次は一一月二九日月曜日です。
「伯母さまから聞いたんだ。おうちのこと。……それと『
真守はアシュリンからマクレーン家がイギリスに強く根付くケルトの精神的中枢であるドルイドの一族であり、そして公正な判断をするように求められ自分の存在が不利益になること、そして母親はそんな古臭いしきたりでまみれたマクレーン家が嫌で出奔したという、垣根がこれまで断片的に聞かされたことを詳しく全て話された。
そして『
アシュリンは深城や林檎と共に競技の席を取りに行き、垣根と真守は現在二人きりである。
「垣根、やっぱり『
「あのマルチスパイは学園都市に直結してんだ。アイツがオリアナ=トムソンを見つけられねえってことはお前がネットワークにハッキングして監視カメラで探すのも難しいってことだ。やっぱあの不良神父が魔術で捜索するしかねえ。だからお前は競技に出てろ、な?」
垣根は顔をしかめて悩んでいる真守の髪の毛を一筋
「……んー。でも伯母さまも垣根も頑張ってるのに」
「何かあったらお前を呼ぶから」
尚も渋る真守に垣根が告げると、真守は
「……分かった。絶対に呼んでくれよ。約束な?」
「おーていとくん、こんなところで
真守と垣根が話をしていると、手を振って二人のもとにやってきたのは土御門元春だ。
「つ、つちみかど!? 逢瀬って……!」
「なんだよ。つーかその呼び方止めろっつってんだろクソ野郎」
真守が顔を赤く染めて大袈裟に体を跳ねさせると、垣根は自分が手にしている真守の髪の毛を手元で変わらずに遊ばせながら告げる。
「ちょーっと手を借りたいんだが……いいか? 『スクール』のリーダー?」
「「!」」
真守と垣根は土御門が垣根のことを暗部組織のリーダーとして頼っていると知り、警戒心を高める。
「監視カメラは効かねえんだろ?」
現状、垣根たちはオリアナ=トムソンの捜索を目的としている。
その捜索に、土御門は垣根の暗部としての権限を使おうと考えているのだと垣根は看破してそう問いかけた。
「魔術をずっと発動することはできない。だからお前には暗部組織が使う手段で学園都市のセキュリティにアクセスしてほしい。俺は
土御門の提案に垣根は高速で思考を巡らせる。
(暗部組織としての権限を望んでくるってんなら、コイツは俺の
「……ッチ。行ってくる」
垣根はあからさまな舌打ちをして自分だけが動く方針を固めると、突然真守の方を見て手に持っていた真守の髪の毛へと別れの挨拶としてキスを落とす。
「ふぁ!?」
「ひゅー見せつけてくれちゃってぇー」
真守が土御門の前で垣根が大胆な行動をとったので硬直して声を上げると、土御門はそんな二人の様子を見てはやし立てる。
垣根はそんな土御門を睨みつけて、爆弾を投下した。
「うるせえ中学生の義妹に手を出した不届き野郎が」
「え!? ナンデそのこと知ってるんだかにゃー!? 朝槻!? 朝槻お前俺のこと売った!? もしかして売ったのか!?」
「だって垣根のこといじめるから……嫌がることはしちゃダメなんだぞ」
あからさまに動揺する土御門の様子を見て垣根が嗤っている横で、真守は顔を赤らめながらもしかめっ面にして理由を話す。
共闘した際に散々土御門にイジられた垣根は真守に『土御門の弱みはないか』とアシュリンと合流する前に聞いたところ、真守は『弱みか分からないけどロリコンな不届き者』として『義妹に手を出しているらしい』など『上条から話を聞いたし、アイツの雰囲気的に絶対そう』と教えていたのだ。
「にゃー!? べ、別にイジめてないし!? 親しみを込めて呼んでるだけだし!?」
「親しみ込めて呼ぶんじゃねえよこのヘンタイ!」
「義妹を愛することの何が悪いんだぜい!?」
垣根がロリコンに親しみを持たれているのが我慢ならなくて怒鳴ると、土御門が開き直るので垣根はことさら不快感を
「それでも色々ヤベエだろうが、このロリコン!」
「ロリの何が悪いって言うんかにゃー!? SM気質がありそうなていとくん!?」
