アルトリア・キャスターとの日常   作:粗茶Returnees

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1話 アルトリアとの一幕

 

 春が終わりに向かい、夏が近づいてくるそんな5月。日本人の心を癒やしてくれる桜の花は華々しく散り、桜の木はしっかりと青葉に飾られている。

 5月と言えばゴールデンウィーク。今年はなんと10連休。来週から始まるその休みに心浮かれる若者たちがいれば、予定が部活で埋まって渇いた笑みを浮かべる者もいる。それではこの男、現在進行系で家にいる高校生の芦田(けい)にとって、そのゴールデンウィークはどうなるのかと言うと。

   

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「アッシーくんこれどうやって突破するの?」

 

「まだアッシーくんと呼ぶのか……」

 

 元凶は慧の部屋でゲームしている少女である。名をアルトリア・キャスター。本当にそれ名前かと疑ったら顔を引きつらせていた。偽名ではないらしいのだが、それ以外に名前を持ち合わせてもいないらしい。じゃあ本名なのだ。

 「はたらかない」と前側にでかでかと書かれているTシャツを着ている。長い髪は後ろで束ねて2方向に枝分かれ。日本人がなんとなく憧れる金髪で、宝石よりも綺麗なエメラルドの瞳。出会った頃に肌見放さず持っていた杖は壁にかけられ、今の彼女の相棒はコントローラーである。

 

「えー。だって呼びにくいし」

 

「名前の方なら呼びにくくないだろ」

 

「? 名前がアシダじゃないの?」

 

「それ家名。日本は家名が先で、名前が後ろなんだよ。家の表札もそうなってたろ……ってそこまでは見てないか」

 

「早くそれ言ってよ! わたし今までずっと勘違いしてたじゃん!」

 

「いや知らんがな」

 

「そういうとこだぞアッシー!」

 

 どう考えても「アッシー」というあだ名で呼ばれている慧の方が被害者なのだが、実害は受けていないので慧もいつも流していた。まさか勘違いしていたとは思っていなかったというのもある。

 

「……そっかー。こっちが名前じゃなかったんだー。あだ名で呼ぶのとかちょっと憧れだったけど……」

 

え、お前友達いないの?

 

そ、そんなことはないよ

 

「めっちゃ動揺してんじゃん」

 

「…………っ!!」

 

「無言で叩くなよ……」

 

 顔を真っ赤にしたアルトリアがぽこぽこと慧を叩く。痛みはまったくない。慧はそれを止めさせて、テレビ画面を見ながらひとつため息をついた。

 

「まぁ……なんだ。あだ名で呼びたいならそれでもいいよ」

 

「友だちになってくれるの!?」

 

「それはちょっと」

 

「なんでだよー! 上げて落とすなー!」

 

「すぐ叩くのはどうかと思うぞ……」

 

「大丈夫だよ。アッシーくんだけだから」

 

「何も嬉しくない」

 

 叩かれて喜ぶのはドMだけである。

 

「それで、どこで詰まってるわけ?」

 

「えっとね。このステージなんだけど」

 

 目を合わせることなく話をゲームの方に切り替えさせると、アルトリアもそっちに切り替えて説明する。何回も挑戦しているのに全然攻略できないのだと。

 

「場所はここで合ってるよね?」

 

「そうだな」

 

「でも次に進めなくて」

 

「そりゃ鍵を拾ってないからだろ」

 

「鍵って? 暗号文とか?」

 

「いや、露骨に見た目からして鍵のアイテムがあるんだけど。ここなら探す必要もなく道中に落ちてるはずなんだよな」

 

「…………あ」

 

 何かやらかしているらしいアルトリアの横腹を肘で小突いた。

 

「いや、あの……敵を倒せるアイテムあるなーって。投げたら倒せるなーってやってたら……ステージの穴に落としちゃって」

 

「はいリタイアしてやり直し」

 

「ええー! ここにたどり着くのに1時間かかったんだよ!?」

 

「だいぶ時間かけたよな。1()()()1()()()()()()()()()

 

 そう。彼女は大奮闘していたのだ。慧が宿題を片付けたり部屋を掃除している間ずっと。小学生ですらクリアできるような、5歳児でも攻略できる初期の初期。チュートリアルとすら言われるステージに!

