もしおかしな部分がありましたら修正するので言って下さい。
やがて、カメラの映像は完全に宇宙の闇に包まれた。
映像の中には月、地球らしいものは移っておらず、左前方に輝く白い点…即ち太陽だけが目立っていた。
『進路このまま、加速やめ。遥か前方、サイド5のスペースコロニー群の近くに見える点々が敵艦隊と思われる』
中佐は無線を開いて部隊に告げる。
遥か前方にサイド5のコロニー郡と、その近くに布陣するジオン公国軍艦隊が中佐には見えているらしい。
しかしカメラの映像は画質が悪く、巨大なスペースコロニー群は見渡せるが点々に等しい艦隊の様子は見て取ることはできなかった。
『隊長、敵はスペースコロニーを盾に取るつもりですかね?』
ハリソン少尉の音声が乱れがちに聞こえてくる。
『分からん。もしそうだとしたら、我々にとっては心苦しい戦いとなるな』
『どちらにせよ、大規模な砲撃戦となればコロニーへの被害は免れませんよ』
と、スティーブンソン中尉が口を挟む。
『一週間戦争の間に避難勧告は出されているはずだが…、多かれ少なかれコロニーに残っている人もいるだろう。…それでも将軍は戦闘を決行する気か』
中佐はカメラがようやく拾えるくらいの小さな声で呟いた。
『隊長、周りのデブリが増えてきています』
ハリソン少尉が告げる。
元々サイド5の近くには”暗礁空域”と呼ばれるデブリが密集した空域があり、デブリの中にはスペースコロニー郡の重力に引かれてゆっくりと寄ってくるものもある。
『全機、回避運動。訓練通りにやればいい』
中佐は落ち着いた声でそう命じる。
空気抵抗で自由に減速できる大気圏内と違って、宇宙空間では無闇な加速は禁物である。
さらに、減速ができない状況でのデブリ回避は技術的にも精神的にも難しいものがある。
しかし、中佐率いるランベルト隊、そして第一航宙機動大隊の面々は、それをなんなくやってのける。
それが、中佐が手塩にかけて育てた部隊の技量である。
このときは”まだ”、連邦軍にもそれぐらいのベテランパイロットは数多く存在していた。
『しかし妙ですな、中佐』
そう言ったのは第一機動大隊所属、第二中隊長のクーパー大尉である。
『敵艦隊が目視できるくらいの距離にあるというのに、なぜ敵機動部隊がレーダーに捉えられないのでしょうか? 敵はこちらに気付いていないのでしょうか?』
『確かにそうだな…』
中佐は唸るように呟く。
連邦軍の誇る長距離レーダーの性能を考えれば、今や敵艦隊すら引っかかってもおかしくはないはずである。
敵にもこちらの艦隊が目視できているはずだから、敵も機動部隊を発進させているはず。
元々それを想定して航宙機動大隊は発進したのだ。
『あっ!! 中佐!! レーダーに敵の反応が……あれ? 消えた…?』
誰かが鋭く声を上げた。
『消えただと? 確かに反応したんだろうな?』
『隊長、私の機もさっき一瞬だけ反応しました。どうやら我が軍は敵にジャミングを受けているようですよ』
と、スティーブンソン中尉が告げる。
『馬鹿な……ジオンにここまで我が軍のレーダーを狂わせるジャミング装置が存在するというのか?』
中佐は半信半疑気味に呟く。
すると、突然無線から大きなノイズが鳴り響いた。
『ん、ひどいノイズだな…。発信元は…アナンケだと?』
『…佐! 中佐! こち…旗艦…ンケ! 聞こ……すか?』
ノイズに混じって、「アナンケ」通信兵の声が聞こえる。
『こちらランベルト機。アナンケ、極めて音声が聞き取りづらい。敵はレーダー妨害と通信妨害を同時に行っているのか』
『我…は、敵…誘き寄せら…たよ…です! この…域にはミノ……キー……が……』
『誘き寄せられただと? 何か敵の罠でも張ってあるというのか?』
『……………!』
