機動戦士ガンダム外伝 沈黙の将軍   作:江藤えそら

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若さがゆえに

 遡ること数時間前、ムサイ級『ファルメル』にて。

 

 汚れたランチから配下の将校とともに無言で降り立った老将を、カタパルトにいた全てのジオン兵が一心に見つめていた。

 ある者は驚き、ある者は憎悪、またある者は憐れみと、その視線には様々な感情が折り重なっていた。

 すぐに老将と配下達はジオンの将校に取り囲まれ、艦橋へと連行されることとなった。

 

 老将がふと視線を上げると、高い足場の上から姿勢を正して敬礼をする筋骨隆々の男がいた。

 彼こそは、ジオン公国総帥”ギレン・ザビ”の実弟であり、ジオン軍宇宙艦隊司令官にしてつい先ほどその采配と新兵器の威力の前に連邦を下した名将、”ドズル・ザビ”中将である。

 今まで敵軍の最高司令官として砲火を交わした相手ながら、ドズルは老将への軍人としての礼儀に習い、敬礼を行ったのだ。

 老将はしばしその毅然とした様子に感服した後、敬礼を返した。

「連邦軍にあのような軍人が何人いるだろうか」

 老将は小さく呟く。

 

 

 老将――”ヨハン・イブラヒム・レビル”中将はルウム戦役における宇宙艦隊の司令であった。

 連邦軍人ならば誰もが知っている孤高の名将。

 彼の名声を表すが如く、開戦直前の連邦軍は極めて高い士気を維持していた。

 だが、その武勇も今となっては過去のものに過ぎない。

 

 かのランベルト隊の獅子奮迅の戦いぶりによる護衛のもと、初めの数分は優位に戦いを展開していたものの、ジオンの新兵器”モビルスーツ”の前に全ての策は破綻した。

 ランベルト隊でさえもモビルスーツには全くと言って良いほど有効な戦術は見出せず、戦艦群の対空砲火も変幻自在の回避運動の前には無に等しかった。

 結果、連邦軍は戦力の八割を失う惨敗を喫す。

 戦場に居残らんとするレビルに旗艦『アナンケ』艦長は己の生涯最後の任務と言わんばかりに退艦を強制した。

 果たしてレビルはランチにて艦を脱出、燃えゆく艦橋で艦長は安堵の敬礼を行ったが……

 艦長の思い虚しく、ランチはジオン軍に拿捕された。

 この時拿捕を成功させたのが、黒い塗装を機体に施した三人組のエースパイロット、”黒い三連星”である。

 

 

 艦橋に連れられる間、老将はジオン軍の意外な側面を見た。

 通路を慌ただしく行き交う兵士は皆体のいずれかの部分に包帯を巻き、生気の失った目つきで老将を睨むのだ。

 無論、怪我もなく勝利の余韻に浸る兵士も数多く存在したが、一部の兵は戦勝軍とは思えぬ重い空気に包まれていた。

 失った戦友を思い、涙に暮れる兵士もいた。

 

 その様子を見た老将の配下の将校達は動揺に顔を見合わせる。

 老将も表情こそ押し黙ったままであるが、内心は穏やかではない。

 連邦はこの三倍は悲しみに包まれているのだ。

 その責任は自分にある。

 

 生きて縄目の恥辱受け、連邦軍人にすら無能の敗北者と恨まれ、罵られる未来がありありと浮かぶ。

 艦長には申し訳ないが、自分はあのとき、あの場で死ぬべきだったのではないだろうか?

 

 否、ともう一人の自分が確固たる意志で呼びかけた。

 

 生きているからこそ事は成せる。

 まだ連邦は負けてなどいない。

 諦めるのは全てをやり尽くした後でも遅くはあるまい。

 今更縄目の恥辱など恐れてどうする?

