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マイケルを見舞った俺とエンリケは、生き残った他の第一機動大隊員と合流し、約二十四時間の休息を得た。
大隊員は戦闘前の三分の二にまで減少していた。
戦闘中に会話を交わした第二中隊のクーパー大尉も帰らぬ人となったようだ。
第一大隊の隊員の名を全員覚えていた俺にとって、一人一人の死は己の身を切られたよりも辛いものであったが、如何せんジャンやマイケルのことで精神が疲弊しきった俺はもう流す涙も枯れ果てていた。
隊員達への慰めの言葉もよそに、俺はさっさと自室に籠ってしまった。
それに対して一人一人に声をかけて隊員の健闘を称えたエンリケは俺よりよほど隊長の資質があるのかもしれない。
丸一日の休息を得たにも関わらず、俺の体はほとんど回復の兆しを見せてはいなかった。
それほど精神が蝕まれていたのは分かるが、俺自身の体の老いもその重大な原因の一つであったことは間違いない。
俺はもう46になる。
通常の軍人ならば高級将校に上り詰めていても何ら不思議ではない年齢である。
40代でなおパイロットを続けているものすら、連邦軍内にも数えるぐらいしかいないだろう。
五年ほど前、将校を務めている友人に「40を過ぎてパイロットなんかやっていると危ないぜ。事故死する前に引退しな」と忠告されたことがあった。
俺は平然と「事故死なんてむしろ本望だ」と返したものだった。
当時の俺は、訓示や作戦立案のような消極的な仕事ではなく、よりアクティブでリスクを伴う任務にこそ軍人としての生き甲斐を覚えていた。
そう、つい数週間前まではまさしくそうだった。
上層部からも幾度となく将校就任の誘いが来たものだが、俺は全て蹴っていた。
やがてサイド6完全移民式典の余興のため、俺を隊長とするランベルト隊が結成された。
当時、俺は既に43歳。
メンバーは当時連邦軍内で頭角を現していたパイロットを熟練者から新人までかき集めたものであり、当初は非常に統制が難しかったのを覚えている。
マイケルはまだ21であり、最年少のメレッソに至っては若干20歳。
親子ほども歳の離れたパイロットの教育に苦心した挙げ句、翌年に式典は行われた。
今思えば、一年間の訓練の後に無事に式典の余興を成功させられたのは、俺自身に蓄積した40余年の知識と経験なくして成し遂げられなかったのではないだろうか。
そう思うと、年をとることもまんざら悪いものではない。
しかし、「事故死なんて本望」とまで言って頑に意地を張り続けた顛末がこの凄絶な戦争であるとは、なかなか皮肉が利いている。
片意地を張ったがばかりに俺は今後も連邦軍の一員として最前線を戦い抜けなければならない。
あのとき友人の忠告に耳を貸して指揮官にでもなっていたなら、今頃俺はジャブローの快適なオフィスに腰掛けていたのだろうか。
そうだとしたら、ルウムの大敗を耳にした俺は自己満足じみた見せかけだけの怒りと復讐の言葉を口にするのだろう。
いずれにせよ、現実問題俺はこの先も戦わねばならない。
40代後半の体にはかなりキツいものとなるだろう。
体力こそ日々のトレーニングで若かりし日のものを維持できてはいるが、反射神経や動体視力に関しては既に少し衰えたとはっきり最近は感じ始めている。
常人よりは老化は遅いはずだが、食い止めるにも限界はある。
果たして、そんな状態で俺はこの先生き延びることはできるのだろうか?
