もう何十人の医療班の人員に話を聞いたか分からない。
それほどに、俺は必死にマイケルの居場所を探していた。
自身の手で自分の生を摑み取るため、或いは友を死の恐怖から救い出すため、この基地の中にいる人間全てが何かに取り憑かれたかのように魂を燃やしているように俺には思えた。
それ故に、俺も必死にならなければならないと感じたのだ。
誰もが傷つき、涙している中、何の負傷もなく五体満足で帰還したこの俺にできることといえば、皆と同じくらい何かに対して心を燃焼する事だけだった。
「マイケル・ハリソン少尉でありますか? はい、私が応急処置を行いました。確か一時間半ほど前に基地内へ運ばれていきましたよ。八番救護ブロックだったと思います」
その答えが得られたのは、俺が聞き込みを開始してから一時間ほど経ったときのことであった。
俺はすぐに八番救護ブロックへ駆け込んだ。
ドックからはだいぶ距離があったが、俺には疲れなど感じている余裕がなかった。
「ハリソン少尉なら、先程応急の手当を終えて1025室に」
その情報を得た俺は、ブロック中を駆け回って1025室を発見した。
そしてためらうことなくドアを開いた。
まず目に入ったのは、うなだれるように頭を垂れて椅子に腰掛けているエンリケの姿だった。
彼はドアが開いた音に反応してゆっくりと俺の方を向き、「…隊長」と声を上げた。
「無事だと聞いていましたが、本当でしたか。あぁ、良かった…」
しかし、エンリケの表情に安堵の色はなく、疲労と無念の混じった思い色を宿していた。
栄光のランベルト隊員といえど、初の戦場を経験した後の面持ちは一般の兵士と何ら変わりはなかった。
「…お前も無事そうで何よりだ。…そこにいるのはマイケルか?」
俺はエンリケの次に目に入った救命カプセルの中に寝かせられている人を指差して尋ねた。
体中に包帯を巻かれ、呼吸器の音だけが響く悲痛な姿であった。
しかし顔を覗き込んでみると、髪と鼻には包帯が巻かれているが、確かにマイケルそのものだった。
確かにマイケルが生きている事を確認した俺は、ひとまず安堵のため息をついた。
「…はい。自分には医療の詳しいことは分からないので…容態についてはまだなんとも」
そうか、と呟いて俺は壁にもたれかかった。
「ジャンは…どこにいった?」
無意識のうちにそう問いかけていた。
答えを待つまでもなく、結果は分かっている。
エンリケがその事を知らないのなら俺の口から告げなくてはならないし、知っているのなら聞くことで場の空気が悪くなるという事も重々承知の上だった。
それでも問いかけてしまったのは、まだジャンがいないという事実を自分自身が認められていないからに他ならない。
もしかしたら何かの手違いで艦長には未帰還と伝わっただけかもしれない。
実はさっきまでエンリケと一緒にこの病室にいて、今はトイレか何かで席を外しているだけかもしれない。
可能性はゼロではない。
エンリケが「ああ、あいつなら無事ですよ」と答えを返すほんの僅かな可能性に俺は賭けていた。
一瞬の沈黙がその場を包んだ。
「隊長と一緒ではないのですか?」
エンリケが発した答えはそれだった。
俺にはエンリケが必死に感情を噛み殺そうとしているのがすぐに分かった。
そしてすぐに理解した。
どうやらこいつも、俺がジャンを連れてくるという僅かな可能性に賭けていたらしい。
互いが抱いていた淡い希望は、儚くも互いの手で消し去られる事となった。
「…すまん…」
俺は小さくそう告げる事しかできなかった。
しばらくの間、その場を沈黙が包んだ。
コツン、とマイケルが救命カプセルを内側から叩く音が響いた。
俺もエンリケもうつむいていて気付かなかったが、やがて俺とエンリケはほぼ同時にその音に気付き、俺は「あ!」と声を上げてカプセルに歩み寄った。
「よう、俺の声が分かるか? ここはルナツーだぞ」
エンリケが大きめの声でカプセルに呼びかけた。
「足が、動かない…す」
マイケルは呼吸音を混じらせながら、やっと聞き取れるくらいの小さな掠れ声でそう呟いた。
「落ち着けって。ずれないように抑えてるんだから動かせないのは当たり前だろ?」
エンリケは笑みを浮かべて言った。
「そうじゃない…そういう意味じゃなくて…」
マイケルはさらに小さく、今にも消え入りそうな声で呟いた。
「マイケル、俺もここにいるぞ。お前はよく戦った。お前は連邦軍の、ランベルト隊の誇りだ!」
