次は一二月一四日火曜日です。
第一一六話:〈幸福毎日〉でもうすら寂しい
薄暗い早朝。真守は
ほの白い光がカーテンの隙間から差し込む中で目を
真守は垣根が何かを羽織る時に襟元をピッと正す仕草が大好きだった。
その様子をじぃっと真守が見ていると、垣根は真守の方を振り返ってベッドに手を付くと、その口にそっとキスをした。
「ん。……垣根、気を付けてな」
真守が目を細めて告げると、垣根は真守の頬をそっと撫でて微笑む。
「ああ、行ってくる」
垣根はそう告げると、真守の部屋から出ていく。
廊下を歩く垣根の足音が遠くなっていく中、真守はベッドの上で膝を抱える。
そして寂しそうに微笑んで、立てた膝にそっと顔をうずめた。
──────…………。
真守は自宅の一階の外に停まったタクシーに近づいた。
「深城、おかえり」
真守が笑いかけた先にはタクシーから降りてきた深城がいて、深城は真守の姿を見ると、タクシーのトランクから荷物を下ろす事も忘れてぎゅーっと真守に抱き着く。
「ただいまぁーっ! やっと真守ちゃんのところに帰ってこられたぁー!」
「ん。おかえり、深城」
真守が思いっきり抱き着いてきた深城の背中を優しく撫でると、深城はきょとんとした表情で真守を抱きしめるのをやめて真守の顔を見た。
「なんだ?」
「いつもだったらカエルが潰れたみたいな声出すのに、反応違うなあって」
「……最近深城に抱き着かれる瞬間が分かるようになってきたんだよ……」
深城の問いかけに真守が目を遠くして呟くと、深城はへーっと言ってからグッと親指を立てる。
「それは適応能力というヤツだね、真守ちゃん」
「あのーお荷物はどうすれば?」
「私がもらい、ます」
運転手が困った様子でトランクから深城の荷物を取り出して持っていると、林檎が両手を差し出す。
運転手が林檎に荷物を渡そうとすると、林檎はそれを受け取らずに
結構重い荷物を小さな林檎が
「林檎ちゃんありがとぉ。良い子にしてたあ?」
「うん。朝槻にちゃんとご飯食べさせた」
「えらぁーい!!」
深城が問いかけると林檎が得意気に告げるので、深城は真守から離れて林檎の頭を優しく撫でる。
「ちょっとそれ、おかしくないか?」
「おかしくないよぉ。垣根さんは?」
真守がムッと口を尖らせてると、深城はにんまり笑って真守を見つめて問いかけてきた。
「……垣根は、忙しいから」
「そぉなの?」
真守が寂しそうに笑うと、深城は目をぱちくりと瞬かせる。
すると、林檎は
「垣根、最近夜しか来てない」
「夜?」
林檎の補足説明に深城がコテッと小首を傾げると、
「朝槻の部屋に夜遅くに入っていって一緒に寝て、朝またどっかに行く」
林檎は爆弾と気づかずに爆弾を投下した。
深城はそこで、ゆっくりと目を
「……真守ちゃん、ただれた生活してるねえ」
「べ、べつに毎日じゃない!!」
深城がしみじみ言うので真守は大声を出して否定する。
「? 大覇星祭中から毎日そうだよ?」
「そぉだよねえ、ただれてるよねえ」
林檎が文面通りに受け取って首を傾げると、深城は何も知らない無垢な林檎にすり寄ってジト目で真守を責めるように見つめる。
「う。別にただれてない……一週間もそういう生活してないんだから……」
深城の責めるような視線に真守が寂しそうに目を細めるので、深城は目を数回
「林檎ちゃん、お荷物あたしの部屋に持って行ってくれる?」
「うん、分かった」
林檎は頷くと、
「で? 結局のところ、垣根さん何してるの?」
深城は気落ちしている真守の肩を抱き寄せ、一緒にゆっくりとマンションに入りながら林檎にあまり聞かせていいものか分からない話を真守に訊ねる。
「……私のために頑張ってくれてる」
「そっか! それでも真守ちゃんのこと安心させるために一緒に寝てくれるんだあ」
深城は真守のために垣根が忙しくしてること。
それでも真守が寂しい思いをしないように絶対に一日一回は真守に会いに来ているというマメさを垣間見せているので安心した様子で微笑む。
「じゃあなんで真守ちゃんは寂しそうにしているの? 何か不満があるのぉ?」
真守の全てがお見通しな深城は、真守の心境を的確に理解してそう訊ねて来る。
深城がそう問いかけてくると分かっていた真守は、それでも言いにくそうに顔を
「…………垣根と、もっとずっと一緒にいて、たくさん話したいなって。……私のわがままなんだ。垣根は私のために頑張ってくれてるから、私は何も言ってはいけないんだ。だから垣根には内緒にしておいて。一日一回会えてたら本当は十分なんだから……」
