とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一〇一話、投稿します。
次は一一月二七日土曜日です。


大覇星祭:魔術side:使徒十字篇
第一〇一話:〈戦後余韻〉で情報整理


「『使徒十字(クローチェディピエトロ)』……。こっちの言葉ではペテロの十字架、といったところか。まったく、なんて話だ」

 

ステイルは携帯電話で報告を受けて、通話を切り、懐に携帯電話をしまいながらぽつりとつぶやいた。

 

彼らは今、自律バスの整備場から少し離れたオープンカフェにいた。

 

不自然に思われるから目の前にはプラスチックのボトルに入った飲み物が置かれているが、垣根以外それに手を付けていない。

土御門に至っては先程の戦闘のダメージが残っているので全力脱力して椅子にもたれかかるように座り、上空へと視線を向けていた。

 

「なぁ。そのペテロの十字架ってのは何なんだ? 不思議物質ペテロで作った十字架って意味で合ってんのか?」

 

先程死闘を繰り広げたのにも関わらず平然とアイスコーヒーを飲んでいる垣根を横目に、上条は場にいる人間に声を掛ける。

 

「バーカ。ペテロは人名で一二使徒の一員だ。主から天国の鍵を預かった人間だよ」

 

垣根がプッとストローを吐きながら苛立ちを込めて告げると、それにステイルが同意した。

 

「彼の言う通りだよ。でもここで重要なのそっちの神話ではなく別の伝承だね」

 

「別の?」

 

上条が小首を傾げるので土御門は椅子に座り直してテーブルに肘を突きながらまだ体調が悪そうに気だるげに口を開く。

 

「ペテロさんってはの、あれだぜい。……教皇領バチカンの所有者なんだよ。いや、厳密にはペテロの遺産である広大な土地の上に教皇領バチカンを作った、てトコかにゃー」

 

「バチカンって……あの、なんか世界で一番小さな国とかってヤツか?」

 

「ふん。『バチカン市国(Vatican City State)』は当時、日本の戦国時代みたいになってたイタリアが統一されたことに合わせて、少しずつ削られたから世界で一番小さな国になったんだ。最盛期にはローマを中心として四万七〇〇〇平方キロメートルに渡って広がっていたんだよ。それに『バチカン市国』は一九二九年にラテラノ協定で決められるまで『ローマ教皇領』と呼ばれていたりしたね」

 

上条の問いかけにステイルが宗教家らしく説明すると、それに土御門が付け加えるように続いた。

 

「で、そこで問題となるのがローマ教皇領の作り方ですたい。──墓を立てたんだよ。ペテロの遺体を埋めて、十字架を立ててな」

 

その言葉に上条当麻はぎょっとして顔を青くした。

『ペテロの十字架』というものは『ペテロという人物の墓に立てられた十字架、という意味だったからだ。

 

「この地にはペテロさんが眠ってるんで、教会はその眠りを妨げないように遺産の管理ともども頑張ります、ってな。コンスタンティヌス帝が贈呈・建設した聖堂を最初にして、今じゃペテロさんが眠っている上には(サン)ピエトロ大聖堂がある。名実ともに世界最大の教会にして、死者の上に建つ聖域だぜい」

 

「うーん……それってあれか。偉い人を(たてまつ)ってる建物とか、そんな感じなのか?」

 

「どうかにゃー。裏を返せば『聖人の死体を利用して新しく建てる教会の権威を補強した』とも言えるんだぜい」

 

「なんか……少し抵抗がある話なんだけど。ローマ正教ってのは、そこまでやっちまう宗派なのか?」

 

垣根は伝え聞いた話なので詳しく知らないが、上条当麻は九月の初めにローマ正教とオルソラ=アクィナスという修道女を巡って対立している。

その時にローマ正教の裏のやり方を見てしまったので、どうもローマ正教に抵抗があるのだ。

 

「あん? この程度のことならどこでもやってるぜい」

 

だが、土御門は上条のその不快感を一蹴した。

 

「イギリス清教始まりの地、って呼ばれているカンタベリー寺院でも聖トマス=ベケットが暗殺されてんだ。アレで反感を(つの)らせられた『王室派』は教会の独立権を認めざるを得なくなった。だから始まりの地って呼ばれてんだぜい。……『聖人の眠る場所』ってのはそれだけでデカい効果があるんだよ」

 

「……、で。オリアナが運んでたのは『刺突杭剣(スタブソード)』じゃなくてそっちの『クローチェなんとか』だったってんだろ。それってやっぱり危険な物なのか? それとも美術品みたいに、変なレア価値が付いてんのか?」

