ゴールデンウィークに突入したが、慧の予定は崩壊している。アルトリアが来たことで崩れていたのだが、そこからさらに崩壊した。予定のよの字もない。
「どこか出かけるのアッシーくん?」
「ん、まぁな。ゴールデンウィークの間家にいないから」
「え……。ぁ、そうだよね。わたしが急に来ちゃったからやっぱり迷惑だったんだよね」
「一言もそんなこと言ってないが?」
すぐ後ろ向きに捉える彼女を軽くデコピンする。あとが残らない程度で、けど確かな衝撃を加えて。
「バーヴァン・シーの母親に呼ばれててな。数日分の着替えも持って来いって」
「どういうこと?」
「さぁ? 行けば分かるってパターンはいつものことだから。それに無理難題を押し付けるような人でもないし」
「ふーん? じゃあわたしも行く!」
「え」
「向こうだって急に言ってきたんだよね? それならこっちだって急なことしてもいいでしょ」
付いてきてアルトリアが楽しめることだろうか。予測もつかない用件のことを考えて、バーヴァン・シーがいることも考えて、可能性はあるかなと甘く考える。
「来るならお前も荷物纏めろよ。迎えの車が家に来るから……っていねぇし」
鞄に荷物を入れきったところで振り返ると、そこにいたはずのアルトリアがもういない。本気で強行手段を取るつもりなのだろう。そうと決めたら行動力の高いことこの上ない。
彼女がそうやって好きに動けているのなら、慧としては申し分ない。元々、向こうの家に行けばその話もするつもりだったのだから。
「ねぇねぇアッシーくん! おやつって何円まで?」
「遠足じゃないんだから」
バーヴァン・シーはお嬢様である。住んでいる家は豪邸だ。敷地も広大。SPまでいる。
その敷地に入るには、正面の門以外ない。壁をよじ登ろうものなら警報機が鳴る。無視して壁の上の柵に触れると、体が痺れる程度の電気が流れる。そこから落下しようとも、その時は地面に仕込まれたマットが顔を出すので死人は出ない。怪我もしない。
そんな仕掛けがあるものだから、正面の門からしか入れないのだ。そして、それを開けられるのは住人と一部の人間のみ。雇われているSPですら、全員が自由に出入りできるわけではない。
「うわぁ……なにこれ」
「いつ来ても慣れないなぁ。世界観が違う」
「とか言って。初めて来たときでも緊張してなかったじゃん」
「いやいや、見栄を張ってただけだよ」
「アッシーくんここに来るの何回目?」
「6回目かな」
「もっと遊びに来てくれてもいいんだぜ」
「遊ぶなら、お前を外に連れ出すよ」
「……そう」
複雑そうにバーヴァン・シーが呟く。その頬はわずかに緩んでいた。
「お疲れ様でした皆様」
車のドアが開けられ、最初にバーヴァン・シーが降りる。それに続いて慧が降りて、その後ろをアルトリアがついていく。
「アッシーくん荷物は?」
「ああ、それはここの人たちが運んでくれる。それも仕事らしいから」
「キャスター様の荷物はどちらの部屋へ運びましょうか」
「キャスターさま……!」
「はいはい目を輝かせない。なんならこれからそう呼んでやろうか?」
「それはやだ」
「キャスターのは私の部屋に運んでくれていいわ」
「畏まりました」
バーヴァン・シーがそう指示を出した。その事にアルトリアは意外だと目を丸める。これだけ大きければ部屋も余っているはずなのに。客人同士という括りで、慧と同じにさせる手もあった。アルトリア的には後者がよかった。
それなのに、バーヴァン・シーはアルトリアの荷物を自室に運ばせる。同じクラスとはいえ、まだ互いのことを全然知らないのに。
「別にいいでしょ? 話したいこともあるのだし」
「そうなんだ。うん、わたしもせっかくだから、バーヴァン・シーとお話したい」
「そ、そう? なら行きましょ。慧はお母様に会わないといけないから、用事が済んだら部屋に来るように」
「オッケー。何時になるかは知らんけど」
