「艦長!」
艦橋のハッチを開けて現れたのは、戦闘機の整備士と思われる服装の人物だった。
手に何やら機械を持っている。
「ランベルト中佐の機体から、戦闘の一部始終を記録していると思われるカメラが発見されました! ご覧になりますか?」
「なんだと?」
ブルータス艦長は驚きの声を上げる。
「君はもう見たのかね?」
「いえ、まだであります」
「では、内容はまだ分からないのだな。正面モニターに記録してある映像を映してくれ」
整備士が艦橋の機器に所持しているカメラを繋ぐと、先ほどワイアット司令の姿を映していたモニターに、別の光景が映し出された。
やや乱れがちな画面の中には、ノーマルスーツを身につけている、短い金髪で薄く髭を生やした中年の男の姿があった。
これがアーサー・D・ランベルト中佐であることは誰の目にも明らかだった。
背景はどうやらアナンケ艦内のようだ。
本来遠距離砲撃戦を主任無とするマゼラン級には航宙機用のカタパルトは装備されていないのだが、レビル将軍の座乗艦たるアナンケをはじめ、いくつかの主要艦には直掩機の確保のために装備されている。
『宇宙世紀0079、1月15日』
中佐は小さく呟くように言った。
『私は第一航宙機動大隊長、アーサー・ディエゴ・ランベルトである…。これから起こるルウム空域での戦いの一部始終をここに記録する』
すると、カメラの視点が動き、一機のセイバーフィッシュが映し出された。
他の機体とは違って全体が青く塗装されており、翼にオレンジ色のラインが入っている。
これこそがサイド6空域のアクロバット飛行を行った彼の愛機、『セイバーフィッシュ・ランベルト隊仕様』である。
彼の機の後ろに並ぶ数機もランベルト隊仕様に塗装されている。
作業音と整備士達の声がカタパルト内にこだまする。
『ここに記録されている映像は、全てこのフネ…旗艦アナンケに逐次転送されている。万が一私が撃墜されても、そこまでの映像はこのフネに記録されることとなる』
大きな戦いを控えたランベルト中佐の声は、心無しか震えているようにヘンデリック少将は感じた。
『敵の艦船数は少ない…はずだが……もし、一週間戦争で確認された”モビルスーツ”という兵器が投入されているならば…敵の実力は未知数である』
『はっきり言おう。自分は恐らく……この戦いから生きて帰ることはできない』
そしてカメラの視点は再び彼の顔へと戻る。
彼の顔は先程よりも目に見えて冷や汗が多く噴き出しているように見えた。
『私がこの映像を記録するのは、敵の新兵器”モビルスーツ”の動きを解析し、その弱点を導き出すことが目的である…。この映像を細かく検証し、連邦の勝利に繋げてもらいたい…。……まもなく出撃だ』
そこで中佐はしばらく黙り、やがて唸りながら顔を手で覆った。
『あぁ……死ぬのか俺は………くそ……』
聞こえるか聞こえないかという声でそう呟いているのがヘンデリック少将には分かった。
そして中佐は弱気な自分を振り払うかのように顔を横に振り、カメラを真っ正面に見つめた。
『こ…この映像を…み…見ている全ての…連邦軍人に告ぐ。わ、私が死んだとしても…ジオンを…許すようなことがあっては…な…ならない…必ずだ…』
中佐は力強い言葉とは裏腹に顎がガタガタと震えていた。
ヒーローでも死を恐れるものなのか、とブルータス艦長は改めて思った。
『隊長、いつになく弱気っすね』
不意にランベルト中佐ではない誰かの声が響く。
カメラが揺れ動き、その声の主を視界に収めた。
中佐と同じような金髪の男性で、髭はなく顔付きは若々しい。
『なんだ、撮影なんてしてたんすか』
若い男は軽く笑いながらカメラに手を振った。
『俺らはランベルト隊でしょ? 隊長がウジウジしてたら子供達に失望されますよ』
『すまん、マイケル…。どうも戦争というものを真面目に考えすぎたようだ』
『んなもん考えたら負けっすよ。人間が相手かどうかなんて関係ない。ただ無心に、訓練通りに敵を叩き落せばいいんすよ』
マイケルと呼ばれた若い男の表情には中佐のような曇りはなかった。
最も、無いように見えるというだけであって、本当にないかどうかは分からない。
『さて』
マイケルはふわりと浮かんで中佐機のすぐ後ろにある自機の前に降り立った。
『ランベルト隊003、マイケル・ハリソン少尉、発進準備よし』
そう言ってマイケルはピシッと敬礼の姿勢をとった。
『同じく004、エンリケ・ワースマン中尉、発進準備よし』
その言葉とともに頭を丸めた大柄な黒人男性がマイケルの横に降り立った。
『…005、ジャン・クロサワ・スティーブンソン中尉、発進準備よし』
次に横に立ったのは長い黒髪で細身の東洋系の男だった。