『アナンケ! 聞こえないぞ! 我々はどうすればいい!』
中佐の声はアナンケに届くことはなく、ひたすらにノイズのみが鳴り響いている。
『マゼラン級”ダイモス”所属”
突然別の無線が開き、偵察機の乗組員から大声が届いた。
『…あぁ、こちらランベルト機。どうぞ』
『我が機は現在、第一大隊のやや前方を飛行中。敵は高濃度の”ミノフスキー粒子”を散布しています! 遠距離用レーダー、及び通信機器はほぼ使用不能、連絡方法は近距離間でのレーザー通信に限られています!』
『なんだと? ミノフスキー粒子とは…例の、電波を使えなくするやつのことか』
『恐らく敵機動部隊はすぐそこまで迫っています! 至急戦闘態勢を!』
『…了解した! 会敵までどれくらいの時間があるか、分かるか?』
『はっきりとは……ん? あ、あ、あ!! 敵が、敵が見え』
そこで不意に通信が途切れた。
そしてそれと同時に、前方かつやや上方の空間に、小さな光が灯ったのが映像に映った。
『偵察機! 応答せよ!』
中佐がそう言った時には前方の小さな光は既に消えていた。
きっと、この時映像を見ていた艦橋要員達が抱いたのと同じ嫌な予感を、中佐も抱いていたのだろう。
その予感を裏付けるかのように、偵察機からは何の返事もなかった。
『隊長! 前方に…』
その声は誰のものだったのだろうか。
その言葉が聞こえてきた時には、既に中佐機の視界には無数の細かな光が至近距離にまで迫っていた。
その光は先ほどの光……即ち、偵察機が爆散した際に生じた光とは明らかに違った。
それは赤熱したバルカン弾であり、ジェットを噴き出して直進するミサイルであり、そして連邦軍と雌雄を決さんとする敵機そのものであった。
『うわぁ!』と中佐が叫んだ時には、それらの弾丸やミサイル、そして敵機までもが瞬時に中佐機の横を抜けていった。
速度が低下することがない宇宙空間において、逆向きに移動する航宙機間における相対速度は、想像を絶するほど高いものとなる。
両者がすれ違うほんの一瞬の間に、中佐の部下数機が宇宙の塵となって消えた。
『隊長!! 敵機です!! 第二波、来ます!!』
ハリソン少尉が今にも泣きそうな声で叫んでいる。
『ふ、振り向くな!! 前方の敵に集中しろ!! 各機、敵を迎撃しろッ!!」
そう叫ぶランベルト中佐の声もまた恐怖と驚きに上擦っていた。
映像の中には、僅かながら背景としてピンクとイエローのビームが飛び交っているのが見えた。
もう砲撃戦は始まっていたのだ。
無論そんなことに意識を傾ける余裕もなく、中佐は視界に移った敵機に突撃してゆく。
前方より迫り来るその機体は、みるみるうちに中佐機との距離を縮めている。
箱型の本体から二本の脚部が生えた形状のこの赤い機体は、ジオンの「ガトル戦闘爆撃機」であった。
両機の距離が500mを切った辺りでガトルの胴体脇にあるミサイルランチャーから八発の小型ミサイルが順次発射された。
にも関わらず、中佐機は未だ攻撃する素振りを見せない。
いつでも撃てる態勢にあるにもかかわらず撃たないのは、距離を詰めることで確実に命中させようとする意志があるのだろうか。
それとも、人が乗る機体を撃ち落とすことに対して抵抗を覚えているのだろうか。
ともあれ、数秒経って遂に中佐機からはバルカン弾が射出された。
ミサイルの攻撃を機体が察知したことにより、コクピットの中をアラートが強く鳴り響く。
二秒ほどバルカン弾を撃った後、コクピットの周りの視界が激しく回転し始めた。
中佐がミサイルに対する的確かつ高度な回避運動を行ったためである。
後に映像を一時停止して確認されたことだが、このガトルは中佐機のバルカン弾を回避しきれず被弾、爆散したものの、その寸前にコクピットを切り離して脱出していた。
