アルトリア・キャスターとの日常   作:粗茶Returnees

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 今回だけシリアスめです。今回だけね!


2話 アルトリアと会った夜

 

 少女との出会いは突然だった。突然じゃない出会いなんて、学校とか会社とか、そういう場でしか起きないものではあるけれど、芦田慧は何度振り返ってもその出会いを突然だったと言う。

 

 その時間は夜だった。友人と遊んでいたその帰り。自転車のライトを付けて、街灯に照らされている夜道を走る。都会と都会に挟まれた都合のいい町。そこに比べれば物価は当然安く、そのくせして電車で30分以内に都会に遊びに行くことできる。地元でもそれなりに揃っている。そんな町でも、道によっては暗いものだ。たとえば今いる山道とか。

 日が暮れれば車もあまり走らないような道。そんな道なのだから街灯だって少ない。慧の友人の1人は、そういう道を通った場所に家がある。誰かの家で遊ぶ時はローテーションで、今日はそこだった。そこからの帰り道はいつも1人だ。

 1人は嫌いではない。考え事をする時はその方がいいし、気分転換も好きにできる。暗いものだから、比較的見えやすい星空も独り占めだ。

 

──ガサガサ

 

「?」

 

 車通りが少ないとはいえ、車道のど真ん中を走る気はない。少ないからこそ、通る車だって速度を上げているから。歩道と車道を分けるガードレールはなく、あるのは段差だけ。慧は歩道の上を走っていて、その左側は山の斜面。生い茂った木や草ばかりが見えるから、見ていて楽しいものではない。

 そんな場所から何やら音がした。何かが草木を掻き分けながら進む音。野生の動物だろうか。奈良だと鹿が飛び出すこともあるだろうが、ここは奈良ではない。熊もでない。猪は、いるだろうか。猿もいるかもしれない。

 

(あんまここの生物のこと知らねぇな)

 

 何がいるかを考えてみて気づいた。いつも見ないものだから、気にもしていなかったらしい。

 そんなことを考えているうちに()()は飛び出した。

 

「あっ」

「は?」

 

 白いワンピースタイプの服だった。ひらひらした薄いものという印象はない。生地がしっかりしていて、破けにくそうなものだ。夜闇の中でも映える美しい金髪は、夜に輝く星より輝いていた。その瞳はどの宝石よりも綺麗な瞳をしている。

 その持ち主たる少女は、目を丸くしたまま慧に落下した。徐行していたのがせめてもの救いか。少女の落下による衝撃以外、酷いものはなかった。自転車と地面に慧の右足が挟まれはしたが、本人曰く大した痛みではないらしい。

 

「いったたた。ごめんなさい大丈夫ですか!?」

 

「退いてくれたら嬉しい。あとお前も大丈夫か? 頭とか」

 

「言い訳できないですけど失礼ですね!!」

 

 第一印象は、最悪に近かっただろう。けれど最悪じゃなかったのは、相性自体が悪くないからだろう。

 少女は慧の上から退いて、彼女に怪我がないかをさり気なく見ながら慧も立ち上がって自転車を起こした。自転車も無事だ。ライトのカバーが衝撃で外れたが、ライト自体は生きている。なので無事だ。

 

()()()()?」

 

「っ!」

 

 「誰」ではなく「何」。その質問は核心をついているものだった。初対面なのにそれを言い当てられている。その事にアルトリアは驚いていた。

 

「えっと……アルトリア・キャスターです」

 

「偽名か?」

 

「名前ですー! 本当にこういう名前なんです!」

 

へー(怪しい)。俺は芦田慧」

 

「アシd……あし……アッシーくんですね!」

 

「諦めたな」

 

「呼びやすくていいと思います!」

 

そうだな(何でもいいや)

 

 スタンドを立てて自転車を止める。こんな出会い方をしてしまうと、「ではさようなら」で帰ることもできない。そこまで芦田慧の神経はそこまで図太くはないのだ。

 明らかに現代人ではない服装。持っている杖もよくわからない。しかも、なぜ山の中から猛ダッシュで飛び出してきたのか。分からないことだらけだ。

 

