とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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第一一三話、投稿します。
次は一二月一〇日金曜日です。


第一一三話:〈事態収束〉でも残る爪痕

『美琴』

 

真守は美琴から放たれた稲妻を幻想殺し(イマジンブレイカー)によって打ち消している上条の隣から、美琴へと声を掛ける。

 

『………………だから、ダレ』

 

『美琴、そっちに行ってはいけない。戻ってきて』

 

真守が美琴を引き止めた瞬間、真守に向かって格子状の翼が飛んでくる。

真守はそれを自身の漆黒の翼と純白の翼を一枚ずつ伸ばして弾き飛ばした。

 

真守のその隣では削板が飛んできた鉄骨を砕く。

だが次の瞬間、削板へと鋭い稲妻が走ったので、上条がそこで前に出て、その稲妻を右手の幻想殺し(イマジンブレイカー)で打ち消した。

甲高い音が響き渡り、稲妻が吹き消されて余波が吹きすさぶ。

 

土煙が盛大に上がる中、その土煙が晴れた向こうで美琴の姿が変化していた。

 

鋭く天へと伸びた角の周りには、風車のように三本の羽根が付いた転輪が浮かんでいる。

肩から上は宇宙の煌めきを閉じ込めたような漆黒へと変わり、美琴の顔はその漆黒に呑まれて凹凸さえ分からない。

そしてそれ以外の上半身から下半身にかけては白く発光する体となっており、その足と腕は木の枝のように複雑に絡み合いながらも伸びており、腕の方は先端まで含めると通常の腕の二倍くらいの長さになっている。

 

『イケる、これならきっと──!』

 

美琴にそんな変化が起きた時、真守と美琴しかいない空間に第三者の声が響いた。

 

『お前、誰だ』

 

『え』

 

真守に問いかけられたその人物は美琴に枝垂(しだ)れかかっていたが、バッと振り返って真守を見た。

ツインテールであることを抜きにしてもシルエット的には女。だが、ここは精神的な世界なので誰かは分からない。

 

『お前が美琴を誘導しているのか?』

 

真守を見た瞬間、第三者は呆然としていたが、真守が問いかけてきたので焦った様子を見せた。

 

『だ、誰……アンタ誰なの!? 』

 

『お前は』

 

真守はそんな困惑する名も知らない第三者に向かってスッと手を伸ばした。

 

『邪魔だっ!!』

 

真守はそこで、『外装大脳(エクステリア)』を経て美琴を誘導していた少女──警策看取を精神世界から弾き飛ばして美琴を誘導させるのを強制的に止めさせた。

 

真守は邪魔者の第三者が消えた世界で、『窓のないビル』へと照準を合わせて()()()()()美琴へ再び声を掛ける。

 

『美琴、そんなことをしてもダメだ。この世界は、学園都市は変わらない』

 

美琴は真守の制止を聞かずに、右手から凄まじい煌々と輝く、黒い禍々しいエネルギーの球体の塊を作り上げて『窓のないビル』を見つめる。

 

『アレを壊さないと』

 

『美琴』

 

真守は美琴へ正面から近づいて、そっと肩に手をかける。

 

『今の枠組みを壊してはいけない。壊したら多くの人が不幸になってしまう。きっと、お前の周りの人間も影響を受けるだろう』

 

美琴はその言葉にぴくッと反応した。

 

『一緒にやるって言った。一緒にあの子たちの世界を作ろうって。それは何も今ある世界を壊せばいいんじゃない』

 

そこで美琴は何かに気が付い方のように思考が一瞬停止し、無表情ながらもその表情に陰りが見える。

 

それと同時に、美琴と真守がいた空間の一部にバキバキと亀裂が走って暗闇が粉々に砕けた。

そして、美琴がハッと息を呑んで正気に戻った。

 

(力の供給が止まった)

 

真守は美琴に流れ込むミサカネットワークの暴走と、その余波を受けて自身にも影響を与え続けていたAIM拡散力場の変化に気が付いて心の中で呟く。

 

(垣根がやってくれたんだ)

 

真守がそう安堵していると、現実では美琴が作り上げた球体のエネルギーの質が変わり、バチバチと黒紫(こくし)の稲妻を走らせ始める。

 

「上条、暴走は静まった。今ならいけるぞ」

 

「……オウ!!」

 

