「ちょっと待ち給えよカズマ君、どうして逃げるの!? 此処で逃げても意味が無いと思うのだけれど……!」
「んなこた分かってんだよ!」
私と鏡花ちゃんの体重って、合わせたら百キロは超えてると思うんだけどね。そんな私達を軽々引っ張って凄まじいスピードで走るカズマ君の筋力が特別という訳では無いだろう。日頃の行いからして。つまりこれは火事場の馬鹿力。……あのカズマ君が火事場の馬鹿力を出す程焦っているのだ、あの忍者ロボはかなり強いのだろう。
『チートハーレム型リア充日本人。殺戮。殺戮』
「くそ、もうバインドが解かれて……! あのクソ忍者!」
ふと背後を振り向くと、モノアイを殺意に紅く輝かせた忍者型ロボットが機敏な動きで迫ってきていて……。
………。
「どうしようカズマ君、此処で止まったら殺してもらえるかもしれないとか思ってる自分がいる」
「……すいません、言ってる意味がよく分かりません」
「この人は自殺が趣味」
「つまりダクネスと同類だと」
「やめて、お願いだからあの子とだけは一緒にしないで」
とてつもなく切羽詰まった状況の筈なのに、脳内にパッと浮かんだのはあの金髪のお嬢様。切れ長の碧眼を欲望に濁らせ、頬を上気させる不審な女の子。黙っていれば綺麗な子なのに、中身が残念過ぎて出来れば関わりたくないタイプの子。
莫迦な云い合いをしながら、三人で必死に走って逃げる。いつの間にかカズマ君に引っ張られる形ではなく、それぞれがそれぞれの足で全力疾走していた。
けれどそれでもあの忍者は速い。機械の癖にとてつもないスピードだ。対する私達は、身体強化の異能を持っている訳では無い。
万事休すか――私が諦めかけたその時だった。
「夜叉白雪――!」
涼やかな金属音が響いたかと思うと、下半身が宙に溶けている着物姿の仮面夜叉が、愛用の刀で爆殺魔人ロボの身体を受け止めていた。その傍らには、厳しい面持ちで携帯を握る鏡花ちゃんの姿が。
「鏡花、お前……!」
「貴方達は頭が回る。夜叉と私が応戦している間に作戦を考えて」
「ちょっと鏡花ちゃん、夜叉と"私が"って……」
「そのままの意味」
鏡花ちゃんは携帯を首から下げ、夜叉を顕現させたまま懐から小刀を抜いて爆殺魔人ロボに飛びかかっていった。
「おーい鏡花、そいつは爆発系の魔法を使う! 目が紅く光ったら距離をとれ!」
呑気なカズマ君の助言に、鏡花ちゃんは着物の裾を翻して応えた。
周囲の一般人は、あまりの異常事態に既にその場から退避してくれている。この方が私達も戦いやすい、のだが……。
「カズマ君、あのロボって弱点とか無いの?」
「いや……前回はめぐみんの爆裂魔法で倒したんだけどな。ある程度ダメージを受けたら逃走するんだよ、彼奴。だから多分、今倒すのは無理だ。一旦鏡花がダメージを与えて彼奴を逃走させて、改めて戦闘力が高いメンバーを連れてこないといけないと思う」
「うーん……らしいよ、鏡花ちゃーん!」
鏡花ちゃんがチラリと此方を一瞥し、再び戦闘に戻る。カズマ君との会話に夢中で気が付かなかったけれど、先程から爆音と共に歩道や道路にクレーターができていっている。短時間でこれだけの数のクレーターを……。これが爆殺魔人もぐにんにんが恐れられる理由だろう。
「あ! ちょっとあんた、こないだあたしの下着盗った男じゃない?」
「「え?」」
と、背後から甲高い女の人の声がしたので振り向くと。
「やっぱり! 『お前、ギルドのあの憎たらしい女冒険者に似てるんだよゴルァァァァァ!』とか意味分かんないこと言って私の下着を不可思議な力で盗ったあいつよね! 今日という今日は許さないわよ!」
