[終了]葉隠透オリ主短編集   作:高鹿

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▽男性・同級生/中学時代/青春恋愛
見えない君に、恋をした


雨の続く日が切れ始めた朝。教室へ入った時、妙な違和感があった。首の後ろがざわざわするけれど取り立てて目に見えて妙なことはない。みんな髪の毛の長さは昨日と大して変わっちゃいない。であるならば、理由は一人だろう。

 

「葉隠、おまえ髪切った?」

 

"透明"という個性を持っているらしい、服が浮いているようにしか見えない同級生に近付いてそう声をかけた。一年の頃は大分いろいろと言われてたみたいだけど、二年になった今じゃもう全員慣れきったもんだ。

 

「は? 髪前何言ってんの?」

「葉隠ちゃん見えないんだからテキトー言わないでよ」

「いや、お前らに訊いてねーし」

 

葉隠と話していた女子二人に責められるがそんなことはどうだっていい。俺にとって重要なのはこの教室から『髪の毛の絶対量が昨日より確実に減っている』ということだけだ。

 

「えっと、ごめん二人とも。実は昨日自分で切ったんだ」

「まじ? 髪前当たってんの!?」

「マジヤバイ!」

 

葉隠のシャツの袖が少し上に向いたから、前髪でも触ったんだろう。気に入っているのかいないのかさすがにその仕草じゃ分からない。

 

「おぉ、やっぱか! 夏だもんな。たぶん似合ってるぜ! って見えてねーからムセキニンかもだけど」

 

それにしても美容師に頼むのは難しいだろうけど、年頃の女の子が自分出来るってかなりデキる奴だな。わりと自分のことは自分でやるタイプなんだろうか。いやそうでもないと生きていけなかったのかもしれんけど。

 

「ありがとう! でも見えてないのにわかったんだ?」

 

ことりと襟の部分が傾げられ、何だかちょっと可愛い。

 

「んん、勘みたいなもんだよ。俺の個性、髪の毛操るってやつだから髪に関しては人一倍敏感なんだ。空間内の髪量が昨日と変わってんのに誰も切ったように見えないからさ、たぶん葉隠だろうなって」

「へぇー。そういうのもわかるんだ!」

 

すごいね!、と言ってくれる葉隠はきっと笑ってるんだろうと思う。明るい声でそんなこと言われたら、ちょっと調子に乗りそうになっちまうぞ。

 

「あ、そうそう。夏なら切るのもいいけど簪もオススメしとくぜ。葉隠なら透明風鈴タイプのやつとか似合いそう。色はやっぱ青とか水色かな」

 

普段持ってる小物とかをみると、寒色系が好きなんだろう。明るい元気な女子に水色は結構似合うし、夏みたいな葉隠には抜ける青はぴったりだろう。

 

「似合いそうなんて初めて言われた」

「お?まじ? 髪飾りに関してはアテにしてくれよー。あとロングにするのもショートにするのもお手のものってな」

 

そんな風に笑ってるとHRの鐘の音が鳴り、慌てて「じゃあな」って自分の席に戻ると葉隠は手を振ってくれていた。

 

 

 

 

彼女のことを目で追うようになったのはそれからだ。

 

 

 

 

葉隠は個性こそ変わってるけど、良い奴だと思う。可愛い声だし、明るいし、体育祭とか文化祭ですげー楽しそうにやるからみんなも引っ張られる、そういう奴。

見えないのに表情が見えそうなぐらい笑って、大きい仕草で全身から感情を表現していって、周りに友達が絶えない。……ちょっと、いや、だいぶ下世話だけど、わりと胸が大きい。体育のホットパンツが割ときわどい。

 

だけど一年と二年で同じクラスだった俺がやっとこさっと葉隠の髪の毛に気が付いたってことは、もしかしたらかなり髪の毛がロングだったのかもと思い至る。しまったな。切る前に触らせてもらえばよかった。……いや、セクハラか。セクハラになるな。たぶん。

 

今の席の関係上、右斜め前の方に葉隠が見える。カリカリとノートを几帳面に取って行くペンは、割とシックにグレーだった。

 

 

 

 

 

 

 

日々が過ぎてクーラーもない教室では誰もかれもが熱い茹だると言って、髪の毛の空間絶対量もわかりやすく減りつつある。そんな中で、夏休み前最後の席替えをして、青い空が見える窓側の席の葉隠が、暑いねと机に腰を預けて喋りながらタオルで顔を拭いているのがみえた。

