果オーライじゃね?』
「ぶっ殺」
インカムを振り回すと、ひゅんひゅんという風切り音が不快だったらしいカズマが慌てて言った。
『まあ待てって! ……とりあえず、インカムから聞いてて分かるのは、お前達が見たクリスは偽者だってことだ』
「その通りです」
「なっ……!?」
『だって、考えてもみろよ。……クリスはダクネスと長い付き合いなのに、鉄格子折ったことにあそこまで反応するか?』
「…………た、確かに……」
徐々に夢から覚めたような顔つきになっていくダクネス。
恐らく、天使はキャンバスを使って外見をクリスに変え、エリス様からのお告げという最もらしい理由をつけてチュウヤの前に現れ、必然的に私とダクネスの前にも姿を現した。でもチュウヤは本物のクリスを知らないので偽者だとは簡単に見抜けない。
『じゃあ、そこから脱出してクリスとチュウヤを追え。二人とも、単独行動と問題行動は慎めよ。そのパーティー、一応危険なヤツだからな』
「わかりました」……なんか、つくづく私達は信頼がないのだなぁと思わされてしまう。
『――あ、めぐみん、あのさ』
「はい? なんでしょう?」その真剣な声音から、何となくスピーカーを切った方がいいのだと察し、スピーカーをオフにする。これでダクネスには聞こえまい。少し不思議そうな表情だが、まあいいだろう。
『……その任務終わったら、ちょっと言いたいことがあるんだ』
「……っ!」
照れたような声で。秘密めいた暗号を唱えるように。
短く言い残してインカムを切ったカズマ。
……任務、終わったら、言いたいこと……。
――その時、浮かれていた私は気づかなかった。
ダクネスがどんな表情で私達の秘密の会話を見つめていたのか。
こうして横浜の夜は更けていく……。