俺は我慢できなくなり、思わずエンリケを押しのけて口早にそう告げた。
「そうですか…こんな俺が連邦の誇りですか……へへ、ジャブローに俺の銅像でもできたらいいな…」
マイケルは途切れ途切れの声で冗談を言いつつ、震える手を必死に持ち上げようとした。
しかし、そこまでして彼に敬礼を強いる気は毛頭なかったので、「いい、敬礼はいい」と言って抑えた。
「ワースマン中尉…俺の足はついてますか? 千切れてるなら…はっきり言ってくれて…構わないんで」
マイケルはエンリケの方を向き直って問いかけた。
「間違いなくちゃんとついてるぞ。麻酔が抜けてないんじゃないか?」
「そうですか…」と答え、マイケルは再び遠い目で天井を見つめた。
「あぁ……眠い…」
「寝ていい、今はぐっすり寝ろ」
俺が声をかけると、マイケルは少し微笑んで目を閉じた。
俺とエンリケは椅子に戻った。
また病室は沈黙が支配する空間となった。
「ジャンのこと、聞かれなくて良かったですね」
エンリケが小さく呟く。
「…いずれは言わなきゃいけなくなるさ」と俺はぶっきらぼうに返した。
「…恥ずかしながら、俺、戦争を甘く見てましたよ」
エンリケはうつむきながら暗い表情で言った。
「教科書や体験談の内容だけ聞いて分かったつもりになっていました。戦争の恐ろしさなんて、体験してみなけりゃあ分かりませんよ……」
「そんなこと言ったらみんなそうだ。どいつもこいつも平和ボケしてたんだよ。授業やドキュメンタリー映画で戦争を目にするときだって、誰もが心の奥底で『自分とは関係ないことだ』ってフィルターを張ってる。だから戦争が始まっても迅速な対応がとれずに多くの人が死んだ」
「しかし…この戦争の発端となった連邦政府の官僚は、その恐ろしさを思い知ることはないのです。所詮は自分とは関係のない出来事として処理してしまうのです。自分にはそれが納得できません」
「今に始まったことじゃないさ。ずうっと昔っから…戦争なんてのはそんなもんだ。発端になった奴は何も苦しまず、何の責任も取らないまま自分の生涯を全うする。一方で俺達は地獄の中に放り出されて、人としての生き方を否定させられる。楽しかった記憶も思い出も全部掻き消される。そんな理不尽が当たり前にまかり通ってるのが戦争ってもんなんだよ」
語っているうち、だんだんと口調が荒くなっていくのを俺は感じていた。
「はっ、皮肉なもんだよ。戦争するための職業に進んで就いていながら、俺達は今地球圏の誰よりも戦争を憎んでる」
分かっていた。
そんなこと、分かっていたはずなんだ。
俺もエンリケと同じだ。
平和ボケしていた連中と全くもって同じだ。
資料や見聞だけ聞いて戦争を分かった気になっていたのだ。
所詮今の時勢には関係ないことだと壁を作り、戦争など起きるはずがないとたかをくくっていた。
もう俺に戦う資格などないし、戦いたくもない。
「隊長…。しかし我々は、戦争が正式に終わるまで戦い続けねばなりません。まだ連邦は負けてなどいません」
「負けたようなもんだよ」と俺は頭をがっくりと落としながら呟いた。
「もう連邦に戦争をする気なんてない。ない方がいい。もう連邦が負けてもいい。戦いなんてたくさんだ」
「隊長……」
エンリケは何を思ったのか、無言で病室を後にした。
「お前は戦いたいのか」と俺はエンリケの背中に声をかけたが、彼は何も答えなかった。
はあ、と俺はため息をつき、黙り込んだ。
微かに、誰かの笑い声が響いた。
はっと顔を上げると、カプセルの中に横たわるマイケルが上半身を振るわせて笑っていた。
「こんなに弱気な隊長見たことねえ……。おっかしいなぁ……」
俺は驚いてカプセルに歩み寄った。
「お前、起きてたのか」
「ヘッヘ…眠いのに、いざ寝ようとすると寝れないもんでして……失礼ながら聞かせてもらいましたよ。隊長でも…怖いものはあるんですねえ…」
「当たり前だ、俺だって人間だぞ」
「そうですかねえ……俺はあんまり怖くないですけどね……」
「なんだと? 死ぬのは怖くないのか?」
「なんて言うか……俺、一度死んだようなもんですよ。機体がボロッボロになって、体中血まみれで、空気漏れで酸素欠乏症になって…。意識なんて吹っ飛んで、気がついたらここに寝てるんですよ。その間、なんにも覚えてないです。無ですよ、無。今になって考えると、死ぬってそういう感じなんだなあって。その無が永遠に続くってだけなんだなあって。そう思うと、もう怖くないですよ」