「んなアブノーマルな趣味はねえ!!」
不名誉を与えられそうになって垣根がキレると、土御門はスンッと真顔になる。
「朝槻のことイジめ倒して泣かし倒したいという願望がないとは言わせないぜい。気の強い澄ました女の子を屈服させるのが
「いきなり真顔になって言うんじゃねえヘンタイ! 男の
「またまたー朝槻をエッロエロのトロットロにしてやりたいだろ?」
「だからそういう話をするんじゃね、…………ッ!」
真守の話題が出たので垣根が真守を横目で見ると、真守は涙目で
「………………真守、」
「私の前で、性癖の話を、しないでっ!!」
垣根が躊躇いがちに声を掛けると、真守はそう叫んで
だがその猫耳と尻尾はヴヴヴッと動揺でぶれており、次の瞬間ビガアァッと光り輝いて垣根とサングラスをしているのに土御門の視界まで真っ白に染め上げた。
どうやらただの光ではなく、脳の方を麻痺させるエネルギーを真守は放出したらしい。
スタングレネードじみた真守の攻撃が垣根と土御門に入り、目が慣れた頃にはそこに真守はいなかった。
カブトムシで垣根が追わせてみれば、真守は顔を赤くして『うーっ』と軽く
「いやー普通にイジったらあんな顔見られないのに、目の前で好きな男の子が性癖について話してるとあんな顔になるんだにゃー。……つーかあの泣き顔は破壊力抜群。お前頑張って正気保ってたんだな」
「しみじみ言うなこのヘンタイ!!」
垣根がにやにや笑っている土御門へと怒鳴りつけると、土御門は真剣な表情になった。
「垣根」
「な、なんだよ。分かったよ。くだらねえこと言ってねえで気持ち切り換えろって言うんだろ。ったく、テメエが振ってきた話題だろうが……」
「ああ」
垣根が突然空気をガラッと変えた土御門を見て舌打ちしながらも真剣な表情になると、土御門は内緒話をするようにそっと自分の口に手の平を添えた。
「実際のところ、さっき俺が言ったみたいにアレをとことん甘やかしてとろっとろのエッロエロにして朝槻はみんなのものだけど、そんな姿は自分のものなんだって
「死ね!!」
当然の
「じゃあちゃんとオリアナ探せよ~!」
「殺す! アイツやっぱりぶっ殺す……!!」
垣根はぴゅーっと小さくなっていく土御門に殺気を飛ばしていたが、殺した場合真守に口を利いてもらえなくなるからと必死で殺意を抑える。
それでもやっぱり後で一発は絶対にぶん殴ると決めた垣根であった。
──────…………。
垣根は『スクール』が所持しているビルの一つから第五学区へと向かっていた。
先程まで暗部組織権限によってオリアナ=トムソンを捜索していたが、西部山駅出入り口から出てくるのを発見して土御門と連絡を取った。
土御門はステイルと上条と合流することができなかったため、死を覚悟して『理派四陣』を発動。
オリアナを探知術式で追っていたが、オリアナは探知術式から逃れるために探知術式を発動している土御門を強襲したのだ。
垣根はオリアナに強襲された土御門の居場所をカブトムシの記録から検索をかけて探していたが、探し当てて急行している間にオリアナは土御門の『通信術式で垣根帝督を呼んだ』とはったりをかけてオリアナを逃亡させた。
「やーていとくーん。お早いお着きにゃー…………」
土御門は血まみれで壁に寄り掛かって座っており、それでもひらひらと垣根に向かって手を振った。
「チッ。もうちょいテメエが引きつけてればオリアナのヤツを捕らえられたものの」
「お前が……ここに……辿り着く……保証が、なかったからにゃー……俺が……死んじまったら……マズい、だろーがー……流石に、死んだら……カミやんたちが、悲しむぜい…………」
「……まあ、確かに俺も真守にも合わせる顔がねえけど」
自分の悪態に真っ向から真っ当なことを言ってきた土御門へと垣根は近づく。
そしてその手を引いて肩を貸した。
嫌いな人間と言っても真守が大事にしている人間だし、ここで放っておくわけにはいかない。
「すまねーにゃー……クソ、本当に…………」