 老いたるこの身、先は長くないからこそ死する瞬間まで地球圏のために最善を尽くさねばならぬ。

 まだ連邦は負けてなどいない。

 今は、まだ。

 

 

「レビル将軍、まずは敵ながら天晴れな采配だった。敬意を以て将軍の健闘を称える」

 艦橋に着くと、ドズル中将はその言葉にてレビルを迎えた。

「…一体、ジオンは如何ほどの損害を負ったのかね?」

 老将は遠い目つきでぼんやりとドズルを見つめながら尋ねた。

「具体的な数は計り知れない。勝ち戦ながら、俺は多くの同志を失った」

 ドズルは悲しげに呟く。

「それが戦争だ。勝ち戦と言えど、死が存在しない戦場などない」

 レビルは無表情のまま答える。

「…ジオンの栄光のため、宇宙民族の自由のためにと理想を掲げることは簡単だが、戦争はそうはいかない。数年前まで共に地球圏の平和と発展を願っていた人々が、こうして大宇宙の中を駆け巡って殺し合うのだ。何と悲しきことか」

 ドズルは艦橋の外に広がる大宇宙を眺め、虚しさを込めてそう呟いた。

「戦争を終わらせるだけなら簡単だ。捕虜となった私の姿を全世界に晒し、連邦の戦意を挫けばいいだけだ。それで戦争は終わる」

 レビルから放たれた意外な言葉に驚き、ドズルはレビルの顔へと振り向いた。

「…だが、それが本当に地球圏の真の平和に繋がるのか、よく考えたまえよ」

「この戦争が始まる前よりは、確実に平和になるはずだ」

 ドズルは強い語調で言い放つ。

「今一度歴史の教本に目を通したまえ。古来より、独裁にて恒久の平和を成し遂げた国家などない」

「過去の事例からしかものを学べぬあたり、貴様も所詮は連邦軍人に過ぎんな」

 ドズルは眉をひそめてそう言うと、再び宇宙へと体を向ける。

「とにかく、貴様の言う通り捕虜としての姿を全世界に公開させてもらう。それまで大人しくしていてもらおう」

 

 ドズルが部下に視線を送ると、部下がレビルを収容室へと連れ出すべく肩を掴んだ。

「ドズル中将……若さは強さと愚かさの根源であると教えておこう」

 歩き出しながら老将レビルはそう告げた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 同刻、ムサイ級『アズメル』。

 対核装備を施したザクⅡシリーズの先行量産型である”ザクⅡC型”から降り立った女性パイロット、”メレッソ・スチュアート”曹長はヘルメットを脱いで一息ついた。

 セミロングの黒髪が無重力空間で自由奔放に舞う。

「お疲れさん」と彼女に声をかけたのは、彼女と同じ部隊に属するMSパイロットの”カルヴィン・アトキンソン”准尉。

 体格の良い兄貴分的な軍人である。

「ありがとうございます」

 メレッソは汗だくの顔に笑みを浮かべて礼を告げた。

「やっぱりお前は流石だなぁ。俺らなんかより数百倍才能あるよ。シミュレーションよりもよっぽど多くの敵を落としてたもんな」

「たまたまですよ」とメレッソは苦笑する。

 

 相応の戦果を挙げられたことは喜ぶべきことだし、ジオンはこの戦いで大勝利を遂げた。

 盛大に祝われるべき状況に対し、しかし彼女は心から自らを祝福することはできなかった。

 その理由の一つは、生まれて初めて殺人に手を染めたことへの罪悪感。

 ブリティッシュ作戦において後方任務に就いていた彼女は、今度の戦いが実質的な初陣であったのだ。

 そしてもう一つの理由は……彼女と関わりの深いある人物達が連邦軍の中に存在していたこと。

 

「航宙機は3割しか帰ってこなかったらしいぞ」

 周囲で話し込んでいる兵士の雑談がメレッソの耳に届いた。

「うへえ、モビルスーツパイロットで良かったぜ」

「気の毒なもんだな」

「連邦の航宙戦隊にバケモノみたいな編隊があったらしいってよ。青地にオレンジのラインが入った機体、見覚えあるだろ?」

「おい、それってあの……」

 そして話し込んでいた男たちは一斉にメレッソの方を向いた。

 メレッソは慌てて目をそらし、訝しげに彼らを見つめるアトキンソンと共に場を去ろうとする。

「おい」

 メレッソの背中に憎しみのこもった声が投げかけられた。

「お前の隊長が散々俺達の仲間を殺してくれたみたいだな」

「…今はもう隊長じゃありません。私には関係のないことです」

 メレッソは小さく呟いた。

「数年前にチヤホヤされてたからって、調子に乗ってんじゃねえぞ。てめえも、もう一人の野郎もな。航宙機パイロットには俺の親友がいるんだ。もしあいつが死んでたら…、あいつが死んでたら………お前を仲間だとは思わねえ」