垣根は真守がベッドに入っている時しか一緒にいてくれない。
できれば、もっとちゃんと話をしたいのだ。
深城はそんな真守の寂しそうな顔を見てスッと真顔になる。
「……垣根さんのことちょっとひっぱたいてくる」
「深城、大丈夫だから! お前が全力でひっぱたくと流石の垣根でも首が折れる。それに垣根、デートの約束してくれてるから!」
すぐに行動し始めようとした深城を慌てて真守が止めると、深城は振り返って真守を見た。
「……デート?」
深城が白い目を向けてくるので、真守は垣根をフォローするために必死に告げる。
「うん。貸しイチでデートする予定だったけど、恋人になったから。だから明日、学校が終わったらデートに行くんだ。明日は
「もちろん! そのまま帰ってこなくたっていいんだよぉ?」
「か、帰ってくるに決まってるだろ!!」
深城が明け透けな言葉と共にグッと親指を立てるので真守が叫ぶと、深城はきゃーと軽い声を上げながらマンション内のエントランスを走っていく。
「ふふっうそうそ! おいしいご飯作って待ってるね!」
「……うん。ありがとう、深城」
真守は深城の優しさにふにゃっと微笑んで深城の後を追い、自宅へと帰って行った。
──────…………。
『……と、真守は寂しそうに言ってましたよ』
「……、」
第八学区の『スクール』のアジト。
そこで垣根は椅子に座って長い足を組んでおり、目の前のテーブルに乗っている垣根が
垣根が気まずそうに黙っていると、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳をきゅきゅっとカメラレンズのように収縮させながら助言する。
『男としてすることだけしたって愛情は伝わりませんよ』
「うるせえ人間でもねえくせに」
『
垣根が苛立ちを込めて自分の端末に声を掛けると、カブトムシはなんてことなさそうに薄い翅を振動させて淡々と発声させる。
垣根は自分の端末に助言されて苛立ちを隠さずに、トントンとテーブルを叩きながらカブトムシを睨みつける。
「俺だって真守のことちゃんと考えてんだよ。……知らねえとは言わせねえぞ」
『そうですね、主に欲望を』
「お前本当に一回
『
さっきから自分に反抗しまくっているカブトムシに殺意を
「俺の器は小さくねえよぶっとばすぞ。……ッチ。時間があればお前の意識にメス入れることでもきるが、あいにくと今は忙しい。……で? 何か、引っかかったか?」
垣根が舌打ちをしながら告げると、カブトムシはネットワークを探ったのか○.二秒ほど逡巡した後答えた。
『いいえ。やはり学園都市を揺るがすようなものは学園都市トップが全て握っているようです』
「……そうか。お前たちのネットワークにも引っかからねえからおかしいとは思ってたが、アレイスターはやっぱり特殊な情報網でも持ってるんだな」
垣根は今、学園都市の権力者と『平和的』に学園都市の体制について交渉できるような情報を探している。
その情報を探してはいるが、学園都市の根幹に関わるような情報はどこにも見つける事ができない。
そのためここ数日その糸口を見つけるために忙しくしていたのだが、真守を寂しくさせてしまっていたらしい。
『
「まだ成果は出てねえが、アイツの『お客様』は学園都市のお偉いサマに直結してるからな。……アイツの高尚なバイトが役に立つとは思わなかった。あれでエロいことしてないってのが納得いかねえが……」
垣根が
『そこに直結するのは男の悪い癖ですね』
「うるせえ端末。……真守に繋げ」
『はい』
垣根は反抗的なカブトムシに命令を出すと、カブトムシは案外あっさり頷く。
『……垣根?』
真守のことになると口答えしないんだよな、と垣根が思っていると、真守の声を的確に再現した音で真守の言葉が聞こえてくる。
カブトムシに真守に近づけさせろと言ったが、マジで目の前で会話しているのかと思う程に似ていた。
「時間が空いたから声が聞きたくなった。今、平気か?」
『うん。深城は林檎と一緒にお風呂入りに行ったから』
真守の顔を見ると絶対に会いたくなるので垣根が電話のように声を掛けると、真守は嬉しそうな声を出しながら告げる。
「そうか。……元気か?」
『? 別に元気だぞ。垣根は? ……無理してないか?』
