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俺がワイアット中将との会談を終え、隊員の元へ戻ったときだった。
「隊長! 隊長! 将軍がっ!!」
俺の姿を見るや否や、我が第一航宙機動大隊・第四中隊の若手パイロットであるベネット・オースティン軍曹が大声を上げて迫ってきた。
「…どうした、軍曹。どうかしたか?」
俺はしなびた声でぶっきらぼうに答えた。
オースティンは俺の返事など意にも介さぬ様子で俺の腕を引っ張り、休憩室へ連れて行った。
「つい先ほどジオンからプロパガンダの放送が発信されて………レビル将軍が敵の捕虜になったと」
俺は数秒間、言葉を失ってオースティンの顔を見つめた。
いろいろな感情に押し流されていた結果随分長いこと忘れていたが、俺達はレビル将軍の直属麾下に当たる部隊だ。
将軍とその乗艦を護衛することが重要任務として課されていた身である。
しかし、戦場は多数の敵が入り乱れており乱戦だったことと、敵のMSの能力が予想以上だったことが災いし、俺達は任務どころではなくなっていた。
隊長である俺でさえ、自らの生を守ることで頭がいっぱいだったのだ。
「そうか、将軍は…捕縛されたのか」
ふと浮かんだ感情はそれだけであった。
捕らえられて悔しいとか、生きていて嬉しいとか、そういったことは思い浮かんではこなかった。
ただありのままに現実を受け入れることしかできなかったのだ。
この時の俺ならば、明日地球が滅ぶと言われてもすんなり受け入れたのかもしれない。
事実ーー明日ではないにしてもーーあと一年も戦争が続けば、文字通り地球は滅びるといっても過言ではない状況なのだ。
休憩室に戻ると、そこにいた大隊員達が俺に向けて一斉に敬礼した。
「将軍が捕虜となったそうだな」
俺が言うと、一同は皆何も言えずに顔をうつむけた。
「これでもう、本当に…
皮肉っぽく俺は言い放った。
「まあ、こうなったのはお前達のせいじゃない。仕方のないことだ。気にするなよ。各自休憩してよし」
そして俺はソファーに座り込み、煙草を一服した。
妙に冷静な俺の対応に不思議を感じたものもいたようであったが、それでも俺に口を挟んでくる輩はいなかった。
いくばくかの戦果は上げたものの、ルウムの戦闘自体は連邦の大敗に終わり、我々が護衛したレビル将軍は敵の捕虜となった。
もう誰も我々を頼りにしようなどとは思わないだろう。
俺達が地球圏の英雄たる時代はもう終わったのだ。
「なあ」
俺は休憩室に残ったオースティンに語りかけた。
「ジオンはもう一度コロニーを落とそうとすると思うか?」
オースティンはやや困惑した表情で首を傾げた。
「さあ……自分はパイロットですので戦略上のことは理解できかねます」
「そうか。もしもう一度落とそうとしてきたら、俺達はもう一度出撃しなくちゃならんな」
「…はい……」
「お前はもう一度、あの戦いを生き残れる自信はあるか?」
「生き延びる自信はありませんが、死ぬまでに百の敵を撃ち落としてみせます」
オースティンは下を向いて暗い表情を宿していたが、その決意の言葉には彼の覚悟が容易に受け取れた。
「ラドフォードの弔い合戦か」
マーク・ラドフォード軍曹はルウムでの戦いの未帰還者リストに名前のあった第四中隊の隊員である。
マイケルと同格のお調子者であり、他の隊員とも交友関係が広い人物であった。
「お前、よくあいつとつるんでいたな。俺も何回かバーに誘われた。気の良い奴だったな」
「弔い合戦などと言わないで下さい。自分は戦いに私情は挟みたくありません。あくまで連邦軍人として敵を葬りたいと思うのです」
オースティンはそう言ったが、暗い表情と震える拳が本心を物語っていた。
「…そう強張るなよ。悔しけりゃ悔しいって言っていいんだ。怖けりゃ怖いって言えばいいんだ。自分の気持ちに嘘つくことはないぞ」
俺の軍人らしからぬ物言いに驚いたのか、オースティンは目を見開いて俺の顔を見た。
「俺はなぁ……ルウムで打ちのめされたからなぁ…。戦争がどんなもんなのか、殺し合いがどんなもんなのか、知っちまったからなぁ…。もう強がるなんてことはできないんだよ」
俺は胸の内を正直に述べた。
オースティンは複雑な表情を見せた。
隊長らしくもない、と言いたげであった。
そりゃあそうだ。
オースティンが知る”隊長”の姿は、戦争のない世界での軍人の姿なのだ。
就寝時間となった後も、俺は休憩室に残っていた。
何をするわけでもなく、ただじっと座り、ときどき煙草をふかした。
まともに寝られるはずもない。
隊員たちも個室で寝られずにいる奴がたくさんいるだろう。
しかし、こうやってじっくり物思いに耽っているとーー自分がこうして投げやりになっていることすらも甘えのように感じられた。
なぜなら、ーールウムで数多くの仲間を失ったことを勘定に含めてもーー他の隊員に比べて俺はかなり状況がマシだからだ。
妻と二人の息子はサイド6ーー俺達の部隊が知られるようになった式典が行われたコロニーであるーーに住んでおり、一週間戦争の戦禍を免れている。
俺は、この戦争が始まってから家族を誰も失っていない。
だからこそ、仲間の死を目前にしてここまで意気消沈したのだ。
だが、ほかの隊員達はどうだ?
