とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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一〇九話、投稿します。
次は一二月六日月曜日です。


第一〇九話:〈世界凶荒〉は突然に

大覇星祭二日目。

『スクール』のスナイパー、弓箭猟虎は自身が所属する枝垂桜学園の生徒として大覇星祭に参加しており、飴食い競走で見事一位になった。

 

「一位おめでとうございます、弓箭さま」

 

「弓箭さまは運動神経がよろしいんですのね」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

ゴールした後、観戦していたクラスメイトに囲まれて賞賛された弓箭は嬉しそうに顔を明るくしていた。

 

(ああ……こっこの前、朝槻さんに教えてもらった方法でバイオリンの感想を貰う作戦のおかげです……っわたくしを中心にご学友が集まっています……ああ、これも朝槻さんのおかげです……! 神さまみたいな救世主……朝槻さん流石です……!)

 

「弓箭」

 

「はぅっ!? 朝槻さんの声がっ!?」

 

真守を救いの女神と(あが)めて絶賛していた弓箭は真守の声がして辺りを見回す。

するとレースに使われていた道路の脇の歩道にフェンスを立てて作られた観客席から真守が手を振っていた。

 

「朝槻さん! あ、あの……お友達に会いに行ってきてもよろしいですか?」

 

「ええ。どうぞ行ってくださいませ、弓箭さま」

 

「ご雄姿を見ていただけたならば会いに行かなければ失礼ですものね」

 

弓箭はクラスメイトの輪から出て真守に駆け寄り、フェンス越しに真守に手を伸ばす。

 

「弓箭、飴見つけるの上手いな。足速いし」

 

真守は弓箭が自分に伸ばしてきた手を柔らかくとって、目を細めた。

 

「ありがとうございます。朝槻さんのおかげです。少し能力を使いましたし……」

 

弓箭はそう言って顔を赤くする。

 

弓箭は無能力者(レベル0)だったが、あらゆる波を操る波動操作(ウェイブコンダクター)という非常に珍しい能力を発現させることが『素養格付(パラメータリスト)』によって分かっていた。

だが彼女の妹である弓箭入鹿が姉と同じ能力で、なおかつ弓箭よりも優れた強度(レベル)へと成長することが分かっていたので、弓箭は予算的に学園都市に切り捨てられてしまったのだ。

 

弓箭は自分が無能力者(レベル0)であることを悩んでおり、それによって歪んだ思考を持ち合わせるようになってしまった。

そのため真守は弓箭の悩みを解消するために、学園都市の能力開発を自前の能力、流動源力(ギアホイール)によって担い、弓箭が能力を使えるようにしたのだ。

 

「自分の息で作った波を操って片栗粉を吹き飛ばして飴を探したのか? それともエコーロケーション?」

 

「前者です。後者はまだ感覚がよく分からないので……」

 

「そうか。きっとできるようになるからちょっとずつな? 能力開発はそんなに焦ってするものじゃないから」

 

真守は弓箭の頭をそっと撫でながら微笑む。

 

能力開発は少しずつ時間をかけて行われる。

しかも弓箭は強能力者(レベル3)程度には伸びると既に分かっているので、今更焦る必要などないのだ。

 

「は、はいぃ……! あの、朝槻さんの選手宣誓、とても凛々しくカッコよかったです……! 本当にかっこよくて……わたくし、きちんと録画しているんです。今日も見返させていただきました!」

 

「ありがとう。お前にそう言われて嬉しい。……っと。私も競技に出なければならないんだ。もう行かなくちゃいけないんだ。ごめんな?」

 

真守が時間を確認しながら告げると、弓箭はぶんぶんと首を横に振ってから微笑む。

 

「いえいえ! 見に来てくださってありがとうございます! わたくしも後で朝槻さんの競技を見に行きますので、その時に是非声を掛けさせていただければ……!」

 

「うん。応援よろしくな」

 

「はいっ!」

 

真守は弓箭と別れてそのまま歩いて行く。

真守が見えなくなるまで弓箭が手を振っていると、そこにクラスメイトの少女たちが集まってきた。

 

「弓箭さま。超能力者(レベル5)第一位のお方とお友達なんですか?」

 

「流石弓箭さまですわ。あんな素敵な方とお友達だなんて」

 

クラスメイトが遠くなっていっても存在感抜群の真守を見てそう口々に告げると、弓箭はにへらっと笑った。

 

