渋々ながらも、否、内心神頼みレベルで佐藤和真に電話でのヘルプを求めた前日の話。
――その日は朝からマフィア本部内が混沌の渦中にあった。
「何なんですか! 喧嘩を売っているんですか! 売られた喧嘩を買わない紅魔族などいませんが、貴方はそれで後悔しないのですね!?」
「上等だ。貴様のような小娘如き、僕の羅生門で八つ裂きに……!」
「すんな! 八つ裂きにすんな! お前もすぐ喧嘩を買うな!」
マフィアの玄関ホールに人集りが出来ていたので何事かと思い、観衆が見守る騒ぎの中心に目をやると、他称ポートマフィアの黒いなんとかと自称頭のおかしい爆裂娘が睨み合って火花を散らしていた。
思わず人集りに飛び込んで二人の間に割って入る。この二人は血の気が多くて困る。……否、主に爆裂娘が原因か。
「おい、誰のことを爆裂娘と呼んでいるのか聞こうじゃないか!」
「お前そろそろ脳内覗きキャラが定着してきたな」
「ぶっ殺」
魔法使いのアイデンティティーである杖を捨てて殴りかかってきた脳内覗き魔は無視することにした。
仕方が無い、芥川に話を聞こう。
「おい芥川、何があった」
「……僕が玄関ホールに入った瞬間、待ち構えていたこの小娘が突然殴りかかってきて……」
「おい」
俺がめぐみんを見ると、めぐみんはスっと目を逸らしながら。
「仕方が無いのですよ。ええ仕方が無いのです。このままだと夜中に私がボンッてなって横浜が消し飛んでしまうのですよ。だからそこのアクタガワと戦い、その流れで自然に爆裂魔法を放つことによって、私がボンッてなって横浜が消し飛ぶのではなく私の意思で横浜を消し飛ばそうと」
「成程な……まあ自然に消し飛ぶんじゃなくてってお前最後何て云った?」
俺が二人と話し始めたことで、内容を聞いて安堵した野次馬達が本部へと戻っていく。芥川もひとつ溜息をつくと、めぐみんを射殺さんばかりの視線を残して本部内に戻っていった。
残されたのは俺とめぐみん。
「ところでチュウヤ、私はそろそろ爆裂魔法を撃ちたいのですが。どうして一週間も禁止されなければならないのですか? このままだと私は爆裂魔法を撃つ衝動を抑えきれずに爆裂魔法で横浜を消し飛ばしてしまいそうです」
「……もう手前の無茶苦茶な長文にツッコむの止めるわ。疲れた」
「ツッコミなんて要りませんよ。私が爆裂魔法を撃てば全てが終わりますから」
「莫迦野郎、この物語まで終わるだろうが!」
ああ、とうとうメタ台詞を云ってしまった……。メタ台詞は世界観が崩れるから必死に抑えていたのに。クソ、この厨二病、いつか絶対痛い目見せる。
「チュウヤのその独白がいちばん世界観を壊していると思うのは私だけでしょうか……。あ、チュウヤ。爆裂魔法に関しては仕方が無いので我慢しますが、今日はチュウヤは暇でしたよね?」
「はあ? ……暇だって云ったらどうなるんだ?」
「オウガイに直接許可を得て、特別な任務を行えることになったんです。ダクネスは既に現地に到着しています。私とダクネス、チュウヤの三人で特別任務に行きましょう!」
「あーやべえ俺今日友達と飲みに行くんだったわーまたいつかな」
「おい、朝っぱらから酒を飲み出すマフィア幹部が何処にいるのか教えてもらおうじゃないか!」
……こうして、最悪の一日が始まった。
◇◆◇
「――そして其奴はこう言うのだ! 『代償はお前の身体で払ってもらおうか……!』と! 下卑た笑みを浮かべながら、私の身体をまさぐって欲望に満ちた瞳で……んぁあっ……!」
「さあチュウヤ! 作りますよ秘密研究所を!」
「なあ、俺もう帰っていいか?」
「「駄目です」」
横浜のはずれの森の中。
俺とめぐみんが向かったそこには、気が早い妄想に興奮して頬を上気させる変態女が一人。
反射的に110番を押しそうになった俺の心情を理解するには、この女と直接対面するしかないと思う。
――めぐみんとダクネス曰く、この森の中にポートマフィアの『何でも研究所』を建設したいのだと。