 しかし1時間の大奮闘も虚しく、彼女はクリアするための条件を自ら穴の底に投げ捨てた。攻略の放棄とすら言える行動。あまりもの謎行動。違う攻略法でもあったかなと黙っていたらこの始末である。

 

「ここまでゲーム向いてないやつ初めて見た」

 

「だってゲーム自体初めてだから! むしろ才能ある!」

 

「めげない根性はたしかに才能だなー」

 

「えへへ、それだけがわたしの取り柄だから」

 

んなわけあるかバカ

 

「今なにか言った?」

 

「バカだなって言った」

 

「なにをぅ! バカって言う方がバカなんだぞ! バーカバーカ!」

 

「よそ見してると落ちるぞ」

 

「え? あっ……」

 

 ガミガミ噛み付いたアルトリアが操作を誤り、キャラクターが落下死する。残機がまた1つ減った。

 

「ほんと、向いてないな」

 

「こ、ここからが本番だから! 集中するから黙ってて!」

 

「そうするけど、お昼ご飯どうする? 食べたいものあるか?」

 

「ここのご飯はどれも美味しいからなー。……あれ? お義母さん帰ってこないよね?」

 

「お義母さん言うな。まぁそうだから、俺が作ることになるな」

 

 そう言った瞬間アルトリアの体がピタリと固まる。信じられないものを見るような目で、部屋の出入り口にいる慧を見る。

 

「作れるの? 大丈夫? ダークマター作らない?」

 

「お前ほど下手じゃねぇよ」

 

「なっ!! 下手じゃない! わたしだって料理できるし! お義母さんのお手伝いしてる時に上手だねって言ってもらってるから!」

 

「お義母さん言うな。そう言うなら、1品作ってみろ。俺も1品作るから」

 

「その料理対決受けて立った!」

 

「誰も対決とは言ってないだろ」

 

「負けた方は、勝った方の言うことを聞くってことで!」

 

「その手のは回数決めてた方がいいぞ。あと限度な」

 

「わたしそんな非常識じゃないけど? 回数はもちろん1回ね」

 

 どんなお願いにしようかな~と歌うように独り言を言って立ち上がるアルトリアに、慧はため息まじりに言葉をこぼした。

 

「受けて立つとは言ってないけどな」

 

「なんでー! わたしのご飯作ってよ!」

 

「あ、これそういう形式なのか」

 

 互いに相手のためのご飯を作る。たしかにそれなら、相手の料理の腕の方が高ければ認めざるを得ない。小さなプライドで嘘をつくのもアホらしいし、みっともない。

 主観になるというか。相手を信用してないと成立しない勝負形式。そのやり方にするということは、そういうことなのだ。

 慧はまたため息をついて、その勝負を受け入れた。

 

 

 

 

「え……うそ……美味しい……」

 

 結果は慧の勝ちなわけだが。

 

「なんで!? アッシーくんが料理してるとこなんてわたし見たことないのに!」

 

「そりゃ母さんがいたら母さんが作るからな。でも母さんは今日みたいに『ちょっと北海道散歩してくるわね~』とか言って旅行に行くような人だから。そうなると自分で作るしかないだろ? んで、不味い飯食うのも苦痛だから勉強した」

 

「アッシーくん今の似てないよ」

 

「黙ってろ」

 

 慧が作れるメニューだって限度はある。下準備が長いものは面倒だから、手間のかからないものばかり覚えた。炒飯とかオムライスとか焼きそばとか。そういう方向性のを。

 今回作ったのはオムライスだ。アルトリアがまだ食べたことないものだったなと思い出したから。遊び心でオムライスにケチャップで、「アルトリア」と書いたら崩したくないのか、ケチャップがかかっていないところに手を付けている。

 

「で、でもまだ勝負ついてないから! わたしだって頑張って作ったし!」

 

「そうな。即席で作れるものにしたらいいものを、わざわざ肉じゃがなんて作っちゃって。しかも量が多いし」

 

 食べ盛りの高校生とはいえ、胃袋にだって限界があるのだ。さすがに鍋で作られたそれを、丸々1人で食べ切ることはできない。

 そこは作った本人も自覚しているようで、恥ずかしそうに顔を逸らした。すぐ顔が赤くなるから、顔を逸らそうとバレバレである。

 

「手伝ってる時が、そうだったから。量の調整とか、まだ分かんないし」

 

「責めてるわけじゃないからな? おかげで晩飯の準備がいらなくなったし」

 

「お義母さんは今日帰ってこないの?」

 

「……。明日の夕方くらいに帰ってくる。毎回そうだからな。あ、お土産と名産品は買ってくるだろうから、明日の晩飯は母さんが作るぞ」

 

「そ、そうなんだ。今日2人だけなんだ

 

 「アルトリアちゃん頑張ってね~」とはこのことだったらしい。言われた時はどういうことだろうと首を傾げたものだが、その真相が今わかった。ふらっと旅行に行くのはよくあることらしいので、今回が特別というわけではない。半分くらい狙ってやってそうだが。

 

(あれ? 頑張るってなにを?)