「……はい。とっても優しい方なんですよ! わたくしの自慢のお友達です!」

 

弓箭の笑顔が素敵でクラスメイトは良い友達なのですね、とにこにこ微笑む。

 

優しい友人に囲まれるようになったのは真守のおかげに他ならない。

そのため、弓箭は真守に感謝しながらも掴んだ日常を噛みしめて、大覇星祭を楽しんでいた。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根帝督は大覇星祭のために歩道に立てられている柵に寄り掛かりながら、気怠そうに電話をしていた。

 

〈へえ。あの子と付き合うことになったの? ふーん?〉

 

電話の相手は『スクール』の構成員である心理定規(メジャーハート)。心の距離を自在に設定することができる能力者で、人心掌握に長けた少女である。

 

「何だよ、その気のない返事は。テメエがいちいち俺と真守の関係聞いてくるから教えてやったのに、文句あんのか?」

 

〈ないわよ、別に。ただ予想通りだと思っただけ〉

 

「予想通り?」

 

心理定規(メジャーハート)は真守と連絡先を交換しており、何かあれば心理定規に真守がお土産を買っていくほどには親しい間柄である。

そう言う理由もあってわざわざ電話したのだが、心理定規の言葉が引っかかって垣根は怪訝な顔をする。

 

〈あなた、あの子が超能力者(レベル5)第一位になって周りが騒ぎ始めたから嫉妬して手を出し始めたのでしょう? やっとここまで来たのね、って思って〉

 

「……、」

 

精神操作系能力者だから人の気持ちが考えが分かる心理定規(メジャーハート)の才能に垣根はチッと舌打ちする。

すると、心理定規が呆れた声を出しながら苦笑した。

 

〈当たりみたいね。どこからどう見てもあなた、あの子のこと大切にしたいあまり、奥手になってたみたいだし。良かったじゃない。あの子の幸せを考えてあげられるようになって〉

 

「まさかお前も女の幸せはガキ産むことだって言うのか?」

 

何としてでも真守に子供を産む喜びを持たせたい深城を思い出して、垣根は苛立ちを込めて訊ねる。

 

〈……それは少し飛躍しすぎじゃないかしら?〉

 

流石の心理定規(メジャーハート)もそれには少し引いてしまい、そんな言葉を漏らした。

 

「源白のヤツがうるせえんだよ」

 

垣根が心底迷惑してそうな声を出すので、心理定規(メジャーハート)はくすっと笑ってから垣根に声を掛ける。

 

〈あなたも色々大変ね。お疲れ様〉

 

「うるせえな。お前にとっちゃあ他人事だろうが、そう言われると言われるでムカつくんだよ。だから余計なこと言うんじゃねえ」

 

心理定規(メジャーハート)はいつもと同じ傍若無人な垣根の言い分を聞いてため息を吐く。

 

〈あなたは相変わらずね。……ところであの子は近くにいるの?〉

 

「あ? ……ああ、大覇星祭の限定グッズ欲しいっつって今店に入ってる」

 

正確には次の競技を観戦して応援するまで時間があるので、林檎が好きなマスコットキャラクターの大覇星祭バージョンを、垣根が金を出すとして深城と林檎と一緒に真守は買いに行ったのだ。

せっかくだから雑貨も色々見てくる、とはにかみながらふにゃっと笑って、真守は向かって行った。

 

〈プレゼントしてあげないの?〉

 

いちいちかわいいヤツだと垣根が思っていると、心理定規(メジャーハート)がそんなことを聞いてきた。

 

「いつもプレゼントしてる。余計なお世話だ。……それに、四六時中買ってやってたら重たい男みてえじゃねえか」

 

〈そう? 愛する人からのプレゼントはなんでも嬉しいと思うけど?〉

 

垣根がそうぽそっと告げると、心理定規(メジャーハート)は既に重い男になってるけど、と内心思いながら告げる。

 

「……そういうもんか?」

 

垣根がぴくッと心理定規(メジャーハート)の言葉に反応していると、心理定規は通話の向こう側で年相応で恋に悩んでいるのね、と垣根が微笑ましくなってくる。

 

〈そういうものよ。でもあなたの好きにすればいいと思うわ。じゃ私、これから用事があるから。また今度仕事でね〉

 

心理定規(メジャーハート)は一方的に挨拶をすると、垣根との通話を終了させた。

 

「……プレゼントか」

 