 

入道雲みたいな硬い雲と青い空が見える窓のフレームを背負って蝉の声がじーわじーわと響くいつもの世界で、紺のリボンと白い半袖のシャツだけが浮いたその光景。

 

何だか、それが、すっげぇ────。

 

 

 

 

あの後、ぼんやりとした熱に浮かされたまま、いつの間にか授業も掃除も終わって俺は家に帰っていた。ノートをちゃんと取れていたんだろうか。わからない。確認する気も起きない。

 

 

 

 

青い空を背景に友達と笑う白いシャツ。たったそれだけ。去年だって見ていただろう光景。それなのに今年はやけに際立った。綺麗な一枚の絵みたいだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺がぼんやりしていても日々は過ぎていくわけで、とうとう期末一週間前になった。成績上位の葉隠は友達に教えるためにかいつも遅くまで教室に残って勉強を見てやったりしていて、面倒見がいいなと思った。俺も出来るだけ頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、お疲れ―」

「期末終わったぁぁぁ!」

「やったー夏休みー!」

 

担任の声とクラスメイトの声がざわざわと混じる中、とりあえず成績上位は確保できただろうとほっと胸を撫でおろしていた。机の上の筆記用具を仕舞って鞄の中を整理する。今回は英語が最終日に縺れこんでブーイングの嵐だったけれど、次の中間はどうなるか。出来れば初日に終わって欲しいもんだ。

 

担任の適当なHRも終わり、あとは数日の登校日で晴れて夏休みになる。夏休み前にテストは返却されるわけだが、数日で返却用に採点をする教師陣の苦労を考えると、正直有り難さしかない。

 

さて帰るか、と席を立ちあがったところで、目の前にシャツが浮いていた。黒いリボンをふわふわと弄っているのが何となく可愛い。

 

「どした、葉隠」

「ちょっと、お願い事があって」

 

恥ずかしそうに小さく笑う声。なんだろう。

 

「俺に出来る事ならいいけど」

「あの、今度、夏祭り行くから簪選んで貰いたいんだ。ついでに髪も伸ばしたいんだけど」

 

簪。梅雨が明けて夏に入り始めのころにそんな会話をしたような気がする。うん、確かにした。

 

あ、これ、買い物のお誘いか。

 

じわじわとそのことが頭に届いて何だかどきどきしてきた。いやどう考えても単なる用事であってデートではないだろうけど!それでも嬉しいもんは嬉しい!

 

「やっとその気になってくれたんだな」

 

それにしても浴衣に合わせた簪選びは楽しいもんだと思う。女子の髪の毛でゆらゆらと揺れているああいった小物は綺麗だし、それをつけて女子が笑っているのはいい。すこぶるいい。だいすきだ。それを好きな女子がつけてくれるってんなら俺は協力を惜しまない!

 

「そんじゃ連絡先交換しようぜ」

「うん」

 

端末出してQRコードでお互いのプロフィールを交換する。ハガクレ・トオル、と。よし、登録完了。連絡先ゲット。

 

「いつ行く? 期末終わったしある程度は暇だけど」

「髪前くんって、家どっち方面だっけ」

「俺? 糸巻町のほう。微妙にこの学校の学区なんだよな」

「私とは反対だね」

「じゃあ今日行っちまうか?」

「そっちの方がいいかなー」

「昼にもなってないしそうしようぜ」

「ん、じゃあお願い!」

「オッケー、任せとけって」

 

早速行くか、ってスクールバッグを手に声かけて俺たちは教室を後にした。

 

 

 

 

「浴衣はもう決めてるのか?」

「うん。お母さんと一緒に買いに行ったんだ」

 

駅の方の賑わってる方へ歩きながら訊いてみたら、そんな答えが返ってきた。決まってるなら浴衣に合わせる方向だろうけどどんな色柄か教えてもらわんと、って考えていたらスマフォを渡された。んん?