自室で俺はそんなことを考え込んでいた。
丸一日頭を冷やせたおかげか、俺の精神はようやく戦闘前の冷静さを取り戻しつつあった。
隊員の死や戦いの恐怖に対してもある程度の整理がついた。
そして、ルナツーに入港して約一日半が経過した後、俺はある将校に部屋から呼び出された。
金髪で生真面目そうな顔をしたいかにもエリート風の人物である。
「お初にお目にかかります。ルナツー司令補佐のワッケイン少佐であります」
そう名乗って将校は敬礼の姿勢をとる。
「司令補佐? 少佐でか?」
俺は敬礼を返しつつも驚きの声を漏らさずにはいられなかった。
ルナツー司令は連邦内でも有名な英国貴族のグリーン・ワイアット中将であり、その副官ともなれば中将に次する少将、もしくは准将が務めるのが自然である。
俺自身はルナツー勤務ではないものの、ルナツー勤務の中佐以上の士官などたくさんいるはずだ。
「ワイアット中将の人事です。私の任務はあくまでも中将の補佐であり、ルナツー内の軍を指揮する権限はありません。実質的な副官の任務は現在はルウムより帰還されたヘンデリック少将が務められています」
なるほど、確かに我が強いワイアット中将なら、気に入った人物を半ば強引に司令補佐に仕立て上げるようなことをしてもおかしくはあるまい。
そのワイアット中将の元へ俺は連れて行かれた。
「司令、ランベルト中佐をお連れいたしました」
両脇に歩哨が立つきらびやかな装飾の施された中将の自室の扉をノックしてワッケインは言った。
「ん、入りたまえ」
聞き慣れた声が部屋内から届く。
「失礼いたします」
俺は静かに入室し、優雅に椅子に腰掛ける中将に敬礼した。
部屋内のあらゆる調度品には、扉の装飾に恥じぬほど豪華に飾り付けられている。
「私がワイアットだ。まあ座りたまえよ」
中将は俺を椅子に座らせると、自らは立ち上がって紅茶を淹れはじめた。
ワッケインは歩哨のように無言でワイアットの椅子の後ろに立った。
「戦場に出ていない私がいうのも厚かましいことだが、まずはルウムでの働き、ご苦労だった」
紅茶をカップに注ぎながら中将は言った。
「…自分は…連邦軍人の務めを果たしただけです」
「君は、自分がどれくらいの敵を撃墜したか分かるかね?」
「いえ…戦いに夢中でそれどころでは」
中将はカップを俺の目の前の机に置き、「遠慮せずに飲みたまえ」と薦めた。
一礼して紅茶を口に運ぶと、インスタントでは到底作り出せぬであろう深みのある味と香りが広がる。
なるほど、紅茶に関しては一家言持っていることで有名なのは伊達ではない。
「…たったさっきジャブローから資料が届いてね。君達ランベルト隊の戦果報告だった。君は航宙機71機、モビルスーツ15機を撃墜している」
思った以上の数値が中将の口から出たことに、俺は自分のことながら驚きを隠せなかった。
戦場ではただ生きることに必死で、何機の敵を落としたかなど気にしたことがなかったのだから。
「予想外だったようだな。私も驚いている。古来より、一度の戦闘で80機以上の敵を撃墜したパイロットの例など存在しない。君は連邦軍に革新を巻き起こしたのだよ」
ワイアット中将は声を張り上げてそう言いつつ、机を挟んで俺の向こう側の椅子に腰を下ろした。
いたく賞賛されてはいるが、俺はとても素直に喜ぶことはできなかった。
むしろ、戦いに臆してなおそれほどの敵を死に追いやった自分自身にある種の恐怖すら感じていた。
その苛烈すぎる奮闘は、生存本能に起因する死への防衛反応の範疇を遥かに超えているように思えたのだ。
「そのお言葉、光栄であります」
俺は気力の抜けた声で、ただそう答えることしかできなかった。
「ジャブローの参謀本部も相当君に期待をかけている。昇進はまず間違いないと思ってくれて構わない」
「また……」
また自分は戦場に出なければならないのですか、と尋ねかけて俺は慌てて口をつぐんだ。
そのような言葉を発したところで状況は何も変わりはしない。
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
「ふむ…。近く君にはジャブローより一等勲章が授与されるだろう。これからも、その名誉に恥じぬ戦いを見せてほしい。我ら将校は、ランベルト隊の力を信じている。話は以上だ」
中将は椅子の背もたれに寄りかかり、一息つきながらそう言った。
「ありがとうございます」
俺は中将に深々を頭を下げると、横目で俺を見つめるワッケイン少佐にちらりと目を合わせて部屋を退出した。
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中佐が部屋を退出すると、ワイアット中将は再びカップに紅茶を注ぎ、椅子に腰掛けた。
「……ジャブローとの通信を君にも聞かせてやりたかったよ。モグラ共め、中佐の戦果報告よりもよほど面白いことを口走っていたな」
「は?」とワッケインは直立不動のまま不思議そうな顔をした。