垣根が肩を貸すと、土御門は息も絶え絶えにしながら謝ってきた。
自分に謝ってきた土御門を横目で睨みながら、垣根はコレがきちんと芯を持った上で裏切り者として生きていると今一度確信して声を掛ける。
「とりあえず応急処置だ。大覇星祭中だからコンビニにでも救急セットが売ってんだろ。それから上条たちと合流して次の手を考えねえとな」
垣根は土御門が歩きやすいように、自分の肩に回している土御門の腕をぐっと引き寄せると、土御門はそれに頷く。
「ああ。……って、まずはカミやんたちに……連絡しないとにゃー……」
土御門は辛そうに息を吐きながらも、壊された携帯電話をちらっと見る。
垣根は舌打ちをしつつも自分の携帯電話を取り出して、通話を開始しながら土御門を連れてコンビニに向かった。
──────…………。
真守は能力を解放して蒼閃光で造り上げられた猫耳と尻尾を出したままビルとビルの間を駆け抜けていた。
次の競技場へと深城と林檎、アシュリンと向かっている最中に、深城が真守から預かっていた携帯電話に公衆電話から着信があったのだ。
真守が
真守は小萌先生の前で背中に致命傷を受け、病院に運び込むことができないインデックスを夜通し治療したことがあった。
その時の事を小萌先生は覚えていて、真守に頼ってきたのだ。
姫神は真守のクラスメイトだ。
だから絶対に救ってみせる。
真守はそう決意をすると、小萌先生に呼ばれた公園へと上空から迫った。
公園の一角には人が集まっており、その中心では小萌先生が必死な様子で姫神秋沙を介抱していた。
だが専門の人間が一目見れば姫神は助からないと判断されるだろう。
何故なら命を繋ぐための血液がおびただしいほどに、一目で分かるほどの重傷である傷口から地面へと流れ出しているからだ。
その血だまりは広範囲に広がっており、小萌先生の可愛らしいチアガールの服や顔を赤く染め上げていた。
「小萌先生!」
「あ、朝槻ちゃん……!!」
真守が上空から降り立つと、小萌先生はぐすぐすと鼻を鳴らして涙を
姫神は上半身がズタズタに引き裂かれており、血だまりの中に多くの肉片が散らばっている。異能で傷つけられたと一目見て分かる致命傷だった。
「どいて!」
真守は小萌先生にぴしゃりと言いつけると、小萌先生はその言葉にヒッと小さく
だが今は姫神を助けることが最優先だと小萌先生は慌てて姫神のそばから離れる。
真守は即座に小萌先生が空けてくれた場所に体を落として、姫神の頭にそっと手を置いた。
(血管損傷により血液量低下、それに伴うショック症状。これ以上血液が流れ出るのを防ぐために破れた血管の代用としてベクトル生成による圧力で疑似的な血管を形成、血液を循環。それと並行して脳の電気信号に電気的に干渉、神経系を麻痺させて痛覚を
真守は姫神に対する処置を頭の中で即座に組み上げると、その処置と共に体力回復のために適宜必要なエネルギーを生成し、それを循環させつつ、脳に干渉して血液を増幅させる措置を取る。
真守の蒼閃光で形作られた猫耳と尻尾が鋭い光を放つ。
浅い呼吸をしていた姫神の呼吸が正常なものへと変わっていき、
「か、上条ちゃあん!!」
「小萌先生!?」
小萌先生はぐすぐすと泣きながらステイルと共に駆け寄ってきた上条へと近づく。
「何で、そんな……姫神が? 朝槻が? 先生、ここで何が起きたんだ! こんなの、誰が!?」
上条は状況が上手く呑み込めないので小萌先生に
「わ、分からないんです。せ、先生、ここで女の人とぶつかったんです……。それで、先生はちゃんとごめんなさいって言って、その人に笑って許してもらえたと思ってたんですけど。何か、急に怖い顔したと思ったら、いきなり……姫神ちゃんに……ッ!」
小萌先生はそこで一つひっぐ、としゃくりあげると、必死に姫神の治療をしている真守を見た。