勝手に切られた電話に対して、いつもなら垣根は苛立ちを見せるはずだが、既に垣根の頭の中は真守へのプレゼントでいっぱいで気にも留めなかった。

 

「垣根」

 

垣根が真守へのプレゼントを何にするか考えていると、真守が垣根のもとへと帰ってきた。

 

「楽しかったか?」

 

「うん。あのな、垣根。これ、あげる」

 

垣根が柔らかく問いかけると、真守はドキドキして垣根の顔が見られなくて(うつむ)いたまま、そっとそのちんまい手に持った紙袋を垣根に差し出した。

 

「?」

 

垣根がそっと貰って中身を取り出すと、それはシルバープレートでできた黒猫のストラップだった。

 

「あのな。それ、対になるペアストラップがあるんだが……その、私も買ったからつけてくれると嬉しいな、って。大覇星祭関係ないけどかわいかったから……」

 

真守は垣根に断られるかドキドキしながらそっと自分の携帯電話にすでにつけているもう片方のペアストラップを見せる。

どうやら猫の尻尾が絡み合って一つになるらしい。

 

「お……重いかなって思ったんだが……でも、垣根とおそろいのつけたくて」

 

(何コイツやっぱりいつでもかわいい。重いの上等)

 

確かに大事な人が選んでくれたプレゼントはなんでも嬉しい。

垣根は先程心理定規(メジャーハート)に重い男になりたくないと言ったが、その考えを即座に改めて、真守に色んなものをプレゼントしようと固く誓った。

 

「ありがとな」

 

垣根は自分に嫌がられないか不安そうに顔を俯かせている真守に愛しさで胸が締め付けられ、外なのにその頬にキスをする。

本当は口にしたかったが、真守は初心(うぶ)なので垣根はぐっと我慢した。

 

「垣根っここ外っ! 前にも外ではヤメテって言った!!」

 

「安心しろ。周りが見てねえ時にやったから」

 

真守がかあーっと顔を赤くしてキスされたところを恥ずかしそうに押さえるので、垣根は大切そうに真守からもらったプレゼントをジャージのポケットにしまいながら笑いかける。

 

「ほ……本当? でも、それでもダメだっ! ダメったらダメ!」

 

「分かったよ」

 

真守が顔を真っ赤にして首を横にフルフルと全力で振る中、垣根は上機嫌で真守の髪の毛を指先で遊ばせながら笑う。

 

「お前ほんっとうにかわいい」

 

「う。あんまりかわいいかわいい言わないで……恥ずかしい」

 

自分のことを今日だけで十回はかわいいと言っている垣根の言葉が嬉し恥ずかしくて真守が弱弱しくそう抗議すると、垣根はフッと柔らかく笑った。

 

「実際かわいいんだからしょうがねえだろ」

 

「な、何もしょうがなくない! 私はただ普通にしているだけだっ!」

 

(それがかわいいんだっつーの。まあ分かんねえか)

 

垣根は恥ずかしがっている真守を見つめながらふっと笑っていたが、そこに深城と林檎が店を出て近寄ってきた。

 

「垣根、垣根。見て見て。大覇星祭バージョンのてんうさ。可愛い!」

 

林檎が手に握っているのは『天使なうさぎ様』のスクールバッグにも付けられるような小さなマスコット人形で、その『てんうさ』は大覇星祭限定に相応しい体操服を着ていた。

 

「おう、良かったな」

 

垣根は嬉しそうにはしゃぐ林檎の頭を撫でると、林檎はわしゃわしゃと髪を掻きまわすように撫でられて、嬉しそうに目をぎゅっとつむる。

 

「真守ちゃん。垣根さんにちゃんと渡せたぁ?」

 

「うん。垣根、ちゃんともらってくれたぞ。なあ垣根?」

 

真守は深城の問いかけに笑顔で答えて、垣根に同意を求めてふにゃっと笑いながら垣根を見上げた。

 

「ああ。『お揃い』を俺はもらったぜ?」

 

「悪意ある言い方ぁ!!」

 

垣根が真守からもらった大事なプレゼントがしまわれているジャージのポケットを大事そうに触りながらそう強調して告げると、深城は頬をぷくーっと膨れさせる。

 

「いいもん! あたしだって真守ちゃんとお揃いのものいーっぱい持ってるから別にいいもん!」

 

嫉妬でむくれる深城を横目に、真守は苦笑しながら携帯電話を取り出して時間を見た。

 