半身不随となったマイケルには恋人がおり、サイド4に住んでいると以前聞いたことがある。
そのサイド4は一週間戦争で破壊され、以来マイケルはルウムまで恋人の話を一切しなかった。
なぜ、出撃前に気付いてやれなかったのだろう?
あいつは、どこの誰よりも、その恋人の安否を案じていたはずだ。
ありとあらゆる手段で探し出そうとしていたはずだ。
家族のように大切な存在を失う悲しみを、俺よりも先に感じていたはずだ。
そういえば、エンリケの家族はオーストラリアに住んでいると聞いた。
”ブリティッシュ作戦”で落とされたコロニーは、オーストラリア大陸に着弾したという話だ。
まさかーーという嫌な予感が湧き上がった。
あいつもまた、家族を失ったかもしれない苦しみの中、戦っていたのか?
よくよく考えれば、一週間戦争、ルウム戦役では数十億もの人間が死んでいる。
俺のように家族を誰一人失っていない人間の方が少ないのだろう。
俺はーー”数十億が死んだ”という情報を、単なる情報としか思っていなかった。
あまりにも数字が大きすぎて実感が湧いていなかったのだろうか。
もしその数十億の中に一人でも大切な人間が紛れ込んでいたなら、俺は痛烈にその事実を受け止めていただろう。
結婚したばかりの妻、生まれたばかりの我が子、笑って見送ってくれた両親ーー。
そういった存在がただ一度の戦争で跡形もなく消え去り、”彼らはきっと生きている”などというありもしない可能性にすがりつくことで辛うじて精神を保つ苦しみは、ルウムで俺が味わったそれとは比べるべくもあるまい。
それなのに俺はーー。
誰よりも受けた苦しみは少ないはずなのに、誰よりも心を沈ませているではないか。
よりにもよって、栄光のランベルト隊の隊長が、だ。
そもそも俺は単なる被害者ではない。
思い出したくないし考えたくもないがーールウムで叩き落とした戦闘機のパイロットですら、誰かの家族であり仲間であり隣人だ。
俺によって殺された誰かのために、今の俺のようにこうして頭を抱えて苦しんでいる者だっているはずだ。
俺はーー受けた苦しみなんかよりも、与えた苦しみの方が多いに決まっているではないか。
俺にはこうやって苦しむ資格すら本来はないんだ。
平気な顔をして他人の家族、仲間を奪っておきながら、自分がそうされて意気消沈するなど、ジョークにもならない。
これから先、俺はどう生きてどう戦えばいいのかーーー。
そんな俺の胸中を察して嘲笑うかのように、突然その警報は届いた。
「緊急事態‼︎ 緊急事態‼︎ ルナツー空域に敵部隊と思わしき反応あり‼︎ 繰り返す‼︎ ルナツー空域に…」
急に基地内に鳴り響いたサイレンに俺は仰天した。
混乱のあまり、隊員たちを叩き起こすのも忘れて意味もなくきょろきょろと周りを見渡した。
「これは緊急事態である! 航宙機動隊は直ちに発信準備につけ! 」
続けて聞こえてきたのは、ワイアット中将の声だった。
その時ようやく、俺は自分のすべきことを思い出した。
「総員起きろ! 発信準備だ!」
俺は既に目覚めた他の隊員と共に隊員達の各個室を回り、起こしていった。
「隊長! 第三、第四中隊は自分が行かせます! 先に発信準備について下さい!」
勇んでそう言ったのはオースティンだった。
やはり奴も寝られなかったらしい。
「任せる」と声をかけ、俺は慌ただしくパイロットスーツに着替えた。
数十人の隊員たちが同じ空間で戦闘準備に取り掛かっていたが、会話をするものは一人もいない。
既に地獄を目の当たりにしてきた戦士たちには、冗談を飛ばす余裕すらもなかった。
カタパルト内も同様に騒がしくなっていた。
既に発進準備を整えられた”セイバーフィッシュ”達がずらりと並べられ、今か今かと出撃の時を待っているように思われた。
恐らく、ルウムからの帰投以降、このような状況を想定した整備士たちが常時発信できるように準備を整えていてくれたのだろう。
俺をはじめとする隊員たちがカタパルト内に到着すると、整備士たちは敬礼で迎えた。
「ランベルト隊長! こんなこともあろうかと、機体をじーっくり磨いておきました! 存分に暴れまわってください!」
「ご苦労さん」と短く告げると、俺はすぐさま機体に乗り込んだ。
ルウムの地獄から俺を守ってくれた深いブルーに輝く機体は、今再び荒れ狂う虚空の戦場を待ちわびているかのようにエンジンをふかし始めている。
「隊長、部隊編成はどうしましょうか?」
機体の通信を通じて声をかけてきたのはエンリケだった。
