――探偵社員、太宰治もしくはそれ以外の社員全員を殺さなければ、マフィアの構成員を全員殺す――
「幾らアレが脳筋とはいえ、そんなくだらない脅しに乗るような人間では無い筈だ。けれどアイツは迷わず私を殺しにきた。ということは恐らく、確固たる証拠があるのだろうね」
「探偵社って何ですか? マフィアって何なんですか!? オサムさんはどうしてお友達と殺し合いなんてしてるんですかああああああああああああああ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ゆんゆんちゃん落ち着いて、目が怖い」
バーから逃げるように走っている最中、頭の中がぐちゃぐちゃになった私は堪らず叫んでオサムさんの身体を揺さぶった。
だって――あんなの信じられるわけが無い。
今まで強いモンスターと戦ってきて、モンスターを倒したことも何回もある。上位悪魔と戦ったこともある。けれど、人間が人間に本気の殺意を向けている場面に出くわしたのなんて初めてで。
……純粋に、怖かった。何よりも、他人を本気で殺そうとするその動作に慣れが感じられた、あの人のことが怖かった。
「あとさぁ、あれはダメだよ」
「あれ? あれってなんなんですかっ」
「魔法……みたいなの使ったでしょ。あんなの使ったら、中也に君が普通の女の子じゃないと自らカミングアウトしたも同然じゃあないか」
「……敵に情報を漏らすなって言いたいんですか? あのままだとオサムさんが死んでたかもしれないのに?」
「そんなことは無いから大丈夫だよ。あの脳筋の攻撃なんていくらでも読める」
「そういう問題じゃ……」
――そして、本気で殺されかけても平然としているこの人も怖い。
友達じゃなかったんですか? どうして平気なんですか? 疑問は形にならずに身体の奥に蓄積されていく。
その時、オサムさんのコートのポケットが震えた。オサムさんは通信機器兼万能グッズを取り出して耳に押し当てる。もちろん、スピーカーをオンにして。
『言い忘れていたが――期限までにポートマフィアの中原中也を殺せば、お前の仲間は助かる。仲間というのは勿論、武装探偵社員全員だ』
「……お前は誰だ」
オサムさんの、地の底から響くような問いに動じることなく声は途切れる。
混乱する頭で状況を整理した。あの人――チュウヤさんは、ぶそうたんていしゃ? の人、もしくはオサムさんを殺せば、まふぃあ? の仲間を助けることができる。オサムさんは、チュウヤさんを殺せば、仲間を助けることができる。
……犯人は、オサムさんとチュウヤさんを殺し合わせたいってこと?
考えただけでゾッとした。魔王軍の魔の手が忍び寄っていた私の世界でも、そんな物騒な事件は起きていなかった。
「オサムさん……これからどうするんですか? 本気であの人を殺すんですか?」
「……ハッ、まさか。これから情報を集めるよ。中也が云ってたことも気になるしね」
あの人が言っていたこと……不審な事件が頻発しているということだろうか。
……怖い。
里でも独り、アクセルに来てから知り合いは増えたけど相変わらずパーティは組めない毎日。一人には慣れているつもりだったのに。
カズマさんやアクアさん、ダクネスさんに……めぐみん。そして、里のみんな、アクセルの街のみんなが居ないこの状況で、こんな事件に巻き込まれていることが、こんなにも心細い。
――だけど、やらなきゃいけない。
この世界で初めて、私に優しくしてくれた人なんだから、私が助けてあげないと!
「……オサムさん!」
前方を歩くオサムさんが振り向いた。その顔に向かって微笑んで、一言。
「私、全力でお手伝いします! 私に出来ることがあれば何でも言って下さい!」
◆◇◆
「……チュウヤ。何だか浮かない顔ですけど、どうかしましたか?」
執務室の椅子に腰掛けてぼんやりと虚空を見詰めていると、部屋着姿のめぐみんが声をかけてきた。
……太宰を殺すことなんて、いくらでも出来たはずだ。至近距離。完全な不意打ち。身体能力の差――。
思わぬ少女異能者の出現で呼吸を乱されたとはいえ、あそこから体勢を立て直して二人とも殺すことくらい――出来たはず、なのに。
「……何でもねえよ。つかダクネスがいねェじゃねーか」
「あの人なら『街を歩いてくる』と鼻息を荒くしながら出ていきましたよ。多分男の人に酷い目に遭わされたいんじゃないですか」
「酷い目に遭わされたいとか初めて聞いたわ」
……マフィアが全員死ぬということは、こいつらはどうなるのだろう。マフィアもどきだから死ぬことは無いのだろうか。
「……チュウヤ」
「!」
ふとめぐみんが膝を曲げ、俺の顔を正面から覗き込む。紅い瞳が不安げな陰を宿して揺れている。
「何かあるんだったら言って下さいよ。一応仲間なんですから」
……普段は莫迦なことしかしないコイツも、一応心配してくれているらしい。
「……ありがとな。じゃあ一つ、頼みたいことがあるんだが」
「! 何ですか、私に出来ることなら何でもしますよ!」
頼み事、と聞いて素直に喜べるのは、此奴が良い奴だからなのだろう。
……だから俺は、優しく微笑んでめぐみんの頭を撫でながら、
「――お前さあ、八百屋の前で爆裂魔法ぶっぱなしただろ。後で謝りに行けよ」
「………………ごめんなさい」
……こういう所を直して欲しい。本当に。
◇◆◇
オサムさんはどうやらホテルを予約したらしい。
「どうして家に戻らないんですか?」
「アレは社員寮だからね。これの捜査の中で社員に見つかるのは拙い」
「しゃいん……探偵社員ですか?」
「その通り。よく分かったね」
……それにしても、随分高級そうなホテルだ。こんな所に泊まるお金はあるのだろうか。
要らない心配をする私を他所に、オサムさんはホテルに入ろうとして……。
「……駄目だゆんゆんちゃん、他のホテルにしよう」
本日二度目のドタキャン宣言をした直後、振り向いたオサムさんの後方から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「何だ、この意気地無し! こんなところまで連れてきておいて何もしないとはどういうことだ! 貴様それでも男か!」
「ひいいっ! だ、だってこんなに腹筋が割れてるとは思わないだろう!」
「ぶっ殺」
……凄く聞き覚えのある声。私がオサムさんの肩越しに現場を覗こうとするも、オサムさんは何故だかそれを阻むようにして両手を広げる。
「ちょっと、どうして隠すんですか!」
「いやぁ、子供には見せられないかなあって思っ」
「『ライトニング』!」
誤魔化そうとするオサムさんの眼前すれすれに雷を落として黙らせた私は、オサムさんを押し退けてその現場を目の当たりにし――
「あっ! ダザイではないか! そ、それにゆんゆんまで!? 二人してどうしてこんなホテル街に……ま、まさか二人とも……!」
「……オサムさん。どういうことか、説明して下さいね?」
……オサムさんに向かってにっこりと微笑んだ。