「で、結局お前は何なわけ?」

 

「話さないと駄目……ですよね」

 

「いや別に」

 

「へ?」

 

話したくないことを聞き出す気はない(そんな目をしたやつから聞き出すのもな)。帰りたいし」

 

「……」

 

 アルトリアが話すのなら長くなるかもと、そう思って自転車を停めたわけだが、予想が外れたので慧はスタンドを上げて自転車に跨る。

 

「え、え?」

 

「どうした?」

 

「ほんとうに、いいの?」

 

「そう言ったろ。腹減ったし帰りたいんだ」

 

「そう、なんだ」

 

「……お前行く宛あんの?」

 

「え?」

 

「どっかの宿予約してたりするわけ?」

 

「してないですけど……」

 

 やっぱりかと呟いた慧がアルトリアを手招きする。その意図がよくわからないアルトリアは、その場で首を傾げた。

 

「乗ってけよ。家まで送ってやる」

 

「家って」

 

「俺の家。行く宛ないならひとまず来いよ。うちの親緩いから急に人が来ても受け入れるし、今日は泊まってけ。んで、どうするか考えればいい」

 

「……なんで、そこまでしてくれるの?」

 

「ここに置いて行っても後味悪いからな。山から出てきてるってことは、土地勘もないんだろ?」

 

 それが嘘か本当かなんて。考えなくてもわかる。()()()()()()()。そういう力を持っているから。

 アルトリアは遠慮気味に、けれど着実に足を進めて慧の側に寄った。互いにその状態でじーっと視線を交し合い、慧がため息をついてアルトリアが小首を傾げる。

 

「後ろに乗れ」

 

「後ろって……この銀色のところ?」

 

「そう。乗せて帰る方が早いからな」

 

「じゃあ……お邪魔しまーす」

 

 ちょこんとそこに座った。跨るのではなく、自転車に対して横向きに。その座り方をされると、慧としてはバランス感覚が狂うのでやめてほしいのだが、自転車すら知らない様子だったアルトリアにそれは言わない。しかも、彼女はタイツを履いているとはいえワンピース。それで跨らせるのは変態な気がしてくる。

 

「……掴まっとけよ。落ちられるのは怖いんだ」

 

「あ、はい。あーでも杖が……これでいいですか?」

 

 しばらく考えたアルトリアが、座る位置を変えた。慧との距離を詰めたのだ。その状態で、彼のお腹へと腕を回した。杖も持ったままだけど、できるだけ運転の邪魔にならないように。可能な限り、自転車と平行になるように。

 そうなれば、自ずと当たるものは当たるわけで。慧は背中に当たっている感触にドキッと胸を高鳴らせるし。アルトリアも一拍遅れてから気づいて顔を真っ赤にした。心臓の音が大きくなって、さらに速くなる。それが彼に伝わっちゃうんじゃないかと意識すると、余計に顔が熱くなった。

 

「……じゃあ、出発するぞ」

 

「……ひゃい」

 

 漕ぎ出してしまえば慧は運転に集中するだけだ。女の子を後ろに乗せるなんて初めてのことで、安全運転を心がける。下り坂ということもあって、速度には特に注意を払っていた。

 アルトリアはというと、知らない乗り物への緊張が今になって訪れている。自分の座り方、実は危ないんじゃねとか思っても遅い。落ちないように、回している腕に力を篭めるので手一杯。言葉は、全然うまく出そうになかった。

 そうして進んでいる中、僅かに慣れてきた気がして──乗り心地には慣れないけど──夜風を感じる余裕も生まれてくる。知らない土地の風だ。同じ風のようで、けれど違う風とも感じる。それはきっと、今の状態にも関係があるのだろう。顔が熱いから、余計に涼しく感じるのだ。

 

「ぁ……きれい……」

 