 

宗教的な歴史をちょろっと勉強すれば誰でも分かるほどのメジャーな話なので、垣根が復習にもならないとつまらなそうに聞いている隣で、まったくついていけていない上条は『とりあえず偉い人が関わった教会というのはそれだけで価値が上がる』という点だけ覚えて本題に入る。

 

「どちらも、と言いたいところだけど、僕たちが気にするべきは、もちろん前者だ。さっきも言っただろう? ローマ教皇領は広大な土地──というか、厳密には空間にだが、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を立てたところから始まったって。なら逆も言えるんだ」

 

「逆?」

 

「それが学園都市だろうと『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を立てた場所(エリア)はどこであろうとローマ正教の支配下になるってことか? はん。御大層な霊装だな」

 

上条が首を傾げる前で、垣根が逆説から導きだした答えに土御門が頷くので、上条はそれに再びぎょっとした。

 

「ああ。元々『刺突杭剣(スタブソード)』には『竜をも貫き地面に縫い止める剣』っていわくがあった訳だが、翼を持つ巨大な存在であり、眠れる財宝の守護から私欲の虐殺まで行う『竜』とは、つまり神に仕える『天使』と身を堕とした『悪魔』の隠語ってワケだにゃー」

 

「竜が『天使』と『悪魔』の隠語?」

 

「お。なんだぜていとくん。何か気になることでも?」

 

「……なんでもねえ。話を続けろ」

 

垣根がぴくッと反応したので、土御門が訊ねると垣根はごまかした。

 

(イジりに反応しない? 隠語がそんなに気になるのか……?)

 

土御門は垣根の反応に首を傾げながらも話を続ける。

 

「つまり『刺突杭剣(スタブソード)』の『竜を地面に繋ぐ』ってのは『この大地を天使に守護してもらえるような聖地に造り替える』って意味だ。そこからでも分かる通り、『刺突杭剣(スタブソード)』と『使徒十字(クローチェディピエトロ)』は同一だったってワケだにゃー。まったくクソッタレなことに」

 

「ちょっと待った! 支配ってなんだよ。あいつら、ここで一体何をしようとしてるんだ?」

 

上条が慌てると、上条を落ち着かせるために土御門が優しいトーンで告げる。

 

「バチカンって国は、その内部全体が巨大な教会になってるようなものなんだにゃー。あの内部は空間がおかしくなっててな。何をやってもローマ正教にとって都合がよくなるように、幸運や不幸のバランスが捻じ曲げられてるんですたい」

 

「具体的に言えばバチカンという範囲内に、指向性のある魔力が充満しているんだ。それによって常にローマ正教にとって都合よく話が進むようにできている。言ってしまえば『ローマ正教全体にとって都合の良い方向へ、自動的に導いていくだけ』の術式だ。しかし、そんなものを学園都市に立てたらどうなると思う?」

 

「どうなるって言われても……えっと……ローマ正教にとって都合が良くなるんだよな。じゃあ学園都市にローマ正教徒がやってきたら、そいつがやたら幸運になったりとか?」

 

ステイルの突然の質問に上条はあまりよくない頭を巡らせて自信なさそうに告げる。

 

「ま、そうだね。『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の効果が文献通りなら、ローマ正教徒にとって都合がいいだけではなく、建てられた地にとっても良いことが起きるだろうね。ギャンブルの無茶な大勝負でも何故か勝ち続けるだろう。それが不自然なぐらいにね」

 

垣根はそこでステイルの説明に顔をしかめて、警戒心を露わにしてステイルを横目で見た。

 

「それだったら当然負ける人間が出てくる。そいつは不幸になるはずだ。……まさか、その認識すら変わっちまって、ソイツは()()()()()()()なんて思うようになるってことか?」

 

「ああ。そしておそらく『使徒十字(クローチェディピエトロ)』はローマ正教徒以外の人間も救ってくれるんだよ。爆弾が爆発しても、ローマ正教徒も他の人間も致命傷を負わないんだ。みんな無事で良かった、という幸せな状況になるというワケだね」

 

「それって、みんなが幸せになるって事だろ? だったら何も問題ないじゃねーか」

 

「バーカ。もしローマ正教徒に路上で鞄をひったくられたら、被害者が『ローマ正教徒サマに強盗されて良かった』って思わされるんだよ。被害に()ってんのに『強盗してくれてありがとう』って逆に感謝することになるかもしれねえな。そんなのはどう考えたって(てい)のいい『洗脳』だろうが。クソッタレ」

