墓前で手を合わせる、ってなんだろう。先祖への敬愛とか、極楽での安寧を祈るためだとか...そんなのが一般論として広く浸透しているんだろうけどさ。なんかいまいちピンとこないんだよね。それにこんな話をしてると、仏教やらなんやらで意見がどんどんと枝分かれして、てんやわんやになっちゃうんだよねー。ま、でも関係ないよね。大事なのは今を生きてる皆だもん。
てな訳で私は今日も手を合わせる。だって...
いただきますとごちそうさまは、必要最低限の礼儀作法だもんね。
◆
「それでは、預からせていただきますね」
「はい...。父を、よろしくお願いします......」
両の手を合わせ、笠を被った頭で深く一礼をする。背負った木箱には、来た道では感じなかった重さがあった。玄関で私を見送る女性は、どこか懐疑的な目を向けてくる。まぁ、正直慣れた。
「...あの、父は...父はホントに大丈夫なんですよね...?」
「...えぇ!勿論です」
嘘
「私の役目は、極楽浄土へと人々の魂を送り届けるお手伝いをすること」
嘘
「不浄にまみれてしまった肉体から綺麗な魂のみを切り離し、その道を示すことです」
嘘
「そもそも不浄とは地上、即ち地上こそが不浄。生きている間、それらから逃れることはできません」
これはホント
「心中お察しします。不安でしょう、しかし!ご安心下さい。貴方のお父上は何の憂いも無く、逝くことができるでしょう」
知らんけど
「!......ありがとう...ござい、ますっ!...きっと...きっと父も!...報われます...」
「...貴方は清い心の持ち主です。きっと、お父上に似たんでしょう...それでは、失礼します」
泣き崩れた女性の肩に手を当て、言葉を掛ける。そんな溢れる涙に紛れ、私は仕入れを終えた。
◆
里の外に出てから考える。なんでヒトってあんな単純なんだろ。長々と語った口説き文句なんて全部、ぜぇーんぶ!嘘っぱちとかテキトーに言ってるだけなのにね。たーんじゅん。ま、それより...
「解体さなきゃ」
◆
「よっ、せ」
ドッ、と重い音が夜の洞穴に響く。これで上半身はおしまいっと。下は...あ、コレ野郎だった。...まんまでいっか。あんま見たくないし。女の子やぞ、私。
雑多に肉切り包丁を投げ捨て煙管で一服...んー、血の匂いと混じっていい感じ。
「ふぅー......あ、そだ。まだやんないと。えーっと...あった!」
とっ散らかった洞穴でがさごそと探していたのは、すり鉢と薬包紙。あとできるだけ綺麗な骨は、と...みっけ!
すり鉢に骨を突っ込み雑に擂り潰す。細かい粉末になったら薬包紙に入れて...よし、と。
これは仕入れ先に送る用のヤツ。表向きでは宗教的な理由をでっち上げて仕入れてるけど、拝む仏壇になんにも無いと空虚だしねー、うん。
「さてと、今日はこれで三人目...後一人か。切り詰めれば東の林の奴らと、渓流近くのにも配れるかなぁ。でも最後のはちょっと痩せてるしなぁ...んー」
曰く、妖怪たちは人々の畏れを持ってして存在を保っている。ここ、幻想郷では妖怪が里を襲うことをどこぞの賢者さんが禁忌としている。例外として、里の外を夜遅くに彷徨いてるのとか、所謂外の世界から来た人間は食べても良いらしいけどね。
でも、畏れや例外、運の悪い外来人だけじゃ足りない。だから私がいる。別に里の人間に危害を加えている訳じゃあない。私が相手してるのは殆どが全部冷たくなった死体のみ。だって生きてるヤツは騒いじゃうから解体長引くし。
あ、そうだ。皆ってご飯食べる時、一番好きなヤツ最初に食べるタイプ?それとも最後に食べるタイプ?...ん、私?私は...