不思議と、さっきまで消え入りそうだったマイケルの声ははっきり聞き取れるくらいにまで大きくなっていた。
「じゃあ、お前はまた戦えるのか? またあんな地獄に出られるのか?」
「ビビりすぎですよ」とマイケルは笑った。
「もう出られませんよ、出たくても」
「なに? 五体はちゃんとあるじゃないか。何が問題なんだ?」
マイケルは少し悲しげな目になって、俺を見つめながら答えた。
「…意識はハッキリしてるのに、足の感覚が全くないんです。これは麻酔なんかじゃない。たぶん脊髄やられました。…ハハッ、もう俺、両足ないのと同じですよ……」
さっきとは違う、自嘲めいた乾いた笑顔とともに、マイケルは目に涙を浮かべた。
俺は愕然とした。
何かを喋ろうと口を少し動かすが、言葉は何も出てこない。
「悲しくなんてないっすよ…。むしろラッキーだ。もうあんな地獄に出なくていいんですから……。ハハ、ハ……」
マイケルの笑い声はこれ以上ないくらい悲痛で聞くに堪えなかった。
エンリケにはなんと言えば良いのだろうか。
「へへ、笑って下さいよ。部下がヘタクソな戦いやらかして両足失うなんざ、いい笑い話だ」
もういい、もう笑わないでくれ。
無理なんかしないでくれ。
俺を気遣わなくていいから、強がらなくていいから。
だが、マイケルの心情を思うが故に、それが言い出せなかった。
かけがえのない部下の、これ以上ないくらい悲痛な笑い声がいつまでも俺の頭の中を反響していた。
ジャンも今頃あの世でこんな風に笑っているのだろうか。
…否、死は永遠の無だ。
そこにあの世なんてありはしない。
ジャンも、多くの部下達も、敵も、血染めの
今はそれを受け入れよう。
俺にはそうすることしかできないのだから。
宇宙世紀0079、1月16日。
ジオン公国と地球連邦軍の戦争は、まだ序曲に過ぎない。
戦果報告(地球連邦軍資料)
※本資料では、ランベルト隊各員の記録映像から得られたランベルト隊の戦果を記す。
※原則として、敵機の機体としての運行及び戦闘の能力に支障が出る程度の損傷を与えるものを撃破、その能力を完全に喪失せしめるものを撃墜と判断する。
アーサー・ディエゴ・ランベルト中佐
撃墜 航宙機:71機(うち共同撃墜38機) モビルスーツ:15機(うち共同撃墜6機)
撃破 航宙機:151機(うち共同撃破102機) モビルスーツ64機(うち共同撃破39機)
ジャン・クロサワ・スティーブンソン中尉(戦死時までの戦果)
撃墜 航宙機:48機(うち共同撃墜30機) モビルスーツ:3機(共同撃墜なし)
撃破 航宙機:93機(うち共同撃破67機) モビルスーツ:18機(うち共同撃破14機)
※なお、スティーブンソン中尉は戦死時にムサイ級への体当たりを敢行したことが映像より確認されており、相応の戦果を挙げたものと思われる
エンリケ・ワースマン中尉
撃墜 航宙機:33機(うち共同撃墜21機) モビルスーツ:4機(うち共同撃墜2機)
撃破 航宙機:80機(うち共同撃破56機) モビルスーツ:20機(うち共同撃破13機)
マイケル・ハリソン少尉
撃墜 航宙機:25機(うち共同撃墜20機) モビルスーツ:11機(共同撃墜なし)
撃破 航宙機:43機(うち共同撃破37機) モビルスーツ:57機(うち共同撃破34機)
現在ジャブローではランベルト隊の総合戦果を調査中であるが、隊員同士の共同撃墜の重複を取り除かねばならず、その確認のためには映像の細かい吟味が必要であり、詳細を知るのはやや困難と言える。
以下には、ランベルト隊の推定戦果を記す。
撃墜 航宙機:約150機 モビルスーツ:約25機
撃破:航宙機:約300機 モビルスーツ:約100機
本作戦にて、アクロバット飛行のエキスパートであるランベルト隊が実戦においても有効な戦力となることが証明された。隊員二名を失うこととなったが、残りの二名は連邦軍の貴重なエースパイロットとして期待できる。
また、これらのデータから、モビルスーツは航宙機の約六倍の撃墜難度があることも判明した。ランベルト隊がエースパイロットであることも加味すると、さらにその1.5倍、九倍の撃墜難度と判断して良い。よって、参謀本部では今後、敵戦力の九倍の航宙機を配備できるように各工廠に要請する次第である。