 

垣根が端的に表すと上条はそれを聞いて呆然とする。

 

「ていとくんの言う通りだぜい。それは真っ当な幸せじゃない。その幸せはいつだってローマ正教が中心に立っている。つまり何もかもがローマ正教の都合の良い幸せが作り上げられて、その違和感に誰も気が付かないってことだ」

 

「理不尽な要求をローマ正教に突きつけられているはずなのに、何故かそれを納得して受け入れてしまう。……まさしく、ローマ正教にとっては極めて居心地の良い『聖地』だろう?」

 

土御門から放たれた言葉にステイルが補足説明する。

すると、土御門は悪い笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「もし、科学世界の長である学園都市が都合よくローマ正教の傘下に治まれば、科学サイドと魔術サイドのバランスが一気に崩れてローマ正教の一極集中となってしまうんだぜい」

 

「そうだ。世界の半分の力を持っている科学サイドとローマ正教から攻められれば『どちらか片方の世界』に属しているだけの組織や機関では太刀打ちできない。これは腹と背を同時に殴られているようなものだね、どう頑張ってもリンチの出来上がりさ」

 

「じゃあオリアナたちの言っている取引ってのは……」

 

土御門とステイルの説明に上条はごくッと唾を呑み込んでから訊ねた。

 

「ああ。『刺突杭剣(スタブソード)』だの『使徒十字(クローチェディピエトロ)』だのといった、霊装単品の取引じゃない。『ローマ正教の都合の良いように支配された』──学園都市と、世界の支配権そのものだろう」

 

ステイルの言葉によって、その場に重たい雰囲気があふれ出す。

 

学園都市が支配される。その支配を誰もが幸せと感じる。

それは人の尊厳の自由を奪う行為だ。

決して許してはならない所業(しょぎょう)である。

 

「運び屋のオリアナ=トムソンと、送り手側のリドヴィア=ロレンツェッティ。彼女たちの他に、もう片方の受取先が分からなかったのは当然さ。──この取引には、他の誰も関わっちゃいなかった。ロシア成教が怪しいなんて話もハズレさ。ローマ正教が自分で自分に送るだけのものでしかなかったんだから」

 

ステイルはその言葉を残して立ち上がると、(まと)っている服を整えて振り返った。

 

「止めるよ、この取引。さもなくば、世界は崩壊よりも厳しい現実に直面する事になる」

 

そう告げたステイルに、アイスコーヒーを飲み終わった垣根はストローから口を離して見上げた。

 

「だったらその『使徒十字(クローチェディピエトロ)』の使用条件を先に調べろ。お前らもそれが重要だって分かってんだろ?」

 

「キミに言われなくてももちろん分かってるよ。分かってないなら逆に恥だね」

 

ステイルは忌々しそうにしながらも頷き、垣根はそれを見て嘲笑するように『そーかよ』と告げた。

 

「え? なんでそれが先なんだ?」

 

上条が即座に疑問符を上げるので、垣根は上条を睨みながら説明する。

 

「取引自体がなくて『使徒十字(クローチェディピエトロ)』を最初からリドヴィア=ロレンツェッティが持ってんなら、すぐに使えばいいだろうが。だが、それをやらねえでオリアナ=トムソンがカモフラージュに看板持ってそこら辺うろついてた。そんなの使用条件を探してるか、条件が整うまで時間稼ぎしているようにしか見えねえだろうが」

 

「あーなるほどなあ」

 

上条がオリアナの行動の意味を説明されてやっと理解できたので感心して呟くと、垣根はジロッと上条を横目で睨みつける。

 

「……お前、本当にバカなんだな」

 

「上条さんは無能力者(レベル0)ですよ!? 超能力者(レベル5)サマとは頭の出来が違うんですっ……って、なんか自分で言ってて悲しくなってきた……」

 

がっくりとうなだれる上条の前で、垣根の推察に土御門は頷く。

 

「確かに霊装の威力が凄まじいから呪文を唱えておしまい、なんてことは絶対にありえない。発動・制御・安定させるには何らかの複雑な条件をクリアする必要があるからにゃー」

 

「霊装の調査ならイギリス清教の方と、……ああ。あまり頼りたくはないが、専門家がそこら辺うろついているな…………」

 

「その専門家ってのは真守の実家なのか?」

 

土御門の言葉にステイルが方針を固めていると、垣根はそこで気になってステイルにそう問いかけた。

 

