とある科学の流動源力-ギアホイール-   作:まるげりーたぴざ

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一一四話、投稿します。
次は一二月一一日土曜日です。


第一一四話:〈絶望泥闇〉から連れ出すために

シャキン、シャキンという何かを切断する音が静かな部屋の中に響く。

 

切られているのは真守の髪、正確にはその毛先だ。

 

美琴が絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)させられそうになった際に、その余波に巻き込まれた真守は絶対能力者(レベル6)へと意図的に自分の存在を近づけさせられた。

 

その際真守の黒髪は蒼みがかかったプラチナブロンドへと変化してしまい、事件が終わっても毛先の色が黒髪に戻ることがなかった。

突然、髪先だけだとしても現存する染髪料でも表現できないような輝きを髪の毛が帯びてしまったらあまりにも不自然である。

 

毛先だけならば切っても真守は自分の能力、ベクトル生成によって体内のエネルギーを操って成長を(うなが)して元の長さまで伸ばせるので、色が変わってしまった毛先を切っているのだ。

 

だがその鋏を握っているのは真守ではなく垣根だった。

 

真守が鋏を手に切ろうとしたら垣根が切ってくれると言ったのだ。

正直背中は見えないので切ってもらえると助かる。

 

そのため真守は自室で垣根にベッドに座ってもらい、自分は床にぺたんと座って垣根に背を向けて髪の毛を切ってもらっていた。

 

「終わったぞ」

 

サラサラと髪の毛の先を整えられるように触りながら垣根が声を掛けるが、真守は応えない。

 

「真守?」

 

「……ん」

 

真守は垣根に背を向けたまま短くなってしまった髪の毛を首元から触れて前に持ってきて毛先を見た。

垣根が丁寧に切ってくれたのでなんら問題はない。

後は髪の毛を伸ばせばいいだけなのだが、真守はその気になれなかった。

 

「真守」

 

垣根がどう見たって気落ちしている真守の肩を優しく掴んで振り向かせると、真守が動いた瞬間、雫が軌跡のように空中を舞った。

 

真守は静かにぽろぽろと涙を(こぼ)して泣いていた。

 

垣根に分からないように体の震えを押さえて泣いていた真守はどうにかして垣根が髪の毛を切り終わる前に涙を引っ込めようと思っていた。

だが結局できなくて、真守は垣根に泣き顔を見られることになってしまったのだ。

 

「……真守」

 

「……、」

 

真守は垣根の声に応えない。ただ静かにぽろぽろと涙を零すだけだ。

垣根はそんな真守を見て、胸が締め付けられるように苦しくなってしまう。

 

絶対能力者(レベル6)へと近づけられて感情が希薄になった後、真守は普通の人に戻った。

絶対能力者(レベル6)へと近づけられていた時、真守は恐怖なんて感じなかった。感情が希薄になっていたからだ。

だが人の感性が戻ってきた事によって、その時自分が明確に違う生き物になっていたと自覚してしまったのだ。

 

自分が明らかに違う存在──万能的な力をもつ存在へ確実に近づいてしまったことに愕然とした。

その明らかに人とは違う知覚の仕方に、いつか完全に造り替わってしまうのだと知ってしまった。

自らが自らでなくなってしまうのを実体験的に感じてしまったので、真守には尚更恐怖が(つの)っていた。

 

あのまま絶対能力者(レベル6)へと進化(シフト)していたら、人として今感じているこの恐怖や苦しみは感じなかっただろうと真守は思った。

自分は万能であるべきで、それが普通であると心の底から感じるようになるのだと、真守は感じた。

 

人とは明確に違う感性を手に入れてしまって、それが当然だと感じる。

だが、真守はそこで自分が明確に違う存在になったとしても、感情が消えないという事実を知った。

 

それでも、人の精神に戻った朝槻真守は恐怖に震えていた。

怖い。

垣根はその感情に支配されている真守の頬に手を添えて濃く作り上げられてしまった涙の筋を指でグイッと消して、その瞳に溜まっていた涙を優しく(ぬぐ)った。

 

どんな言葉を掛けていいか分からない。

何故ならば絶対能力者(レベル6)へと進化する人なんていないからだ。

未知の領域へと到達する事ができるのは真守と一方通行(アクセラレータ)だけで、その未知の領域へと踏み込むことすらできない人間が何をどう言ったって慰めにもならない。

 

真守の精神的な安定薬である源白深城は、現在真守がこの前まで入院していたマンモス病院にいる。

深城の体は普通の人間ととある臓器以外は同じ構造をしているらしく、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が言うには体調を整えるのに既存の機械が使えるらしい。