バーヴァン・シーたちとも別れたところで、車を運転していた執事が戻ってきた。SPたちを束ねる者でもあり、バーヴァン・シーの送迎を任されているものでもある。それはつまり、それだけの信頼を寄せられている証。彼もまた、それを誇りに思っている。
「待たせたな」
「いえ全然」
高身長な男性。長く白銀の髪は美しく、鍛え抜かれた体を持つ。慧は一度だけその体を触らせてもらったことがあるが、鋼か何かかと思わされたものだ。ライフルで撃ったところで、この人なら死なないとまで思っている。
豪邸を進み、階段を上がって3階へ。門側にある部屋が、お母様が家で仕事をする時に使う部屋。慧が来る時も、いつもそこにいる。それだけ忙しい人なのだ。
「失礼します。芦田慧を連れてまいりました」
「ご苦労様です。お前は下がって休暇に入りなさいウッドワス」
「はっ! ですが……。お言葉ですが、皆様の休日を守ることも私の職務です」
「お前がよく働いてくれていることは理解しています。だからこそ、休みを言い渡しているのです。お前がそのまま働き続けるようでは、私の心労は癒えませんよ?」
「なんと……! これは思慮が浅はかでした。申し訳ございません」
「分かれば良いのです」
何やら感銘を受けたウッドワスが部屋から退出する。2人のその関係性は、慧には分からないものだ。そういうもんなんだなぁと見送り、少し待ってから視線を戻した。退出させたのだから、信頼している彼にすら聞かれたくない話のはずだから。
その読みは当たっていたようで、お母様はその気遣いにくすりと微笑んだ。その姿に慧は、トモダチの親ながら、綺麗な人だなと毎回思わされる。
「そちらの席に座りなさい。茶も用意させました」
「では失礼します」
仕事机の前には、応接用のソファとテーブルがある。慧はその1つに腰掛け、お母様がその対面に座る。
「積もる話もありますが」
「俺にはないです」
「長話をしてはこの後に支障が出ます。ですが、聞きたいこともあるのでまずはそこから」
用件も大事だが、その前にまずは聞かないといけない。大切なことを。
「学校でのあの子の様子はどうですか? 友だちは増えてますか? まさか、誰かに嫌がらせなどは受けていませんよね?」
「何かあればモルガンさんに話してると思いますけど……」
「そうだと信じたいですが、親だからこそ言いにくいこともあると、そう聞いたものなので」
「まぁ、それはたしかに」
「やはりあるのですね!? あの子はいったい何を抱えているのですか!?」
「落ち着いて!? 俺にも実感あるなって思っただけですから!」
「そうですか。……慧が両親に言いにくいこと、私でよければ聞きますよ」
「何この背徳的な感じ」
トモダチの親に打ち明けるのは、なぜだかとてつもなく後ろめたいものを感じた。
「私は微塵も慧に気がないのでご安心を」
「うん。ありがとうモルガンさん。俺はまだノーマルでいられそうだ」
「今の貴方はもうアブノーマルでは?」
「そんな馬鹿な。で、あれ? なんの話でしたっけ?」
「バーヴァン・シーの学校生活の様子を教えなさいという話です」
「そうでしたそうでした」
バーヴァン・シーの学校での様子。それがどんなものかと言われても、普通だなという印象が真っ先に出てくる。けれど、その普通というやつは漠然としているから、こういう時の話には使えない。
「友だちの数はあまり増えてないと思います。人付き合いが苦手ですからね」
「距離感をうまく測れないのでしょうね」
「たぶん。でも、減ってもいないし、仲良い相手とは関係が良好ですよ。今は席が近いから俺とよく話しますけど、そうじゃない時は他の仲良い人と話してますから」
「そうですか。それを聞けて安心しました」
モルガンは別に、娘のバーヴァン・シーに友人を増やしてほしいとは思わない。もちろん、それはそれで有りだとは思っている。けれど、それ以上に不安が募るのだ。妖精眼を持つが故に、娘の心配をする親心が強くなる。
バーヴァン・シーはとても善良な子だ。優しい女の子だ。だが、優し過ぎるし純粋だ。素直だ。他人を疑うことが苦手で、相手の悪意をうまく見抜けない。何よりも、