 

「これこれ」

 

と、画面をコツコツ叩かれ見てみると鏡を前にしただろう浴衣が宙に浮いてる写真が見える。可愛い。黒地に金色と赤の金魚が流線的に泳いでいるおとなしめの柄は、いつも元気な葉隠のイメージとは少し違ったけどそれでもなんでだか似合ってると思った。可愛い。すげぇいい。

 

「ん、こういう感じか」

 

だけど素直に可愛いって口に出せれば多くの男子中学生は苦労してないだろうと思うしご多分に漏れず俺も言えない。恥ずかしい。でも葉隠が可愛くて最高に神様有難う。

 

「それならシャラシャラつけるよりは一本差しでビシッと決めた方が引き締まるかな。前言ってた風鈴よりは珊瑚のやつとかさ」

 

いろいろついた花のやつもすげぇ可愛いとは思うし、浴衣が辛めだから逆にアリかもしれないけど、まぁ初めてならオーソドックスに行くのが良い気がする。あとシンプルなもんなら普段使いも出来るわけだし。

 

「珊瑚? 高くない?」

「ピンからキリまでだよ。あとまぁイメージだし」

 

あ、そういや予算聞いてなかった。

 

「簪の予算、どれくらいか訊いてもいいか?」

「2~3000円ぐらいなんだけど、大丈夫?」

「じゅーぶんじゅーぶん」

 

もう七月中旬入ってる今なら丁度セールも始まってるぐらいだから、案外安く手に入る気もするし。

 

「似合うの見つけようぜ」

「うん!」

 

勢いよく頷く葉隠がやっぱり可愛くって仕方なかった。

 

 

 

 

「やー、男一人だと入り辛いんだよなこういうところ」

「でも慣れてるね?」

「まぁ入り辛いだけだからな」

「……他の女の子と一緒に来たりとか?」

「は? いや、こねーって。姉ちゃんに連れられたりはするけどよ」

「そっかー」

 

 

 

 

そうして視線の端をそれが横切った。

紅い透き通った玉と、涙滴状カットのパーツが付いたモノ。控えめだけど可愛らしさは決して忘れてない。

 

「葉隠」

 

簪専門店の中を物珍しそうに眺めていた相手を呼びとめて、簪をかざして一緒に風景の中に収める。さっき見た浴衣を思い出して重ねていく。

 

「……見え、ないんだよね」

「おう」

 

葉隠は首を傾げたのか、すこしスクールバックが肩からずり落ちた。

 

「でも、何となく雰囲気とか、見えるもんあるだろ」

 

うん、きっとこれが似合うと思う。値段はセールで1300円。

しゃらりと葉隠の手を促して乗せると、わぁ、と嬉しそうな声。

 

「かわいい」

「それぐらいの飾りなら、学校に付けてきても大丈夫だと思うしさ」

「え、そこまで考えてくれてたの。ありがとう!」

 

ぱぁっ、と笑った顔が、見えたような気がした。

 

「これ買って来るね!」

 

パタパタとレジに向かう葉隠を見送って、簪台に視線を落とす。

 

────駄目だ、葉隠可愛すぎる。

 

 

 

 

とりあえず昼ちょい過ぎたしそろそろ帰るか、って話になり、ヘアメイクとか髪伸ばすとかの日程は後日話そうってことになり解散した。

 

簪が入った袋を丁寧に鞄に入れる葉隠は可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏祭り当日。連日付けて簪の感覚を掴むのもいいけど、人ごみだからってことでヘアメイクをさせてもらうことになった。というかぶっちゃけ女子の髪の毛って触るの初めてなんだけど大丈夫か。姉ちゃんはノーカン。

 

「いらっしゃい!」

 

出迎えてくれた葉隠はもう既に着付けたみたいでめちゃくちゃ可愛くて可愛くて仕方がなかった。やばい。どうしよう。心臓痛い。手汗かく。

 

そんな風にぐるぐるしながら家に入ったら、クーラーがわりとガンガンに効いてて安心した。

 

手を洗ったり何だりして、リビングの椅子に腰かけた葉隠の後ろに立って、よし、と頷いて両手を上げた。

 

「そんじゃ髪にさわるけど、葉隠ちょっと俺の手を案内してくれよ。下手なところ触ったら悪いし」

 

襟もとでわかるっちゃわかるけど、一応、念のため。

 

差し出した両手に触れた透明な手はそれでもちゃんと体温があって、あぁここにいてくれてるんだな、なんて当たり前のことをぼんやり考えてしまった。

 

「頭はここ」

 

ふわり、指先が葉隠の髪の毛にふれる。さらさら、つやつや。思ってたよりわりと短い。

 

