疲労困憊、満身創痍。
今にも意識が消え入りそうな状態の中、俺の機はなんとかマゼラン級宇宙戦艦”カリスト”に着艦した。
ルウム空域での熾烈ないつ戦いが終わったのか、全く俺には分からなかった。
ただ無線で「全航宙部隊は直ちに付近の艦隊とともに帰投せよ」という指令を聞いたのだけは覚えている。
それから俺は残った燃料を振り絞って敵の追撃を振り切り、真っ先に目に入った戦艦…このカリストに発光信号を出したのだった。
機体が完全にカタパルト内に収容されると、作業用の大きな宇宙服を身に纏った何人かの兵士達が俺の機に集まってきた。
どうやら航宙機の整備士達のようだった。
「中佐殿!! ランベルト中佐!!」
「よくぞご無事で!」
「怪我はありませんか?」
俺は抱えられるようにして機体から出て、兵士達に引っ張られるままに艦橋に連れてゆかれた。
開いたハッチから現れた俺を見て、艦橋の中心に立つ男は「おお!」と声を上げた。
痩けた頬と顔中に刻まれた皺が特徴的なこの男は、カリストを旗艦とする第四戦隊司令、アルバート・ヘンデリック少将である。
「ランベルト中佐! 生きていたのか!」
ヘンデリック少将は顔をほころばせて俺にふわりと寄ってきた。
俺は震える手で彼に敬礼をした。
いかにも弱々しいその姿を見て、ヘンデリック少将は心配そうな表情を浮かべる。
「まずはゆっくり休んだ方がいい。事実を知るのはその後だ」
俺は小さく頷き、兵員居住区へと連れてゆかれることとなった。
兵士と何か会話を交わしたかもしれないが、何も覚えていない。
居住区へとたどり着いた俺は、ノーマルスーツを脱ごうともせずにベッドに倒れ込み、そのまま意識を失った。
◆◆◆
「ランベルト中佐ともあろう方が、恐ろしく精神を消耗した様子でしたな」
艦橋後方の椅子に腰掛ける恰幅のいい男…カリスト艦長のニック・ブルータス中佐がヘンデリック少将に語りかける。
「無理もあるまいよ。初めて経験する戦争があれほどまでに凄惨な負け戦ではな」
ヘンデリック少将は艦橋の窓から見渡せるコロニーの残骸を眺めながら呟いた。
「そう言えば少将は一週間戦争に出られたのでしたか。私も今回の戦いが初の実戦でして、実を言うとずっと失禁しそうな思いでありましたよ」
そう言ってブルータス艦長は軽く笑う。
しかし意気消沈している艦橋の職員達は誰もつられて笑うことはなかった。
かといってヘンデリック少将が彼を不謹慎だと叱りつけることもなかった。
誰もが疲弊しきって、何らかの感情を浮かべることすら億劫になっていたのである。
「栄光のランベルト中佐も、恐怖を感じることがあるんですなぁ」
ブルータス艦長は冗談めいた口調で呟く。
「憧れているのか?」
「うちの息子がランベルト中佐の大ファンでしてな、将来はパイロットになると言って聞かないのでありますよ」
「そうかそうか。確かに彼なら子供達の憧れの的になってもおかしくはないだろう」
そう言ってヘンデリック少将は初めて笑顔を見せた。
先程この船に着艦し、現在兵員居住区にて休息を取っている男…アーサー・ディエゴ・ランベルト中佐は、航宙部隊のエースパイロットとして名高い。
彼が特に有名なのは、サイド6完全移民を祝う記念式典において、サイド6空域をアクロバット飛行した航宙部隊の隊長を務めていたことが大きいだろう。
栄光のランベルト隊は地球圏に住む人々に夢と希望を与え、スペースノイドもアースノイドも関係なく憧れの的とした。
しかし、彼はもうアクロバット飛行隊の隊長などではない。
地球連邦軍第一航宙機動大隊長、アーサー・D・ランベルト中佐である。
彼の任務はレビル将軍の指揮する第一戦隊を狙う敵部隊の排除である。
既に彼は数多くのジオン兵をその手で葬り、同時に多くの部下を戦火に失った。