真守は今更の問いかけに疑問を思いながらも答えて、垣根にそう返す。
「俺は別に問題ねえよ。やりたくてやってんだから」
『そうか。良かった』
真守が心の底から安堵した様子で告げるので、垣根はフッと柔らかく微笑んで甘く囁く。
「明日、楽しませてやるから」
『…………なんかちょっと言い方がえっちだぞ』
たっぷり間を置いてから真守の声が聞こえてくるので、真守が恥ずかしそうに顔をしかめているのを垣根は想像して、くつくつと笑う。
「俺はその方向性でも構わないが?」
『う。……あ、明日は違う方がいい』
そして意地悪を言うと、真守がしどろもどろになって呟くので、垣根はもっと笑った。
「そうか。お前の行きたいところに連れてってやるから、考えておけよ」
この手の誘いに一々かわいく
『あ。じゃあ携帯電話取りに行ってもいいか?』
「ケータイ? ……ああ、大覇星祭二日目にぶっ壊れちまって代替機だったんだっけ」
大覇星祭二日目。
御坂美琴が
その時携帯電話に配慮をまったくしなかったため、エネルギー放出で電子的な基盤を壊してしまったのだ。
『うん。さっき取り寄せ完了しましたってメールが来たんだ。なんかあの機種、今とっても人気らしくてな。……まあアレの後継機がコケて批判殺到したけど、その時にコケた一つ前のヤツの性能が高いって広まってしまってな。そんなわけで人気急上昇中なんだ』
「へえ。お前の目は確かだからな。後から人気が出るモン使ってんの、多いんじゃなかったっけ?」
『私の自作パソコンの部品か? アレのCPUは確かに今人気だな。ライバル会社が大コケして噂が広がったんだぞ。いつでも何かがコケると何かの人気が急上昇するんだな』
自分との会話で真守の声が明らかに弾んでいるので、垣根は本当に真守が普通の話がしたかったんだな、と実感する。
「真守」
垣根が優しい声音で真守の名前を呼ぶと、真守はきょとっとした感じの声を出した。
『なんだ?』
「少しは寂しい気持ち、
『! ……うん、ありがと。垣根はなんでもお見通しだな』
垣根が問いかけると、真守は申し訳なさそうにしながらも垣根の気遣いにお礼を言う。
実際には垣根が気づいたわけではなく、真守のそばにいたカブトムシから話を聞いたのだが、真守にとってそこは重要視するところではないと垣根は知っている。
「じゃじゃ馬娘のお前を一人にしないためだ、気にするな」
垣根が軽口を告げると、真守はカブトムシの向こうでムッと口を尖らせた。
『私はじゃじゃ馬娘じゃない。……ちゃんと、ここ数日は大人しくしてる』
垣根は、真守が口を尖らせてしかめっ面になっているだろうと小さく笑う。
顔を見ないと真守の反応が一々どういったものか考えることができるので、割と楽しい。
「ああ。……良い子にして待ってろよ」
そんな事を考えながら垣根が優しく声を掛けると、真守の声が不機嫌な声から即座に明るくなった。
『垣根が頑張ってくれてるから、待ってる』
「……そのまま他の事件にも首突っ込むんじゃねえぞ」
真守が行儀よく答えるので、垣根はチャンスだと思って真守にくぎを刺す。
『それはムリ』
「そういうところが、じゃじゃ馬娘だっつってんだよ」
垣根があからさまなため息を吐きながら告げると、突然真守がぽそっと呟いた。
『……垣根は、やっぱり優しいね』
「あ?」
『だいすき』
垣根が怪訝な声を上げると、真守は心の底から幸せそうに呟くので、垣根は真守への
「真守。俺も、愛してる」
『ありがとう。とってもうれしい。……じゃあ垣根、またな』
「もういいのか?」
『……あんまり話してると、会いたくなっちゃうからな。今日も夜、ちゃんと来てくれるか?』
「ああ。絶対に帰る」
垣根が力強く言うと、真守は寂しそうにしながらも満たされた様子で告げる。
『良かった。じゃあな、垣根』
真守との会話が終わると、垣根は気持ちを切り替える。
「よし。端末、一から洗い出せ。どっかに見落としがあるかもしんねえ」
『はい。
垣根がカブトムシに指示を出すと、カブトムシはヘーゼルグリーンの瞳を
(真守)
垣根は自らの端末が頑張っているのを見つめながら心の中で呟く。
(……お前が幸せに笑える学園都市を造るために、俺ができること全部やってやる。寂しい思いをさせるかもしれねえが、絶対に造ってやるから)
そう垣根は決意して、自分も動くために席を立った。
九月三〇日……の前日ですが、九月三〇日事件篇、始まりました。
お楽しみいただければ幸いです。