「……」

「な、何か変?」

 

あ、やばい。無言だった。

 

「いや、綺麗な髪の毛だなって思ってよ。さらさらだしよく手入れもされてる栄養だってたっぷりだ。これならロングにするのも手間かかんねーよ。おっと、あんまり無駄に触るとセクハラか! すまん!」

「ううん、いいよ」

「じゃ、髪の毛伸ばすぞ。前髪はある方がいいか?」

 

そんな風に要望を訊きながら、つむじ側の髪を片手で挟んで、もう片手は毛先を挟んで丁寧に伸ばしていく。見えないから難しいけど、見えないからこそ指先の感覚が冴えていく気さえした。

 

 

 

 

整え終えて、葉隠の髪はうなじ辺りだったのが、肩甲骨の少し上辺りまでの長さになった。よしよし。

 

「すごい、手で梳いてもさらっさら!」

「それは俺の個性じゃなくて葉隠が自分の髪の毛大事にしてるからだよ」

「そっかな。ありがとう!」

 

にこにことありがとうをよく言う葉隠。そういうところが本当に好きだなって、思う。でも好きって私情を乗せるのはよくない。だって葉隠は可愛くなりたいだけなんだから、俺の感情は二の次だ。

 

「じゃあ髪まとめるな」

 

さらりと髪束を纏めていって、ねじる。痛くないかと問えば、大丈夫、と。他人の簪で何が難しいってここの力の調整だ。力を入れなけりゃすぐ崩れるけど、入れすぎても肩が凝ったり頭痛がしたりと面倒なことになる。

 

「簪くれ」

 

渡された簪はやっぱり浴衣を目の前にしても、うん、いい。差してぐるりと回転させて突き刺す。長さを出したからさらりと落ちてるけど、大人っぽさが出てる筈だ。……たぶん。

 

「崩れないように黒ピンでも止めちまうな」

 

ポケットに入れてたケースから、指で数本はさんでちくちくと差していく。簪初心者だから、なるたけ負担はない方がいいし気兼ねなく遊んで欲しい。

 

透明な頭部は確かに難しいけど、触れてしまえば普通の女の子だ。ずっとどっかは触ってないと形が把握し辛いのは、まぁ、申し訳ないとしか言いようがなかったけど。俺にサーモグラフィー的な視界があれば違ったのかもしれない。

 

「うっし、出来た」

 

宙に浮く簪は、それでも葉隠の髪を纏めている。

 

「わ、ありがとう!」

「ちょっとやそっとじゃ外れないと思うし、祭りに行って帰ってくるぐらいなら大丈夫だと思うぜ」

 

わー、と感激した声で簪とかを触ってるだろう葉隠が無性に幼く見えて、しっかりしてるようでこういうところがあるんだよな、って笑いがこぼれた。

 

「それにしても、髪前くんすごい技術持ってるね」

 

すごいなぁ、と落とされた言葉は本当に嬉しい。

 

「ありがとな。……実はさ、いつかヘアメイク専門でやりたいって思ってるから、ほんと嬉しいわ」

 

きっと葉隠なら笑わないって思って、口に出してみた。

 

「美容院とかで髪の毛切られ過ぎたとか、そういう失敗談ちょいちょい聞くんだよ。俺の個性ならそういう人達の受け皿になれるかなって思うし、そうじゃなくたってその時だけ長くしたいってきっとあるだろ」

 

なんてな、ってちょっと恥ずかしくなって笑ったら、俺に背を向けてたはずの葉隠は、こっちを見ていた。

 

「────」

 

あ、いま、視線あった。

 

透明なのにそんな気がして、思わず胸元、心臓部分の服を掴んで、荒れそうになる息を抑え込む。

 

「髪前くんは、ほんと凄いと思うよ。自信持って!」

 

立ち上がった葉隠は夏休みで伸びた俺よりちょっと小さくて、それでも心意気がでっかくって、お前の方が凄いよって言えたらどれだけ良かっただろう。臆病者め。

 

 

 

 

お礼は今度するね、と意気込む葉隠を宥めながら一緒に家を出ると、夏とはいえすこし日が傾いてきている様子が見えた。可愛らしい籠バックを持った葉隠がかちりと鍵をかける。

 

「祭り、誰と行くんだ?」

「いつもの友達とだよ」

 

その言葉にほっとする。クラスの男子とかだったら、さすがに妬いてたわ。

 

「楽しんでこいよ」

「ありがとう」

 

一軒家特有の門を抜けて、じゃあな、って言おうかどうかというところで、ねぇ、と葉隠の声。

 

「ん?」

「糸巻町の夏祭りの日、21日だよね。髪前くん空いてる?」

「21か……おう、空いてる。そっちも行くのか? 良かったら手伝うよ」

 

端末操作してスケジュール見ても、夏期講習とかは入ってない完全なフリーの日だった。

 

「ありがとう。それで、出来れば、一緒に行きたいなって」

 

……。うん?