「ねえカズマ君、何やってんの? 君は本当に何やってんの!?」
「いや待て待て待て、いくら俺でもそんなこと…………したわ」
「「わあああああああああーーーーーっ!」」
あの日は酒が入ってただのちょっとストレス発散だの意味不明なことを口走るカズマ君に二人揃って掴みかかった瞬間、足元に吹っ飛んできた仮面夜叉の姿で一気に現実に引き戻される。
「鏡花ちゃん、夜叉白雪が!」
「……大丈夫。彼奴は追っ払った」
「よし、そういうことだからじゃあな女冒険者。俺達は街を守るために一肌脱がなきゃならないんだ……」
「ちょっと待ちなさいよ、あたしは女冒険者なんて名前じゃないわよ! しかも下着ドロしておきながら街を守るとか抜かすんじゃないわよ!」
………。
「うるせえクソ女! 俺はこれでも武装探偵社の……っておい鏡花、太宰、何やってんだよ」
「私は下着泥棒を通報してる」
「私は今から社に戻って電話でめぐみんちゃんを呼び出そうと」
「すいませんでしたあああああああああああ!」
終盤の下着泥棒騒動のせいで、私達は結局ろくな情報を持ち帰れないまま社に戻りましたとさ。
◇◆◇
「カズマさん、どういうことですの? さっきからずっと『探偵社は下着泥棒を雇うのか』と意味不明な電話が鳴りっぱなしなのですけれど……」
「すいません、わざとじゃないんですすいません、酔った勢いですいません!」
白を基調とした、探偵社内の会議室にて。
集ったメンバーは俺、アクア、太宰、敦、乱歩、鏡花、谷崎兄妹。与謝野女医は病院の手伝い、社長と国木田は重鎮との会合、賢治は急用で里帰り――残る社内のメンバーを集めた結果こうなったのだが、俺は首を傾げるナオミに平謝りするしか無かった。
「前から思ってたんだけど、カズマ君って結構クズい?」
「……」敦の純粋な言葉が一番胸に来る。俺ってそんなにクズマなの?
「今それは問題じゃなーい。その爆殺にんじんをどうにかしないと、社の評価が落ちるって社長が云ってた」
「もぐにんにんな。……や、まあ、今思いついただけでも案はいくつかあるんだけどさ」
俺は真っ白なホワイトボードにペンで作戦を書き込んでいく。
『①アクアのセイクリッドクリエイトウォーターで動作不能に追い込む
②谷崎の異能でチートハーレム型リア充日本人を映し出し、その隙に倒す
③クリスを呼び、俺と二人でバインドを仕掛け、その隙に社の全戦力を投入して倒す
④最終手段。めぐみんを呼ぶ』
「こんな感じでどうだ?」
「ねえ、①って街中でやったらどうなるの?」
「どんな建物でも半壊するな」
「却下」
太宰の意見で①はボツ。
「②は……ボクはやってもいいけど、ロボットなンでしょ? 幻なんて効くの?」
「大丈夫だ谷崎、もし効かなかったらお前を囮に俺達は逃げる」
「却下」
谷崎の意見で②もボツ。
「ねえカズマさんカズマさん、ここの社員って戦闘になると過激じゃない? 人混みの中でもぐにんを発見して戦闘になったら周りの人も巻き込んでもぐにんを倒すのよね? 安心して、誰が死んでも怪我しても、この女神アクア様が元通りにしてあげるから!」
「「却下」」
「なんでよー!」
アクアは鏡花と敦の手によって会議室から締め出された。当然、③もボツ。
残るひとつは――
「ねえカズマ。君、街を崩壊させた頭のおかしい女の子の恋人として名を馳せることになってもいいの?」
「嫌です無理ですごめんなさい」
……ダメだ。上手くいく気がしねえ。
会議室の空気が死に始めたその時――
「な、なんだこいつらああああああああ! キャベツだ、キャベツが飛んでるぞ!」
「………………は?」
窓の外から奇妙な言葉が聞こえた気がした。