一週間の内、一日につき一人が自由に使える研究所。目的は問わない。合法でも、非合法でも。
首領がめぐみんの案を呑んだ理由は、『マフィアらしくないがマフィアの活動の幅が広がりそうな良案だと思ったから』らしい。ただ、今はその案に裂ける人員が無いので、建設は三人で行えとのこと。
……そう云われればもっともらしく感じるのだが……。
「この研究所が完成した暁には、男を興奮させる薬、もしくは男を呼び寄せる薬を……!」
「この研究所では、爆裂魔法の威力向上の薬を何処かの異能者と共同開発出来たら……!」
もう駄目だ。此奴らが暴走する前に、俺が研究所の使用スケジュールを埋めなければ。
首領がこの案に賛成した以上、取り消すことは出来ない。一刻も早く完成させて、一刻も早く予定表を埋めなければ。
……そんな、俺の密かな決意とともに研究所建設が始まったのだが……。
「チュウヤー! こっちの岩はいいぞ! 硬い! こんな硬い岩で殴られたら私はどうなってしまうんだ!」
「多分死ぬと思うぞ」
「ああ! 研究所を硬く造れば造るほど、壊す際の快感は数倍に……!」
「何で壊す前提で研究所造ってんだこの莫迦!」
俺が近くの山の岩盤から異能とノコギリで岩をブロック状に切り出し、ついでに表面を滑らかに整えてダクネスに渡す。ダクネスが簡単な設計図を見ながら積み上げる。めぐみんがマフィアお抱えの異能者特製の接着剤でブロック岩を接着する。
ダクネスはパワーとスタミナがあり、きびきび動いてくれるので仕事がスムーズに進む。めぐみんは意外にも頭が良く、ブロック岩が崩れることなく正確に接着し、積み上げていく。
これで黙ってくれていれば優秀な部下だと思えたのに……口を開いたかと思えばロクなことを喋らない此奴らを、誰かどうにかしてほしい。
――そんなこんなして、五時間程が経過しただろうか。
「で……できた! 完成だ!」
俺達の努力の結晶――ポートマフィア極秘研究所が、小さいながらもここに今、堂々と立っていた。
既に暇な研究員数人(梶井の部下)を呼んである。俺達は嬉々として中に入り、研究員と今後の使い道について話し合っていた。
……問題は此処で発生する。
「その薬……! 異能生物を再現だと!? 触手!? ヌルヌル……!? んんっ、もう駄目だ我慢できない!」
「ええ!? この薬はあの史上最悪兵器の縮小モデル!? 有害物質は生じず、純粋な爆発エネルギーだけを……分かりましたこの試薬にこれを混ぜればいいんですね!」
「良くねえよ! お前らマジで大人しくしてろ!!」
次の瞬間、俺達の努力の結晶の一部の壁面が外部から爆破され――
◆◇◆
「……はーん。でも悪いけどそれって俺のせいじゃないんだよね」
「それで済むと思ってんのか? 研究所自体はともかく、あの薬が風に乗って横浜中に飛んで行ったのとかかなり拙いと思うんだけどな」
中也に呼び出された先は、昨日の森の中。
俺は一人。中也も一人。てっきりダクネスとめぐみんがいるのかと思っていた俺は思わず拍子抜けしたのだが、もぐにんにん(もといバニル)の爆破のせいである厄介な異能生物の卵が散乱し、風に乗って飛んで行ってしまったらしい。
「ダクネスとめぐみんには云ってねえ。あいつら……特にダクネスにバレたら厄介なことになる」
「ダクネスにバレたら厄介……」
あのドMが喜びそうなこと。俺はひとつしか心当たりがない。
「その異能生物……触手か?」
「その通りだ。佐藤和真、今から俺とお前で触手の本体を潰しに行く」
その触手はあちこちで増えるのではなく、あちこちに飛んでいき、ある一箇所に根を張り、そこから増えていくらしい。だからその根を張った箇所のみを叩けば全てが自然消滅するのだと。
「もしこれが出来なかったら……ダクネスが興奮して性犯罪を犯すかもしれねえ」
「よっしゃやるぞ中也!」
もう本当にやだ。