普通の医療機器が使えるとしても、とある臓器──脳に関してはそうはいかない。

 

深城のあの一八歳の肉体には()()()()()()()()()()()

その代わりに幻想猛獣(AIMバースト)の時に美琴が破壊した核のような三角柱の結晶が内包されている。

 

現在深城は意識を回復しており、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)が言うにはその三角柱に問題はない。

だがこれから身体的な面で問題が出てくる可能性があるのと、これを機に深城の体を詳しく調べるために現在深城は冥土帰しのいるマンモス病院にいるのだ。

そんな深城に付き添ってくれているのは林檎で、彼女は真守が明らかに疲弊していたので深城のことは任せて、と力強く言ってくれたのだ。

 

「何か飲むか?」

 

真守と現在二人きりの垣根は鋏や切った髪の毛を片付けて真守に優しく問いかけるが、真守は返事をしない。

 

(……そういや、コイツに聞いても意味がないんだった)

 

垣根は食に関心がない真守に聞いても意味がない。だがそんな真守でも、、差し出されたものは飲むだろう。垣根はそう思って、二階のラウンジにあるキッチンへと向かおうとベッドから立ち上がる。

だが真守は立ち上がって動き出そうとした垣根のズボンをぎゅっと掴んで、垣根を引き留めた。

 

「真守?」

 

「……………………い、で」

 

真守がぼそぼそと(うつむ)いて呟くので垣根には聞こえず、顔をしかめる。

真守はそんな垣根へと顔を上げて涙をぽろぽろ流しながら口を開いた。

 

「………………いかないで…………」

 

(すが)りつくような表情だった。

暗闇の中、絶望の中。一筋の光へと。救済へと(すが)りつくような表情だった。

 

「おねがい、かきね。いかないで…………」

 

真守はエメラルドグリーンの瞳を恐怖で揺らして眉を八の字にして懇願する。垣根はそんな真守のために、再び腰を下ろした。

 

「ひとりはいやだよ……………………」

 

真守は自分に目線を合わせるように近付いてきてくれた垣根を認識しながら、毛足の長いカーペットにぽろぽろと涙を落とす。

 

「真守」

 

どこか行くわけじゃない。そう考えて垣根が真守を落ち着かせようとすると、真守はもう片方の手でも垣根の腕をぎゅっと掴んで、悲痛で(かす)れた声をあげた。

 

「……おねがいだから、いかないで……そばにいて、かきね。…………そばに、」

 

ひっくひっくと子供のようにしゃくりあげる真守。そんな真守を見つめて、垣根は胸が痛くなって目を細めた。

 

「…………分かった」

 

垣根は真守のことを安心させるために、ギュッと腕の中に抱きしめる。

 

「一緒にいるから」

 

心の底から、苦しかった。

 

自分の大切な存在が苦しんで悲しんで。それでももう嫌だと、自暴自棄になって全てを終わらせてしまおうと考えないのが切なくて。

 

人のことを想って、自らを犠牲にしつつ。それでも自分を犠牲にしていることを周りの人間には悟られないようにして、本当に心を許している人間にしか弱みを見せない。

 

どこまでも機械的な思考で公正に人のことをいつも考えているのに、それでも確かなぬくもりと感情の起伏と優しさがあるこの少女は、本当に神さまに成るために生まれてきたような少女だった。

 

だからこそ。まだ神に成ることを真守自身が自覚すらしていない時に、深城が真守を一目見た時に『神さまみたいな子だ』と思ったのだろう。

 

それでも、やっぱり真守は一人の人間で。

まだ一五歳の、子供の。小さな女の子で。

自分が変わりゆくことに怯えている少女だった。

 

垣根が真守のことを優しく抱きしめてその背中を撫でる。すると、真守は垣根の広い背中にぎゅっとしがみついて、垣根の首筋に頭を摺り寄せる。

 

「私、ちゃんとここで生きてるよ…………生きてるよね……?」

 

「ああ。ちゃんとここにいるから」

 

だってぬくもりがある。

女の子らしく柔らかくて甘い匂いがして、そして温かい鼓動を感じる。

 

「まだ、私だよね?」

 

「お前はいつだってお前だ」

 

きっと、神さまに成っても真守は真守だ。

それは絶対に変わらない。

 

「でも、怖いよ。垣根」

 

それでも真守は怖いのだ。

変わってしまうことが、どうしようもなく怖かった。

 

「信じられない、どうしよう」

 