 

「……俺と一緒に?」

「うん。一緒に」

「みんなで?」

「ふたりで」

 

一緒に、ふたりで。

 

「えっ、あ、」

 

ぶわっと体温が顔に駆け抜けていった様な気がして、思わず口許を片手で押さえる。え、なにこれ、夢?夢なのか?

 

「あっ、嫌だった!? 大丈夫、断っていいから!」

「ち、違っ。違くて、スッゲー嬉しいの! 葉隠から誘ってもらえるなんて思ってなくて!」

 

慌てて否定すると、籠バックを握りしめて、緊張してるのが丸わかりだった葉隠から肩の力が抜けたのが見える。

 

「じゃあ」

「ん、8月21日な。よろしく。詳しいことはこっちでだいじょぶか?」

 

手に持ってた端末を振ると、うん!、と元気な声。

 

「ありがとう!」

「こっちの台詞だよ。っと、そろそろ待ち合わせ時間だろ。……ちょー可愛い葉隠の浴衣姿見せつけてこいよ」

「! もー!」

 

きっと真っ赤になってるだろう葉隠にぽかっと一発軽く殴られて、じゃあな、って今度こそ言って俺は駅の方に足を向ける。角を曲がって葉隠から完全に見えなくなったところで、俺は走り始めた。走らないでいられるか!

 

「あー、もう葉隠ほんと可愛い死ぬ!」

 

思わず叫んだ声が、誰にも聞こえてませんように、ってのは都合が良すぎるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃん」

「んー、どした?」

「じょ、女子から祭りに誘われたんだけどどうしたらいいのかわかんねぇから教えてください」

「……おぉ、お前が……。とりあえずいつも通りでいいんじゃないの?」

「それが出来たら苦労しねーわ!」

「あはっ、それもそーだわ」

「ったく、人が恥を忍んで訊いてるっつーのに……」

「じゃあとっておきを教えてあげよう」

「え、まじ?」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、当日。

 

ヘアメイクしに行こうかと訊ねたら、自分で頑張ってみる!、と返ってきてちょっとしょんぼりしたのは誰にも内緒だ。

 

屋台が集まる神社の前、そわそわしすぎて早く来すぎたかもしれねぇと落ち着かないのを落ち着かせようと端末をポケットから出したり入れたり出したり入れたり、

 

「髪前?」

「! ……!!!!」

 

ひょい、と覗かれて驚いたせいで思いっきり一歩退いて縁石に踵ぶつけてクソいてぇ。

 

「うっわ、大丈夫!?」

 

蹲った俺の背中を葉隠がさすってくれて何か嬉しいやら情けないやらこいつはやべぇ。精神的余裕がまるでないぞ……。

 

見上げた葉隠は前に見た浴衣に、あの時選んだ簪をしゃらりと綺麗に付けてくれていて、それだけでもう胸の辺りがまた一杯になって痛い。

 

「大丈夫、ちょっとぶつけただけだ」

 

笑いながら立ち上がって、行こうぜ、と境内の方を指差せば葉隠も、うん!、と元気よく頷いてくれたので一緒に歩きはじめた。

 

……さっき呼び捨てにされてたの気のせいじゃないよな。

 

 

 

 

「うわー、いろんな屋台あるね!」

「腹減るにおいがすげーする」

「そうだねー」

 

たこ焼きじゃがバタお好み焼き焼きそばチョコバナナにイチゴ飴でド定番のかき氷。甘いもんはまぁ後にするにしてもたこ焼きがお好み焼きか……。

 

「たこ焼き食べたいって顔してる」

「え、マジかよ!」

 

顔に出てたか。

 

「ごめん本当にそうだとは思わなかった私が食べたいだけだった」

 