その姿はもはや子供達の憧れとなれるようなものではなく、破壊と殺戮の限りを尽くす軍人そのものだった。
「しかし、あの乱戦の中に先頭に立って突っ込んでおきながらよく生きて帰ってこられたものだな」
「そこがランベルト中佐の凄さですよ。パイロット技量であの方に敵う人などいないでしょうからな」
「艦長、ルナツーのワイアット司令と回線が繋がりました」
二人の会話を遮るように、不意に通信兵が声を上げた。
「ご苦労、写してくれ」
艦長の呼びかけと同時に、艦橋の正面モニターに高級な椅子に腰掛ける一人の高官の姿が映し出された。
軍帽を被り、銀髪と透き通った青い目が特徴的な紳士風の男だった。
彼は地球連邦軍宇宙基地”ルナツー”司令、グリーン・ワイアット中将である。
「ブルータス艦長、ヘンデリック少将、ご苦労だった。まずは報告を。アナンケと交信がとれないのだが、通信機器を損傷したのかね?」
ワイアット司令は紅茶の注がれたカップを持ちながら高らかな口調で二人に呼びかけた。
連邦宇宙軍の総力を結集し、なおかつ連邦軍随一の名将と謳われたレビル将軍がその指揮に当たったということもあり、ルナツーの軍人は誰も連邦が負けたとは思っていないようだ。
ヘンデリック少将とブルータス艦長は顔を見合わせた。
「ワイアット司令…残念ですが…覚悟して聞いていただかねばなりません」
やがてヘンデリック少将が重く口を開いた。
その様子を見て、ワイアット司令は何かを察知して顔を強張らせる。
「…言いたまえ。貴艦らに何があった?」
「…報告によりますと我が艦隊は、サラミス級163隻中135隻、マゼラン級48隻中36隻、コロンブス級22隻中18隻が沈没または大破漂流状態とされました。アナンケも沈没が確認され、レビル将軍はランチで脱出を図ったようですがそのランチは行方不明、将軍は生死不明であります。この結果はひとえにジオン軍のモビルスーツによるものであると私は考えております」
ヘンデリック少将はこみ上げる感情を抑え、あくまでも淡々と結果を述べた。
ワイアット司令は無言で紅茶のカップを取り落とした。
カップはルナツーの微弱な重力に引かれ、紅茶をばらまきながら音を立てて床に落ちた。
「紳士はジョークを好まないものだが…今に限っては君の報告がジョークであることを祈るしかないな…。本当に…それほどの戦力を失ったと言うのか…?」
「我々は残存艦艇をまとめてそちらに向かっております。直ちにドックの開放準備を」
少将の言葉を聞くと、ワイアット司令は付近の兵士に目配せしてドックを開放するよう命令を出した。
「…私個人の主観でありますが、将軍の生存は絶望的かと」
「残念ながら私もそう思う。こうしてはおれん、すぐにジャブローへ連絡せねば。宇宙艦隊の再建を図らねば連邦の明日はない」
「了解しました。詳しい報告は後ほどいたします。では」
両者は再び敬礼をかわし、モニターからワイアット司令の姿が消えた。
「連邦もここまで、ですかな」
ブルータス艦長はため息まじりに呟いた。
「艦隊は壊滅し、レビル将軍も失ったとあってはもう我が軍に勝ち目などありはしませんよ」
「ではこのままギレン・ザビの言いなりになれと言うのか? 待っているのはアースノイドの大量粛清だろう」
「しかし我々は力を失いすぎました。もう奴らに決戦を挑む戦力もありますまい」
「…全ての戦力を失ったわけではない。今はただジャブローの決定を待とう」
ヘンデリック少将は自身の薄暗い表情を隠すかのように軍帽を深く被り直した。
カリストを中心に航行する艦隊は、いずれも大なり小なり傷ついていた。
生き残った者達は、敗軍と化した者達は、戦友の死を嘆き、あるいは互いの健闘を以て慰め合いながら、安息の地を目指して宇宙を進んでいった。