 メレッソは男たちに背を向けながらも悔しさに肩を震わせた。

「調子に乗ってんのはどっちだよ」

 アトキンソンが男たちを睨みながら威圧的に言う。

「こいつはな、辛い過去と戦いながら、必死にジオンのために命を燃やしてるんだ。お前らみたいなポンコツとはわけが違う。お前らは初陣でサラミス二隻を沈めるなんてことできるか? 分かったら口閉じてろ」

「准尉、サラミスの撃沈は味方との合同戦果であって、私一人の戦果では」

「いいんだ、お前は胸を張って自慢しろ。例え合同でも、沈めたことに代わりはねえ。俺はマゼランの上面装甲に傷を付けるのが精一杯だったんだからな」

 

 そう、彼女には過去がある。

 それは、栄光のランベルト隊の最年少パイロットとしての記憶だった。

 若き才能、宇宙世紀一の逸材、人々は彼女をそう賞賛した。

 だが、ジオンという新たな国家の運命はランベルト隊を無情に引き裂いた。

 

 スペースノイドに生まれた彼女は、常日頃から自分達を人と見なさない連邦の腐敗政治に疑問を抱いていた。

 高名な思想家である彼女の父親が連邦政府に過激なデモを起こし、警官隊との衝突で不治の重傷を負ったことが引き金となった。

 サイド3のとある病室で眠っている父が目覚める見込みはもうないと医者は告げた。

 他にも、傷つき倒れた仲間はたくさんいた。

 こうして、彼女は戦いを決意したのだ。

 

 

 

 

ーーーかつての仲間、ランベルト隊の面々は連邦軍の一員として出撃したはずだ。

 青地にオレンジラインのセイバーフィッシュを駆って。

 そして、多くのジオンの同胞の命を奪ったのだ。

 

 もし、戦場で彼らに出会ったら。

 私は彼らを殺さなくてはならない。

 それがジオン軍人の使命だし、死んでいった仲間への餞ともなる。

 しかし、それでも私は共に栄光をこの手に掴んだ”仲間”を忘れることなどできはしない。

 

 最も年が近く、いつも能天気なまでに隊を明るくしてくれたムードメーカー、マイケル・ハリソン少尉。

 一度本気で口説かれたことがあったっけ。

 義理と力が大信条、みんなの兄貴分のエンリケ・ワースマン中尉。

 今の私の料理の腕はひとえにあの人の指導があってこそ。

 クールで爽やか、でも天然で正直ちょっと惚れてたジャン・スティーブンソン中尉。

 入隊直後の指導はずっとあの人だったなあ。

 

 誰よりも自分に厳しく、ミスらしいミスをしたことがない万能人間、ランベルト隊”永遠の002”、リチャード・ケインハルト大尉。

 彼は……私と同じように、ジオン軍人として戦う道を選んだ。

 これからも、彼とだけは共に戦える。

 ひとりぼっちよりは嬉しい。でも………

 

 ……隊長。

 地球圏最高のパイロットと呼ばれた私達の心の誇り、ランベルト隊長。

 もう一度、私達が揃うことはないのでしょうか?

 みんなで共に宇宙(そら)を駆け巡って、同じ汗を流して満足することはできないのでしょうか?

 なぜ、私達は殺し合っているのですか?

 

 あのパレードの時のように。

 ランベルト隊の名が地球圏全土に知れ渡ったあのサイド6完全移民式典の時のように……

 スペースノイドもアースノイドも関係なく、皆が肩を抱き合って祝う瞬間はもうこないのでしょうか?

 

 

「どうした? 顔色が悪いな」

 アトキンソン准尉に肩を叩かれ、メレッソはハッと意識を取り戻す。

 気がつくと、彼女は個室の前まで連れられていた。

「ほら、疲れてるだろうから今は部屋で休んでな。後でまた招集するから、その時に来てくれ」

「…ありがとう……ございます。……では」

 薄暗くそう呟くと、彼女は部屋のハッチを閉じてベッドに倒れ込んだ。

 

 

 命を賭けるということがこんなにも疲れることだなんて知らなかった。

 軍人なのにそんなことを今更知るなんて……やはり私は未熟なのだろう。

 

 

 その未熟さに免じて愚かな祈りを捧げよう。

 

 ハリソン少尉、ワースマン中尉、スティーブンソン中尉、ランベルト隊長……

 どうか………どうか……生きていて下さい。

 人類が分かり合うその時まで…絶対に死なないで下さい。 

 

 

 寝転んだまま枕元のラジオをつけると、ルウムの勝利を祝うギレン総帥の演説が聞こえた。

 

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