彼の言う通り、先のルウムでの戦いによって第一大隊内の各部隊は部隊としての機能をほとんど失っている。
現にこのランベルト隊ですらも4機の特別編成小隊だったのが2機に半減しており、小隊とは呼べなくなっているのだ。
「……エンリケ、俺たちのほかに2機だけ残った部隊はあるか?」
「は、第二中隊のC小隊、マーティンとナヴァロが最適かと」
エンリケはすぐに部隊を再編成するのに最もちょうどいいペアを頭の中で探り、俺に伝えてきた。
「よし、ではその二人と4機編成の特別小隊を編成する。その二人は6機編成でしか部隊を組んだことがない。しっかりサポートしろよ」
「了解」
そういった俺とエンリケのやり取りは、いつの間にかさっきまでの怯えを払拭したかのように冷静で的確だった。
正確に言えば払拭などできてはいない。
ただうやむやにしているだけに過ぎないのだ。
これから行われる戦いも、間違いなく命がかかった戦いのなのだ。
そこに集中しなければ、たちまち仲間たちのように宇宙の藻屑と消えてしまう。
ゆえに俺は戦闘の準備に没頭することで、少しでも先ほどの苦悩を頭の片隅に押しやってしまおうとしていた。
「ランベルト隊長、首尾はどうかね?」
機体のモニター内に映ったのは、ワイアット中将である。
「は、第一、第二中隊は間もなく発進準備を終えます」
「…素晴らしい速さだ。失礼ながら、君たちがきちんとした睡眠をとっていたのか疑わしくなってしまうね」
ワイアット中将が発した冗談がまさか真実であるなどと俺には言う余裕はなかった。
「ともかく、予想以上の速さで準備を整えてくれたおかげで迅速な対応がとれるだろう」
「司令、敵の情報は得られておりますか?」
「…我が軍の索敵機のレーダーが捉えた情報によると、敵は2隻から4隻の小規模な艦隊のようだ。ルナツー空域はミノフスキー濃度が薄く、長距離レーダーに敵が引っ掛かったようだ。あとは先ほど
「…了解」と答えると、今度は全部隊への無線を開いた。
「各員に次ぐ。発進命令が下るまでの間、臨時で部隊の再編成を行ってくれ。できる限り同じ中隊の小隊で組みなおすのが望ましいが、数が合わなければ仕方がない。どうにかして6機編成の部隊を形成せよ。臨時ゆえ、どのように組み合わせるかは各員に任せる」
各部隊から了解の声が響いた。
「こちら偵察機、ランベルト隊長へ報告!」
突如別の無線が開き、ノイズが少し混じった声が聞こえてきた。
「こちらランベルト。どうぞ」
「現在、ミノフスキー濃度は3レベル! 敵艦隊をこちらのレーダーで捉えています! 敵はムサイ級2隻の小規模艦隊であり、哨戒部隊と思われます! MS戦力に関しては未だ不明! なお、敵は相当遠距離にいるため、奇襲はほぼ不可能と思われます」
「了解した。本部の指令を待つ」
そして俺は、自らの精神を尖らせるために、ふぅー…と息を吐いた。
死ぬかもしれないとか、そういうことは考えないことにした。
「哨戒部隊か…。どうやらジオンの連中は、ルウムで我々がどれほどの戦力を失い、どれほどの戦力を維持しているのか。それを知りたがっているようだな」
再びワイアット中将の言葉が耳に入った。
「よし、第一航宙機動大隊に指令する。直ちに発進し、敵艦隊を撃滅せよ。第一目標、敵航宙戦力。第二目標、敵MS戦力。第三目標、敵艦。速やかに敵艦隊に接近し、敵に時間を与えずに攻撃するのだ。マゼランの発進準備が整い次第、砲撃で敵艦を仕留めよう」
「了解!」と俺は短く答えた。
体内にアドレナリンが満ちてくるのをはっきりと感じた。
「第一航宙機動大隊、ランベルト機発進!」
機体が発進態勢に入り、カタパルトの発進口が空気の漏れる大きな音を立てて開いた。
その向こうに広がるのは、幾多の命を貪ってきた深い深い闇の空間。
安全ガラスの向こう側で兵士が旗を上げると、遂に機体はまっすぐその空間に放り出されていった。
なぜこんなにも間が空いてしまったのか……。
読者の皆様には多大な迷惑をおかけしました。申し訳ありません。
受験が忙しくて……と言う割に東京喰種の方はガンガン書いてましたし、むしろ大学入ってからの方が忙しくて……いや、言い訳は見苦しい。やめておきましょう。
GW中にまた更新できればいいな。
さて、次回は戦闘です。
といっても、ルウムみたいなのではなく、小競り合いみたいなものです。
ルウムが終わってから南極条約までの約二週間、全く戦いがなかったわけてはないと思ったので加えてみました。
まだまだ隊長の絶望は続きます。