精神的に変化していたことを思い知らされた。

そして肉体的にも変化が見られた。

だからとても怖い。何も分からなくなるくらいに。何も信じられなくなるくらいに。

 

「……私、ちゃんとここにいるか、……よく分からなくなってしまって……ここに私として存在しているのは、夢なんじゃないかって……」

 

真守が信じる世界全てがここにあると垣根は示すために真守をギュッと抱きしめる。

そして垣根は少しだけ体を離して真守の顔を見つめる。

 

「夢じゃない」

 

「でも、それでも。……怖いよ、垣根…………」

 

自分はここにいるのか、まだ人間なのか。

もしかしたらもう自分の体は明確に変わってしまって、最後の夢を見ているのかもしれない。

 

 

真守がまだ人間であり、ここにいるという実感がないなら与えてやればいい。

 

 

絶望に呑まれてここにいるのか分からず信じられないなら、幸せで満たしてあげてここにいると実感させればいい。

心で信じられないなら、身を持って分からせてやればいい。

不安でしょうがないならぬくもりを感じさせて安心させてやればいい。

 

そう思った垣根は(うる)んだ瞳で自分を見上げる真守の顎に手を添えて、自分の方にクイッと引いた。

 

「真守」

 

垣根はそう囁くと真守に顔を近づけ目を閉じて、深いキスをする。

 

「ん」

 

真守が小さく(うな)る中、垣根は真守に長いキスをする。

そっと口を離すと、真守が熱を帯びた息を吐きながら、とろんとした瞳で自分を見上げていた。

そんな煽情的な目を向けられながら、垣根は真守に優しく甘くゆっくりと囁く。

 

 

「これからお前に、ここにいるんだって分かるくらいに幸せで満たしてやるから」

 

 

「………………うん、おねがい」

 

 

垣根がそっと甘く囁くと、真守は垣根の胸元の服をぎゅっと掴みながら熱に浮かされた潤んだ瞳で告げる。

これから垣根が自分に何をしてくれるのか、何をされるのか全て悟って。期待と不安で震えながら。

 

「垣根。…………ここにいるって実感させて……」

 

「ああ。──分かった」

 

垣根は涙を瞳に浮かばせて不安に打ち震えている真守を安心させるために、一つキスを落とす。

そして真守のことを優しく抱き上げると、そのまま立ち上がってベッドへと真守を降ろした。

 

 

 

──────…………。

 

 

 

垣根は腕の中で静かな寝息を立てて眠る真守の後頭部を、柔らかで艶やかな猫っ毛の黒髪を()かしながら優しく撫でていた。

 

垣根は以前から知っていたが、真守は自分の髪の毛の手入れを念入りに行っている。

肉体の変化がよりにもよってそんな大事にしている髪の毛に出てしまったので、真守は本当に恐怖を感じて絶望していたのだ。

 

真守が髪の毛の手入れに力を入れているのには理由がある。

やっぱりその理由は源白深城だ。

 

研究所時代に適当に伸ばしていた真守の髪の毛を深城がよく櫛で()かしていたらしい。

『真守ちゃんの髪の毛は猫っ毛で細いんだよ。すぐ痛むからきちんとお手入れしなくちゃ』と深城は意気込んでいたらしく、真守が研究所から脱走して自分が幽霊状態になっても人が読んでいるファッション雑誌を盗み見ては、髪の毛の手入れの仕方を真守に教えていたらしい。

 

真守が猫耳ヘアにしているのも深城がしてほしいと言ったからで、最初は嫌々やっていたのだが、今ではすっかりトレードマークになっている。

 

そんな手入れが良く施されている真守の髪の毛を垣根が撫でる(たび)に、垣根好みの上品な花の香りが辺りに漂う。

 

垣根が真守の髪の毛を撫でていると、窓の外から鋭く叩きつけるような雨音が聞こえてきた。

先程までしとしとと降っていた雨が強まったらしい。

 

御坂美琴が絶対能力者(レベル6)進化(シフト)させられそうになった時に超大型の積乱雲が接近していると放送が掛かっていたが、美琴が雷雲を呼び込む前から元々今日の午後から未明まで雨が降る予報だった。

確かに美琴が絶対能力者(レベル6)から人に戻った時に雲が払われたが、アレは一時的なもので逆に強い雨雲を呼び込む結果となり、今どしゃぶりの雨が降っているようだった。

 

「……ん」

 

その雨音を聞いていた垣根だが、腕の中で真守が小さく(うな)ったので視線を真守へと移した。

どうやら雨音で目が覚めたらしい。

 

