機動戦士ガンダム外伝 沈黙の将軍   作:江藤えそら

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第二の血戦

「……使い捨て部隊、だな」

 慌ただしく情報の飛び交うルナツー司令部にて、ワイアットは静かに呟いた。

「…と、申しますと?」

 脇に立つワッケインが尋ねる。

「早期決戦を望むジオンにとって、我々が如何ほどの戦力を失ったのかは重要な情報だろう。しかし、それだけ重要な情報を得ようとするには二隻の部隊は少なすぎる。奴らはあの部隊を使い捨てる気なのだろう。偵察に大部隊を割いて本格的な戦闘を起こすよりかは、小部隊を向かわせて相打ち覚悟で情報を得る方が良いと、そう判断したのだ」

 無表情で索敵機から転送された映像を眺めるワイアットに対し、ワッケインは顎に拳を当てて塾考した。

「…なるほど。確かに戦術的には有効な戦法かもしれません。しかし、戦略的に見れば愚策のようにも思えます」

「……ふむ。言ってみたまえ」

「はっ。そのように戦力を惜しむ戦法は、自分達に戦力が無いことを知らせるようなものです。早期決戦を行うからには、ジオンはできるだけ自分達を強く見せねばなりませんが、このような行動は逆効果に思えます」

「そうか。言っていることは的を射ているな。流石だ。確かにこの局面、レビル将軍なら敵の失策と呼ぶだろうな」

 ワイアットは椅子をゆらゆらと揺らし、思考に耽りながら言った。

 ワッケインの発言からも分かるように、ジオンは間違いなく戦力を大量に失うことを過剰に恐れている。

 それは、ルウムでジオンが負った損害は決して軽微なものではないということを物語っている。

 しかし、それが分かってもなお、ワイアットの表情は薄暗かった。

 

「だが問題は、そこまで見抜ける君のような賢い軍人が、ジャブローにはほとんどいないということだ」

 

 

◆◆◆

 

 

 同刻、ムサイ級『ラダメル』艦橋。

「こちら『ラドメル』所属、第二偵察機。ルナツー方面より熱源反応あり」

 艦橋に偵察部隊からの報告が響く。

「こんな距離から気付かれるとは…。ルナツー空域はミノフスキー粒子の濃度が不十分だったのが祟りましたね」

 金の長髪と切れ長の目が特徴的な『ラダメル』の女性副長、アレクサンドラ・クレール大尉が不安げに呟いた。

「…半ば予期されていたことさ。偵察機とMS隊がうまくやってくれればいい」

 クレール大尉の横に立つ褐色肌の大男、『ラダメル』艦長のマルクス・カッシーニ少佐はそう言った。

「偵察機は一度引き返させろ。それ以上行くと撃ち落とされるぞ」

 カッシーニはそう命じた。

 実はこの時、ムサイ級二隻の後方を進むパプア級の存在は連邦軍には認知されていなかった。

 

「艦長……本当に、我々の戦力だけで作戦を遂行できるのでしょうか?」

 そう尋ねるクレールの面持ちは暗い。

「せめて…チベ級を一隻用意してくれれば、こんな無茶苦茶な作戦を行う必要もないのに…」

「……遂行自体はこの戦力でも問題なくできるさ。俺たちが生きて帰れるかは別としてな」

 カッシーニは皮肉っぽく返答する。

「上層の方々は偵察ごときに戦力を消費したくないんだろうな。ムサイ二隻にパプア一隻という戦力は、俺たちがこれから得る情報の代価としてはお釣りがくるギリギリのラインってことだ」

「……死んでも情報を得てこいと、そういうことですね」

「大丈夫だ。俺がお前らをみすみす死なせたりはしねえよ。情報を得て戦力を残存できれば、それに越したことはねえだろ?」

カッシーニは気軽に笑うが、クレールの表情は変わらなかった。

「しかし……偵察機を半ば特攻機のように扱うなど……正気の沙汰とは思えません!」

「…それが一番確実だ。ジオンの切り札であるミノフスキー粒子がなけりゃ、そうやって戦うしかねえ。お前もルウムで地獄を見た軍人なら、戦場に倫理なんか持ち込めないのは分かってるだろ?」

 クレールは押し黙るしかなかった。

 

「『ラダメル』と『ラドメル』、あとはジッコがどれくらいミノフスキー粒子を蒔いてくれるかが勝負どころだな。…そういえば副長、MS隊の概要は知ってるか?」

「……二個中隊分の戦力としか」

「…そいつらは『宇宙攻撃軍突撃中隊』だ。知ってるかい? コロニー破壊に従事した可哀想な連中だよ」

「…使い捨て部隊にはうってつけというわけですね」

 

 

◆◆◆

 