「ふ、怯えてすくみ上がったモグラは見物だ。もう連中には戦争を続ける気はない」
ワイアットは手に持った自分のカップを小さく回すような動きで揺らしながら乾いた笑みを浮かべた。
「ラジオでジオンのプロパガンダ放送を聞いてみれば、対照的に奴らがどれだけ勝利に湧いているかが分かる。ジオンから講和条約が持ちかけられるのは時間の問題だろうな」
「……! それでは、我々は」
「ああ、敗北するのだ。ジオンにな」
ワイアットはゆっくりと紅茶を呷った。
「国力の劣る軍が国力の勝る国と戦争する際、最序盤に大打撃を加えることで敵国の動揺を招き、有利な状況で講和する。古来より用いられている戦術だ。中世のとある島国も大国と戦う際にはこの戦術を用いている。だが、そのような国は長期にわたる戦いには耐えられん」
「では、ジオンの和平に応じるべきではないと?」
「……未だジオンの国力の詳細が知れていない以上、今の戦術は私個人の想定に過ぎない。…が、万が一そうであるならば……戦争を長引かせることだ。ジオンが疲弊し、戦えなくなるまでな。そうすれば」
ワイアットはカップを机に置き、正面に立つワッケインを見据えた。
「連邦は必ず勝つ」
その強い口調にワッケインは息を飲んだ。
「しかし、ギレン・ザビならばこの程度のことは想定内では?」
ワッケインは訝しげな表情で尋ねる。
「無論だ。だが奴には勝算があるのだろう。なぜなら、我々はあの生存本能にまみれたモグラ共を抱えているのだからな」
「彼らに中将の戦略をお伝えしては?」
「伝えるだけなら簡単だ。伝えるのと教育するのではわけが違う。臆病風に吹かれたあの連中が我らの戦略を易々と受け入れるとは到底思えん。モグラはモグラでも、奴らは石頭のモグラだ」
「……ですが、現在の状況下では無理矢理にでも分からせるしか打つ手はないと思われますが」
「そうだ。何も教育が不可能と言っているわけではない。近く、ジャブローにて幕僚会議が行われる。そこで連邦の命運が決まるだろう」
「…………」
「会議には私ももちろんのこと、ヘンデリック少将や私に好意的な将校は軒並み連れて行くつもりでいる。…そこで一つ、頼みがある」
ワイアットは椅子に深くもたれかかり、腹の上で手を組みながら述べる。
「……私が留守の間、ルナツーの指揮権を君に委譲したいと思っているのだが?」
ワイアットは眉を吊り上げ、驚きの表情を浮かべるワッケインに目を合わせた。
「!! そんな、私ごときには務まりません!」
「憚るな。君は誰かの下でくすぶるよりも人の上に立って指導すべきだ。君にはその素質があると私は確信している。年功序列などという枠組みに毒されたモグラ共の人事のせいで階級は少佐で止められているが、私の意見が通るのならば君は大佐ぐらいにはなっていてもおかしくはないのだよ」
「私にそれほどの能力があるのでしょうか……」
「ふ、その謙虚さも指揮官には重要だ。軍学校で君を指導したパオロ・カシアス中佐も君の素質を高く評価している」
「…そこまで仰るのでしたら、ルナツー統治の任、ありがたくお受けいたします」
「ん、よくぞ言ってくれた。これで私も心置きなくモグラの教育に当たれると言うものだ。さて、私はまだやることがあるので、しばらく一人になりたい。君も来るべき日に備え、今のうちにこの基地の内情を把握しておきたまえ」
「…了解しました。中将……連邦の命運をお任せします。それでは失礼します」
ワッケインは一礼の後、部屋を退出した。
個室に一人になったワイアットはふう、とため息をついた。
そして近日行われる幕僚会議の様子をあれこれと空想した。
先の一週間戦争で大損害を受けながらも的確な采配でジャブローへのコロニー落としを阻止した
ヘンデリック少将も意志が強く有能な人物ではあるが、知名度や求心力はあまり振るわず、モグラが耳を貸すとは思いがたい。
こう考えると、レビル将軍の腹心であるロドニー・カニンガン准将が戦死したのは痛手だ。
考えねば。
堕落した石頭共を説き伏せる文句を少しでも多く絞り出さねば。
このままでは、連邦に待ち受ける未来は敗北のみだ。
それは、中世以降、世界のどこにも誕生することのなかった独裁国家の存在と専横を連邦政府が容認するということを示している。
そのようなことは、断じてあってはならない。
そうなれば、人類が築いてきた高度な文明は、また中世に逆戻りしてしまう。
否……このような戦争が起きている時点で、既に逆戻りしているのかもしれない。
しかし、起きてしまった出来事は取り消せない以上、最善の結果となるように全力を尽くすしかない。
まだ、勝機が失われたわけではないのだ。
ワイアットは二杯目の紅茶を注ぎ、呷った。
不安と緊張に覆われた今の彼にこそ、紅茶の芳香と味覚は深く、優しく染み渡っていった。
年を挟み、久方ぶりの投稿となります。
もはやワイアットさんがワイアットさんじゃない。あなた誰だ。
それにしても少佐を基地司令にだなんて、めちゃくちゃな人事ですね。