「ん"ん"ー!!?ん"ー!!」
「最後かなぁー...なんて。ごちそうさまでしたっ」
ドッ
◆
「さて、ルーミアも喜ぶだろうなー。久しぶりだし」
翌日、赤黒いシミのできた大きな麻袋を背負い洞穴を出る。林道を歩き、渓流へと向かう。お、いたいた...。
「...あ、にくや!」
「やっほ、ルーミア。お腹減ってる?」
ぶんぶん!と首を縦に振るルーミア。...切り詰めれば、とか言ってたけど、今日はいっか。
「はい、っておっとと!ほら、この前教えたの、やんないと上げないよ」
取り出したとたんにかぶりつこうとする彼女をかわす。食べる前にはやらないとね。私たちはそういう存在だから。
「えー!...うん。えっと、手を合わせて...それで......いただきます...?」
「うん、はいどうぞ」
おー、頭からなんて豪快だねー。見てるだけで胃もたれしちゃいそ。
「んー♪...ん?むぐむぐ...んっく、ぷはぁ。...にくやは食べないのかー?」
「んー?うん、私は大丈夫。ルーミア見たく大喰いじゃないからね」
「...そーなのかー」
「そーなのだー、ってね。よっ、と」
冗談混じりにそう返し、麻袋を背負って立ち上がる。次は東の林とー...あそこも行かないとなー。
「あ、にくや!」
「んー?ごめんだけど、おかわりは「ごちそーさま!」!......」
口元を血で汚した彼女は笑顔でそう告げる。んー、うん。そっか...そっか......
「...お粗末様でした」
なんとなく、返答に困った。
◆
東の林に着く。着くや否や麻袋から雑に屍肉をばら蒔く。低い唸り声、幾つもの眼光がそれらを見つけ、一心不乱に貪る。外見は狼に近いが、こんなでも妖怪だ。
「...こいつらは礼儀もクソもないや」
くるりと背を向けて立ち去ろうとすると、背後から群れの一匹に飛び掛かられる。...っ全く。
「行儀悪い」
振り向き様に肉切り包丁で両断。血と臓物が辺りに飛び散る。静かに食ってりゃ良かったのに。
どちゃっ、と死体が地面に落ちると、他の奴らが我先にと元同胞を喰い千切り、噛み砕き、飲み下す。ホント、腹に溜まればなんでもいいのかね。
「...気分悪い」
頬の血を拭い、その場をあとにした。
◆
荒れ果てた地面を踏み、禍々しい空間を進む。んー、何回来ても慣れないなー、ここ。
ボロボロになった金属でできた何か、苔の生えた岩、腐りかけた木片。そして......無数の直立した石。ここは無縁塚。外から流れ着いたモノたちの成れの果て。最後に行き着く場所。
「久しぶりだなー...ここ来るの」
ここはなんとなく...なんとなく嫌なんだよねー。でもまぁ、やんなきゃいけないし。
「やけにロッドが反応すると思えば君か......全く、期待して損したよ」
「あー...ナズーリンも久しぶり。どう?最近」
少し小高く漂着物が積まれた場所から声が掛かる。
「十日前に一人来たのが最後かな」
「そ、じゃあお裾分け」
ぽいっ、と屍肉を放り投げる。すると、ナズーリンの持つバスケットからネズミのような妖怪が複数飛び出す。
「すまない、いただくよ」
東の林と比べれば行儀は良いし、飼い主がしっかりしてるとやっぱり違うなー。
「ん、いーのいーの。さてと、手頃なやつはー...」
「...几帳面だな、君は」
「それナズーリンが言う?お、あったあった」
笑い混じりに会話しながら目当てのモノを探し当てる。
「ここまでが私ができる限りのケジメ?礼儀?...ってやつだから」
「...時々疑うよ、君が食屍鬼だということを」
「だねー」
食屍鬼。字の如く人の屍を食らう鬼。
「よいせっ、と。できたできた」
慣れた手つきで即席の墓標を建てる。幻想郷に縁の無い塚がまた一つ、増えた。
「...ねぇ、ナズーリン」
「?...なんだい」
ヒトは食事をする時に、それが悪いことをしているなんて考えが浮かんだりはしない。妖怪もそう...そうだった。だって、幻想郷が選んだのは共生の道。
「......んーん。やっぱり、なんでもない!」
少し間を置いて言葉を引っ込める。ちっぽけながら、産まれてしまった罪の意識。それらから逃げる為、自分を守る為に、臆病な私は今日も手を合わせる。
「ごちそうさまでした」