マゼラン級『カリスト』艦内。
◆◆◆
体が浮くような心地よい感覚の中、俺はゆっくりと目を覚ました。
そしてすぐに、”浮くような感覚”ではなく、実際に浮いている状態であるということを理解した。
体をベッドに固定しないで寝ると、このように寝ている間に部屋内を右へ左へと浮遊するはめになってしまう。
しかも、こともあろうに俺はノーマルスーツを着用したままだった。
一体なぜ俺はこんな状態で寝ていたのだろうか?
俺は自分の記憶を徐々に徐々に呼び覚ましていった。
そしてルウム空域の熾烈な戦いを思い出した。
同志達の悲痛な叫びや、命に彩られた鮮明な宇宙の煌めきが次々と脳裏をよぎっては消えていく。
忘れていた恐怖と胸が灼けるような心の痛みが甦っていった。
次に湧き上がったのは、自分自身の生への疑問。
俺は本当に生きているのか?
これは死んだ俺が見ている夢なのではないか?
しかし、今現在それを確かめる手だてはない。
目的も定まらないまま居住室を出ると、居住室の入り口の脇に一人の兵士が立っていた。
「あ、お目覚めでありますか、中佐殿」
その兵士はピシッと敬礼をしながら俺に言った。
「俺が起きるまでこの部屋の前にいてくれたのか…。ご苦労」
そう言って俺も敬礼を返した。
「はっ、目覚めたらすぐに艦橋に連れてくるようにと艦長より仰せつかっておりますので」
「…そうか。すぐに向かおう」
そして俺はその兵士とともに艦橋へと向かい始めた。
艦内を移動している最中、俺は部下達のことを考えていた。
記憶に残っている最後の部下の声はなんだっただろうか。
無線がひっきりなしに鳴り続いていたのだけは覚えている。
味方艦隊付近の空域まで撤退した影響で、味方艦の通信まで傍受してしまったのだろう。
あれほどの弾幕の中、一体誰が生き残り得たのだろうか?
ジャンは、マイケルは、エンリケは、生き残れたのか?
レビル将軍はどうなったのだ?
なぜ、俺は生き残ったのだ?
仲間や将軍が死んだのでは、俺が生きていても意味はないではないか。
あの地獄の中を、誰も生き残れないであろう惨劇の中を、俺はなぜ生き残ってしまったのだ?
生き延びてしまった俺は、またあんな地獄の中を幾度となく駆け抜けなければならないのか?
艦橋につくと、ブルータス艦長が笑顔で迎えてくれた。
「おお、ランベルト中佐ではないか。よく眠れたかね?」
「おかげさまで」
そう言って俺は彼と敬礼をかわした。
「タイミングが悪かったな、ちょうど先ほどヘンデリック少将は仮眠をとりに自室に戻ってしまったよ」
艦長は決まりが悪そうにブリッジの外を眺めながら告げた。
「…部下達の消息は分かるか?」
俺は最も気にかけていたことを単刀直入に艦長に尋ねた。
「ああ……報告は聞いたが…果たして私の口から言っていいものか…」
艦長は困惑の表情で呟く。
その言葉で、俺は間違いなく良い結果は待っていないということを理解した。
「構わない……言ってくれ」
「うむ…ランベルト隊のメンバーだが…マイケル・ハリソン少尉は機体の破片を身に浴び、大量出血と重度の酸素欠乏症により、コロンブス級”ガラパゴス”の救護施設にて集中治療中…。エンリケ・ワースマン中尉はコクピット破損による軽度の酸素欠乏症が見られるが…意識ははっきりしており、問題はないとのこと」
「…そうか。ジャンは?」
艦長はうつむきながら静かに言った。
「ジャン・スティーブンソン中尉は……残念ながら未帰還だ」
予感はしていた。
誰かは死んだのではないか、いや、もしかしたら全員死んだのではないかとすら思っていた。
逆に考えれば、二人は生きていたのだ。
結果としてはいい方なのかもしれない。
それでも……それでも俺は漠然とした悔しさを堪えることができなかった。
「気を落とさないでくれ…。これが戦争だ、君も分かっているだろう? 大切な仲間を失ったのは敵も同じなのだから、我々だけが苦しんでいるわけではない」
艦長の言葉は実に的確で、正論だった。
そこに反論の余地はない。
しかし、そう分かっていても俺は数時間前の俺を殴りつけたい気分を抑えられなかった。
隊長である俺が早急にジャンに撤退指示を出していれば、或いは結果は変わったかもしれない。
もしくは、俺が身を盾にしてでもジャンに群がる敵を落とせばよかったのだ。
俺にできることはいくらでもあった。
いくらでもあったはずなのに……何もできなかったではないか。
これが、『戦争とはそういうものだから』の一言で片付けられることなのだろうか?