真守に言葉を掛けられる前に、力の元栓が閉められたことによって起きた変化に気が付いていた上条は強く頷く。

 

『美琴、分かる?』

 

真守が再び美琴と同調すると、美琴は呆然と真守を見上げた。

 

『朝槻さん……? どうして、ここに』

 

『良かった』

 

真守は無機質に光るエメラルドグリーンの瞳を柔らかく細めて、美琴を抱きよせて安堵する。

ぬくもりはないが、その優しさに美琴は目を細める。

だが美琴はそこでハッと気づき、振り返って亀裂が走った世界の向こうを見た。

 

そこにはどす黒いエネルギーが見え隠れしており、全てを呑み込もうとしていた。

 

『何、コレ』

 

『美琴』

 

『ダメっ! 止まって!! お願い!! 朝槻さん、逃げて!! これは私じゃもうどうにもできない!!』

 

『大丈夫』

 

真守は慌てふためく美琴から体を離して美琴の頬へとそっと手を添える。

 

『お前の仄暗(ほのぐら)い感情も、憤りも、その怒りの塊も──全て、打ち消してくれる存在(ヒト)がいる』

 

真守がそう美琴に話しかけていると、そんな真守を巻き込んでねばついた赤い糸が二人に絡みついてくる。

 

『ダメよっ!! 朝槻さんまで巻き込んじゃう!!』

 

『そんなことにはならない』

 

真守はふるふると柔らかく首を横に振り、美琴を安心させるために薄く儚く笑った。

 

『大丈夫だから。みんなを信じて」

 

 

「────行けるか、上条。削板?」

 

 

真守はそこで隣に立っていた二人に声を掛ける。

上条はコクッと頷き、削板は真守へと声を掛ける。

 

「あれは別世界からの得体の知れないモンだ。カミジョーの右手で消せるもんなのか?」

 

「うん、大丈夫」

 

真守は空間を割くようにバチバチと黒い稲妻を周囲に走らせる美琴と、自分が精神世界で抑え込もうとしているエネルギーを感じながら告げる。

 

「上条の右手は、世界をあるべき姿へと戻すから」

 

「……やっぱおもしれーな、お前たち」

 

真守の一言に削板はニッと笑い、そして拳を左手の平に打ち付けて気合を入れる。

 

「ヨッシャ行こうぜ! アサツキ、背中は任せた!」

 

「うん」

 

削板は真守が頷く横で腰を低く落とすと、周囲のコンクリートの欠片を空中へと浮かせながら気合を入れる。

 

「うぉ────!!」

 

そして地面を踏み割って足場を強制的に作り上げると、辺りに白いオーラを噴出させながら額に手を当てて胸に拳を抱き、気合を入れ始める。

 

「い!?」

 

上条は空間をびりびりと鳴り、頭上に黄金色の衝撃波の塊が浮かび上がるので悲鳴を上げるが、覚悟を決めて美琴へと向き直った。

 

「ぶちかまして来い!!」

 

削板はそこで上条に声を掛けると、天から降り落とした衝撃波によって強引に美琴の下へと道を作って周囲にバチバチと辺りを縦横無尽に駆け回る黒い稲妻を抑え込む。

 

「アサツキ!」

 

真守は削板に声を掛けられて右手の平を前へと伸ばす。

削板が抑え込んだで道を作っても、その道の周りには削板が作った道を穿(うが)とうと暴れ回る稲妻が数百存在する。

真守はそれら全てを俯瞰(ふかん)しながらも狙いを定めた。

そして真守は空間へ圧力をかけるように源流エネルギーを生み出し、黒い稲妻にぶつけて黒い稲妻を根本から破壊する。

ガギガギギ! と歯車と歯車が噛み合って鳴り響く音と共に蒼閃光(そうせんこう)(ほとばし)り、黒い稲妻を食らい尽くさんと暴れ回る。

その衝突によって吹きすさぶ余波を真守はきちんと最後まで面倒を見て、上条が通る削板が作った道の外へと流していく。

 

「上条!」

 

「うぉぉぉおおおおお──────!!」

 

上条は自身が歩むべき真守と削板が切り(ひら)いた道を全速力で駆け、美琴が抑え込もうと踏ん張っているこの世では測れない高密度な、源流エネルギーとはまた違った禍々しいエネルギーの塊へと向かう。

 