しかし、たとえこのガトルのパイロットを殺していないという事実を今現在のランベルト中佐に伝えたとしても、それは彼にとって気休めにしかならないだろう。
なぜなら彼は、それほどに多くの敵を撃ち落とし、死に追いやったからである。
『ハッ、ハッ、ハッ…』
中佐の荒い息遣いが聞こえる。
辺りが乱戦状態に陥り、至る所で幻想的な煌めきが巻き起こっているにも関わらず、周囲からは何の音も聞こえてこない。
音の伝播する媒介である空気のない宇宙では当たり前のことである。
『マイケル! エンリケ! どこだ!! ジャン! クーパー大尉!! どこにいるっ!!』
『隊長…! 右も左も分かりません…!』
真っ先に答えたのはハリソン少尉であった。
『うろたえるな!! 手数はこっちの方が上のはずだっ!! 訓練通り冷静にやればいける!!』
ワースマン中尉が叫ぶ。
その間に中佐機はまた一機、ガトル戦爆を撃墜した。
今度は真っ正面から、容赦なくコクピットにミサイルを叩き込んだ。
搭乗する乗組員ごと、機体は煌めきの一つへと変貌してゆく。
『くそっ!! くそっ!! どこだっ…味方はどこだ…!』
焦燥感が溢れる言葉とは裏腹に、敵を撃ち落としてゆく手つきは実に的確で、無駄がなかった。
訓練でやったことが頭に焼き付いているのだろう。
次に中佐機の視界に入ったのは、大型エンジンを備えた円筒形の先端部を持つ攻撃機。
「ジッコ突撃艇」であった。
突撃艇の名の通り、戦闘機の格闘戦の中を突っ切って連邦艦隊へ向かうつもりだったらしい。
しかし中佐機のバルカン射撃によってその目論みは挫けることとなった。
ジッコが爆発すると同時に、敵からの攻撃を知らせるアラートが鳴り響いた。
中佐は巧みな旋回術でこれを回避、きびすを返して攻撃してきたガトル戦爆を叩き落した。
戦闘が始まって三分も立たないうちに、中佐は七機の敵機を撃墜した。
『コロンブス級”ガラパゴス”所属”
再び偵察機からの報告が入った。
『現在砲撃戦は、我が軍の優位に進んでいます! ミノフスキー粒子濃厚といえども、レーザー通信により各艦で連携は良好、次々にジオンの艦艇を撃沈しています!』
『了解した!』
中佐は目前の敵から意識を逸らさないためか、素早く短い返事を返した。
『敵機動部隊も数とパイロット技量の差に押されて撤退しつつあるようです! パブリク隊が到着するまで深追いは避けて下さい!』
『分かっている!』
そう言って中佐はさらにジッコを一機落とした。
もう彼は精神的にも戦いに慣れてしまったのだろうか。
いつの間にか荒い息遣いは聞こえなくなっていた。
しかし、ここまでは戦いのほんの始まりでしかなかった。
彼らにとっての苦境はこれからであった。
『隊長!! ”戦闘機じゃないもの”が近付いてきます!!』
誰かの恐怖の叫びが響いた。
『なに!? …あれは……』
カメラには中佐の顔は写っていないが、それでも驚きに絶句しているのはよく伝わった。
次の瞬間、一瞬だけカメラの視界を横切るものがあった。
それは、一言で形容するならば”緑色の巨人”。
不気味に光る一つのモノアイが、すれ違う刹那に確かに中佐機を睨みつけていた。
これこそが、連邦軍に深い闇をもたらすこととなる暗黒の兵器。
そして後にジオンまでも苦しめることとなり、地球圏に生きる人々を抗いようのない戦渦へと巻き込む道具となった兵器。
宇宙世紀の象徴でありながら、宇宙世紀において最も数多くの悲劇と涙を生み出した兵器。
ジオン公国軍機動兵器、”モビルスーツ・ザクⅡ”であった。
11/16 訂正
クーパー大尉の所属が第三中隊と表記されていましたが、よく考えたら前話で第三・第四中隊は指示があるまで待機と命令していたので、一緒に飛行しているのはおかしいんですよね。
第二中隊に訂正しておきました。迷惑をおかけしました。