その考えは、なんとか薄れさせているが根底にはやっぱりある。利用されないようにするためには、第一に人を近づけさせない。利用する側に回すのは難しいから、そっちに教育方針を切り替えている。そしてそのための、彼女の口の悪さだ。性格のキツさだ。それによって、可能な限り相手を離れさせる。
「今後も、あの子のことをお願いしますね」
どう対策を取っても限度というものはある。純粋で素直なバーヴァン・シーだから。相手を選ぶことが苦手で、選ぼうにもその選択は誘導しやすい。だからこそモルガンは、娘の友人にはそれを守れる者を求めた。そして慧が、それを満たしている。
実際に会い、妖精眼で本質まで視て認めた相手。娘の手を取れる友達であり、娘を守れる騎士。娘周りで信頼できる数少ない相手。
「私としては、慧がバーヴァン・シーと添い遂げてくれると安心できたのですが」
「娘さんは魅力的な女性ですけど、俺にはちょっと。バーヴァン・シー自身、俺とはそういう関係を望んでませんから」
「ええ。わかっています」
あくまで友人の域。対等でいられる距離。けれど他の友達とは違うから、唯一無二のトモダチ。
それがバーヴァン・シーが慧に求めたもので、慧もそれがいいなと納得した形。
「さて、本題に入りましょうか」
「そうですね」
「先日、駄菓子屋なるものにあの子を連れて行ったようですね」
「はい。そこに行くのはまずかったですか?」
「いいえ。とても楽しんでいたようですし、感謝しています。夕飯でも目を輝かせながら語ってくれましたからね。
「あれなんでだろ。ニュアンスがおかしい気がする!」
「そこは別にいいのです」
「えっ流すんだ!?」
「いくつかプレゼントしてもらえましたし」
ドヤ顔である。
「話はその後のことです。バーヴァン・シーを自転車の後ろに乗せて送ってきたそうですね?」
「車の免許とかないんで」
はじめはいろいろと言っていたバーヴァン・シーだが、いざ出発してからは言葉数が減っていた。慧に腕を回すのでもなく、アルトリアのように横向きでもない。背中をピタリと合わせて座っていた。それで言葉数が減ったのだから、慧は運転が悪かったのかなと反省したものだ。
「バーヴァン・シーは楽しそうに、たいへん喜んで話したのです。今まで以上に、心を通わせ合えたかもと」
「物理的に距離が縮まってましたから」
話しながら思い出す。体が触れ合うほどに近づいたのは、トモダチになった日以来だなと。
だがモルガンにとってそこは関係ない。娘的には大事なことではあるが、個人的にはどうでもいい。
「私もあの子を喜ばせたい!」
「あ、はい」
「あの子の為ならなんだってやります。夢さえ捧げる覚悟はできています! ですが、並の幸福を与えるためには職をするしかありません。売れてしまえば仕事も増える! ひいては娘と過ごす時間が減る!! 本末転倒です! こんな社会灰になればいい!」
「あ、はい」
「ですので、限られた僅かな時間を有効活用できるようにしたいのです」
「そういえば、モルガンさんってシングルマザーでしたっけ?」
「いいえ。愛する
「……」
慧は深くは聞かないことにした。一度も会ったことがない人の話ではあるし、なんか突っ込みたくない話題だったから。
「話を戻します。慧、この大型連休に来ていただいたのは他でもありません! 私に自転車の乗り方を教えなさい!」
「えぇ……」
トモダチの母親に自転車の乗り方を教える。
芦田慧は直視したくない現実に襲われていた。
「あ、娘にはバレないようにやりますよ。こっそり練習していることがバレるのは恥ずかしいので」
難易度は高かった。
ウッドワス ふさふさした綺麗な髪の持ち主。力が弱いのにモルガンに信頼されている慧に嫉妬することがしばしば。でも慧のことは認めている。
モルガン ママチャリデビューを目指して特訓開始。
アルトリア&バーヴァン・シー 部屋でガールズトーク(物理)をしている。