「上条ちゃんも知ってる通り、朝槻ちゃんが……朝槻ちゃんが、シスターちゃんの傷を治してくれたことがあったから……先生、それを覚えていて……だから、朝槻ちゃんを、出るか分からなかったけど電話番号知ってるので、それで、それで…………!」
「……ちょっと待て、あの子の傷を治した?」
ステイルは小萌先生の発言に驚愕する。
ステイルは知らなかったが、真守はインデックスを二度救っている。
一度目は神裂に斬られた傷を夜通しで治癒して救い、二度目はステイルたちと共にインデックスを『首輪』から解き放つために救った。
真守はわざわざインデックスを二度も救ったんだぞ、と自慢する人間ではないからステイルは知らなかったのだ。
「……彼女はやっぱりすごいね。彼女に治療を任せて僕たちはオリアナを追うぞ。そうじゃなければ傷ついた女学生に示しがつかない」
「もしかしてこの惨状を作り上げたのがオリアナだって言うのか!? だって姫神を襲う理由なんかないだろ!? コイツは今回の件とは何の関係もないじゃないか!!」
「あれだ」
ステイルは血だまりの中に落ちていた十字架を指さした。
姫神の『
「あれに使われている『歩く教会』という方式の霊装は、僕や土御門、神裂にだって配備されていない特殊な一品だ。それを見たオリアナがこの子を禁書目録クラスの重要な魔術師だと受け取ってもおかしくはない」
「ま、ちがえた……?」
上条はステイルのその説明に喉がひりつきながらも呻く。
「それだけ、なのか。ここまでやっておいて、姫神のことをこんなにして、その理由が、間違えただけだって? 吹寄も傷つけて、その次は姫神まで? ……、あ、の野郎。ふざけ、……──ッ!?」
上条が声を荒らげようとした時、誰も彼もの心臓が止まりそうになるほどの怒気が辺りに満ちた。
ドッと自分たちに押し付けられる重圧に、思わず上条は体をかがめて、小萌先生はその圧力にペタッと尻餅をついた。
ステイルだけは無事だった。
この空気のひりつきと凶悪過ぎる威圧感をステイルは以前感じたことがあったからだ。
ステイルが以前に感じたことのある怒気。
その怒気はもちろん、学園都市
真守は終始無言だったが、その身から発せられる空間を震わせるほどのオーラによって心の底から怒り狂っているのが分かった。
それでも演算に狂いがないのは、真守が学園都市最高峰の頭脳を持つ
「
ステイルがそっと呟くと、姫神を治療する真守の様子を見ていた野次馬たちが散っていく。
「彼女が頑張っている姿を野次馬の視線にさらすなんて僕が許せるはずないだろう」
ステイルはそうぽそっと怒りを込めて呟くと、小萌先生に目を向けた。
「キミは路地の入口で待っているといい。この中にいると救急隊員はキミたちの姿を発見できなくなるから。──行くよ、上条当麻。彼女の頑張りを無駄にしてはいけない。彼女をまたいで僕たちは進まなければならない」
「……分かってる」
「上条ちゃん、い、行くんですか……?」
ステイルの言葉に頷いた上条におずおずと声を掛けたのは小萌先生だった。
「悪い、先生。俺はどうしても行かなくちゃなんねえ」
「姫神ちゃん……姫神ちゃんは、上条ちゃんのこと、ナイトパレードに誘いたがってました…………だから、だから……!」
「ああ。ナイトパレードが始まるまでに、お前の病室に帰る。だから必ず待っていてくれ」
上条は涙目になっている小萌先生から視線を外して真守が必死に治療する姫神の姿を見つめて、そう宣言する。
そして上条は公園から出るためにその場を後にする。
それにステイルも続こうとするが、途中でピタッと止まって一言も話さない真守を見た。
「……無茶はしないでくれよ。キミを想っているのは何も彼だけじゃないんだからね」
ステイルは精一杯の言葉を掛けてから立ち去る。
真守はその言葉に応えなかった。
自分のことを誰もが必要としてくれているのは分かっている。
だからこそ、譲れないものがあった。
だからこそ──
オリアナ=トムソン。
朝槻真守は彼女を完膚なきまでに叩きのめすことに決めた。
──次回、世界がひっくり返る。