「吹寄が応援にも気合入れてるから、そろそろ次の競技の観戦のために動こうか」

 

真守は携帯電話をポケットにしまいながら深城を見た。

 

「深城、良い近道を知ってるか?」

 

「ん? あーそぉだねえ! 公園通ったら近いよぉ!」

 

深城はパンフレットを取り出して次の真守の学校の競技の場所を確認すると、ついっと公園の方を指さした。

深城は今のAIM拡散力場の体を手に入れる前は幽霊のように学園都市を彷徨(さまよ)っていたので、学園都市の道に詳しいのだ。

 

「じゃあ行こう、真守ちゃん!!」

 

深城は真守の手を握って手を引いて歩きだす。

いつも林檎と手を繋いでいる深城は明らかに垣根に対抗するように真守の手を引いているのだが、そんな深城の対抗の様子は垣根にとって、『そんなことしても真守は俺のモン』と、逆に優越感を覚えさせるくらいにしかならない。

 

深城の小さな対抗に真守は苦笑していたが、とても真守は幸せそうだった。

自分のジャージの裾を掴む林檎も手に持っているぬいぐるみを幸せそうに見つめながらちょこちょこと着いてくる。

 

真守や、林檎。そして深城が幸せそうに笑っている大覇星祭。

 

垣根にとっては嫌いでしかない大覇星祭だが、それでも真守たちの幸せな様子が見られるなら、大覇星祭にも価値が見い出せると垣根は感じて、柔らかな気持ちになっていた。

 

「垣根、優しい顔してる」

 

公園の入り口に差し掛かった時、じぃーっと自分の顔を見上げていた林檎がそう告げたので、垣根は顔をしかめながらも優しく林檎を見た。

 

「悪ぃかよ」

 

「ううん。垣根のその表情、いつもいいなって思ってる」

 

「いつも?」

 

垣根は林檎の言い方が気になって怪訝な表情をする。そんな垣根に、林檎は目を細めて柔らかく微笑んだ。

 

「垣根と一緒に初めてガレット食べた時から時々、そんな顔してるの見る。その時、朝槻が近くにいたらいっつも朝槻のこと見るから、朝槻のこと考えてるんだって分かった」

 

垣根は子供らしくよく人を見ている林檎の言い分を聞いて目を見開く。

 

「……今は、」

 

「?」

 

「今はお前のことも考えてたぜ?」

 

垣根は小首を傾げる林檎の頭をそっと撫でて微笑む。

 

「! そうなの?」

 

「ああ」

 

間違いではない。

大覇星祭で三人が楽しそうにしているのが垣根は嬉しかった。

今まで奪われていて自由を謳歌(おうか)できなかった少女たちが幸せそうに微笑んでいるのが、とても幸福に感じるのだ。

 

「…………嬉しい」

 

林檎もそんな垣根の想いを聞いて、自分のことも垣根が考えてくれていることに、林檎は幸せそうに目を細める。

 

林檎を見つめていた垣根だったが、突如真守と一緒に目の前を歩いていた深城に変化があって顔を上げた。

 

 

顔を上げた垣根の前で、深城はふら、っとたたらを踏んでよたよたすると、そのまま意識を失くし、突然気絶した。

 

 

「深城!?」

 

真守は突然意識を失い、倒れそうになる深城を慌てて抱きかかえた。

 

「なんだ!? どうした!?」

 

垣根が驚きの声を上げる中、真守が垣根の方を振り返ろうとしたその瞬間、

 

「ぐっ……────っっ!?」

 

真守は突然、着ていたジャージの上からギュッと心臓の辺りを握り締めた。

 

「真守!」

 

垣根が異変を見せた真守へと近寄ろうとするが、真守がふるふると首を横に振った。

 

そして顔を悲痛で歪ませて、絶望に染まった瞳で垣根を捉えた。

 

「っ垣根……離れてっ……────!!」

 

真守が顔を引きつらせながら声を絞り出した瞬間、真守を中心にカッと光が(ほとばし)り、分厚い雲を突き抜けて天を穿つように蒼閃光(そうせんこう)の輝きを帯びた柱が公園に打ち立てられた。

 

幸せで満ちていた時間はそこで終わりを迎えた。

 

そして、もう一つの絶対能力者進化計画とも言えるべきものが、大覇星祭で(にぎ)わう学園都市で密かに始まった。

 




RAIL_GUN:LEVEL[PHASE]-NEXT篇の本編突入しました。


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