 ちらっと見えたその夜景に、ぽつりと言葉が出た。宇宙の、夜空の星々の光は減っている。本来見える数よりも少なくて、その原因なのは人の営みの証。夜闇を照らす町の光。けれどそれは、初めて見るものだから。人と自然の等価交換で生まれる夜景。

 いや、きっと等価交換にはならないのだろう。自然の変化は、生態系の破壊に繋がるから。

 醜いものばかりなのに、汚く感じることもあるのに。この夜景は、この時は、なんだかきれいなものに見えた。

 

 山を降りてから数分。慧の漕ぐ足が止まった。そこが目的地。芦田家の家である。

 

「降りて」

 

「はい」

 

 アルトリアがぴょこんと自転車から降りて、それを確認した慧も自転車から降りる。家の敷地内に入り、所定の位置に自転車を停める。庭付きで2階建ての一軒家。一軒家の平均よりは、大きい建物だ。

 感心するようにきょろきょろと周りを見るアルトリアを慧が手で招く。それに気づいた彼女が、照れ臭そうにしながら足早に寄る。玄関のドアを開ければ、慧は先にアルトリアを通してから後に続いた。

 

「ただいまー。あ、靴は脱いで」

 

「へ?」

 

「どの国から来たのかは知らないけど、この国は家の中は土足厳禁な文化だから」

 

「へ~。そうなんですね」

 

 慧が靴を脱いで上がり、アルトリアもそれに倣って続いた。晩御飯を食べることと、母親に紹介すること。どちらもやるために、まずはリビングへと足を運ぶ。

 

「おかえり~慧。ご飯よそるから手伝って~」

 

「あーうん。でも母さん。もう1人分欲しいんだ」

 

「あらお友達? 先に連絡くれたらよかったのに~」

 

「ごめん。ちょっとドタバタしてて」

 

「いいのよ~。それでお友達は?」

 

「はじめましてー。アルトリア・キャスターと申します……」

 

あらかわいい(かわいい)

 

「へ?」

 

 母親の反応にアルトリアは戸惑い、慧は手を洗いに洗面所へ。

 

「アルトリアちゃんって言うのね。慧のガールフレンド?」

 

「がーる……え?」

 

「違うから!!」

 

それにしても可愛らしい子ね(かわいいかわいい)

 

「あの……えっと……」

 

 母親の反応をある程度予想していた慧だったが、予想の斜め上を行っているので急いでリビングへと戻った。アルトリアの肩を掴んでいる母親を離れさせ、大まかな事情を説明することに。

 

「一晩泊まらせることになったんだ」

 

「一晩じゃなくてもいいわよ」

 

「判断が早い!」

 

「行く宛がないなら、ここにいたらいいわ。気が済むまでゆっくりしたらいいわよ」

 

「何も聞かずに、そんなこと決めていいんですか?」

 

「うん。だってアルトリアちゃんいい子だから」

 

 出会って1分でそんなことを言われるとは、誰も思わないことだろう。困惑しているアルトリアは慧に助けを求め、その視線に気づいた慧は肩を竦める。

 

母さんはこういう人なんだよ(いつものパターンだ)

 

「そうなのですか」

 

「それに、アルトリアちゃんここにいた方が、慧の側にいた方がいいわよ」

 

「なんて?」

「それはどういう……」

 

()()()()()()()()()?」

 

「……っ!!」

 

「その先で慧に会ったのなら、慧と一緒にいたらいいわ」

 

「あなたは……いったい……」

 

「やーねー主婦よ」

 

「めちゃめちゃ勘のいい、な」 

 

「そんなわけで、慧も()()()()()()()()

 

「……ああ、そういう」

 

 アルトリアの分のご飯も用意するため、母親は台所へと向かった。それを目で追ったあと、話についていけなかったアルトリアが慧に目を向ける。なんかトントン拍子で話が進んだけど、結局何がどうなったのだと。

 

「好きにしたらいいよ。明日以降もここにいるのか。それとも違う場所探すのか」

 

「アッシーくんの協力というのは?」

 

「それなー。説明が難しい。俺お前のこと全然知らんし」

 