その瞬間、黒い稲妻にエネルギーが充填されて暴れ回り、それを懸命に抑え込んでいた削板の腕から血が噴き出た。

 

真守は左手を削板が作り出す衝撃波に手を伸ばすと、削板が作り出す衝撃波に干渉してエネルギーを充填、その強度を補強してやる。

 

「くっ────やれェえええカミジョー!!!!」

 

削板と真守が上条当麻を全力で支える中、削板が声を荒らげると上条がそれに呼応するように右手の拳を今一度固くぎゅっと握り締めた。

 

「ぬぅおおおおおお!!」

 

上条の右手が球体エネルギーへと届く。

だが、それを打ち消そうとした右手は鋭い力によって肩から弾かれ、大きく後ろへとばつん! という音を立てながら反り返る。

 

 

反り返った上条当麻の右腕はその鋭い力に耐えられず、肩から引きちぎられるように断裂して吹き飛ばされた。

 

 

上条の右手が衣服の袖と共に宙高く舞う。

 

 

それでも上条当麻は歯を噛みしめて諦めなかった。

 

 

そんな上条当麻の諦めない心に呼応するように黒い閃光が走ると、上条の右肩から白い竜が飛び出した。

 

その白い竜は口を大きく開けて球体エネルギーへと噛みつく。

 

白い竜だけではない。次々と様々な色の竜が飛び出した。

 

黒い色の竜は吐息を熱く吐き、その隣には首をもたげた水色のぎょろっとした瞳を持つ竜が現れて唾液をぼたぼたと獰猛に垂れ流す。

緑色の昆虫のような竜は空気を衝撃波のように揺らしながら、黄金の竜は角のように伸びた頭から雷光を辺りに走らせる。

そして結晶でできた白銀の竜は静かに動き、白い翼を頭から生やした白金の竜は羽根を散らしてみせる。

 

 

炎を逆巻く赤い竜は獰猛に嗤いながら──それらの竜と共に、美琴が生み出した球体エネルギーへと食らいついた。

 

 

そして球体の禍々しいエネルギーを噛みちぎり、筋のように引き延ばし、見ている人間が怖気立つような食らい方をしてエネルギーを捕食していく。

 

禍々しいエネルギーの塊は様々な竜に犯されるように食されて、その威力を殺されていく。

 

そして食らい尽くされた禍々しいエネルギーは最後に中心から閃光を走らせると、天まで伸びて美琴が造り出した濃灰色の雲を貫いて吹き飛ばした。

 

 

青空と本物の白い雲が(あら)わになる。

 

 

そしてその中心にいた美琴の体にまとわりついていた力が砕かれた。

 

 

頭に載っていた天使の輪は白と金色の欠片に砕け散り、美琴の体にまとわりついていた宇宙を満たす暗黒もバラバラと欠片になって崩れ落ちると、空気に()けるように消えていく。

 

美琴が呆然と空から前へと視線を移すとそこには上条が立っていた。

 

美琴が上条を見つめると、上条は左手の拳をトンッと美琴の額に当てた。

 

「学園都市にろくでもない面があるのは俺も知ってるし、それは俺たちが手出しできないような偉い奴が裏で操ってんのも分かってる。だけどさ、それを力尽くで排除するってやり方じゃ、仮に成功してもお前が望む世界にはならないと思うんだ」

 

上条は美琴に言い聞かせるように告げながらジャージの上着をそっと脱ぐ。

 

「俺以外にもお前を助けようと頑張ってたヤツ、心当たりあるだろ?」

 

上条はそこで、白い閃光を(まと)った欠片と黒い宇宙を塗り固めたかのような黒い欠片が剥がれて素っ裸になってしまった美琴の体にグッとジャージを押し付けて隠してやる。

 

「そいつらと少しずつ変えていけばいいんだ。もちろん、俺も協力する」

 

「…………うん」

 

美琴は目を涙で(うる)ませながらジャージを掻き抱くように抱きしめると、しっかりと頷いた。

 

「……ってあんた! 腕! 病院!!」

 

だが美琴はそこで上条の右腕が吹き飛んでしまったことを思い出して、慌てて声を上げた。

 

「え。……あ、あれ?」

 

「うえ!?」

 

だが次の瞬間、二人は思わず困惑した。

上条当麻の吹き飛んだはずの右腕がきちんと肩から生えているのだ。

右肩のジャージの袖はぶった切られるように布が無くなっているのに、右腕だけはなんともない。

 