若々しい顔付だが、マイケルよりは大人びて見える。
『006、メレッソ・スチュアート少尉、発進準備ヨシ』
続けて名乗ったのはランベルト隊六番目の人物…ではなく、マイケルが裏声で言った声だった。
『ハハッ、全然似てねえな!』
ワースマン中尉が大声で笑う。
『でもやっぱランベルト隊の紅一点はいないと寂しいよなあ』
『リチャードさんのことも忘れたらダメっすよ、ワースマン中尉』
『ああ、もちろん忘れちゃいないさ。隊長の右腕、”永遠の002”、リチャード・ケインハルト大尉のことはな』
ワースマン中尉はニヤリと笑って仲間を懐かしむかのようにマイケル機をそっと撫でた。
『こんな時に…あなた方はよく…そんな平気な顔をしていられるな。…私は…怖くてしょうがないというのに。私には…隊長の気持ちが…よく分かる』
にこやかに笑う二人の横で、スティーブンソン中尉は震える声で呟いた。
眼鏡の向こうに見える彼の目には不安と恐怖が浮かび、胸に当てる手は細かく震えていた。
そんなスティーブンソン中尉の肩に、ワースマン中尉は優しく手をのせて言った。
『この戦いはでかい。きっと歴史の教科書にだって載るはずさ。そんな戦いに栄光のランベルト隊として名乗りを上げられるなんて、軍人として最高の名誉だと思わんか?』
『まあ、怖がったところで戦いからは逃げられないし。どうせ行くなら前向いて行こうってことですよ』
マイケルもスティーブンソン中尉に声をかけた。
『……。あぁ…そうだな…。』
スティーブンソン中尉はそれだけ呟くと、静かに自機に歩み寄った。
『マイケルにエンリケ、心配をかけてすまん。隊長の俺が一番覚悟を持たねばならないというのに』
沈黙を保っていたランベルト中佐は口を開いた。
『お気になさらずに。さあ、これでランベルト隊は万全ですな!』
ワースマン中尉はノーマルスーツのヘルメットを被りながら高らかに言った。
『…隊長、地球圏の子供達に見せてやりましょう。戦隊ものみたいだけど、地球と宇宙の平和を守るのは我々ランベルト隊だと』
機に乗り込んだスティーブンソン中尉もさっきまでの態度を払拭するように力強く言いかける。
『…そうだな、ジャン。さあ…時間だ。行こう、地球圏の未来のために』
『『『イエッサー!!』』』
カメラ視点はまたもや動き、セイバーフィッシュの機首へと移動した。
カメラは前方を向いて固定されたらしく、眼前には慌ただしい艦内の様相が広がっている。
直後、ランベルト中佐がふうっ、と息をついてコクピットに座り込む音がした。
ゆっくりと風防が降り、彼と艦内の空間を分けた。
『ランベルト隊以下、第一航宙機動大隊の諸君に告ぐ』
中佐は無線を開いたらしく、同じ死地に出る部下達に訓示を始めた。
『改めて作戦目標を伝える。我々は味方艦隊の砲撃戦を援護するため、飛来する敵護衛機及び味方艦を狙う敵攻撃機を排除する。その後にコロンブス級より発進したパブリク突撃艇を援護し、敵艦撃破を確認の後帰投する』
『まずは第一次攻撃隊としてランベルト隊を含む第一、第二中隊が出撃し、第二、第三航宙機動大隊と連携をとりつつ作戦行動を展開する。第三、第四中隊は指示があるまで待機。ただし緊急時に限り、直掩機としての出撃を許可する』
先程のような死を恐れる様子は微塵も感じられない無機質な話し方だった。
『なお、作戦行動中にはジオンの未知の新兵器、特に”モビルスーツ”の投入が予想される。我が軍は以前のコロニー落とし阻止作戦においてモビルスーツと交戦したが、未だにその基本戦術、標準性能などは明らかになっていない。万が一それらを発見した場合、単独でそれらと交戦することを固く禁じる。必ず小隊単位で対処することを心がけよ。モビルスーツへの戦法は各自で判断して構わない』
『…指令は以上である。地球圏の平和のため、各員の健闘を祈る』
『第一中隊、了解』『第二中隊、了解であります』『第三中隊了解。中佐の活躍に期待してますよ』『第四中隊、同じく了解』
各部隊から返信が通じるとともに、カタパルト内に戦闘機発進を告げるサイレンが鳴り響く。
カメラの視点がまたも揺れ動き、コクピットの周囲をゆっくりと見渡すような動きをした。
彼の機体の脇には、作業を終え、戦場へと旅立つ戦士達に向けて敬礼をする整備士達が並んで立っていた。
『下部ハッチ、開口』
カメラが再び機首方向へ固定されると、中佐機の正面の床が空気の抜ける音とともに下向きに開いていった。
その先には漆黒の宇宙が広がっている。
開いたハッチの横では、ノーマルスーツに身を包んだ兵士が旗を振って発進の合図を行っていた。
『001、ランベルト機、発進』
数秒して機体は前方に加速し、カメラの映像は中佐機ごと漆黒に飲まれていった。