「あはは……。何も話してませんからね……」

 

 それで協力してもらうというのは虫のいい話だ。その協力の中身はよく分からないけれど。慧としても、アルトリアのことを全く知らないから説明に困るとのことだ。

 だが、アルトリアにとって身の上話は、そうやすやすと語れるものではない。たとえ相手が魔術師の家系だとしても。

 結局のところ、何をどうするにしたってアルトリア次第となる。自分で決めないことには、何も始まらない。それならば、ひとまず今晩それを考えよう。身の上話をするのか。そして明日からどうするかを。

 

「実践したほうが早いか」

 

 そんなアルトリアの考えを慧が遮った。彼女の肩に手を置き、前髪をそっと上げる。

 「なにを」と言う前に、アルトリアは自分の額に何かが触れたのを感じた。それが何かを理解するまでにたっぷり10秒を要し、理解と同時に顔を真っ赤に染め上げる。

 

「な、なななな、なにをしてるんですか!?」

 

「何って。まぁ、協力ってやつ」

 

「はぁ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「説明は! いるでしょう!」

 

「痛いいたい! 杖で叩くな!」

 

 杖は危ないかと踏みとどまったアルトリアは、若干涙目になって慧を睨みつける。

 

「うぅぅ。こちとら好きな人なんてできたことないのに! 責任取れ責任!」

 

「いや責任って……。口じゃないんだしノーカンだろ」

 

「そういう問題じゃないぞバカー!」

 

「そうよね~。慧は責任取らないといけないわよね~」

 

「母さんまで……。協力しろって言ったくせに」

 

「してあげてねとは言ったけど、命令はしてないじゃない? 自分でやったことには、責任持ちましょうね~」

 

「うぐっ」

 

「そうだそうだー!」

(……あれ? ()()()()?)

 

「慧も思春期よね~。やり方なんて他にもあるのに」

 

「待って母さん。それ俺聞かされてない」

 

「あれ~?」

 

 他のやり方あるならそうしてたと詰め寄る息子を、母親は「おかしいな~」とか言いながらのらりくらりと躱す。実際、母親はその手のことに詳しくない。本当に、「ただ勘が良いだけの主婦」だからだ。知っているのは、他の手段もあるということ。そしてそれを教えられるのは、今も欧州を練り歩いている父親だけだ。

 

「あの……わたしに何をしたのですか?」

 

「なんていうか……、蓋をしたって言えばいいのかな」

 

「その手のことが得意みたいなのよ~」

 

「得意と言うより、それ以外にできることないだけ」

 

 そのおかげとも言うべきか、父親より抑えられるものが多い。一芸特化なのだ。

 

「ずっとその状態ってわけでもないぞ。一定距離にいればって話だから」

 

「なるほど」

 

 それなら父親はどうやって仕事してんだろと疑問に思い、そしてそのやり方とやらに思い至った。要は、そういう物を用意しとけばいいだけだ。今まで使うこともなかったものだから、今の今までそれが思いつかなかったが。

 

「そういうことが、できるんですね」

 

「解除もできるからいつでも言ってくれ」

 

「あらあら慧~」

 

「……何かな母さん」

 

 嫌な予感がしながら反応する。母親は何やら楽しそうにニコニコしていた。

 

「責任は、取りましょうね~」

 

「いや、だからどうするかは決めてもらうわけで……」

 

「女の子の純情を刺激したんだから、その責任は取らないとでしょ?」

 

「あの……母さん?」

 

「アルトリアちゃんに最後まで協力すること」

 

「わたしとしては……そうですね。今は思いつかないので、しばらくお世話になります」

 

「うんうん。じゃあアルトリアちゃんは慧の部屋で寝てね~。客室とかないから」

 

「はい。……はい?」

 

 彼女と出会った夜は、そうやって最後まで振り回された。

 

 




アルトリア「あの……この服の丈が短いのですが……」
母親「彼Tってものがあってねアルトリアちゃん。そういうものなのよ」
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