「普通に動く……?」

 

ぐるぐると腕を回して上条が感触を確かめていると、美琴は呆然としたまま呟く。

 

「あんたの体、どうなってんのよ……?」

 

「さあ……」

 

二人が話しているのを真守が見ていると、ふと気配を感じて空を見上げた。

 

「真守」

 

そこには未元物質(ダークマター)の三対六枚の翼を広げた垣根帝督が浮かんでおり、自分のことを切なそうに、それでも愛おしげに呼んでくれた。

 

「垣根」

 

真守が垣根を見上げて無機質な輝きを持つエメラルドグリーンの瞳をそっと細めると、垣根は真守の前に降り立って真守の両肩に手を置いて抱き寄せた。

 

「む。……なんか他の女の匂いがする」

 

真守は自分も垣根も到底つけない、あまり好きじゃない香水の匂いを嗅いでジャージの上を着ていない垣根をじろっと見上げた。

 

「……お前、鼻が良すぎ」

 

垣根が思わず(うな)くように告げると、真守はジト目をして口をムッと咎たせる。

 

「お姫さま抱っこしたのか。……私以外の女を」

 

真守が無機質なエメラルドグリーンの瞳で垣根をじぃっと睨むと、垣根はその無機質な瞳を見たくないのと気まずくて目を逸らす。

 

「しょうがねえだろ、ヤツが動けなかったんだから」

 

垣根が自分に助けてもらって治療目的としてどこかに行った食蜂操祈を思い出しながら呟くと、真守は眉をひそませる。

 

「むぅ。……人命救助なら許してやる」

 

垣根は一応嫉妬にケリをつけた真守を見つめて柔らかく訊ねる。

 

「戻れそうか?」

 

「うん。大丈夫」

 

真守はスッと目を閉じると、垣根から離れるために数歩後退し、力をゆっくりと抜く。

 

ブワッ! っと鋭い風が吹いて、カッと真守の体が蒼閃光(そうせんこう)によって包まれる。

次の瞬間、真守の翼も転輪も後光も消え失せて、いつもと変わらない姿となった真守がそこに立っていた。

 

「………………垣根」

 

真守は姿を元に戻して目を潤ませると、垣根へと縋りつくように抱き着いた。

そして垣根の胸に頬をそっと摺り寄せて、かすれた声で自分の正直な気持ちを吐露する。

 

「…………………………こわかった」

 

垣根はそんな真守のことを悲痛な表情をしながらもそっと抱きしめる。

 

「大丈夫だ、真守。どんなことになってもそばにいてやる。だから……────っ!」

 

垣根がそっと真守の頭へと顔を()り寄せると、それが視界に入って驚愕で体を固くした。

 

「垣根?」

 

突然体を固くした真守が垣根を見上げようとするが、垣根がぐっと抱き寄せたままなので顔が上げられず真守は困惑で顔をしかめる。

 

「真守……………………髪、が」

 

「え?」

 

垣根が震える声で呟くので、真守は垣根に抱き着いたまま背中に降りていた髪の毛を前に持ってきて愕然とする。

 

真守の黒髪は絶対能力者(レベル6)に近づいたことで蒼みがかかったプラチナブロンドへと変わっていた。

 

今、真守の髪の毛はいつもと同じ艶やかな猫っ毛の黒髪だ。

 

だが。

 

毛先だけは蒼みがかったプラチナブロンドのままだった。

 

戻ったはずなのに。

自分のことを戻したはずなのに。

確実に、自分はまだ人なはずなのに。

 

 

その体には、確かに絶対能力者(レベル6)へと近づいた証が残されていた。

 

 

蒼みがかった染髪料でも生み出せない色になっている自分の髪の毛を真守はぎゅっと握る。

 

そして手を開くと、髪の毛はさらさらと重力に(のっと)って落ちていき、毛先が滑り落ちるときらきらと人工物的な煌めきを内包して淡く輝く。

 

もう一つの『絶対能力者進化(レベル6シフト)計画』。

暴走の余波を受けて、真守の存在が高次の存在へと組み替えさせられ、近づいた事件。

御坂美琴を救うことは確かに成功した。

事件を収束させることができた。

 

それでも。その爪痕は生々しく、痛々しく。

 

 

そして確実に、真守に恐怖を植え付けて収束した。

 


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