 一方、『ラダメル』格納庫内では、慌ただしくMSの最終整備が行われていた。

「ったく、『ファルメル』と違って狭くて汚ねえな、ここの格納庫はよ」

 宇宙攻撃軍第二突撃中隊隊長、ジョナサン・ベルトワーズはコクピット内のモニターを拭きながら愚痴をついた。

「おい、クロンプトン! シモンズ! もう準備は終わってんだろうな‼︎」

ベルトワーズがコクピットから身を乗り出し、後方の二機に向かって怒鳴ると、その二機から出てきたパイロットがそれぞれ「もちろんであります‼︎」と怒鳴りかえした。

「ようし、いいテンポだ‼︎ あと四十秒だけ待ってやる! トイレ行くなら今のうちだぞ!」

 ダニエル・クロンプトン曹長とニーロ・シモンズ軍曹は顔を見合わせた後、「大丈夫です!」と答えた。

 

 その時、格納庫内にサイレンが鳴り響いた。

「MS隊、発進用意急げ!」

 その警報とともに三名のパイロットは直ちにコクピットに入り、ハッチを閉じる。

 モニターに格納庫内の映像が浮かび上がる中、ベルトワーズはゆっくり息を吐いた。

「落ち着け…落ち着け……ふうーっ……」

 自分にそう言い聞かせながら、ベルトワーズは何度も何度も息を吐いた。

 ブリティッシュ作戦、ルウム戦役、それを経てもなお戦場の空気には慣れない。

 それに、考えようによってはーー今回の作戦はそれらの戦いよりも厳しいものになるのだ。

 

 ベルトワーズが機体の状態をチェックし、発進への最終準備を終えた直後。

「隊長、いつでもいけます」

 横モニターにシモンズの顔が映りこむ。

「同じく、スタンバイ完了」

 クロンプトンも同様である。

「よし、『ラドメル』の連中に繋げるぞ。……ケインハルト、聞こえるか」

 少しすると、画面はリチャード・ケインハルト曹長の顔を映した。

「はい、隊長。こちらも発進態勢に入りました。指令があればいつでも飛べます」

「そうか。…ようし、回線を開くぞ! 第二突撃中隊の野郎どもに告ぐ!」

 ベルトワーズはよく通る声で部隊員達に呼びかける。

「俺たちの任務は”偵察隊の援護”。だが見ての通り、俺たちの戦力は二個中隊。連邦の宇宙の本拠に突っ込ませるには少なすぎる! つまり俺たちは捨て石! 『人殺し部隊はジオンにはいらねえ』ってことだ‼︎ お前たち、ここで死ねる覚悟はあるか⁉︎」

「ありませーん‼︎」と誰かが即座に返した。

「その通りだ‼︎ 忘れてねえだろ、俺たちは意味もなく数億の人間を殺した虐殺人だ‼︎ 本来なら俺たちは生きる価値のねえ虫ケラ以下の畜生だ‼︎ だが、だからこそ俺たちはここで死んじゃいけねえ‼︎ 誰も彼もが無かったことのようにしてるクレイジーな大虐殺の事実を地球圏の馬鹿どもに知らしめてやるまでは、俺たちは死ねねえんだ‼︎ この戦争を生き延びて、オフィスでふんぞり返ってる連中に思い知らせてやるんだ‼︎ あの一週間で数十億の人間が死んだことを‼︎ その状況を作ったのはお前達だと‼︎」

「おぉーーーーっ!!」

 隊長の言葉を受け、第二突撃中隊の面々は次々に雄叫びを上げた。

 ある者は目に涙を浮かべ、ある者は顔を真っ赤に紅潮させ、自らが背負った罪と絶望の大きさを嘆き、吼えていた。

 

「ジオンの、連邦の高官どもよ、俺たちを忘れるな‼︎ 事実から目を背けるな‼︎ 毒ガスを吸わされて、悶え苦しむ赤子の喚き声が想像できるか‼︎ MSに踏み潰されて、絨毯のように地面に広がった遺体が想像できるか‼︎ そんな光景を幾千と作り続けた俺たちの苦しみが想像できるか‼︎

 俺たちを都合よく無謀な任務で使い捨てにできると思ったら大間違いだ‼︎ 行くぞ、第二突撃中隊の畜生ども‼︎ 俺たちに生きる価値はねえが、死ぬのはまだ先だ‼︎ ジーク・ジオン!!」

『ジーク・ジオン‼︎ ジーク・ジオン‼︎ ジーク・ジオン‼︎』

 中隊の面々は次々にその言葉を唱え、荒れ狂う感情をそこに乗せた。

 彼らにとってこの言葉は、ジオンを讃える言葉ではない。

 この言葉を唱えながら、この言葉のために殺していった人々の存在を決して忘れぬよう刻み付けられた、暗黒の暗号なのである。

 猛烈な負の感情と背徳の咆哮に包まれた第二突撃中隊の士気は、絶頂に達していた。

「第二突撃中隊、全機発進‼︎」

 

 

◆◆◆

 

 