「え!? 朝槻の実家って魔術にどっぷり浸かってんの!? え。つーかアイツ、置き去り(チャイルドエラー)だったんじゃ……!?」

 

「真守を捨てた父親はクソだったが、もう死んでた母親の実家は真っ当だったってことだ。真守が超能力者(レベル5)第一位に認定されて世界にお披露目された時に、真守のこと探してた母親の親族がウチの子じゃねえかって真守のことを学園都市に問い合わせたんだよ。DNA鑑定したら本当に血の繋がりがあった。……第一位に認定されていいこともあったってことだな」

 

「で、その親族がマクレーン家って言って、ちょっと特殊な立場にいる魔術大家なんですたい」

 

垣根がつらつらと真守の身の上話を話すと、土御門はそれに補足説明をする。

 

「そ、それって……魔術と科学のバランス的に大丈夫なのか……?」

 

上条の真っ当な疑問に土御門はつらつらと説明する。

 

「朝槻はマクレーン家に捨てられた。それは言わば所有権を放棄したってことだぜい。そんな朝槻に救いの手を差し伸べた学園都市から、マクレーン家が朝槻の所有権を返せと言ったって不当な要求にしかならない。そもそも朝槻の母親は魔術が嫌で出奔(しゅっぽん)してんだ。魔術世界はどう頑張っても不利益にしかならないから手を出せないんだにゃー」

 

「た、確かに……それで返せって言ったら誰の目から見ても理不尽だよな……」

 

「それに加えてマクレーン家は古い家柄で身の潔白を求められる立場にあるんだぜい。だからそんな不当な要求したら方々(ほうぼう)からの反発は確実だ。……だから朝槻が魔術世界に知れ渡った時、マクレーン家は結構な打撃を受けちまってるんだにゃー。子供を捨てるなんて清いマクレーン家のすることじゃねえ……ってな」

 

上条が土御門の簡潔な説明に頷いていると、土御門は他人事なので大変だろうな、と半分笑って告げる。

だが垣根は土御門からもたらされた真守も知らないであろう新事実に呆然とした。

 

第一位に認定されたことで真守は自分の実家を知る事ができた。

 

だがその裏で自分の実家が大打撃を受けていると知ったならば、好きで超能力者(レベル5)第一位に認定されたわけではない真守は悲しむに決まってる。

 

突然現れた親族だけでも結構な衝撃なので、おそらく真守にはまだマクレーン家が魔術にどっぷり浸かってると聞かされていないのだろう。

聞かされていたら真守は絶対に自分に言ってくるはずだ。

 

真守が事実を知らされて心を痛めないか垣根が心配していると、ステイルは淡々と告げる。

 

「土御門は結構な打撃と言うが、マクレーン家にももちろん言い分がある。それにあそこは政治慣れしているから、痛くもかゆくもないと思ってるんじゃないかな。それにあの様子ではそんな打撃なんてどうでもいいくらいに彼女の事を大事に想っているだろうね。なんせ血縁関係を認めない方が絶対に良い。自分の身を切られても大事な身内に寄り添おうとしているんだ。その愛情は本物さ」

 

ステイルの言葉に上条は納得する。

 

マクレーン家が真守を捨ててしまったと公表すれば、マクレーン家の痛手になる事は確実だ。

だがそれでも、マクレーン家は真守との血のつながりを公表した。

損害を(こうむ)ってでも真守と付き合おうとするのであれば、それは立派な愛情である。

 

「まあ朝槻は絶対に気づくから、機を狙って言おうとマクレーン家も考えてんじゃねーのかにゃー。あそこはイギリス清教のトップ、最大主教(アークビショップ)を相手に笑ってるところだし、色々と算段があるんだろ」

 

土御門はマクレーン家の舌戦(ぜっせん)の強さについての噂を聞きつけているのでそう呟くと、立ち上がってステイルのそばへと寄っていった。

 

「マクレーン家の方には僕からコンタクトを取るよ。彼女に迷惑はかけられないからね。後は僕たちがやっておくから、キミたちは自分のいるべき場所に帰るといい。特に上条当麻。あの子のそばに早く戻れ。あの子が泣いてたら骨まで焼いてやる」

 

ステイルと土御門はそこでテラスを後にして、上条はインデックスを探しに、垣根は真守のもとへと戻るために挨拶もそこそこに動き出した。

 




使徒十字篇、開幕しました。

垣根くんがいることで上条くんのバカが際立っていますが、元々頭の良い方ではないのでしょうがないということで……。
まあ、上条くんの頭の悪さは愛されるポイントですし、頑張ってくれ……。


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