 

 何を頑張るのか。何に対して頑張るのか。それをしばらく考えて、今の状況を振り返ってみて、1つのことに思い当たってまた赤面した。

 

「冷める前に食えよ」

 

「ひゃい!」

 

「……どうしたよ」

 

「にゃ、なんでもないから! この味の秘訣を考えてるだけだから!」

 

「味の秘訣ね。それなら──」

「言うなよアッシー! そういうとこだぞー!」

 

「何がだよ……。知りたくなったら教えるから、その時言えよ」

 

「うん!」

 

 握っているスプーンを動かし、自分の名前がかかれている部分に手を付けないといけないことを思い出して固まる。せっかく書いてくれた。それを崩すのは勿体無い気がする。

 

「食べてくれた方が俺は嬉しいけどな。また食べたくなったら、作ってやるから」

 

「……うん」

 

 崩れちゃうのはやっぱり寂しい。潰しちゃうのはやっぱり悲しい。だって、自分の手で自分の名前を消しちゃうこの行為が……。

 

「ったくもう」

 

「あたっ。もう何するのアッシーくん」

 

「ほらこれ」

 

「……ぁ」

 

 ツンと強めに突かれたデコを押さえながら顔を上げると、慧がスマホの画面を見せてきた。その長方形の中にあるのは、そこに映し出されているのは、食べ始める前のオムライス。作った直後に撮っておいたのだろう。それを慧はアルトリアに見せている。

 

「ちゃんと残してある。作った料理、食べたものを撮って母さんに送らないといけないからな。あとは、記録してると自分の成長が分かるし」

 

 初めの頃のひどい料理の写真も残してある。消去しようと思っていたが、それはやめた。記録しておいて、それをバネにするために。それが習慣となって、今も続いている。

 

「だからつまんねー顔すんなよ。似合わねーよそういうの」

 

「うん、うん! ありがとうアッシーくん!」

 

「どういたしまして。それとご馳走さま」

 

「えっ、いつの間に!?」

 

「お前が1人でうだうだ考えてる間に。俺食べるの早いし」

 

「合わせてくれたっていいじゃん!」

 

 その言葉を背に慧は食器をシンクに持っていき、手早くそれを洗い流す。頬を膨らませたアルトリアを揶揄うように笑うと、リビングから出ようとする。その慧にアルトリアは慌てて声をかけた。聞かないといけないことがある。

 

「味は! 味の感想!」

 

「……正直に言ったほうがいいよな?」

 

「もちろん」

 

「野菜が固いし味がほぼ素材の味。俺が先に作り終わっちゃったから早めに切り上げちゃったんだろうけど、もう少し煮込んだほうがよかったな」

 

「うっ!」

 

 「まぁいっか」とか思っていたけど何もよくなかった。やはり料理は侮れない。

 

「でも汁の味はよかった。残ってる分は味が染み込むし、あとはちゃんと火を通せば美味しくなるだろ。はじめからそれだったら、引き分けだったかな」

 

「負けず嫌いだよね」

 

「どの口が言うのやら」

 

 リビングから出てドアを閉める。階段を上がって2階。自分の部屋に行ったらベッドに体を投げ出した。

 

「……母さんめ。俺の好きな味付けを教えてるだろ」

 

 

 

 

 

 一方で、リビングに残されたアルトリアはと言うと。

 

「~~~っ! やっっった!!」

 

 めっちゃ喜んでソファに飛び込んでいた。クッションを抱きながらそこに顔を押し付け、ソファの上で転がる。

 

「あだっ!」

 

 当然そこから落ちるけども、大した痛みはない。それ以上に、胸いっぱいに喜びが広がっている。

 クッションを口元まで下げて、覗かせた瞳で上を見る。慧のある部屋の方向に自然と目が行って、自覚したら顔を赤く染めながら口元を緩ませた。

 

「えへへ。アッシーくんの胃を、掴めちゃうかも。そしたら」

 

 そしたら。その先のことを考えて、目元も緩める。

 そうなったらいいなと。漠然とした『()』を抱いて。

 

 

 

 

 

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