「他の部隊については…私は把握しきれていない。…もうルナツーに着くぞ。ほら、見えるだろう?」
艦長が正面を指差した先には、虚空に浮かぶ連邦軍宇宙基地”ルナツー”が浮かんでいた。
一見すると、…僅かに覗いている宇宙船ドックの入り口を除けば…それはただの”岩の塊”にしか見えない。
しかし、月面基地”グラナダ”、ラグランジュ2に位置する巨大要塞”ア・バオア・クー”、サイド1宙域に存在する要塞”ソロモン”などが次々にジオンの手に落ちた今、連邦軍が保有する唯一の宇宙基地がこのルナツーである。
そういった意味では、この”岩の塊”が連邦にとって非常に大きな意味を持っている。
「ルナツーに入港したら…まずワースマン中尉とハリソン少尉に会ってやってくれたまえ…。ランベルト隊に関するワイアット中将への報告は私が済ませておく」
艦長が重々しい声で告げると、俺は艦長の心を和らげるために明るい口調で「おお、ありがたい」と声を上げた。
「気にしなくていいよ。ワイアット中将の淹れた紅茶が飲みたいだけだから」
艦長もまた、俺を元気づけようと思ったのか笑顔とともに軽口を飛ばした。
しばらく後、カリストはルナツーに入港した。
艦から基地の内部へ降り立ってゆく同志達の顔は、皆疲労と悲しみにまみれ、開戦前の使命感に満ち満ちた表情を保っている者は一人たりとも見受けられなかった。
俺はカリストを降りるや否や、すぐさまコロンブス級”ガラパゴス”へと向かった。
ルナツーの内部は、救護施設へ負傷者を運び込もうとする医療班の人員でごった返していた。
俺が通りかかっても、それがランベルト中佐であると気付いて敬礼をする者は少なかった。
その光景は、医療班にとっての戦場そのものだった。
担架に縛り付けられた(ルナツーの微弱な重力のせいで患者が担架から落ちてしまわないように、乱暴だが縛り付けるしかないようだ…)負傷者の中には、目を覆いたくなるほどの出血量の者もいたし、既に五体の一つ、もしくは二つ以上を失っている者もいた。
俺は要塞内を駆け回る担架や医療班の邪魔にならないように、壁の手すりにしがみついてゆっくりと進むことしかできなかった。
今通りかかった担架に乗せられているのがマイケルではないだろうか?
…もしかしたら、ジャンもこの中に紛れ込んでいるのではないか…?
担架が俺の横を通り過ぎるたびにそう思ってしまう。
特に包帯などで顔が覆われている兵士を見ると強くそう感じてしまうのだ。
ドックに着くと、まず巨大なガラパゴスの艦体が目に入り、次にガラパゴスの降り口付近に大量に並べてある人を乗せた担架が目に入った。
ルナツーの内部から次々に医療班が現れてはその担架を一つずつ内部へと運んでゆく。
担架の他にも、腕や足に包帯を巻き、やっとの思いで自力で基地内部へと入り込んでいく負傷者も数多くいた。
俺はドックの凄まじい光景をただ黙って見つめることしかできなかった。
「ほら、どいて!! 重傷者が通るから!!」
不意に俺は医療班の一人にそう叫ばれた。
そこで俺は自分が基地内部への入り口の前に突っ立っていたことに気付いた。
その医療班の人物は、医療服の中の顔を汗だくにして、担架を引っ張って基地へと入っていった。
俺がランベルト中佐であることに全く気付かなかったようだが、彼の態度の非礼を咎めるつもりはない。
俺にそんなことをする資格はない。
「いだいぃ!! 痛ぃいいぃ!! ひぃいいいぃ……」
誰かの悲痛な叫びが俺の胸に突き刺さった。
一歩間違えれば、俺もああなっていたのだ。
俺がこうやって五体満足で立っていられることが、傷ついた兵士に対してとても申し訳ないことのように思えた。
担架の一つにすがりついて泣いている兵士がいた。
担架に乗せられた人物はもうピクリとも動かない。
辺りを見回すと、泣いているのはその兵士だけではなかった。
誰もが傷つき、血と涙に顔を汚している。
ここはまさしく地獄だった。
俺が軍に入隊したとき、俺は覚悟を持ったつもりでいた。
しかし、果たしてあの時の俺はここまでの光景を想定できていたのだろうか?
どうせ戦争など起きまいなどと、宇宙世紀の長年の平和に自惚れていたのではないか?
思うべきことはいくらでもあるが、今は思うよりまずやるときだ。
やるべきことは決まっている。
この地獄の中から俺の部下達を見つけ出すことだ。
そう、もう思い悩んでいる暇なんてないのだ。
これから先、こんな地獄を見るのは当たり前となるのだから。