「パイロットの分際で、勝手なことを!」

 その通信を艦橋で傍受していたクレール副長は、苛立たしげに独り言を吐いた。

「ジオン軍人がジオンのやり方を否定するなど……! 艦長、戦闘終了次第、あの部隊には処罰を与えるべきです!」

「処罰? なんでそんなものがいる?」

 カッシーニ艦長は澄ました顔で答えた。

「あんなことをやらされれば、ジオンがおかしいと思っても仕方ないさ。命令通りに動いてくれさえすれば、言論は自由にさせてやれ」

「………」

 クレールは苛立ちを残した顔ながらも言い返しはしなかった。

「…そうだよなぁ。数十億、だもんな。俺も大学の仲が良かった同級生が死んで悲しかったが、ジオン本国以外の奴らはみんな家族とか失ってんだもんな。数十億って数字は馬鹿にならねえな」

 カッシーニは宇宙を見つめながら呟く。

「その数字に実感が沸かねえのがまた怖ぇんだよなあ。俺たちはとんでもねえことをしでかしたってのに……」

 

 

◆◆◆

 

 

「こちら第一航宙機動大隊。現在ルナツーより距離350付近。敵の座標に変化はないか?」

「こちら索敵機…! 敵艦の…ミノ…スキー…子の散布により……の概要…掴めず!……」

 俺の声に応えた索敵機の音声は、先ほどより明らかに乱れていた。

 不可解な状況だが、既に俺たちは一度同じ状況に直面したことがある。

 すなわち、敵部隊がミノフスキー粒子を展開したことで、こちらのレーダーが封じられたということである。

 俺は最後に確認された敵艦の座標をもう一度見た。

「座標移動の推移より、敵艦は高速でルナツーを周回する軌道に入っていると思われる。これより我が隊は敵艦の予想座標圏内に突入する!」

 了解、の声が各中隊より返ってくる。

「あと数分で会敵すると思われる。いいか、各員とも絶対に隊の連携を崩すな。一対一でMSに挑むな。一対二でもダメだ。僅かでも危険を感じたらすぐに戦場を離脱しろ。いいな」

 それだけ言うと俺は深く息を吐いた。

 死んでたまるか、と自分に強く言い聞かせる。

 出撃前、自分がルウムであの怪物相手にどう戦ったのか思い出そうと思考を凝らしたが、何も思い出せなかった。

 戦闘の記憶がすっかり吹き飛んでいたのだ。

 ただ、あの時感じた恐怖や絶望だけははっきり覚えている。

 またあれと同じ感情を味わうのかと思うとぞっとする。

 

「基本戦法は一撃離脱とする。限界まで加速しろ。人間の感覚ではどうやっても追えないほどにな」

 結局、俺が思いついた作戦はそれだった。

 航宙機がMSに勝る点として思い付くのは、加速性能ぐらいだった。

 慣性質量の軽さを生かし、小回りの効く航宙機だからこそ成せる動きでMSを翻弄する。

 それが俺の考案した実にチープな戦略だった。

 だが、これ以上の戦法は思いつかない。

 もっとよくMSを熟知し、その弱点を炙り出さねば、対抗策も何もないのだ。

 

 死んでたまるか。

 もう一度、自分に言い聞かせた。

 生きることが楽とは思わないが、死ねばすべてが終わる。

 そうなってたまるか。

 今向うに言ってしまったら、ジャンに顔向けできないではないか。

 俺たちに希望を抱いてくれたたくさんの部下と民間人たちに何と言えばいいのだ。

 

 

 だが、そんな時であった。

「ランベルト隊長!! 六八宙偵三十七番機、敵艦隊を捕捉!!」

 運命の一報が届く。

「座標転送!! 艦艇とパブリクの攻撃要請を……」

 突然、偵察機の言葉は爆音にかき消された。

 

 

 爆音の正体は、正体不明の熱源反応の接近を知らせるブザーだった。

 

 

 そんな馬鹿な。

 早すぎる。

 

 

 敵が、来る。

 

 ぞわっ、と背筋が逆立つのを確かに感じた。

 

 

 敵艦との距離は十分にあったはずだ。

 敵がこちらの位置を予測して、迎え撃ちに来たと?

 俺たちの動きが完全に読まれていたのか?

 そういった思考が一瞬のうちに頭の中を流れ、消えていった。

 

「敵機捕捉!! 全機、最大出力!!」

 言うと同時に勢いよくペダルを踏み込む。

 

  

 刹那。

 

 見えた。

 

 

 悪夢の権化。

 深緑の巨躯。

 宇宙世紀の怪物。

 

 

 漆黒の宇宙(そら)にピンク色の光を灯すモノアイが、真っすぐにこちらを睨みつけている。

 俺は瞬時にそいつの横をすり抜けていた。

 

 

 もう、逃げられない。

 始まったのだ。

 




毎度毎度お待たせして申し訳ありません。
GW中に更新したいなどとほざいておりながら一か月遅れました。何と言って詫びればいいのか……。
バイトあり授業あり他にも手がけている作品ありで中々時間が取れないんですよね。
すーっと展開が思い浮かんでくれれば一気に書けるのになぁ、とか弱音はいてみたり。
次回も早めに投稿できるように頑張ります。死ぬ気で頑張ります。
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