「真守、起きたのか?」

 

ぼーっとしている様子の真守に垣根が声を掛けると、真守はくしくしと目を(こす)ってからとろんとした瞳で垣根を見上げた。

 

「……いま、何時?」

 

「一時半」

 

垣根が真守の部屋に掛けてある電子時計を見てから呟くと、真守は垣根の胸に手を突いて体を起こす。

 

「明日も大覇星祭だから、ちゃんと寝なくちゃ……その前にお風呂入りたい……肌がぺたぺたする…………」

 

真守がじっとりと汗ばんでいる体を感じて(うめ)いていると、垣根は真守の頭をそっと引き寄せながら垣根は囁く。

 

「なあ、真守」

 

「うん?」

 

真守は引き寄せられたことによって視界いっぱいに広がった垣根の胸板を見ながら返事すると、垣根は真守の後頭部を撫でながら告げる。

 

「やっぱり全部壊しちまおう」

 

真守はその言葉に目を(またた)かせるが、そっと垣根の胸に手を添えながら寂しそうに呟く。

 

「…………壊したって、どうにもならないよ」

 

「なんで」

 

「壊したって何も変わらない。私がいつか変わってしまうことには変わりない。だから、私のことを制御してくれる学園都市がなくなるのは困る……」

 

真守がぽそぽそと呟くと、垣根は真守の細い腰に手を回してぎゅっと抱きしめて訊ねる。

 

「学園都市と一緒に生きるのか?」

 

「だって私は学園都市のモノだ。私の所有権は学園都市が持っているから」

 

「違うな」

 

「?」

 

自分の言葉を即座に否定した垣根を真守が見上げようとすると、垣根は真守の頭をがっちりとホールドして自身の胸にうずめさせて(おお)い隠すように抱きしめる。

 

「お前は、俺だけのものだ。俺のものだ。だからお前が幸せに笑っていられる世界を造ってやる。お前が幸せになれる世界を、お前が教えてくれた『無限の創造性』で造ってやる」

 

真守はそんな垣根の決意の言葉を聞いて優しく笑った。

 

 

「……じゃあ垣根。みんなが笑って幸せに暮らせる学園都市を造ってほしい。少しずつで良いから学園都市をよりよくしてほしい。私はそんな学園都市で生きていきたい」

 

 

「……それが、お前が幸せに笑っていられる世界か?」

 

垣根が腕を(ゆる)めて真守に問いかけると、真守は体を少し起こして微笑む。

 

「うん。私は学園都市に住んでるみんなが好きだから。私が生きていられるのは、やっぱり学園都市のおかげだから」

 

真守が見せたその笑みが綺麗で、儚くて。

 

「分かった」

 

垣根はそんな笑みを浮かべる真守に向かって決意の表情を見せて笑った。

 

「約束する。お前が幸せになれるような学園都市に俺たちがしてみせる」

 

真守は『俺たち』という言葉に嬉しそうに目を細めて、真守は自分の頬に手を添えている垣根の手に自分の手を重ねて微笑む。

 

「ありがとう、だいすきだよ。垣根」

 

「ああ。俺も愛してる」

 

垣根の言葉に真守がふにゃっと微笑むと、その瞬間『くぅ──……』と、大変かわいらしいお腹の鳴る音が響いた。

 

「……お、お腹が鳴った…………っ!」

 

真守は自分の薄い腹に手を当てて視線を落としてびっくりしてわなわなと感動で震える。

 

「感動するなよ、普通恥ずかしがるところだろ。……まあ、分からないことはないがな」

 

垣根がフッと笑うと、真守は恥ずかしそうに顔をこわばらせながらもえへへと笑う。

 

「そうだな。恥ずかしいのが普通だもんな。ご飯食べたいって思えるの新鮮だから。……でもご飯食べるにしても先にお風呂入りたい……」

 

「なんか用意しといてやるから風呂入ってこい。……それとも二人で入るか?」

 

真守がもじもじと体を居心地悪そうに動かすので、垣根は笑って告げる。

 

「なっ!? ……お、お風呂は一人で入るモノだから!!」

 

真守がかぁーっと顔を真っ赤にして叫ぶので、垣根は目を柔らかく細めた。

 

「そーかよ。今更恥ずかしがることでもねえのに」

 

「かっ……かきねのえっち!!」

 

真守が体を縮こませて叫ぶと、垣根は起き上がった真守を見つめて笑った。

 

「エロいのはどっちだよ」

 