てへ、と首を傾げる葉隠に、まったくよー、と笑って少し頭を叩いてみる。簪があるから今日は頭部がわかりやすい。よしそれならと手近なところにあった屋台に足を進める。

 

「おじさん、たこ焼き1パック!」

「あいよ、400円な」

「爪楊枝二本ね」

 

ちゃりんと払って、手招きした葉隠と一緒にベンチに座る。

 

「食べようぜ」

「えっ、いいの?」

「いーの。ほら、爪楊枝」

 

一本渡して、とりあえず最初の一口。……あっつ!いただきます、と言ってたこ焼きを食べ始める葉隠を止める間もなく、たこ焼きは透明空間に、消えて。

 

「あっつ!」

「あっ、あっついよなこれ!」

「あふっ、あつ……っ」

 

あふあふしてる葉隠最高に可愛い。ちらつく袂から伸びる手は、口を押えてるんだろう。暫く口の中の火傷と戦いながら食べきって、ふぅと一息ついたのが重なった。

 

「出来たてだったんだね」

「びっくりしたわ。もうちょい冷めてるかと」

 

そうして二人でたこ焼きを熱い熱い言いながら食べてると、参道の方を見るとじわじわと人が増えだしたように見えて、端末を確認するともうちょいで花火の時間だ。丁度食べ終わったし、いい時間だ。

 

「もうちょっとで花火みたいだな」

「ほんとだ」

「……姉ちゃんに穴場スポット教えてもらったんだけどさ、どうする?」

「え、行く行く!」

 

嬉しそうに声を弾ませる葉隠は、俺の手からパックのごみを取ってさらっとゴミ箱に捨てにいく。

 

「さ、行こっ」

 

靡いた袂が彼女の元気さを表していて、敵わないなー、何てことを考えながら、そんな急ぐなってと宥めながらまた歩きはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

歩いていると人ごみの中で小さな葉隠が、どん、とぶつかられたり何だりでハラハラするもんだから、わるい、と前置きしてから手を握ろうとして……すかった。袂があるからある程度分かるはずなのにすかるって恥ずかしいな!ちくしょう!

 

だけど、ふふっ、と笑った声が聴こえたと思ったら、するりと別の人間の体温が手に絡んで来て少し強張った。その緊張が葉隠にも伝わったのか、すこし強めに握られて、それに返事をするように俺も握り返した。……手、ちっせぇな。

 

思っていた以上に、ちいさくて、華奢で、でも背筋がピンとしてて存在が大きくてあんまりか弱そうには見えない。

それが、俺の好きな女の子。

 

心臓がすげぇ痛くて、俺も浴衣着てくれば良かったかななんて場違いなことに脳のリソース使って冷静さを促したかったけれどこんな状態で冷静でいられる要素がまるでなかった。くそ、手が熱い。手汗かく。葉隠嫌じゃないかな。そんなことが気になって気になって仕方がない。でも自分からは放せなかった。

 

石階段を昇って、ちょっとした林を抜けて、姉ちゃんに教えてもらった人が来ないけど絶景のスポットを目指して歩いて行くと、不意に喧騒が遠くなる。じわじわといった蝉の鳴き声も何でだか遠い。

 

林を抜けて街並みを見下ろせる開けた場所に出た。ここからなら空が目いっぱいに広がってて、花火が一望出来るらしい。

 

「……なぁ、葉隠」

「どうしたの?」

 

林を抜ける間、手が持った熱を逃がすことも出来ずにずっと喋れなかったけど、足を止めたら何とか余裕が出てきた。喉がからからする。やべぇ。

 

「俺、葉隠のこと」

 

パァン、と花火の音がする。光が襟の中に入り込んで、すこし中が見えた。それがなんかどうしようもなくエロくって泣きたくなった。つーかこれもしかしてもしかしなくても花火に掻き消されたか。泣きそう。

 

だけど葉隠は未だつないだままだった手を引っ張ってきて、私も、と耳元で囁いてくれた。思わぬ声の近さにぞくっとして、駄目だキャパシティオーバーになる。やばい。さっきからやばいしか言えてねぇ。

 

「聴こえて、」

「聴こえたよ」

「あ、ありがと、な」

「それ私の台詞だって」

 

 

 

 

そう笑った彼女が、本当に綺麗だったんだ。

 

 

 

 

葉隠透は、俺に応えてくれた人です。

 

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