真守は垣根の視線の先に、自分の一糸(まと)わぬ姿がある事に気が付いてバッと体の前面を両腕で隠す。

だが細い肢体よりももっと細い真守の両手で隠したとしてもたかが知れていた。

 

「うぅー……。……見ないで!」

 

「俺はお前の体じゃなくてさっきのお前のことについて言ったんだけど?」

 

垣根はわざといじわるを込めて告げると、真守は先程の自分の様子を思い出して涙目になってベッドに敷いていたタオルをバッと引っ張って体を隠しながらふるふると震わせる。

 

「う。うぅううう~……垣根のスケベ! ヘンタイっ! 色狂い~!」

 

「……聞き捨てならねえ。スケベでもヘンタイでも色狂いでもねえよ!!」

 

垣根が真守に襲い掛かろうとする動きをわざと見せると、効果てきめんの真守はぴゃっと飛び上がってタオルを持ったままベッドから転げ落ちるように逃亡する。

 

「垣根のばかばかばかばかえっちばかぁっ!!」

 

真守は涙目で叫びながら手早く着替えを手にするとバタバタとお風呂場へと向かった。

 

『ほぼすっ裸で廊下走るなよ、はしたねえ』と垣根が廊下に向けて言うと『わぁあああん!』と真守の悲鳴が聞こえてきたので垣根はくつくつと笑う。

 

垣根はそこでベッドから出て、ベッドの近くに脱ぎ散らかされて落ちていた服を拾って着ると、携帯電話を手に取る。

 

〈こんな時間に一体何の用かしら?〉

 

愚痴を言いながらもきちんと出た心理定規(メジャーハート)に垣根は簡潔に命令する。

 

「統括理事会、……いいや。学園都市にとって弱みになるような情報を集めろ」

 

〈……それはあの子のため?〉

 

少しだけ楽しそうに訊ねてくる心理定規(メジャーハート)の問いかけに垣根ははっきりと答えた。

 

「ああ。学園都市を変える。俺たちの手で」

 

〈へえ。それは面白そうね?〉

 

くすくすと心の底から楽しそうに笑う心理定規(メジャーハート)の声を聞いて垣根は不敵に笑って訊ねる。

 

「できねえと思うか?」

 

〈いいえ。あなたは、……私たちならばやろうと思えばできるわよ。必ずね〉

 

「そうか」

 

心理定規(メジャーハート)の言い直しに垣根はフッと小さく笑う。

 

真守に会って、色々な事が変わった。

自分の世界もそうだし、自分の周りの人間の世界にさえ、彩りを与えてくれた。

モノクロのような味気ない世界を、黄金の粒が舞い散る柔らかな光の中、輝き、色めき立つ世界へと変えてくれた。

あの少女のためならば、自分たちはなんでもできる。

あの少女が可能性を提示してくれた自分たちには、無限の可能性が秘められている。

 

「お前のことなんざ信用できねえと思ってたがな」

 

垣根はそこで笑みを(こぼ)して嘘偽りない心境を吐露した。

 

「……今は信用しても良いと思ってる」

 

人を信じるなんてばかばかしいと思っていたが、真守が信じるならば信じてやっても良いと垣根は思っている。

『スクール』の面々はそれぞれ真守のことを一目置いて考えている。

そんな人間ならば、信じないわけにはいかないのだ。

 

〈そう?〉

 

そんな垣根の随分な物言いに心理定規(メジャーハート)は変わらないトーンで応えて、言葉を紡ぐ。

 

〈私はあなたのことを最初から信じていたわ〉

 

「はん。本当かよ」

 

〈そこから信用してみれば?〉

 

垣根が一蹴すると、心理定規(メジャーハート)はふふっと電話越しに笑って愉快そうに呟く。

 

「……そうだな。──信じてやる」

 

真守が信じる人間ならば、信じられる。

 

人の可能性をどこまでも信じて、どこまでも神さまのように公正で。

でもそうだとしてもやっぱり一人の女の子である真守を想って、垣根は柔らかな気持ちになって優しい表情で、一人で微笑んでいた。

 




相変わらず恋の定石が通じない恋愛をしているし、色々おかしいですが無事に結ばれました。
まあ他の女にすぐに連絡するのは常識的にどうかと思いますが、流石常識が通じない垣根くん。
あと、昨日(大覇星祭一日目:数話前)無理って言ってた真守ちゃんですが、一日ちょっとでひっくり返しました。ナンテコッタ。
原作でもここから急展開ですが、ここから『流動源力』も怒涛の展開ですのでお付き合いいただければ幸いです。


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